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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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人を避けるわけ


 フィアラがカイルのことを「不思議な人ね・・・。」と言ったのは、不思議といやされてしまうから。だから彼に聞いてもらい、そして、素直になればなぐさめて欲しい、優しくされたいという気持ちにもなれたのである。


 フィアラは、まだ涙をこらえて話を続けていた。


「それで、私はそのおばさまに引き取られたんだけど、おばさまもその家族も、村のみんなも、誰も私の顔をまともに見ようとしないの。無理に作り笑って、気を使って・・・でも、避けようとする。口には出さないけれど、私はみんなの厄介やっかい者なのよ。」


「そんな、そんなの君の思いこみ・・・」


「いいの、分かってるの。みんなが私を避けるようになったのは、この気味の悪い痣のせいだけじゃないから。だって私・・・。」


 フィアラは、途中で口籠くちごもった。そして、戸惑いながらも考えた。自分の全てを話しても、彼なら分かってくれるかもしれない。本当に友達になれるかも・・・。彼なら・・・きっと受け入れてくれる。


「それで君は、村を飛び出してきたの?」

 フィアラが言葉を詰まらせているので、カイルはこだわらずに話を飛ばした。


「ええ・・・この森で暮らしていこうと思って。ここへは、村へ帰った時よりもずっと簡単に戻ることができたわ。」


「君の村って・・・最初にたぶん何時間もかかったってことは、ここを下ったすぐそこのじゃないよね?」


「ええ、カルノという反対側の村よ。もっと遠いわ。あなた、その村の人?」


「ううん、旅の途中で今だけ。」


「あ・・・そうなの。」


 これを聞くと、フィアラは彼に全てを知ってもらおうとしていたのを、思いとどまった。


「でも、この旅が終わったら、また会いに来るから。だから村へ帰ろうよ。みんなは避けてなんかいないよ。へんに気を使い過ぎてるだけだよ、きっと。今はぎこちなくても、時が経てば自然に ―― 。」


「カイル、いいのよ、違うの。みんな、私がいなくなってホッとしてるの。そんな人たちの前へ戻ることはできないわ。」


「なんだよ、それ。おかしいよ。それに、君のパパとママのお墓だってある場所だろ。」


「お願い、カイル。それ以上言わないで。」


 カイルは、フィアラがあまりに辛そうな顔をするので、ピタリと黙った。


「カイル・・・パパとママは、あそこにはいないわ。ここにいるの。私は、いつも感じてる。この沼にはね、あの日と同じ優しい風が吹くの。それが、パパとママよ。」


「でも・・・。じゃあ、リサの村へ行こうよ。僕たちが今、お世話になっている村。そこの村長さんは牧師さんだったから、その教えによってみんな平等を大切にしてて、とにかくいい人ばかりなんだ。だから、きっと君のことを普通に受け入れてくれるよ。森はこんなに近くにあるんだし、とにかく・・・ここに居ちゃダメだよ。」


「ねえカイル・・・その村の人たち、何か言ってなかった?」


 懸命にさそっているカイルに、フィアラはその話を聞く様子も無く唐突とうとつに言った。


「何を・・・?」


 カイルが首をひねる思いで問い返すと、フィアラは悲しい微笑・・・自嘲じちょうの笑みを浮かべた。


「その村の人だと思うんだけど・・・私を見るなり血相を変えて、悲鳴を上げながら帰っていったのよ。きっと、魔物か何かと思ったんでしょうね。」


「それって・・・いつの話?」


「どれくらい前だったかしら・・・えっと・・・。」


「そうじゃなくて、それ・・・夕方とか夜じゃなかった?」


「ええ、そうよ。」


 カイルは理解した。その時、フィアラはまた逃げたのだろう。あかりに照らされた一瞬のその顔は、フィアラの言う通りに映っていても無理はなかった。


「ねえ、それなら尚更なおさらだよ。誤解を解かなきゃあ。大丈夫、僕がそばにいるから。だから今から行こうよ。」


 僕がそばにいるから・・・。フィアラは胸がキュンとし、その言葉が嬉しくて目に涙が滲んだ。


「よかった・・・聞いてもらって。ありがとう、少し気持ちが楽に ―― 」


 突然、フィアラが喋るのを止めた。言葉を続けることが、声自体が出せないようだ。カイルが驚いているあいだにも、みるみる様子がおかしくなっていく。苦しそうに眉間みけんに皺を寄せたかと思うと、かがんで胸を押さえだしたのである。


「・・・うっ。」

 フィアラは片手をついて、横へ倒れかけた体を支えた。


「ど、どうしたのっ?」


 カイルは手を差し伸べようとした。だがその前に、フィアラは、今度は口を押さえてせきこみだしたが、最後の咳は尋常じんじょうではなかった。


「君、病気っ。」

「なんでもないわ、たいしたことないのよ。」


 フィアラは、青白い顔に脂汗あぶらあせを滲ませていた。浅い呼吸を繰り返してぜえぜえ言っていたが、しばらくすると徐々に落ち着いていき、持ち直した。


「ほら、もう大丈夫。」 

 フィアラはやっとのこと顔を上げて、ほほ笑んでみせた。


 だがカイルは、フィアラがさっと草の上に押し付けた手を見逃さなかった。その指の隙間すきまに見えた、鮮やかな赤色を。血・・・喀血かっけつ⁉ カイルは仰天ぎょうてんした。

 

「ねえ、症状は⁉ お願い、せて! 僕、医者なんだ。」


「医・・・者? あなた、精霊使いで医者なの?」


 そう問いかけたフィアラの顔は、あからさまに動揺している。カイルと見合っている目が一瞬泳いだのは、そのせいだ。


「そうだよ、だから、僕には霊能力があるから、触診で病状が分かるんだ。それで薬を調合してあげられる。」


「カイル、ごめんなさい。」

 フィアラがいきなり立ち上がった。

「もう来ないで、そのまま旅を続けて!」


 そして止める間もなく背中を向けると、フィアラは泣きながら行ってしまった。


「あ、またっ! どうしたの急に! もう分かんないよっ。」


 カイルは足を踏み鳴らした。今度は追いかけることができなかった。困惑して、何も考えられなくなってしまった。


 フィアラの反応が理解できなかった。








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