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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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秘密の花園



 ギルは目を細めて、それから先を話した。


「彼女の胸ははずみました。足も弾みました。ところが、疲労も忘れるほど夢中で駆けていたその足取りは、途中でにわかにゆるくなり、そして、ぴたりと止まりました。そこにいたのは、彼女が一心に追い求めていた姿ではなかったのです。」


 窓から褐色かっしょくの髪がのぞいたが、彼女はとても結末を知りたがっているようなので、それに気づくことはなさそうだ。


 最後の部分を語る時だけは、ギルは声の調子を深めた。


「ですが、彼女はその青年を知っていました。ようく知っていました。心には存在しなかったけれど、ずっとそのかたわらにいた人です。極めて近いところにいたので、彼女は彼を知り尽くしていると思っていました。ですが、彼は、彼女の知らない秘密の花園を、一輪のバラから育てた大きな花園を、自身の心にしっかりと造っていたのです。彼はやっと言いました。あなたを愛していました・・・ずっと。気付いて欲しかった・・・。それから彼は不器用にほほ笑んで、両手を一杯に広げました。彼女のほおに、光るしずくが伝わりました。彼女は再び駆けていきました。禁断の園の手前まで・・・。」


 こうして語り終えて見てみると、彼女はこの話にすっかり引き込まれた様子で、穏やかな瞳をしていた。


 効果があればいいが・・・とギルはまた窓を見た。今の物語は、彼女一人だけに聞かせたわけではなかった。そうというより、むしろ・・・。


 その娘の方へ視線を戻したギルは、微笑して、優しく言った。

「彼の故郷は、確かに遥か南の禁断の地です、お嬢さん。」


 自分でもキザなやり方で、言い回しだとギルは思ったが、リューイのことを説明する前になぜかこの物語が浮かび、役者がそろっていることに気づいてしまったのである。それに、最後の台詞せりふはなにも格好かっこつけたわけではない。リューイの故郷は、オルフェ海沿岸の野生の王国だ。禁断の密林・・・と誰もが思うだろう。そしてリューイは、この上なく自由で無垢むくで広大な男だ。その野生の王国のあるじなのだろうから。


 やがて、ギルはもう一度馬の首をなでてから、意味深な微笑を彼女に残して、小屋の出入り口へと爪先を向けた。


 娘はその場にたたずんだ。彼の背中を見ていた。


 一方、外へ向かって歩きながら、ギルは小声で「くそう・・・。」と忌々《いまいま》しげに漏らした。 


 さっき語って聞かせたあの物語は、実はダルアバス王国の王太子ディオマルクから、不承不承ふしょうぶしょう聞かされた話をもとに、とっさに作り変えてアレンジしたものだ。


 ダルアバス王室とアルバドル皇室とは旧知の仲である。優秀な技術と知恵を備え、資源に富み、裕福だが武勇に優れた人材には恵まれなかったダルアバス王国は、逆にそのような軍人には恵まれながらも、技術も財力もとぼしく、力をつけられなかったアルバドル王国と、互いの利益のため、軍事に限らずいろいろと手を結び、決して裏切ることはなかった。そのおかげで、ダルアバスから多くを学んだアルバドルは、飛躍ひやく的な成長を遂げることができたのだ。


 両国はそうして、この乱世が続く時代にあっても、長く友好関係を保ってきた。そして互いの君主は、もともと他国の軍人と王子という立場でありながら親友となり、やがて共に王となって、その息子であるギルベルトとディオマルクは、幼馴染おさななじみとなった。


 ディオマルクは、浅黒あさぐろい肌のたいそう美しい王子である。気心きごころの知れた間柄あいだがらではあるが、それだけに、互いがしゃべり出すとどこか冗談めいた会話になるのが玉にきずだ。


 それで、あの色男にこの物語を聞かされた時は、男女立場が逆で、それを寝室に招き入れた佳人かじんに、吟遊ぎんゆう詩人さながらに語って聞かせるのが奴の手だ。それがこんなふうに役立つことがあろうとは。くそう・・・へんに恩を受けた気分で、なぜか不愉快だぞ。


 そんなことを思いながら外へ出たギルは、まばゆい陽光に目を細め、手庇てびさしさえぎりながら、「おい、君。」と、見えぬ相手に向かって呼びかけた。


 返事はなく、姿も現さなかった・・・が、気配は感じられた。


「まずは気付いてもらうことじゃないか。」

 一向に反応はなかったが、それを待つつもりもなかった。


 ギルはそのまま真っ直ぐに競技場へ下りて行った。


 彼が去ったあと、少しして、娘は眩い陽光が射すおもてへ出た。


 するとそこで、彼女は誰かに呼び止められた。


 どこからともなく現れた褐色かっしょくの髪の青年は、握り締めていた真っ赤な花を一輪、彼女の前に突き出した。


 そして、たった一言、照れくさそうにしながら、やっと伝えた。


 悠長に足を進めていたギルは、ある時ふと、気持ち良く晴れ渡った空をあおいだ。


 奴が吟遊詩人なら、俺は即興詩人ってところか。








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