少女がいた場所
カイルは、昨日と同じ道を慎重にたどっていた。その時は珍しい小動物に誘われるままに足を進めていたので、どこを歩いていてもいま一つ確信が持てない。とにかく、あの沼地へと通じていそうな細道か、最初にくぐり抜けた植物のトンネルを見つけられれば。
そうしてようやく、見覚えのある緑の壁を探し当てることができた。垣根のような藪に取り囲まれた場所と、沼地へと抜けられる小さな洞を。
カイルは体をくねらせて、また同じようにその中を突き進んだ。だが途中、だんだん不安になってきた・・・。思わず傷つけて嫌われた、痛烈に応えた昨日の出来事が脳裏に浮かぶ・・・気まずい。カイルはあわてて思い出さないようにし、萎えそうになる自分に負けないように、手足を前へ前へと押し出した。
やがて、そこを抜けきったカイルは、立ち上がって辺りの様相をじっくりと確認してみた。
沼のほとりの大部分は、葉を茂らせた樹木が密生している。そのせいで薄暗く、地面はじめじめしていて少し不気味に感じるが、沼の上空には太陽がはっきりと見られる。水際には陽光がじゅうぶんに届いている場所もある。だが、一帯のほとんどが日陰で、やはり何だか寂しいところだ・・・。ここに一人でいても、明るい気分にはなれない・・・。
それからカイルは、少女の姿を探した。
すると思った通り、彼女は今日も来ていた。昨日と同じ場所で、同じ様子で見つけることができた。躊躇するより先に、カイルは話しかけようと決めていた。
カイルはそっと声をだした。
「よかった。今日もここにいた。」
少女がパッと立ち上がった。かと思うと、またまっしぐらに逃げていく。昨日は振り向きもしたのに、不意を突かれてカイルは焦った。
「あ、待って! 違うんだ、僕は!」
すぐさまカイルも追いかけた。以前にも増して猛烈な勢いで走っているので、少女との距離はぐんぐん縮まっていく。
「来ないで、放っておいて!」
少女は涙声で叫んだ。いっきに迫りくるその気配には、恐怖すら覚えた。
彼女の叫びが胸をつんざいた。が、カイルは怯まないようそれを無視した。
昨日と同じ道を逃げられていたので、やがて前方に同じ小川が見えた。そこにさしかかるまでには、カイルはもう、彼女の痩せ細った腕を無造作につかむことができた。
「放してっ!」
その手を振り解こうともがきながら、少女はざぶざぶと小川に入って行く。カイルも派手に飛沫をあげながらついていった。なんとしても放さない、と懸命になり、グイっとその手を引き寄せた。それから倒れかかってきた体を振り向かせ、真正面から抱きすくめた。
「ごめんっ。」
少女の体からへなへなと力が抜けていった。それに下を向いたまま、少し震えている。
「ごめん、君をひどく傷つけた。でも分かって、違うんだ僕は・・・自分でもどうしてあんな・・・。」
彼女を捕まえて、抱きしめるまではできた。でも咄嗟に上手い言葉が見つからなくて、カイルはただ思いつくままを懸命に口にした。
実際、言葉は必要ではなかった。胸に響くその声、そして、それから伝わってくる優しさと、なにより彼の温もりには敵わなかった。それは懐かしい温もり。胸の奥から切なく溢れ出した。そのせいで強がることもできなくなった。こんなふうに最後にしっかり抱きしめてくれたのは、父だった。あの日、自分を逃がすために抱きかかえて外へ連れ出してくれた、父。それが最後。
そして・・・誰も抱きしめてくれなくなった。
熱いものがこみ上げてきて、少女はたまらず目を閉じる。瞼の隙間に、じわりと涙がにじんだ。