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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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葬られた呪術 ―― 妖術



 カイルの必死の警告は、レッドには届かなかった。どのみち、聞こえようが聞こえまいが関係ない。すでに手遅れであるのは分かっていたし、だからといって止まることなどできないのも分かっていたからだ。


 リューイの目の先にいきなりレッドが飛び込んできて、子供を抱えた。少年がその術空間に踏み込んだのと、レッドがそこへ突進したのとはほぼ同時だったが、闇の中でもリューイにはその姿がすぐに分かった。それでリューイは、今まで持ち上げているのも困難だった剣を、なんと赤い二つの点の間をめがけ、とっさに投げつけていたのである。それがレッドの背中の上に下りてくる間際まぎわのことだった。


 呪われた石碑から生まれた化け物は、すんでのところで、うねりながら大きくけ反った。


 レッドはそれに救われたが、これでカイルの力の支配は完全にち切られた。もはやどうにもできなくなった。命令が途絶とだえたせいで錯乱した精霊たちが飛び出し・・・闇があふれてしまったのだ。


 だが真っ暗闇というわけではない。星は完全に隠されてしまったものの、月はかすんで見え、目が慣れてくれば影の大きさや動きが、周囲の様子なら分かる程度の暗闇である。


 思わぬことに仰天ぎょうてんして、カイルは頭が真っ白になった。


 思わぬこと・・・それは、この予想外の事態とそして、それ以上に魔物が剣にかかったこと。本来、精霊で形成されるそれらは、同じ次元に立つ神秘の力をもってしなければ、対抗できないもののはず。それなのに、武器に倒れた。それらの剣には精霊文字を書き付けてはいたが、そのおかげだとも思えない。


 しかし、何はともあれ幸いだった。


 ただこの瞬間、カイルは不意に恐ろしい可能性に気付いた。


 それは幼い頃に聞いた話・・・。ほうむられた呪術・・・妖術によるもの。ほかの呪術との最大の違いは、霊能力を持たない者でも誰でも、その気になれば魔物を生み出せること。生き物を妖怪に変えてしまうという説まである。が、なにしろ撲滅ぼくめつはかられた邪術ゆえ、謎が多い。いずれにしろ、ほかの呪術で形成される魔物とは全く異なり、妖術で生み出されるそれには体があって、そのせいか明確な意思をも持つという。常に忠実ちゅうじつで従順であるとは言えない、きることなく血を欲する凶暴な化け物 ―― 妖魔だと。


 だがこの非常時に、そんなことをじっくりと思い出して、動揺している場合ではない。こうなった以上、とにかく魔物を片付けなければ。犠牲者がでないうちに、早く。


 辺りが更に暗くなると同時に、たちまち腕が軽くなった。長い苦痛のあとではまだ満足に動かせる状態ではなかったが、エミリオは目の前に迫って来た黒い物体を辛うじて斬り伏せ、続けざまに二体を真っ二つにした。


 そして、あわてて声を張り上げた。


「ギル!」

「エミリオ!」


 二人は、同時に互いの名を呼び合った。ギルも同様、化け物にギリギリの斬撃ざんげきを見舞ったあとのことである。やや離れた場所にいて、何が起こったのか分からないままの二人は、それから声をそろえて叫んだ。


「リューイ!」


 返事が無い。


「リューイ!」


 あせった二人はもう一度呼んだ。


 すると間もなく、「今、忙しいんだ!」という怒鳴り声が返ってきた。


 エミリオとギルはよしとうなずき、それぞれの無事を確認し合うと、もうあとの言葉は必要なかった。二人は素早く身を翻して、一斉に村人たちを襲いに向かった化け物を、手当たり次第に殺しながら走った。ここは殺戮さつりくの場と化してしまう。


 エミリオもギルも、相手がこれまでとは全く違う異質の生物、人外であることを自身が気にせず、体が戸惑うことも、ひるむこともなかったことに感謝した。それを持続させるためには、決して意識してはならない。


 魔物どもは今や自由の身となった。生きた血の臭いに気も狂わんばかりだ。呪いは復讐であることも多い。呪術によってそれらを解決してきたカイルでさえ、相手の死をもって血であがなわれ、しずめられるのが相当と考えてしまう怨念おんねんもある。


 何か得体の知れない黒い影が、わっと押し寄せてきた。辺りはたちまち騒然そうぜんとし、方向がよく分からない暗がりの中、村人たちはパニックを起こして逃げ惑う。


 悲鳴が上がった。


「くそっ。」と舌打ちして、すぐさまそこへ駆けつけたギルは、脳天から魔物を叩き割った。


「焚き火へ!」と叫んでいるエミリオの声がした。


 ギルも気づいて目を向けてみれば、いちばん大きく組まれた焚き火には、まだ火が残っている。


 早くこちらの守備が行き届く避難場所を作らなければ、そのうち誰かが殺られる。すぐに理解して、ギルも声を張り上げた。


「焚き火を燃やせ!」


 それができるような精神状態ではなかった人々も、何度も必死で命令する彼らの声に、次第に応え始めた。 


 襲われた青年は肩を押さえて苦しそうにうめいていたが、声をかければ応えられることから、ギルは彼を励まして明るい方へ誘導した。


 クレイグもまた、先ほどから懸命に叫び続けている。恐怖にかられて逃げ惑い、散り散りになり始めていた村人たちを、クレイグは懸命に呼び戻そうとしていた。


無闇むやみに逃げるな! 焚き火の場所へ集まれ!」


 近くにいた者や戻ってきた者たちも、声を合わせて叫んだ。

「ここだ! こっちへ来い!」


 そばにいた少年の手を引いて、その声と灯りを目指していたレイラは、凍りついたように立ちすくんだ。身の毛もよだつ羽音が聞こえたかと思うと、突然、大きな黒い影に行く手をはばまれたからだ。レイラは悲鳴を上げながら、ただ夢中で少年を抱き寄せた。


 すると、目の前で不意に化け物の腰がずれ、上半身が滑り落ちて地面に転がった。その後ろには、刃広の剣を持つ長身の人影 ・・・ だが、顔はよく見えない。剣は黒く濡れていた。


「無事か。」と、その人は声をかけてきた。


 誰であるかが、レイラには瞬時に分かった。思わず聞き惚れてしまう落ち着いた声と、その人のことを、何度もつい思い出してしまうから。


「ええ。」

 レイラは恐怖が冷めやらず、ぎこちなく返事をした。


「すぐそこだ、援護するから行け。」


 言われるままにレイラはまた走りだした。後ろから付いて来てくれるその人を振り返る余裕はなかった。そして、ランタンを持つ者に迎えられて振り向いてみると、もうそこに、その人の姿はなかった。








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