呪術による治療
村の明かりがまだ点々としている頃、レッドとリューイは二人でカイルの部屋の前に来ていた。
「カイル、まだ起きてるか。入るぞ。」
リューイがドア越しにそう声をかけると、カイルの「どうぞ。」という返事がすぐに返ってきた。その声が意外にしっかりしていたので、ほっと笑みを交わし合う。そして、レッドから先に入室した。
中へ入ってみると、カイルの目の前には、色とりどりの小瓶がズラリと並んでいた。どれも薬草を原料にした薬を入れているものだが、粉末ばかりだ。そして、薬包紙と小さじを手にしているカイルは、そばにやってきた二人には目もくれず、量りの前に腰を据えて慎重に薬の調合をしている。声をかけると邪魔しそうだったので、黙ってそばに胡坐をかいた二人は、しばらくは、ただその様子を眺めていた。
「もうすぐ終わるから、ちょっと待ってて。包帯を替えに来たんだよね。」
「いや、そうなんだけどさ・・・。」と、声をかけてくれたことで、レッドはそう返事をしながら、カイルの目を覗きこむ。「この傷な・・・あの不思議な力で、治したりはできないのか。」
不思議な力でというのは、呪術による治療のことに違いない。そうと分かって、カイルはすぐに的確な答えを返した。
「創傷の程度にもよるけど、できないこともないかな。ただ、完治とまでは難しいよ。治る時期を早められるだけ。」
「それなりに使えればいい。やってくれ。」
「いいの?」
「簡単なんだろう?」
カイルは呆れたというように言葉を失い、さじを置いた。
「簡単なわけないじゃないか。自己再生機能や免疫細胞なんかの働きを、体に異常を起こさないように促進させるんだから。」
レッドは、イヴと出会った夜のことを思い出していた。あの日の彼女は、毒に侵された自分に一夜付き添い、特殊な力をもってその毒素を浄化してくれた。※ 彼女の、神から授けられたとも言えるその力にかかれば、どのような病魔もおとなしく身を引いていくように思われた。額に手を置いてもらうだけだったが、ただそれだけのことで、薄くて硬い寝台は、春の柔らかい陽光が降り注ぐ丘の上の草原になり、突然感じたそよ風の愛撫には、全身をまさぐられるような快感さえ覚えた。そのあまりの心地良さに、レッドは思わず、手を引っ込めようとした彼女の手首を引き寄せ、もう少しとせがんだほどだった。※
そういうように、イヴがやってみせた時は造作も苦痛もなかったが、カイルが言うのとは原理が全く違うのだろうかと、レッドは思っていくらか不安になった。
レッドの意識が甘い記憶の方へとズレていたその間も、カイルは説明を続けている。
「そこには精霊による神秘の力が働く。奥の奥まで侵入させて、内臓にまではさすがに手を出せないけどね。それができるのは神精術師の中でも限られているし、それでも下手をすると突然死に至らしめてしまうことがあるから、おじいさんでも滅多にやらないよ。焦る必要のないものなら、自然に治した方が安全でいいに決まってる。」
「傷を治すぐらいなら、下手をしても死にはしないだろう? いいから、やってくれ。」
カイルは少し顔を引いて、レッドをじっと見つめた。上手くいけばそう時間もかからないし、レッドの忍耐力なら急に動くこともないだろう・・・自分の腕に自信はないけど。
「痛いよ。」と、カイルはレッドに目を据えた。
死ぬほどだろうかと正直恐ろしくもなったが、このあと考えている予定では戦いの予感がするので、念のために準備万端整えておきたかった。それに、何よりもアイアンギルスの名にかけて耐えうる自信がある。
レッドは改めて言った。
「やってくれ。」
ところが、カイルの方は頭を掻きながら、「自信ないんだけどなあ・・・しくじったら、ごめんね。」と、頼りない声。
レッドは、自分の口元が少し引き攣ったのが分かった。