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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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災いをもたらしたもの



 そうして男たちがしきりに腰をマッサージしていると、人影とランタンの明かりがちらほらと現れた。するとその一つが飛び出して、ぐんぐんと向かって来る。その灯りの中の人影は、狼狽ろうばいしているように見える。


 ランタンの明かりに照らされた顔は驚きと困惑に満ち、やや憤慨ふんがいしているようでもあった。それは、昼間この場所でリーダーぶりを見せていた、あの利発そうな長身の男である。


「君たち、困るよ。」

 駆けつくなり、男はそう悲鳴を上げた。


 カイルはおずおずと肩をすくめた。

「すみません、でもこれ ―― 」


「君が頼んだのか。いったい、なぜこんな ―― 」


 カイルがまだ何も話さないうちから、男は穏やかならない顔で言葉を被せてきた・・・が、それもまた、素早く進み出たエミリオによって途中で遮られた。


「どうか、叱らないでやっていただきたい。」とエミリオは言った。

 割って入るようにして両者の間に立ったエミリオは、肩越しにカイルの目を見て、それから男に向き直る。

「あなた方は、この少年に救われることになるかもしれないのだから。」


 そのあと、五秒ほど間が空いた。


「どういうことだい。」と、男は怪訝けげんがって問う。


「もう少ししたら説明します。みんなが集まったら。」

 カイルが、エミリオの陰から顔をのぞかせて言った。 


 さっぱり理解できないせいで、まだ怒りは冷めきらないものの、男は黙って待つことにした。


 そのあいだにも、周りにはぞくぞくと村人たちが集まってきていた。その誰もが、これから起こることの見当もつかないままに、ここへやってきたらしい面持ちをしている。そのいぶかしげな眼差しは、いつの間にか違う場所に移動している石碑せきひと、その前に立っている黒髪の少年にことごとく向けられていた。


 そんな中、レッドはそばに来たシャナイアに気付くと、とたんに声を荒げた。ミーアを連れているからだ。


「バカやろう、どうして起こした。」


「起きちゃってたのよ。気になって様子を見に帰ってみたら、誰もいないから泣いてたのっ。可哀想だから連れてきたのよ。」


 なるほど、ミーアはすっかり泣きはらしたふくれっ面で、レッドをにらみつけている。レッドはため息をついて見つめ返し、黙ってミーアを抱き上げた。


 さて、ようやく村人たちがそろったとみえたところで、注目を浴びているカイルは、首をめぐらした。それから石碑に手を添えて、こう言った。


「この石は呪われています。農場荒らしの原因と、そして犯人はこれです。」


 だしぬけで、じつに簡潔明瞭。村人たちの顔が一様に唖然となる。


「ちょっと待ってくれ。それは神を ―― 」


「豊穣の女神メテウスモリアをあがめる石碑・・・ですよね。」


 先ほどの男がすぐに言葉を返してきたが、その先を読んだカイルは、いち早くそう口にした。信用してもらうためだ。


 それは上手くいって、男のカイルを見る目に少し変化があった。


 ここへ来て最初にカイルが確かめようとしたのは、石碑に刻まれた文字と、文章が表す意味。それは精霊文字といって、彼らにさえ分からないものだからだ。ただ、村長にはその知識があって、そもそも、その文字は村長が頼んで彫らせたものであるから、村人たちも内容についてだけは教えられていた。


 それを解読したととれる言葉で村人たちを驚かせたカイルは、さらに自身の能力を分からせていく。


「ここに書かれてあるのは、農業の成功を祝って女神メテウス(メテウスモリアの通称)に感謝し、豊作を願う言葉。確かに呪いとは全く関係ない。」


「そうだ、それを突然呪われているなどと告げられても、納得がいかないのは当然だろう。」

 男の声には、まだいくらか神経のたかぶった感じがある。呪われている、などと言われたせいだ。


 そこへ、豊かな顎鬚あごひげの村長が静かに進み出てきた。


 牧師でもある高齢の村長は、優しい口調で男をなだめると、カイルにも穏やかな目を向けた。落ちくぼんだその目の奥にも、怒っている様子は見られない。


「根拠は何なのかね?」


 きかれて、村長のその目を真っ直ぐに見つめ返したカイルは、堂々と答えた。

「はい、僕は精霊使いでもあるんです。それで、ここへ来たとたんに、この石碑からはっきりと呪いを感じたので、すぐに分かったんです。」


 それを聞くや男がまた口を開けたが、村長は節くれだった手をゆっくりと上げて、それを制した。


「信じよう。この少年はわしの病を治し、多くの者の悩みを解決してくれた。クレイグよ、それでも信用できぬのかえ。」


 そう呼ばれた男は口をつぐんで、しばらく村長を見つめていたが、「長老がそうおっしゃるなら。」と小声で答えた。そして、カイルに向き直った。「君を信用しよう。ぜひ、いや、どうかこの問題も解決してくれ。」


 カイルはしっかりとうなずいてみせ、それから話を続けた。

「でもまず、こっちに質問させてください。この石はどこから持ってきたの?」


 すると、クレイグは親しい友人たちと顔を見合って、首をかしげた。


「それは、デイヴがどこかから馬車で運んできて、そして作ってくれたものだからなあ・・・。」


「デイヴって?」


「長老のご子息だよ。つまり、君たちが今いるあの家の家主さ。その石碑は、そこの川辺から動かしたことがなかった。だから、デイヴが作業をするのもずっとここだったが・・・まさか、彼がなんて言うんじゃあ・・・。」


 カイルは、首を振ってみせた。


「彼は純粋な気持ちでこれを作ったはずだよ。彼の絵を見れば、彼が、この村を心から愛しているのが分かるから。彼は本当に知らなかったんだ。たぶん・・・たまにあるんだけど、呪いをかけられているものが何かを知っていながら、ろくに浄化もしないで遠くに捨てに行ったり、厄介だからって他人をだましてゆずったり・・・。いい加減な人がいるんだ。彼は、そのどちらかの被害者じゃないかな。」


 言葉を返す者はいなかった。







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