表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
147/587

リサの村の娘


 やがてレッドの気配が無くなり、ギルも馬に別れを告げて出ようとした時、また入り口に人影が現れた。


 そちらを向くと、今度の相手はおどおどとそばまで歩いてきて、一度会釈(えしゃく)をした。ギルも軽く頭を下げながらほほ笑み返した。


 薄茶色の髪を一つに束ねた、清楚せいそな感じの娘だった。年は自分よりも五つ以上は下、ちょうどカイルと同じくらいではないかとギルは思った。


 ギルはこの時、ピンときた。それで、この娘は自分に用事があるのだろうが、気があるわけではないことは、すぐに分かった。


「何かききたいことでも?」 


 その予感がするために、ギルは笑顔で先にそう問いかけたが、彼女は今ひとつ思い切れない様子でいる。


「当ててみようか?」


 そこでギルがにこりと笑ってみせると、彼女はもじもじしながら、やっと口を開いた。


「いえ、あの・・・あなたのお友達の・・・金髪で青い瞳の方は・・・あの方はどこに住んでいらしたのですか。あの方は、すべきことが済んだら故郷へ帰ると言っていました。もしご存知なら・・・。」


 ギルは小屋の、ちょうど今いる場所の真横にある大きな低い窓の向こう側で、チラチラと見え隠れしている不審な姿に少し前から気付いてはいた。が、その者が何ゆえ、何もないそこに、そうしていつまでもしゃがみ込んでいるのかを理解したのは、この時になってのことだ。


 ギルはその姿に気付かないふりのまま、「なぜ?」と問い返した。


「私、いずれはこの村を出るつもりなんです。この村の人達は大好きだけど、ほかの場所にも行ってみたい。それで、彼の住む土地を見てみたくなったんです。」


 娘は耳の先まで真っ赤になりながら、そう答えた。それは嘘ではないのだろう。だがその様子は、ともすれば、それ以上のことをも考えられるものだった。


「なるほど。でも、どうして俺に? 本人にはきかなかったのかい?」


「ききましたけど、冗談ばかり言われるんです。アースリーヴェの森の奥地とか、友達はトラヒョウなどの動物ばかりで、よく取っ組み合いをして遊んでいたとか。」


「はははは・・・いや、ごめん。」


 ギルは、リューイがとても嬉しそうに、雛鳥ひなどりを見せてもらったと話していたのを聞いていた。とはいえ、リューイはその言葉を知らなかったので、指先でその大きさを表してみせながら、黄色くてふわふわしたやつと表現した。その時一緒にいたという娘のことも聞いていたので、ギルにはすぐにピンときたが、どういうわけか、彼女がこれほどリューイに思いを寄せてしまっているとは・・・ギルは思案した。


 ギルはチラと窓の外に横目を向け、それから言った。

「お嬢さん、赤バラの花言葉はご存知ですか。」


 唐突とうとつなその質問に、娘は首をかしげる思いだったが答えた。

「ええ。情熱・・・ですわ。」


 ギルは一度うなずいて、付け加えた。

「それに、愛する。熱烈な恋。それが赤いバラの花言葉です。」


「よくご存知なのですか。」


「使えそうなものに限りね。口説くどき文句に。」


 娘はくすりと笑った。


「モナヴィーク地方の北の森バルンには、バラの花言葉にまつわる、こんな物語があるそうです・・・聞いてみませんか。」


「ええ。ぜひ聞かせていただきたいわ。」


 風が吹きぬけ、木々の涼しそうなざわめきが聞こえた。


 ギルはそこで、再び外に目を向けた。それから、わざと視線をそのままにして、語りだした。


「満月の三日前のことでした。森のしげみに、輝くように美しい青年が、さも気持ち良さそうに眠っていたのです。そこを偶然通りかかった一人の少女は、たちまちその青年に恋をしてしまいました。目を覚ました彼を家へ誘い、二日共に過ごしました。その頃にはもう、彼女は身寄りのない彼のことを、とても愛しく思うようになっていました。ところが、彼の方は、翌日の満月の夜に突然別れを告げたかと思うと、風のように、すうっと森の中へ消えてしまったのです。」


 ギルは一度少女に視線を戻し、それからまた窓の外を見た。


「彼女は追いかけました。彼はきっと、あそこのお方に違いない。誰も行き着いたことのないいにしえの、北のあの庭園のお方に。行こう。北へ・・・北へ。ところが、森の木々たちが、植物の精霊たちが邪魔をします。行ッテハイケナイ。彼ハ違ウ世界ノ人。サア、来タ道ヲ戻ッテ。彼ハ届カヌ人。彼女は耳をふさぎ、そのまま足を進めました。北へ・・・北へ。」


 彼の語り口調はあまり感情的ではなかったが、つい聞きれてしまう魅力的な声をしている。その声音こわねと物語に、娘は静かに耳をかたむけていた。途中、何を問うこともなく。


「しかし、これぞと思った道は、そのうち、深いみぞや高い段差などにもはばまれてしまいます。誰モ触レルコトハデキナイ。ソレハ、彼ガアマリニモ自由デ、無垢むくデ、広大ダカラ。彼女の手は泥まみれになり、足は傷だらけで、そうして彼女が疲れ果てて身も心もぼろぼろになった頃、それをあわれに思った森の神のご加護があったのか、やっと彼女は北の庭園にたどり着くことができました。そして、花のアーチの門前もんぜんには、一人の青年が立っていました。」


 そこで、ギルがまた彼女を見ると、その目にはっきりと、これに引きつけられている様子がうかがえた。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ