後悔と謝罪、そして感謝・・・
少年の隣には若い娘がいて、少年の背中をそっと押していた。
「あの・・・弟を助けてくださって、ありがとうございます。ほら、ちゃんとお話しなさい。」と、彼女は少年を促した。
七か八・・・それくらいの歳のその子は、レッドがあわてて助けた少年である。
「あの・・・女の子に一緒に遊ぼうって・・・言われて・・・。それで、気がついたら・・・お兄ちゃんに抱っこされてて・・・。」
「すみません、よく分からないんですけど、ちょっとおかしくなっていたみたいで・・・それで、あの中へ入ってしまったようなんです。私もつい目を離してしまって・・・本当に、ごめんなさい。」
暗示・・・そんな用語がカイルの頭に浮かんだ。精霊の中には、幻覚を見せ、錯覚を起こさせることができるものも多く、それを扱う術もある。ただ、その場で命令もされずに、魔物たちが自らの意思でやったことだとすると、カイルには、祖父に報告の必要があるほど全く信じられないことだった。
一方、ここで事情を知った村人たちのざわめきは、誰かを責めるどころか、むしろ称賛の声に近かった。これに、エミリオやギルは顔を見合ってほっとした。
「とにかく、つまりお前たちのそんな咄嗟の行動のおかげで、この子は助かったんだろう?責任の取り合いをしているなら、周りを見て見ろ。誰かそれを知りたがっている者がいるか?」
ギルが言った。
「そもそも、この子の異変に気付かなかったのは、我々みんなだ。」
いつの間にか、彼らのそばにクレイグも立っていた。彼の腕も赤く染まっていて、見るからに辛そうだ。
クレイグは苦々しく続けた。
「いやそもそも、事件をどこか楽観的に受け止めて過ごした日々の数々が、その一日一日が失敗だった。ことを振り返れば、事態を避けられる点はいくつもあったはずだ。もっと思慮深く、深刻になるべきだった。」
ギルも膝を付いて、カイルの肩に手を置いた。
「カイル、それよりも早く、負傷者の手当てをしてやってくれ。」
「あなたもね。脇腹、ひどいことになってるわよ。」
シャナイアがそう言うと、ギルは肩越しに振り向いて苦笑した。
「俺は後回しで構わんさ。」
「俺のはほっといても治る。」と、レッド。
今は後悔し嘆いている場合ではないと、気を取り直して立ち上がったカイルは、周りを見渡した。幸い、一刻を争うほどの重傷者は見当たらない。負傷者のそばには、ほかを気使うことのできる者がついていて、相手を励ましたり介抱したりしている。
だが、中でも傷が重いことが窺われる青年のもとへ行った時、カイルは涙をあふれさせた。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
青年の傍らに屈みこんだカイルは、頭を下げたまま何度もそう口にした。
その青年の身体のあちこちから血がのぞいている。しかし青年は、無理に手を伸ばしてそんな精霊使いの少年の腕に触れ、辛そうに微笑した。
「残りたいと言ったのは、僕たちなんだから。むしろ謝るのは・・・。」
青年はそれから、カイルの後ろにいる傷だらけの戦士たちを見た。
「それに、彼らに礼を・・・命の恩人たちに。」
周りにいる人々は、今気づいた・・・というように、彼らの勇姿を口々に褒め讃えだした。そう、何より彼らは素晴らしい戦いぶりを見せ、この村を救ってくれたのである。
肩を押さえたユアンが進み出てきて、レッドに感謝の言葉を伝えながら握手を求めた。リューイとキースのもとにはたちまち子供たちが殺到し、ギルとエミリオは青年たちに取り巻かれ、シャナイアのそばにミーアを連れたレイラと、ここにいる何人かの娘が寄ってきた。
レッドに借りた剣は今はリューイの手にあるし、女性と子供は男たちに庇われて焚き火のそばへと押し込まれていたので、村の娘たちはシャナイアが化け物相手に奮闘していたことなど知らず、ただただ姿の無かった彼女の身を、誰もが恐怖に震えながら案じていたのである。そして、いずれ誰かから聞いて知るのだろうとは思いながら、シャナイアは上手くごまかし、正体を明かさなかった。戦士であったことは誇りだが、彼女たちに知られてしまうと、また延々と質問責めにあいそうな気がしたから。
やがて、東の山の尾根から眩い暁光が射し始めた。そして、緩やかな起伏を成す草原の高くなったところに、大勢の姿が現れた。村長もいる。
それが分かると、クレイグは声を張り上げてみなに言った。
「なにぼやぼやしてる。俺たち動ける者は早速準備にかかろうじゃないか。今日は祭りの日だぞ。忘れているわけじゃああるまいな。」