儀式の準備
まだ星屑も見られる夜明け前。儀式の執行時刻となり、村人たちは、自然と消えそうな焚き火をそのままにして、収穫の女神メテウスモリアの石碑の前に集まった。
指名されていた三人は横一列に並んで、カイルと向かい合っている。愛用の大剣を鞘から引き抜いたエミリオとギル、そして、レッドに剣を借りたリューイである。
詳しい説明は省略され、カイルは、剣を持つ三人に、剣身を両手で目の前に立てるよう指示した。
言われた通りに、三人はそれぞれの剣を切っ先を上にして目の前に突き出してみせた。
村人たちは静かに儀式の進行を見守っている。
注目を浴びているカイルは、それらの剣に厳しい目を向けていた。エミリオの剣を見てうなずき、次にギルのものを見てうなずいた。そしてリューイ。が、急に顔をしかめると、カイルは大股で一歩リューイのもとへ。そして、剣を握りしめているリューイの手を、両手でしっかりと覆った。何が起こるのかと緊張していただけに、いきなり飛びつかれたリューイがびくっと身動きすると、カイルはこう注意した。
「真っ直ぐ。」
なるほど握り方が甘かったのかと、リューイは理解して剣をピンと立て直した。それに倣って、横にいるエミリオとギルも手元に注意を払う。
いよいよ物々《ものもの》しい雰囲気になってきたところで、カイルは、剣身の一つ一つに、指先を走らせるだけの精霊文字を書き付けていく。そのあいだじゅう何やらぶつぶつ呟いている言葉も、剣に施されているものも、三人には分からない。それは、次元の違う世界の言語。そんな理解のできないものよりも、この時エミリオとギルの気を引いていたのは、怪しく指先を動かし続けているカイルの表情だった。リューイは以前にも見ていたが、普段はほがらかなその甘い顔立ちが、この時は一変して凛々《りり》しくなったのには、まるで別人だと二人は驚いた。この少年が精霊使いであることを、ようやく実感できた瞬間である。
その作業は数分で終わった。
すると間もなく、それぞれの剣にうっすらと精霊文字なるものが浮かび出した。
そうして、準備は滞りなく進んでいる。次は、ちょうど中心に石碑がくるように、エミリオ、ギル、そしてリューイを、トライアングルの形に配置することだった。まだ辺りが暗いこともあって、位置についた三人は、もはや互いの顔も分からなくなるほどの大三角形を作らされた。互いの様子がなんとなく分かり、存在を感じられる影だけが見える。
淡々と準備を進めているこのあいだ、カイルは余計な喋りを一切しなかった。その様子がずっと厳しいままなので、リューイも無駄に言葉をかけず、うなずいて応じるばかりで、声すら出さなかった。
カイルの合図で、三人は再び剣を胸の前へと突き出した。この時、剣が斜めになるように、その角度までしっかりと指示された。
「じゃあ、僕がいいって言うまでそのままだよ。」
「・・・これで終わりか?」と、リューイはそこで初めて口にした。
「うん、準備はね。今から始めるから、角度変えないでね。あとは、そのまま立っててくれるだけでいいから。」
カイルもそう答えて、くるりと背中を向ける。
「皆だったら、大丈夫だよ。」
歩きだしざま、何やら気になる呟きが聞こえた。
「カイル・・・。」
あまり声をかけてはいけないと思いつつも、思わず呼び止めていたリューイ。
その声が届いて、カイルが振り向く。
「持ってりゃいいんだよな。」
「うん、持ってればいいんだよ。」
カイルはにこっとほほ笑んだ。
「持ってるだけでいいんだよな。」
「持ってるだけでいいよ。でも、絶対に落とさないでね。」
カイルはまた妙なことを言い残して、歩きだした。
「なあっ、持ってるだけでいいんだろうなっ。」
「うんってば、しっかり持っててよ。」
このやりとりは、離れた場所で待機しているエミリオとギルにも聞こえている。
それで、ギルがほとんど無意識にエミリオを見やると、暗くてその表情までは分からないが、エミリオもこちらに顔を向けていることは分かった。
同じ思いに違いない・・・。
「なんだか不安になってきたぞ・・・。」
カイルは三角形の外側に座った。精神統一をして息を吸い込み、虚空に向かって呪文を唱え始める。闇の呪文を。そうしながら、差し伸べた両腕をゆっくりと動かし始めた。精霊を呼び寄せるその滑らかな動作が、時にはキレのある素早い動きにもなることを、リューイやレッドは知っている。
カイルの両腕はやがて胸の前へと下りてきて、その手はそこで三つの印をむすんだ。呪術の中で行われるそれは、話しながら身振り手振りを加えるような感じだが、そうかと思うと複雑な動きを見せることもあり、その世界の何か法則に則った合図なのだと分かる。それと同時に出している、男性で言えば普段は高めの優しい声は、今は低く凛としていた。