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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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神の警告 ― ヘルクトロイで聞いた声


 丘の上の大木の下に、たぐまれなる美貌の男が、静かに腰を下ろしている。今は冷たい夜風に吹きさらされている彼は、かつては華々《はなばな》しい世界に生き、その中でひときわ輝いていた男だった。その名はエミリオ。エルファラム帝国の第一皇子。本来、四つの名を持つ彼も、今はこの四文字しか語らずにいる。


 エミリオは、背後の暗がりから近づいてくる気配に気づいて、おもむろに振り向いた。すると、星と月明かりに照らされた、少年のように無邪気な笑顔がやってきた。


「ここだろうと思った。」


 ギルは、持ち出してきたランタンを点けながらそう言い、エミリオのそばまで来ると、それを足元に置いた。この丘のふもとまでは村人の家が並んでいるし、ひと晩中点けられている、街灯のようなものも少し設置されてあるので、灯り無しでもやってくることはできた。


「胸騒ぎがおさまらなくて・・・起こしてすまなかった。」


 起こされたわけではないギルは、エミリオのすぐ横に来て、太い大木のみきに背中をもたせ掛けた。


「胸騒ぎって、あの畑の様子が気になるのか?」


 エミリオはうなずいた。


 実際には、それとは別の、毎晩のように思い悩んでいることでも眠れずにいたのだが、ギルもあえて口にはしなかった。


「あの場所に立った時、ただ気分が悪くなったわけでは無かったから。何か異様な・・・ぞっとするような・・・気配・・・・。そんな感じがした。」


「そうか。今はどうだ。」


「今は何ともない。というより、戻ってくると急に楽にはなったんだが、なぜかここが、一番気分がいい気がするんだ。」


「ふ・・失礼なヤツだな。」

 ギルはわざと肩を落としてみせる。


「ああ、そうか。すまない、そういう意味ではないんだ。」

 エミリオも申し訳なさそうな笑みを向け、それから眉をひそめて話を続ける。

「だが今日の事件、何度もあると言っていた。このままでいいはずは無い。」


「そうだな。恐らく、とんでもない誤解もしているようだしな。第三農場が壊滅かいめつ状態となれば、今度こそ別の農場も襲われるかもしれないし・・・明日調べてみるか? どうにかしてやれる自信は無いが。」


 エミリオはうなずいた。


 ギルもうなずき返して話にきりがつくと、二人は夜の風景に目を向けた。


 ギルは今日一日、度々その面上に、何か不穏ふおんなものをひらめかせるそんな相棒に、一杯どうだと酒でも勧めたい気分だったが、今朝、気分が優れないと言っていたのを聞いていたので思いとどまり、一度はすぐに寝床ねどこに落ち着いたのだった。これといって特にすることもないため、シャナイアもさっさと一階の明かりを全て消してしまったし。それで否応なく、早くに寝かしつけられてしまったのである。


 だが、背中を向けているエミリオの意識が、今夜もずっと途絶えずにいたことは知っていた。


「エミリオ・・・前に俺のことを、あの日とはまるで別人のようだって、言ったことがあっただろ。」 ※1


 エミリオが何を言い出すのかと黙っていると、ギルは微笑してこう言った。


「お前もだぞ。」


 エミリオが今度は理解しかねるといった顔でいると、ギルは言葉を続けた。


「ヘルクトロイの戦いで、どこまでも冷徹れいてつに見えた敵の皇子が、実はこんな穏やかな優しい男だったとはな。」


 仲間たちに目を向ける時、いつも穏やかにほほ笑むエミリオのことを、ギルは言った。そしてこの時もまた、エミリオは穏やかにほほ笑んで返した。


 二人が初めて出会ったのは、ヘルクトロイの荒野で起こした、戦争の真っ只中ただなか。対戦国の皇子、あるいは強敵として、そこで剣を交えた仲だ・・・が、今こうして共に生きていられるのは、ある突発的な大地震により、結果的に休戦という形で戦いが中断されたためだ。前代未聞の出来事だった。めまぐるしい剣の応酬おうしゅうで二人が激しく馬上で渡り合っているまさにその時、それは起こったのである。 ※2


「俺はあのいくさのあと、ずっとお前にききたいと思っていたことがある。まさか、こんなふうにお前と話ができる機会を得られるとは、あの頃は夢にも思わなかった。」


 ギルはエミリオを見下ろした。その声も表情も真剣なものに変わっている。


「お前はあの時、地震で俺との間の地面が裂ける間際まぎわ、いや、それより数秒前に、お前は〝下がられよ!〟と怒鳴った。俺には、あたかも神の警告のように聞こえた。あの場所に地割れが起こることを、知っていたかのようだったからだ。なぜ分かった? なぜ、俺に下がれと言ったんだ。」 ※2


 それに答えようとするエミリオの表情は、困惑していた。


「突然・・・声がしたんだ。」と、やがてエミリオは言葉を詰まらせながら答えた。※2


「声? 俺は何も言わなかったぞ。お前の剣を受け返すだけで精一杯で、それどころではなかった。」


「いや、そうではない。どこからともなく・・・だがすぐ近くからだ。君との距離よりももっと近くから・・・声がして、〝戦ってはならぬ。〟と。君と戦うな、と、そう言われたんだ。その直後に地震が起こった。だが、あの声・・・いやにはっきりとしていた。」 ※2


「何だと。本気で言っているのか。」

 ギルは呆気あっけに取られた顔をしている。


「私は嘘も冗談も苦手だ。」

 エミリオは本気できり返した。


 二人はしばらく見つめ合ったまま、黙っていた。


「なるほど。」と、ギルは呟いた。「敵を助けるなんて、バカだな。」


「君こそ、私にすきが生じた時、地震が起こるまでに殺せたはず。なぜ躊躇ちゅうちょした。」


 ギルは、すぐには何も言わなかったが、「お前に落ち度はなかった・・・。」と、少ししてから答え、小声で続けた。「なのに、お前は剣を止めた。」


 この返事を聞いたエミリオは、つい苦笑をお返ししていた。

「つまり・・・君も、敵を生かした。」






※1 『アルタクティス1 邂逅編』― 「第1章 失踪」  参照

※2 外伝『アルタクティス zero』 ―「運命のヘルクトロイ」  参照






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