ごめんなさい・・・
辺りに静けさが戻った。
シャナイアが思いきって瞼を上げてみると、振り向いて唖然としているリューイと目が合った。辺りを一瞬にして包みこんだあの光の雨は消えていたが、薄暗い中でもリューイのその表情が、髪や肌の色が分かった。太陽はまだ遠くの山の尾根に隠れてはいるものの、頭上には白みがかった瑠璃色の空が見渡す限り広がっていて、そこにうっすらと尾を引いている筋雲が浮かんでいるのも見ることができた。
朝になっていた。
シャナイアとリューイは、言葉もなく呆然と顔を見合っていた。エミリオの着衣の片袖はぼろぼろになって、血が滴っている腕がそこから覗いていた。ギルの脇腹のあたりとレッドの背中にも、大きな引っ掻き傷ができていた。リューイの両足からも鮮血が流れている。シャナイアの髪はもつれて、くしゃくしゃだった。
茫然自失で彼らはその場に佇んでいたが、誰もがハッと我に返ってカイルを探した。
村人たちに囲まれて、カイルは両手両足を付いていた。
周りにいる人々は、そんな少年を複雑な思いで見下ろして、近くにいる者同士顔を見合わせている。最終的には、すべきことをやり遂げはしたが、上手くいったとは言えないこの結果に戸惑い、声をかけるのをためらっている様子だった。
そんなカイルの姿を見つけると、仲間たちはよろよろと歩いて行った。苦しそうに俯いているカイルを、みな駆け寄って抱き起こしてやりたい思いだったが、その気持ちに反して、足はすんなりと前へ進んではくれなかったのである。しかもリューイは、精神的に参っているシャナイアを支えてやりながらであったので、なおさらできなかった。立ち上がったはいいが、シャナイアは力が入りきらず、ふとした拍子にがくんと膝を折ってしまいそうだった。
戦い慣れた彼らであっても、別世界で起こったようなこの出来事は、こうして終わった今となっても受け入れ難かった。
何も無くなっていた。
魔物の死骸など、どこにも見当たらない。それらは太陽の精霊によって燃やし尽くされ、灰になって、風に吹き飛ばされたのかもしれなかった・・・が、カイル自身にさえ、それは分からなかった。ただ、石碑の欠片らしき石の破片が、所々に散らばってあるだけだ。
カイルは闇を収拾し、太陽の精霊に命じて魔物を退治し、なおかつ呪いの浄化をも成し遂げていたのである。石碑はその瞬間、どす黒い紫色の炎を上げて、粉々に砕け散ったのだった。
これだけのことを、もはや疲労困憊の萎え果てた体でやりおおせるのは、奇跡に近かった。それどころか、途中で失神して、まさに精霊たちに焼き殺されていても不思議はなかった。凄まじい喉の渇き、胸の悪さ、疲れ果てた身体の震えは止まらず、着衣が汗でべったりと肌に貼りついている。体力は限界を超えていたはず。なのに意識を保っている。それは、村人や仲間に申し訳なく思う気持ちと、罪悪感などによる辛さが、カイルに意識を途絶えさせなかったからだ。
カイルは手元にある草をぎゅっと握り、肘を折って地面に額を打ち付けた。それから肩が震えて、嗚咽が漏れた。
誰かが真横にきて、カイルはそのまま静かに肩を支えられた。だがカイルは、その人に顔を向けることができなかった。その雰囲気や仕草から、なんとなく誰であるかは分かった。
「俺が剣を手放したせいだ。」
今度はすぐそばから、リューイのそんな声がした。
「ごめんな・・・絶対落とすなって言われてたのに。」
「いや、こいつにそうさせたのは、俺だ。」
続けてレッドの声がして、そこでやっと、カイルは顔を上げる気になれた。やはり真横で肩を抱いてくれているのはエミリオで、その隣にはギルもいる。
「違う、僕だよ。僕のせいで皆をこんな目に・・・。」
「そもそも俺が急に声なんてかけたから。」
レッドやリューイ、それにカイルがそんな言い合いをしていると、そこへ少年の声が入ってきた。
「ごめんなさい・・・。」と。