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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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奇妙な足跡



 最後の一小節を歌い上げて、エミリオはふと隣を見た。ちょうど、ギルも顔を向けたところだった。互いの目が合い、二人は笑みを交わし合う。


 ギルは、相棒の気が少しは紛れたようであるのを見て取ると、肩を軽く叩いて促し、ランタンを拾い上げて、寝床へ戻ろうと夜の草原に背中を向けた・・・いや、向けようとしたところで、不意に視線を戻したギルは、怪訝けげんそうに目を凝らし始めた。


「おい、見ろよ。」と、ギルは言った。

 ギルは腕を伸ばし、指をその方向へ突きつけてみせた。

「あの灯り、ほら。」


 どうしたのかと、エミリオもそちらへ首を向けてみる。


 すると、遠くに小さな灯りを見つけることができた。それは川沿いに移動している。


「こんなに遅く、どこへ・・・。」

 そう呟いたあと、エミリオはハッとしてギルの目を見た。


「農場か。」と、二人の声が重なった。


 ギルは、しばらくその灯りを目で追った。

「何か起こしそうな感じだな。」






 川沿いの草原を三人は黙々と進んでいた。民家はすっかり見えなくなるほど遠ざかった。目に映るのは、もう何もない殺風景さっぷうけいな景色。だが今夜は月もはっきりと見られ、星屑ほしくずは地上との切れ目まで続いている。


 そうして野道よりは上を見ながら進んでいると、後ろから気配がして三人は一緒に足を止めた。振り返ってみると、駆け寄ってくる長身の男の影が二つ。


 エミリオとギルだ。


 その二人の方は、夜も遅い時間に出かける三人の姿がはっきりするまでは、ランタンの灯りを消していた。


 それは、レッドとリューイ、そしてカイルだ。


「やっぱりお前たちか。こんな夜更よふけに出かけるとは。」

 ギルがそう言うと、レッドもこう返した。


「そっちこそ、どこ行ってたんだ。」


「俺たちはちょっと散歩して、歌ってただけさ。」


「は?」


「それより、何を始めるつもりだ。」


「行ってみなけりゃ分からんが・・・来るか?」


「ああ、例の農場だろう。俺たちも明日そうするつもりだった。」


 そうして五人になり、ともに歩きだした。


 川面にはせ始めた月が映り、いつの間にか流されてきた千切ちぎれ雲が、時折、そんな月を隠したり現したりしている。深夜の風は冷たく、防寒着を肌に引き寄せながらゆるい丘を越えると、やがて、痛ましい姿のままこの夜を迎えた第三農場が見えてきた。


 カイルは次第に厳しい面持ちになっていったが、あとについて案内されているせいもあって、誰もそのことには気付かなかった。ただ、そのカイルは、自分が顔をしかめだした頃に、そばを歩いているエミリオを気にかけていた。カイルはそっと見上げて様子をうかがい、うっすらと分かるその表情にあるものを認めて、また前を向いた。


 現場にたどり着くと、月と星明かりに照らされた無残な畑が視界に飛び込んでくる。


 それを目の前にして、彼らはしばらく佇んだ。


 エミリオがゆっくりと息を吸い込んで、つらそうな深呼吸をした。


「感じるんだね。」


 誰かが気遣うよりも早く、カイルが、ほかの者には分からないことを言った。


「どういうことだい・・・。」と、エミリオ。


「呪いだよ。」

 即答したカイルは、畑に目を戻した。

「霊能力の強い人は、呪いを体で感じてしまうんだ。そのせいで気分が悪くなったり、寒気さむけ眩暈めまいがしたり。僕も感じてるけど、慣れないうちは辛いと思う。」


 レッドとリューイは、暗がりの中で目を見合った。あの時、昼間にこの異常な光景を目にし、その時の村人たちの会話を聞いて瞬間的によぎった、この少年ならどうにかできるかもしれないという直感は、正しかったようだ。


 とてもそうは見えないのでつい忘れがちになってしまうが、ようやくギルも思い出した。そうだった、この坊やは・・・。


 ギルは、かたわらにいるカイルを見下ろした。

「で、どうにかしてやれそうなのか。」


「ちょっと調べさせて。」


 カイルはランタンを持って、一人で畑へと入って行った。そして、大きな黒い影の前で止まった。それは、自分の身長くらい(170センチ程度)の高さで、台の部分は立方体、その上にアーチ型のいしぶみが乗っているような形に見える。その後ろからは、涼しげな水音が聞こえてくる。


 少しってから、ほかの者たちもそばまで寄っていった。


石碑せきひ・・・。」


 何か彫られてあるのが分かったカイルは、そう確信すると、まず、表面を照らそうとしてランタンをかかげた。だがその前に足元が一瞬明るくなり、奇妙で大きな足形が目に映った。三本の長い指と爪、それに大きいものと、小さな肉球のような跡。それで急にかがみこむと、カイルはそこの土に顔を近づけた。


「これが・・・その犯人の足跡あしあと?」


「ああ。だろうな。」と、レッドが答えた。


 実際にそれを確認したカイルは、驚いて少し戸惑った。


 精霊で形成されたいわゆる魔物は、姿形こそあり見えはするものの、人間でいう肉体を持つことはない。その神秘の力で焼き殺したり、溺死できしさせたり、絞殺こうさつ刺殺しさつといった人間による犯行のようなものでさえ、精霊には可能である。しかし、カイルが知っている限り、それらは霊と同じように歩行せずスーッとやってくる。このような奇妙な足跡を残せるものなど、見たことがなかった。


 背筋を伸ばしたカイルは、あらためて石碑の表面が見えるように明かりを向けた。何かと思ったものは、石碑の真ん中辺りに数行にわたって刻まれてある。短い文章。それは、とりあえず今ここにいる中では、カイルにしか読むことができない。


 カイルは左から右へと視線を走らせていき、しるされているその内容を理解した。


「被害はこの畑だけなんだよね。」


「ああ・・・らしいが。」と、今度はギルが答えた。








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