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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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狙われた農場



 このリサの村人たちは、大きく分けて三つの農場を持っている。第一農場は農家のある場所に存在し、オレンジやレモンの実のなる木のそばで、トマトや茄子なすなどの様々な野菜を栽培している。第二農場は、エール川のほとりの森へと続く斜面の葡萄ぶどう園であり、第三農場は離れた平野にある畑で、そこでは小麦やトウモロコシと、根瘤こんりゅうに生育地の土壌どじょうを改良する菌がついているマメ科の植物を栽培している。


 その第三農場が、問題になっていた。


 この村の人々は、不断の努力と工夫によって成功を遂げた農法を代々受け継ぎ、村の財産であるこの三つの農場を上手く維持いじするコツを身に付けていたが、それでも手のうちようのない思わぬ災厄さいやくに悩まされることが、時にあった。そしてその問題が起こる畑が、なぜか決まって第三農場なのである。


 レッドとリューイの二人を引き連れて、ギルは、かしの森とは反対方向へとエール川をたどっていた。牧場のさくや農家がどんどん後方へ遠ざかり、そのまま川沿いに足を進めて行くと、やがて人だかりが見えた。高木のように抜きん出ている長身の男性は、エミリオに違いない。隣にいるのはシャナイアだろう。ミーアはベッドに置いたままのようだ。レッドは、リューイと目を見合った。


 そのレッドは、リューイに手伝ってもらい、きちんとシャツを着てきていた。傷がうずいている肩に力が入らないよう左腕はぶら下げていたが、立っているだけなら、傍目はためにも特に不自然ではなかった。


 到着した彼らは、そのままエミリオとシャナイアのそばまで歩いて行った。ギルが背後から肩に手を置くと、それに反応して振り向いたエミリオのその顔は、いかにも気の毒だと言わんばかりである。


 すぐ周りでは、怒りのののしり声と、絶望のなげきがしきりにこだましている。そんな村人たちが悲しげに見つめている先では、トウモロコシが悲惨なことになっていた。収穫前のこの時期にほとんどがくきから折れ曲がり、土の上に転がっている果穂(果実)がぐちゃぐちゃに踏み潰されていた。畑は全く惨めで無残な様相を呈しながら、痛々しい悲鳴を上げて訴えかけているかのようだ。


 これでは、さすがに手の施しようがなかった。


 老衰した村長は杖に寄りかかり、落胆の表情を浮かべている。


 するとそこへ、森の方から駆けてきた一人の男が、エミリオのそばにいる、いかにも利発そうな指導者ふうの男の前で止まった。


「どうだった。」


「大丈夫、こっちは無事だ。今回も。」

 息をきらせて男は答えた。


「そうか、よかった。」

 報告を受けた男は安堵あんどのため息をついたが、目の前に広がる絶望を見つめながら、悲痛な声でみなに言った。

「ここはもうダメだ。あきらめよう、残念だが・・・。」


 たちまち犯罪者に対する悪態が飛び交った。


 その様子が、エミリオやギルには気になった。この荒らされ方では、まず人間の犯行ではなさそうだが、どうも、それが何者であるかがわかっているようだ。それで二人は、もう畑ではなく、そんな村人たちを見ていた。


「実りのあるほかの農場にも手を出さないのに。」


 不幸中の幸いだが、村人たちには不可解で仕方ないのだろう。エミリオもギルも、初めはそう思って聞いていた。野生の動物の仕業しわざなら、村の中にはもっと美味しいものがたくさんある。


「それに今回も家畜は無事だ。なぜなんだ。」


 村人たちがそう口にする少し前から、二人は畑に見られる痕跡こんせきに気づいていて、いよいよまゆをひそめていた。


「このようなことが、以前にも何度か?」

 エミリオは小さな声で、そばにいる指導者ふうのその男にたずねてみた。


 男はうなずいた。

「果実が形になった頃から狙われていた。そして今回で、この通りほぼ壊滅かいめつに至ったってわけだ。ここだけが・・・。」


 彼は絶望の冷めやらぬ顔で、死に絶えたトウモロコシ畑を見回した。


「少しは収穫できるかと思っていたところだったが・・・明日は祭りだというのに、縁起でもない・・・。」


 レッドは、顔をしかめて畑の土を見つめていた。奇妙な足跡あしあとがそこらじゅうにあるからだ。よくよく見れば、何か大きな鳥と獣の足が一体化したような形をしている。それは、とてもこの世の生物のものとは思えなかった。


「一体、何が・・・。」


 レッドがそうつぶやいた時、唐突とうとつに誰かが怒鳴った。


「森の妖女め。何だってこんな真似をするんだ。」と。


「妖女?」

 レッドは眉を動かした。


 すると、背後にいた男がそれに答えた。

「ああ。あいつが夜、森の陰鬱いんうつな沼のそばで見たんだってさ。畑がこうなるまでは誰も信じなかったけど、今ではその妖女が使わした魔物の仕業しわざに違いないって噂だ。」


 レッドは呆気あっけにとられた。まだ何とも言えないが、すぐに思い当たった。恐らく、村人たちはとんでもない誤解をしている。そう思われてならなかった。だが、このような奇怪な事件が起こっているのもまた事実。魔物という言葉が引っかかった。


 そしてリューイもまた、その言葉に敏感になった。この二人は、カイルの口からそれを聞いたことがある。何となく、解決の糸口が見えた気がした。


 同時に、リューイはハッとした。

「お前の傷・・・。」


 レッドは素早くリューイの腕をつかんだ。

「言うな。」


 まだこの場で知らせるべきではないと思った。ただの憶測で、村人たちを無駄に混乱させるべきではないと。今の段階では、リューイに言ったようにしか説明できないレッドは、まずはカイルに相談すべきだと考えた。そうすれば何かが分かり、今日中にでもこの問題を解決できるかもしれない。


 幸い、リューイの声は誰の耳にも留まらなかった。


 エミリオがゆっくりと、長く、重たい深呼吸をした。


 隣にいるギルは、実はエミリオのそんな異変にも気付いて心配していた。ずっとそうであったようだが、今それが、はっきりと表情から見て取れたのである。


 ギルは、エミリオの顔をのぞきこんだ。

「顔色が良くないな。どうした。」


「気分が少し・・・。今朝はどうもなかったんだが、なぜかな。」


 そう答えるあいだにも、ギルにはみるみる青ざめゆくように思われた。


 エミリオはうつむいて、辛そうにひたいに手を当てた。


「戻ろうか。」


 ギルはそっとエミリオの背中に手をやり、優しくうながした。それと一緒に、シャナイアも背中を向けた。


 三人がその場を離れたあと、集まった村人たちも次第に散り始めた。みな不快な思いをしながら、このあといつも通りそれぞれの仕事に取りかからなければならない。


 レッドは首を伸ばして、葡萄ぶどう園を越えたところをふと見上げた。その向こうには、シオンという名の森がある。


 そのまま考え事をしていたレッドも、リューイに声をかけられて来た道を戻り始めた。


 その時、偶然、指導者ふうの彼が仲間と相談している声を聞いた。


「メテウス(収穫の女神メテウスモリアの通称)様には、ほかの農場へお移りになっていただこう。」








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