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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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孤独の理由



「ねえカイル、おなかすいてない?」

「そう言えば、朝食べてないや。もうお昼だね。」

「私の部屋に、美味しい果物があるのよ。取りに行ってくるから待っててね。」


 フィアラはそう言うと、沼の方へと戻って行った。


 待っているように言われたカイルだったが、部屋と聞いて気になったので、すぐに腰を上げて彼女のあとについて行った。


 行きついた先はやはり沼のある場所で、フィアラは、カイルがここへ抜けてきたトンネルと同じような茂みの洞穴ほらあなへと入って行った。草木が絡まってできたその穴の奥は、少し広くなっていて座ることができた。自然が作り上げた屋根や壁の代わりになるものに覆われている。座れる場所には、野草の絨毯じゅうたんの上に毛布が敷かれてある。かしの大木が群生ぐんせいしていることも幸いして、雨風をじゅうぶんにしのげるようにはなっていた。


 カイルが洞穴の手前で待っていると、やがて、小さな木の実をたくさん抱えたフィアラが出てきた。


「木苺とサクランボだね。そういえば、たくさん生ってた。」

 カイルはそれをバラバラといくつか受け取って、一つを口の中へ放り込んだ。


 二人は、大木の木陰に座ってそれを味わうことにした。


「ねえ・・・もしかして、ここに住んでるの?」

 きっとそうなのだろうという思いで、カイルは悲しげにきいた。


「ええ・・・。」と、フィアラは小さな声で答えた。


「ずっと独りで?」


「・・・ええ。」


「それで・・・いつもこういうもの食べてるの。」


 フィアラには彼の心配してくれている気持ちが分かったし、やはりそういう生活はあまり格好がよくないので、食べる手を休め、それから下を向いてうなずいた。


「・・・ええ。でもほかにもいろいろ種類があるから。果樹園へ行けば葡萄ぶどうならたくさんあるし・・・悪いことだけど。」


「そう・・・。」

 カイルは耐え切れずに、その一言でフィアラにしゃべるのを止めさせた。


 フィアラも黙った。


 二人の間に沈黙が続き、フィアラがそっとカイルの深刻な横顔をうかがうと、彼の食べる手も止まっていた。彼は残りの木の実を持った腕を、三角に曲げているひざの上に置いていた。


 フィアラはやがて、そんな彼にそっと声をかけた。

「ねえカイル・・・この痣のこと聞きたい?」


 カイルはフィアラの顔を見てほほ笑み、首を振った。


「でも、気になるでしょう?」


火傷やけど・・・だよね。分かるから。」


 きっと辛いことを思いださせる・・・と思い、カイルは話を終わらせようと普通に言った。ところが、フィアラの様子は何か違った。


「そう・・・焼けてこうなったのよ。」


 たびたび太陽を隠していた厚い雲がまた光をさえぎり、沼に薄暗い影が落ちた。


「このあざ・・・。」


 結局フィアラは、草の上に視線を落として話し始めた。


「家が火事で燃えちゃって・・・。私の家は村の隅っこにあって、隣の家も見えないほど孤立してたの。あれは、風の強い夜だったわ。いつものように二階の自分の部屋で寝ていたら、なんだか息苦しくなって、せきが込み上げてきて目を覚ましたの。そしたらドアの下から煙が入ってきていて、家がもう炎に包まれかけていたのよ。すぐにパパが助けに来てくれたんだけど、抱えられて外へ連れ出してもらうまでに煙で目が痛くなって、開けていられないほど痛くて、そして外へ出ると、パパは私をどこか安全なところに下ろして、だけど、すぐに急いでどこかへ行ってしまったの。私はまだ目を開けることができなくて、パパの足音が遠ざかっていくのが不安でどうしようもなくて、呼び戻そうと叫んだわ。でも、何度パパやママを呼んでも、聞こえるのは風のうなり声と恐ろしい炎の音ばかり。そしたら突然、なぜか急に何も聞こえなくなって、真っ暗で目も開けているのかいないのかも分からなくなるし、焼けつく痛みも消えないし、怖くて、痛くて、いつまでも泣き叫んだわ。そしたら風がね・・・。」


「風・・・?」

 自分でもなぜか分からないままに、カイルはその言葉をひろい上げていた。


 フィアラは、カイルの顔に視線を移した。


「そう、風よ。冷酷で無慈悲な風が消え失せて、代わりに穏やかで優しい風が吹いたの。それが私の手を引いて、あるいは背中を押してくれて、私は何も考えられなくなって、ただ呆然と促されるままに歩き続けたわ。だけど疲れて、そのまま倒れてしまったみたいで・・・そこはよく覚えていないの。ただ気付いたら、この沼のそばにいたのよ。もう夜明けだった。だんだん目が見えるようになって、水があることに気づいて、夢中で顔を冷やしたわ。そうしたら嘘のように痛みが引いて、不思議なくらい楽になった。でも・・・水面に映っていた私の顔は・・・。」


「フィアラ・・・。」

 カイルは、静かに話を遮った。

「ごめん・・・もう、いいから。」


 カイルは、知らずと切ない眼差しを向けていた。


 その視線がたまらなくて、フィアラは沼の方を見たが、少しするとまた口を開いた。


「私ね、村に戻ったの。どう来たのかも、どれほど歩いたのかも分からなくて、数日かかってしまったけれど、どうにか帰ることができたわ。だって、パパとママに会いたかったし、きっと心配してると思ったから。でも私の家は無くなっていて・・・知り合いのおばさまの家に行ったら・・・そのまま、お墓へ連れていかれたわ。パパとママと・・・そして私の。みんな、私が焼け死んだものと思っていたらしいの。パパとママは、あの日抱き合って倒れてたんですって。外にはいたらしいんだけど・・・もう息をしてなかったって・・・。パパ・・・ママを助けに戻ったのね。」


 声はか細くなり、そして消えた。それで、カイルがフィアラの顔をうかがってみると、唇はゆがんで、今にも嗚咽おえつが聞こえてきそうだ。カイルはそのまま泣かせてあげたかったが、どう言葉をかければいいのか分からなくて、ただ見守った。それに、そのことで、彼女はもう何度も涙を流してきたはず・・・。








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