表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
143/587

命をかけて



 上からも横からもつかみかかろうとしてくるので、レッドは、ほとんど剣を一閃いっせんするだけで片付けていた。それはもの凄い早業はやわざを要したが、二刀流のおかげで比較的余裕があったレッドは、誰かに呼ばれたのにもすぐに気付くことができた。


 シャナイアの声だ。


「お前、ミーアはどうした。」

 レッドは激しい動きを続けながらも、叱るような口調で真っ先にそうきいた。


「一番安全な場所にいるわ。それより剣を貸して!」

 シャナイアは早口で答えた。


「なんだと。」


「一本貸してよ、早く!」


「馬鹿抜かせ、こんな奇っ怪なのと戦わせられるか! 下がってろ!」


 レッドはもうシャナイアを見てはいなかったが、本気でそう怒鳴りつけた。そのあいだも、目まぐるしい化け物退治は続いているのである。


「戦力足りないくせに言ってる場合なの!」


 レッドはグッと押し黙った。実際、シャナイアの腕は見上げるほど確かだ。守るべきものが多すぎるこの状況で、一流の女戦士である彼女に頼らないのはおかしいのかもしれない。


 戦いながらシャナイアを一瞥したレッドは、「ええい、好きにしろ!」と苛立いらだたしげにまた怒鳴って、とうとう左手の剣を放り出した。「無理はするな。」


 それをもう一度繰り返したが、次にレッドが目を向けた時、そこシャナイアの姿はもうなかった。


 素早く戦いに向き直ったレッドは、今度は、向こうの暗がりから駆けてくる、二人の子供を乗せたキースに気づいた。その後ろにはカイルの姿、そばにはリューイもいる。レッドはみな無事であったことにホッとすると、彼らが走り込んで来られるように前へ出た。近くにいる化け物を斬り殺しながら。


「もう少しだ、頑張れ!」


 まずキースがたどりついて、背中に乗せていた二人の子供をそばにいた大人たちが引き受けた。カイルはただちに焚き火のそばへ。そこにサッと立て膝をつくと、両腕を上げて、また何かとなえだした。それを見た周りの者たちは場所を空けてやり、少し離れて見守った。よって、人々が密集している中に、カイルの周りだけは、わずかな空き地ができていた。


 レッドからシャナイアのことを聞いたリューイは、キースを連れてそこへ急いだ。


 カイルのひたいは汗に濡れていた。もう、全力を出し切るしかなかった。まず錯乱さくらん状態におちいっているやみの精霊たちを落ち着かせなければ、光は呼べない。とにかく、乱れた秩序ちつじょを取り戻して、闇の精霊を下がらせなければ・・・。


 しかし、そうして呪文を唱える声にも、はっきりと疲れが表れている。カイルは全力疾走(しっそう)してきたせいで、体力を大幅に消耗していた。光の精霊を集めることが極度に難しくなっている時に。闇の精霊たちは狂って勝手な暴走を続けているのである。自身の力をそこへ及ばせ、この闇の収拾をつけるだけに、またいっきに呪力と体力を使わなければならない。あとの残った力で光を呼ぶことができるだろうか。しかも人々にしてみせたようなものではなく、魔物と戦えるもっと強力な精霊が必要になる。


 カイルは、自身のみなもとから力を汲み上げようと、必死になった。再び闇の精霊群を使役するために夢中で呼びかけた。何度も、何度も。


 僕が持つ精霊石はやみ。闇の精霊は最も従順なはず。僕は闇の神ラグナザウロンの・・・。


 それからしばらく経って、闇の精霊たちがようやくカイルの命令に耳を傾けだした。従うべきものがやっと見つかり、それに導かれて次第に冷静を取り戻し始めたのである。


 カイルは右腕を突き上げて、呪文を別の種のものに変えた。


 すると、上手くその召喚しょうかんに答えて、やがて光の精霊が忍び寄ってきた。


 それらはひたひたと闇に混ざっていき、闇の精霊は場所をゆずってやって、少しずつ身を引いていく。だが光の精霊は弱く、まだ闇の勢力が強くて、チラチラと見え隠れに輝きだしたかと思うや、呆気あっけなくみ込まれてしまう。カイルの体力はぐんと減っており、さらに上をいく強い精霊を呼ぶのはますます困難になっていた。


 闇の精霊をもっと下がらせなければ・・・時間がかかる。持ちこたえられるかどうか。自分も、そして皆も・・・。夜明けはすぐのはずなのに、いやに遠く感じる。光が欲しい。陽の光の助力が。


 ああどうか、夜明けよ早く、早く・・・! 


 そうして呼吸がたまらなく辛くなった時、カイルは、不意に光を感じた。


 夜が明け始めた・・・闇が引けば朝が来る。太陽の・・・朝日の助けを得ることができる!


  闇さえ消せば・・・!


 そう思うと、今までは無理に押し出していたというのに、急に、体内のあらゆる骨のずいにも残っている力がうずき出して、望めば、隠れていたその力をも全て発揮できるような気になった。制御せいぎょしきれぬ大いなる力をも、その気になれば呼べるような気がした。無限の力を体の奥底に感じた。これを出しきってしまったら、死ぬかもしれない。自分に許される力以上のものが跳ね返ってきて、体をつらぬき、肉を焼きがすかもしれない。


 いいさ、それでも構うものか!


 この時ほかのことは考えられず、本気でそう思った。


 何もかも僕のせいだ。みんなを巻き込まずに済む方法は、いくらでもあった。それなのに・・・まだ未熟なくせに、心のどこかで事態を甘く見てた・・・僕のせいだ!


 カイルは苦痛をも忘れるほどに熱くなり、自身に残された気力、体力、あらゆる力をことごとく振り絞って、強く願った。


 神よ・・・どうか、やり遂げるまでは!


 その時、シャナイアの周りには三体いた。だがそのどれにも、致命的な一撃を見舞うことができない。これらの動きは全く予想がつかず、反射神経に頼るしかなかった。なにしろ、足が手のようにも働く。実際、形も手のひらのようで、それに鉤爪かぎづめが突き出している。それがふわりと飛び上がって、幾度となく腕や肩につかみかかろうとしてくるのだ。


 だからもう、体が反応するままに任せていた。すると、ある時、幸い一体の急所をとらえることができた。ところが信じられないことに、次の相手は鋭利なやいばを口で食い止めたのである。


 シャナイアは驚いて剣を手放し、後ろへ下がった。ここぞとばかりに残りの一体が襲って来た。それが分かっても成す術はなく、シャナイアは思わず目をつむる。だがその前に一瞬、何かが視界をかすめた気がした。目を開けると、今にも食い殺されるかと思われたそれが、大きくけ反って、よろめいていた。ばったりと後ろへ倒れたその眉間みけんには、ナイフが突き刺さっている。


 シャナイアに襲いかかろうとしていた怪物に、左腕に装備しているナイフを間一髪で命中させたリューイは、すかさずシャナイアの目の前に飛び出して、落ちている剣をサッと拾い上げた。その前の一体がぷいと吐き捨てた剣だ。リューイは電光石火の身ごなしで怪物ののどを突き刺し、抱きすくめられる前に素早く飛び退いた。


 シャナイアの目の前にリューイの背中があり、その向こうで黒い影が地面に転がった。


 その直後のこと。


 頭上でパッと閃光せんこうが走り抜けたかと思うと、急にまばゆい雨が、いや光のスコールがいっきに叩きつけてきて、それから数十秒というあいだ、目も開けていられなかった。ただ、今までしきりに聞こえていた不気味な羽音は消え、何かかなぎり声のようなものが響き渡った。それはこの世のものとは思えないゾッとする音だったが、どうすることもできないそのあいだ、襲われるということもなかった。魔物が上げる断末魔の絶叫なのか、それはそのまま小さくか細くなり、やがて消えていった。 








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ