真相
それからしばらくは、それ以上言葉もなく互いに夜風に吹かれていただけだった。
やがて、ギルが、今度はためらいがちにこうきいた。
「お前があの時、相手にしていたのは・・・俺なのか。」と。
エミリオにとって、それはわけの分からない質問ではなかった。
エミリオの母親は、もともとアルバドル王国の王女である。エルファラム対アルバドルの戦いは、エミリオにとっては母の故郷を、祖父母の国を攻めたことになる。
ヘルクトロイで初めてエミリオを見た時、皇太子でありながら自ら参戦し、エルファラム帝国軍を迎え撃ったギルは、エミリオが再三反対を唱えていたとも、命令されてやむを得ず赴いたとも知らず、迷いを見せないその見事なまでの戦いぶりに、何とも思わないのかと憎らしくも思えたほどだった。※ 1
だが、そんなエミリオと一対一で対戦し、互いの剣をぶつけ合った時、ギルは直感した。残忍で凶暴な剣ではないと。野心もまるで感じられず、何とも悲しい剣に思えたのである。※ 1
エミリオの振るう剣には、確かに迷いは無かった。亡き母が愛したエルファラムの民のため、迷いを断ち切り、精一杯苦悩に耐え、力の限り戦った。
だからエミリオは、ギルを相手にしておきながら、自分自身とも闘っていたのである。それをギルも、そこに渦巻く事情までは想像もできないものの、直感的に感じ取った。さらに、共に旅をするようになって、本当のエミリオ皇子を知ったギルは、あの時の直感は間違いなかったと確信した。それで今、毎晩のように思い悩んでいるその訳を少しは教えてくれないか・・・と思い、こうして話しだした勢いで、つい口に出してしまった。
しかしその頃の辛い記憶は、関連して、ほかの悲しみまでも全て思い出させた。
返事に困っているエミリオを見たギルは、ハッとした。
「すまない、今のは忘れてくれ。」
ギルは、あわてたように風を受けて彼方を眺めた。
すると、ギルには意外なことに、エミリオが口を開いたのである。
「私は、エルファラムの民を家族のように愛していた母上を、ずっと見てきた。」
ギルは驚いて、エミリオに視線を戻した。
その時、エミリオは、ギルの方ではなく下を向いていた。
「そしてあの戦の前に、父上にこう問われた。アルバドルとの約束とエルファラムの民、選ぶとすればどちらを守る・・・と。父上は、目を見張る速さで屈指の強国となっていくアルバドル帝国を、恐れていたようだ。」※ 1
それを聞いたギルは、ホッとした。ヘルクトロイの戦いは、エルファラムが宣戦布告し、アルバドルが迎え撃ったものであったが、この男はやはり、アルバドルを制圧する野心をもってではなく、ただ母国を守りたかっただけなのだと理解できた。
しかし、周囲の反対を押し切って自らの意志で出陣していた自分とは違い、命令されていたのだとすると、なぜ帝位継承者がただの一戦士のように扱われていたのか、ギルには理解しかねた。
だが返事に躊躇されたことを思うと、これ以上はまだきけなかった。それでも少し答えてくれたことに、ギルは、内心満足感を覚えていた。こういう時間を重ねてゆくごとに、気心の知れた仲になれれば・・・。ギルはそう思い、今は一言こう応えた。
「そうだったのか・・・。」