人を避けるわけ
フィアラがカイルのことを「不思議な人ね・・・。」と言ったのは、不思議と癒されてしまうから。だから彼に聞いてもらい、そして、素直になれば慰めて欲しい、優しくされたいという気持ちにもなれたのである。
フィアラは、まだ涙を堪えて話を続けていた。
「それで、私はそのおばさまに引き取られたんだけど、おばさまもその家族も、村のみんなも、誰も私の顔をまともに見ようとしないの。無理に作り笑って、気を使って・・・でも、避けようとする。口には出さないけれど、私はみんなの厄介者なのよ。」
「そんな、そんなの君の思いこみ・・・」
「いいの、分かってるの。みんなが私を避けるようになったのは、この気味の悪い痣のせいだけじゃないから。だって私・・・。」
フィアラは、途中で口籠もった。そして、戸惑いながらも考えた。自分の全てを話しても、彼なら分かってくれるかもしれない。本当に友達になれるかも・・・。彼なら・・・きっと受け入れてくれる。
「それで君は、村を飛び出してきたの?」
フィアラが言葉を詰まらせているので、カイルはこだわらずに話を飛ばした。
「ええ・・・この森で暮らしていこうと思って。ここへは、村へ帰った時よりもずっと簡単に戻ることができたわ。」
「君の村って・・・最初にたぶん何時間もかかったってことは、ここを下ったすぐそこのじゃないよね?」
「ええ、カルノという反対側の村よ。もっと遠いわ。あなた、その村の人?」
「ううん、旅の途中で今だけ。」
「あ・・・そうなの。」
これを聞くと、フィアラは彼に全てを知ってもらおうとしていたのを、思いとどまった。
「でも、この旅が終わったら、また会いに来るから。だから村へ帰ろうよ。みんなは避けてなんかいないよ。へんに気を使い過ぎてるだけだよ、きっと。今はぎこちなくても、時が経てば自然に ―― 。」
「カイル、いいのよ、違うの。みんな、私がいなくなってホッとしてるの。そんな人たちの前へ戻ることはできないわ。」
「なんだよ、それ。おかしいよ。それに、君のパパとママのお墓だってある場所だろ。」
「お願い、カイル。それ以上言わないで。」
カイルは、フィアラがあまりに辛そうな顔をするので、ピタリと黙った。
「カイル・・・パパとママは、あそこにはいないわ。ここにいるの。私は、いつも感じてる。この沼にはね、あの日と同じ優しい風が吹くの。それが、パパとママよ。」
「でも・・・。じゃあ、リサの村へ行こうよ。僕たちが今、お世話になっている村。そこの村長さんは牧師さんだったから、その教えによってみんな平等を大切にしてて、とにかくいい人ばかりなんだ。だから、きっと君のことを普通に受け入れてくれるよ。森はこんなに近くにあるんだし、とにかく・・・ここに居ちゃダメだよ。」
「ねえカイル・・・その村の人たち、何か言ってなかった?」
懸命に誘っているカイルに、フィアラはその話を聞く様子も無く唐突に言った。
「何を・・・?」
カイルが首を捻る思いで問い返すと、フィアラは悲しい微笑・・・自嘲の笑みを浮かべた。
「その村の人だと思うんだけど・・・私を見るなり血相を変えて、悲鳴を上げながら帰っていったのよ。きっと、魔物か何かと思ったんでしょうね。」
「それって・・・いつの話?」
「どれくらい前だったかしら・・・えっと・・・。」
「そうじゃなくて、それ・・・夕方とか夜じゃなかった?」
「ええ、そうよ。」
カイルは理解した。その時、フィアラはまた逃げたのだろう。灯りに照らされた一瞬のその顔は、フィアラの言う通りに映っていても無理はなかった。
「ねえ、それなら尚更だよ。誤解を解かなきゃあ。大丈夫、僕がそばにいるから。だから今から行こうよ。」
僕がそばにいるから・・・。フィアラは胸がキュンとし、その言葉が嬉しくて目に涙が滲んだ。
「よかった・・・聞いてもらって。ありがとう、少し気持ちが楽に ―― 」
突然、フィアラが喋るのを止めた。言葉を続けることが、声自体が出せないようだ。カイルが驚いているあいだにも、みるみる様子がおかしくなっていく。苦しそうに眉間に皺を寄せたかと思うと、かがんで胸を押さえだしたのである。
「・・・うっ。」
フィアラは片手をついて、横へ倒れかけた体を支えた。
「ど、どうしたのっ?」
カイルは手を差し伸べようとした。だがその前に、フィアラは、今度は口を押さえて咳こみだしたが、最後の咳は尋常ではなかった。
「君、病気っ。」
「なんでもないわ、たいしたことないのよ。」
フィアラは、青白い顔に脂汗を滲ませていた。浅い呼吸を繰り返してぜえぜえ言っていたが、しばらくすると徐々に落ち着いていき、持ち直した。
「ほら、もう大丈夫。」
フィアラはやっとのこと顔を上げて、ほほ笑んでみせた。
だがカイルは、フィアラがさっと草の上に押し付けた手を見逃さなかった。その指の隙間に見えた、鮮やかな赤色を。血・・・喀血⁉ カイルは仰天した。
「ねえ、症状は⁉ お願い、診せて! 僕、医者なんだ。」
「医・・・者? あなた、精霊使いで医者なの?」
そう問いかけたフィアラの顔は、あからさまに動揺している。カイルと見合っている目が一瞬泳いだのは、そのせいだ。
「そうだよ、だから、僕には霊能力があるから、触診で病状が分かるんだ。それで薬を調合してあげられる。」
「カイル、ごめんなさい。」
フィアラがいきなり立ち上がった。
「もう来ないで、そのまま旅を続けて!」
そして止める間もなく背中を向けると、フィアラは泣きながら行ってしまった。
「あ、またっ! どうしたの急に! もう分かんないよっ。」
カイルは足を踏み鳴らした。今度は追いかけることができなかった。困惑して、何も考えられなくなってしまった。
フィアラの反応が理解できなかった。