途切れた呪力
声は次第に力強く、朗々《ろうろう》と響き渡った。
すると驚いたことに、三人が手にしている剣が俄かに銀色の光沢を帯びたのである。その輝きは、みるみるうちにすっぽりと剣身を呑み込んでしまった。それは見ている分には素晴らしく美しかったが、掲げている方は途端に驚いているどころではなくなった。帯びたのは銀の光沢だけではなかったのだ。
もの凄い重量 ―― !
四人がかりで運んだあの石碑ほどではないが、長時間はもたない・・・!
選ばれた男たちは気合いを入れ直し、足を踏みしめた。またカイルがいいと言うまで、それをひたすら持ち上げておかなければならないという義務がある。
人々は美しく輝く銀色の剣に、呆けたように魅入っていた。その様子を密かに眺めている《《モノ》》がいるとも知らずに。
子供ダ 子供ガイル・・・新鮮ナ血・・・。
骨と筋肉が悲惨に痛み出した。さすがのリューイも歯を食いしばる前に、「おいこら、何か凄い重いぞっ!」
それに続く、「極力早々に願いたい。」というギルの言葉は、声にはならなかった。声を出せば、すぐに限界がきてしまう。
リューイのわめき声に対するカイルの反応は無かった。
これからは、ほかの力の圧力が強くなる。慎重にやらなければ。
カイルは気を引き締め、今度は右腕だけで虚空に何かを描いていた。
やがて銀色の光は消え失せたが、重みは変わらなかった。それはそこに、見えない特殊な空間が出来上がったというしるしである。
間もなく、中に黒い煙のようなものが生じ始めた。それはみるみる広がって辺り一面を覆い尽くすかに思われたが、途中で見えない何かに遮られて反り返り、左右、上へと渦を巻きながら伸びていく。だがそれでも、やはり一定の範囲から先へは進めず、折り返すという動きを見せていた。黒い煙は、三本の剣の角度で作られた三角錐の術空間をぐるぐると動き回り、下から徐々に染め上げていく。
カイルが浄化計画を立てる時に、いろいろと悩みながら考えたことは、こうだった。
魔物のものに違いない奇妙な足跡を見た時、自身も想像のつかない姿をしていると予想された。だからまず、それを心配した。もし驚くほど醜怪な化け物なら、術空間の柱となる仲間たちが、思わず手を放して術を解いてしまうかもしれない。それだけは、絶対にあってはならない。それに、ここに残った子供たちを怖がらせてしまうだろう。だから、そんな魔物の姿が分かりにくくなるように、中は暗くしておくことにした。というのは、浄化が始まると、呪われた石碑を住処としているそれらが出てくるかもしれないから。だから閉じ込めておく防壁を作っておこう。
そうして、やがてこの広大な草原の夜の風景の中に、一箇所だけ月光も星明かりも入り込まない暗闇が出来上がった。
あっという間に中にある石碑の姿は見えなくなったが、少しすると、それに代わって小さな赤い点が二つ、また二つと現れ始めた。その数はどんどん増えていく。そして、それにつれて鳥の羽音のようなものが聞こえ、同時にぞっとするような衝突音が耳をつんざいた。
それを最も間近で聞き、見ている屈強の男たちには、中で何か大きなもの ―― 大人の背丈ほどあって、その半分ほどある硬そうな翼を背負っている生き物 ―― が、うようよと飛び回っているのが確認できた。はっきりとは見えないが、それだけは分かった。なにしろ、それらは長時間宙に浮いていることはできないらしいものの、翼を使って大きく跳躍しながら眼前までやってきては、忌々《いまいま》しげに遠ざかってゆくのである。それが立て続けに繰り返される。両腕が塞がっている男たちは反射的にそれを振り払うこともできず、とてつもなく重いものを持ち上げ、せいぜい顔を背けるだけが許されるという状態のまま、もの凄い迫力と恐怖をひっきりなしに味わう羽目になった。
こういう刑罰があるなら、けっこうな重罪人に与えられることだろうとギルは思った。そして、皇太子であるにもかかわらず、身勝手に失踪してきた自分にはぴったりだとも思い、甘んじて受けることにした。
一方、周りにいる村人たちは、目の前の信じられない現象にすっかり気を取られていた。それは不気味で戦慄を覚えるものだったが、中がはっきりとは分からないこともあって、恐怖よりも怖いもの見たさ、好奇心に体をつかまれたようになっていた。
ところが、ある一人の少年だけは少し違った。その子の耳には、少女の甘い囁きが聞こえてきたのだ。
オイデ・・・コッチへオイデヨ ホラ、一緒ニ遊ボ・・・。
少年はうなずき、無邪気な笑みを浮かべて歩きだした・・・が、その双眸は虚ろに濁っている。そして、そのことにすぐ気付く者はいなかった。人々は儀式の超常現象に完全に引き付けられており、今は暗く、少年は小さかった。
ソウソウ、モット・・・モット近クニ・・・サア!
レッドは全く不意に、創り出された闇の方へふらふらと動いていくものを目に留めた。その低い影は、もうそのすぐ手前にさしかかっている。
それが何か分かって、レッドは途端にぎょっとした・・・!
「カイル、待て!」
レッドは叫ぶと同時に、夢中で駆け出した。
その切羽詰った声がカイルに届いて、にわかに呪文が途切れた。途端にカイルはいきなり後ろへ弾き飛び、草の上を転がり回って止まった。精霊へと及ぼしていた念力、つまり呪力が突然切り離され、その反動を食らったのである。カイルが石碑の呪いを浄化する矢先のことだ。よって石碑はまだ呪われたまま、呪いを浄化する時に立ち昇るどす黒い紫の炎も、一瞬スッと上がっただけですぐに消えてしまった。
うつ伏せでそこかしこが痛むのも構わず、あわてて顔を上げるカイル。
恐ろしいことが、今まさに起ころうとしている ・・・!
「いけないっ、入ったら ―― !」
カイルは悲鳴を上げた。
ああなんてこと、二人とも餌食になってしまう!