殺しても殺しても・・・
赤い目が二つ迫ってくる・・・だが、カイルは子供をぎゅっと抱きしめるので精一杯だ。とっさに駆けつけたものの、この支配が利かなくなった闇の中で、こんな状態ではまだ何もできない。
すると突然、誰かが目の前に現れた。それがリューイだと分かった時には、赤い目玉だけでなくその体のつくりまで見て取れ、リューイがそいつと取っ組み合おうと身構えているのも分かった。
「いけないっ、逃げて!」
カイルは悲鳴のような警告を発した。
「棘が!」
リューイが驚いてよく見ると、そいつには手が無かった。初め背負っていると思われた翼は、鳥類と同じように腕の付け根から生えていて、足はあったが、交互に出して歩くというものではない。飛び跳ねながら突き進んでくるのである。翼以外は狼に似ているかに思われたが、遥かに醜い怪物だ。そして羽毛は・・・恐ろしいことにイバラだらけ。しかもそれは、もう三度も跳躍すれば届くというところで、さらに突起したように見えた。抱きすくめられたら、ひとたまりもない・・・!
とその時、突風のような勢いで獣の足音がやってきたかと思うと、一瞬、なんと魔物がその気配に気をとられてくれた。その好機を逃さず、考えるよりも早く暴れ馬のような蹴りを化け物に食らわせたリューイ。
次は足音の正体がキースだと分かるよりも早く、「走れっ!」
リューイは急いでキースの背中に二人の子供を乗せ、「死ぬ気でつかまっていろ。」と言い聞かせて、カイルと共に駆け出した。
「星明りが嫌なくらいなら、あいつら互いの目玉はどうなんだよ。似たようなもんだろ。」
リューイが隣を走っているカイルにがなった。
「よ、よく分からないけど、質もあるんじゃないかなっ。星明りと魔物の眼光は、全く別物だよっ。」
いくら蹴り飛ばされても、魔物は次から次へとめげずに立ち向かってくる。たいした武器を持っていないリューイは、棘だらけの翼の前では、真っ向から攻撃することができない。そのため素早く敵の視界から外れ、渾身の蹴りで蹴倒すというワンパターンな足技一つで、キースやカイルに遅れをとらず援護しながら付いていった。
一方、即席の避難場所にたどり着いた三人の剣士 ―― エミリオ、ギル、レッド―― は、人々が身を寄せるその最前線を守っていた。だが守備範囲があまりに広くて、全力で駆け回らなければならなかった。そのうえ一体に手間取るわけにはいかず、ほとんど一撃でしとめなければならない。それに、魔物が光に慣れてきている気がした。焦りが募り、体力は凄まじい速さで消耗していく。そう思わせないほど、その誰もが、なおも力強く武器を振るい続けてはいても。
シャナイアは、避難場所の中心にある焚き火の前まで、無事にミーアを連れて来ることができた。だがあとは、レイラに預けてすぐにその場を離れ、レッドを探しに向かった。レッドは剣を二本持っているはずと。
いつ終わるとも知れない恐怖。それに目を背けて、ただじっと怯えている娘や子供たちとは違い、男たちは、魔物の動きと戦いを、取り憑かれたように見つめていた。目の前を見たこともない赤い目をした怪物が動きまわり、苛立ったような呻き声や、羽音がひっきりなしに聞こえてくる。怖い・・・だが、それでも釘付けになってしまう。松明の灯りに照らされて戦う剣豪たちの姿に。
魔物はねじくれて動き回り、実に捕らえ難い。それにもかかわらず、エミリオは瞬時に見極め、次々と的確に斬り殺していくのである。ギルも同様、どれほど疲れていても狙いを外すことがない。大剣使いであるこの二人の剣捌きは、舞いのように華麗でありながら確実にしとめる威力をもつ。そして、アイアスの紋章を刻印しているレッドは、戦場では武神オリファトロスの化身と恐れられたほど。こんな窮地だというのに、村の男たちはおかげで目を奪われ、息を呑んだ。
しかしそうしていられるのは、彼らの戦闘能力が相手を上回り、常に先手をとることができているからだ。それなのに魔物が一向に絶えない、この状況。エミリオやギルは、すぐに気になっていた。殺しても殺しても、終わりなどないのだろう。きっと、呪いを浄化しない限りは。カイルは気づいているだろうか。だが今は、戦う以外にできることが無かった。