軒先の友情1 ― レッドとカイル
「さて・・・。」と、ほかの者たちの注意をひいて、ギルは食卓に視線を戻した。「カイルのことはレッドに任せて、俺たちもいただこうか。せっかくのグラタンが冷めちまう。」
ウッドデッキが張り出している玄関ポーチには、三段の階段が設けられている。そこに座っている少年の背中は、思わず支えてやりたくなるほど弱々しく、情けの無いものに見えた。
「こらガキ、どうした。」
そのすっかり意気消沈しきった姿に、声をかけ始めは思わず憎まれ口になってしまった。だがレッドは、それをまずいとは思わなかったし、むしろ変に優しい声をかけるよりは、こうして切り出す方がいいような気がした。
カイルにはドアの軋む音が聞こえていたし、気配も感じたが、振り向いて確かめることはなかった。声がして呼ばれたが、それも無視した。その声に誰かもたちどころに分かったが、どうでもよいことだった。
レッドは腰に両手を当てて、わざと派手なため息をついてみせる。
「調子狂うんだよ。お前がそんなふうに落ち込んでると。」
カイルの肩が震えたのが分かった。そして、やっと向けてくれた片目にレッドは瞬間ドキッとし、みるみる顔を曇らせた。
「カイル・・・。」レッドは静かに歩いて、カイルの隣に腰を下ろした。「何があった。」
軒先の階段がある狭い場所に、二人は並んで座っていた。目の前には緩やかに起伏する草原が広がっていて、遠くに、牧場の柵が影絵のように浮かんで見える。雲を透かして、まだ丸い月が辛うじて窺える夜空のもと、今日の出来事をぽつりぽつりと語り始めたカイルは、いつの間にか、レッドに気の休まる何かを求めるようになっていた。吹きつける風が心にまで沁みてきたが、隣にいてくれている者の存在感には、確かに安らぎを覚えることができた。
「彼女こう言ったんだ。また同じ目・・・もうたくさんだって・・・。きっと・・・どういう思いであれ、ずっと違う目で見られてきて、それが悲しかったんだと思う。」
「それが分かっていながら、絶句しちまったわけか?」
カイルは下を向いて黙ったが、一つうなずいた。
「なら、今もまだ思ってるわけじゃないんだろ。そっとしておいた方がよかった・・・なんて。その子のために本当はどうしたいか・・・お前なら。」
レッドはカイルの顔をずっと見つめて話していたが、カイルの方はずっと自分の足元を見つめている。
その子がカイルに冷たくあたった理由。今聞いた話から推測する限り、人に構われたくない・・・と、本気で思っているとは、レッドには思えなかった。伝わってきたのは人に対する恐怖心だ。不安や劣等感、それに、孤独感。むしろ救い手が必要な子だろう。それには、この少年こそふさわしい。
しかし、そのカイルからの返事がなかなか返ってはこない。
「もしそこで言うことができていたら、何て言ってやるべきだったと思う。」
すぐには何も浮かばず黙ったままのカイルだったが、やがて素直な声で、「思いつかない・・・。」と答えた。
「何も言わなくていいんだよ。」
とても静かな声で、レッドは言葉を続けた。
「分からないなら、ただ抱きしめてやるだけでもよかったんじゃないか? 彼女に何て言われたかを考えてみれば・・・。だったら、きっと、それが一番伝わる。何も言えなくたっていいが、お前はそこで、絶句するより先に両手を伸ばしてやるべきだったろう。その子の目を見て、ためらわずに正面からしっかりとな。」
レッドは落ち込んでいるカイルの頭に手を置いて、ほほ笑んだ。
「行ってこいよ。」
カイルは、レッドの目を見た。その容貌の険しさを、そうは思わせない優しい笑みが浮かんでいる。
だがカイルは、自信なさげに、膝の間で組んでいる自分の手元にまた視線を落とした。
「・・・分かってもらえるかな。」
「ああ。それができさえすれば、きっと・・・。」
カイルの肩に手を回して、レッドは力強く言った。
「きっと友達になれるさ。」
カイルは少し滅入った気持ちがふっきれて、その分自信に変わりゆくのを感じた。
カイルもほほ笑み返した。
夜空は、また少し雲が濃くなったようだった。