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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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手術


 やがて作業を終えると、カイルは立ち上がって一階へ下りて行った。そのあいだにレッドは上着を脱いで待ち、リューイが手を貸して包帯を外してやった。


 傷口はまだ痛々しくれたままで、少し出血している。そして、それと一緒になってこびりついている、練り薬の鼻をつく臭いがむっと立ち昇った。それは今朝してもらったものであるから、その時は平気だったのに、今のそれは鼻をつまみたくなるほどで、色素も乾いて不気味に変色している。


 やがて、清潔な手拭てぬぐい二枚とタオル一枚、それと、ぬるま湯を用意したカイルが戻ってきた。


 今朝と同じように、カイルはまた丁寧にレッドの肩を拭いてやった。だが、生地がそろっと触れただけでも、レッドは歯を食いしばらなければならないほど。そしてそれが済むと、カイルは、リューイにレッドの隣にいてやるように指示し、レッドには、リューイの肩に手を回すように ―― 何かしらつかむことのできるものが必要だった ―― と言った。そのあとで、レッドは手拭いをくわえさせられた。それが何を意味するかは、レッドも察した。相当な激痛を覚悟しなければならない。密林育ちのリューイにも、大怪我おおけがをして、ロブにこういうことをされた経験がある。つまりは手荒な治療を。気の毒そうな目を向けてくるリューイに、レッドは苦笑で応えた。


 間もなく、カイルは患部に手のひらをかざした。それから目をつむり、精神を集中させ、深く自身の中にもぐることができた時、おごそかな声で呪文を唱え始めながら、そろそろと手のひらを下ろしていった。


 肩にその手が置かれた時、瞬間(つら)うなり声を漏らしたが、レッドもあとは静かに目を閉じた。実は患部に触られる少し前から、カイルの温もりではない、何か異様な感触を感じていたレッド。だが今、肩が急速に燃えるような熱さを帯び始めたのである。それは焼けげるような恐怖と痛みをともなうものにまでなったが、カイルが三言ほど何かを呟くと、速やかに引いていった。おかげで、レッドは絶叫を喉で押し殺して耐えることができた。


 ところが、それだけでは終わらず、続けてカイルが指先をいろいろと動かすと、今度は筋肉が実態のない手でいじられて悲鳴を上げ、とうてい耐えきれたものではない強烈な痛みが突き上げた。傷を治す細胞が不自然に活動しているせいなのか、何かに容赦なく傷口をえぐられている・・・! レッドは顔中に脂汗あぶらあせを滲ませ、リューイがぞっとするほどの呻き声を喉からほとばしらせた。


 その数十秒後・・・レッドの口からポトリと手拭いが落ちた。


 治療は完了した。


 カイルがいわゆる手術を始めてからは十分以上経っていたが、レッドがもうこれまでと本気で泣き叫びたくもなった二度目の激痛を感じてからは、実際一分とかかってはいない。だが、何もくわえていなかったならば、どんな意味不明の悪態やら絶叫を上げていたことか。これは局所麻酔(ますい)くらいしてもいいんじゃないのか・・・? と、レッドは思わずいぶかしんだ。


 リューイは、痛ましいほど乱れに乱れた息をしているレッドを、心配そうに見つめていた。その首筋やら胸は汗で光り、肩に掛けられている腕の重みは、そっくり自分に預けられている。


「レッド・・・横になるか。」

 リューイは驚くほど優しい声をかけた。


 レッドは、やっとのことで一つうなずいた。疲労が激しくて何もかもものうかったが、リューイにゆっくりと体を寝かせてもらった時には、「すまない。」と、声に出してきちんと礼を言った。


 レッドの手が肩から放れた時、リューイの盛り上がった三角筋には、レッドの手形がくっきりと赤く残っていた。リューイは、汗ばんだレッドの背中から手を放したあと、使われていないタオルを取って、衝動的に顔と体を拭いてやった。


 そうしてもらいながら、よほどのこと、一刻を争うほど極限まで命の危機にさらされない限り、こんな治療は二度と頼むまいとレッドは思った。かたわらでつぶさに見ていたリューイも同感していた。


 そしてカイルもまた、呪術による治療はもう止めようと、今回のことを肝に銘じていた。なぜなら、実は、途中使役を誤ってしまい、ぎょっとするあまり動揺して、ますます余計なことをしてしまったからだ。つまり、まさにしくじってしまったけれども、言うと大変怒られそうだったので、レッドにはこのまま黙っておくことにした。苦悶くもんの声に内心ハラハラしながら処置を続けていたことは。最初にちゃんと痛いと知らせて ―― おどして ――― いたし。


「どうだ、具合は。」

 心配そうにリューイがきいた。


 レッドはまだ荒い息をついていたが、リューイを見てニヤリと笑い、機能しなくなっていた左腕を楽に動かしてみせた。カイルの言葉通り完治には至らなかったものの、傷口は見てすぐに分かるほど小さくなり、腫れも、痛みもすっかり引いている。 


「無理してまで早く治す必要があるの?」


「片手が使えれば剣は操れるが、肩にひびくからな。それに、いざという時には両手を使える方がいいだろう。」

 怪訝けげんそうに問うてきたカイルに、レッドはそう答えた。


 さすがに、カイルも何かあるなと気付き始める。

「いざという時って・・・どういうこと?」


 レッドとリューイは顔を見合った。


「カイル、実は・・・。」

 そしてレッドが、今朝、第三農場で見聞した全てを話し始めた。


 黙って事情を聞いているカイルの表情が、みるみる深刻なものになっていく。


 そうして始終を聞き終えると、カイルは二人に案内してくれるよう頼んだ。


 レッドの体力が回復した頃に、三人はそろって立ち上がった。






※ 外伝2『ミナルシア神殿の修道女』 参照







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