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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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不自然な食卓


 その日の夜は、明るい月にうっすらと雲がかかっていた。次第に濃くなっているようなので、明日は雨の一日になるかもしれない。祭りの日をその翌日に控えている村人たちにとっては思わしくない夜空である。


 その村で、一行いっこうは大きな二階建てのログハウスに宿泊している。家主は、カイルが助けた村長の息子だ。彼は芸術家で、心のおもむく場所へ行き、思うがままに作品を作り続けているのだそう。そのため、今はたまたま空いているだけの空き家である。そういうわけで気が引ける一行をうなずかせたのは、もともと宿泊を求めてきた旅人への指定宿とされていることと、そして、もし壊されて困るような作品があるのなら、彼の旅はとっくに終わっているはずだという言葉だった。


 そして村人たちは、彼らのために ―― 一日でも長く医者にいてもらうために ―― 進んで動いた。まずは足りない寝床を作るのに、急遽マットと毛布や布団を用意した。それを広い居間に二つ。それからアトリエと書斎、そして展示室に設置した。部屋割りは、居間をエミリオとギルの二人が、書斎をリューイが、展示室をカイルが、そしてレッドは、二階のアトリエを使うことになった。そういうわけで、もともとベッドのあった寝室には、ミーアとレッドではなく、シャナイアである。ミーアのために気を利かせて、母親の温もりに近い、唯一女性であるシャナイアにレッドが頼んだのだ。 


 ただ、レッドが借りたアトリエは、村人たちよりも一足先に中を見てみた時には、ひどい有様だった。書斎も、展示室も、たまたまのぞいた物置部屋でさえも整理整頓がきちんとされていたのに、アトリエだけが滅茶苦茶に散らかっていたのである。


 だがレッドは、芸術家の仕事場だということで特に気にすることもなく、やたらに手を付けないよう気をつけながら片付けた。床一面ゆかいちめんに散乱していた木材や布きれ、それに彫刻刀や筆を。


 芸術家のこの家の食堂には、都合よく長い食卓があった。椅子も、意匠いしょうを凝らした手製のものがそろっている。帰郷の度に決まって友人たちが押しかけてきて、無事に戻った祝宴を開いてくれるためだという。


 食事の一切はシャナイアに任せられていた。彼女の内面は、男以上に男まさりでありながら、女らしさもじゅうぶんに持ち合わせている。事実、黙っていればただの色っぽい美人だ。それを分かっているつもりなので、彼女が戦士であり、肉体的にも精神的にも強い女性だと知っていても、レッドは彼女のすることをいちいちひやかしたり、文句をつけることもなかった。


 しかし今晩の食事には、レッドも思わず不平を零さずにはいられない。


「おい・・・何がやりたい。」


 レッドは食卓に並んでいるものを見回して、最後、シャナイアの顔に目をえた。


「何よ、何のことよ。」と、シャナイアもにらみ返した。


「こっちがききたいね。このチーズづくしは何なんだっ。どうしてなんだっ。」

 レッドは食卓に指を突きつけ、そうがなりたてた。


 ここに来てこれが六度目のシャナイアの手料理だったが、これほどふざけた、もしくは嫌味たらしい献立をレッドは見たことがない。


 見事に統一されている。たっぷりとチーズをふりかけて焼くグラタンに始まり、だがチーズのサラダ、チーズのサンドイッチ、胚芽パンの付け合わせにはクリームチーズ。それに鶏肉料理からも白いチーズが溶け出している。絶対に余計だと思われる果物にまで、わかりやすくチーズが添えられているのを見た時、レッドは確信した。


 これは遊んでいる。


 彼女は確かに料理が上手で、いつも多種多様で満足のいくものを作ってくれる。しかし今夜のこのチーズ三昧ざんまいは、絶対にウケ狙いだ。


「さすがに味飽きするだろうっ。冗談のつもりか、これは。それとも何かの嫌がらせか?」


「私の工夫にケチつける気なのっ。いただいたのよ、ここの親切なおばさま方に。自家製でとても美味しいからって。あなた、さてはチーズ嫌いなんでしょ。」


「馬鹿ぬかせ。俺は、お前のその悪戯いたずら好きが気に入らないだけだ。」


 そう、ミーアの髪だって、それでやられた —— とレッドは思っている。(※ 第4章「イオの大祭」― イメージチェンジ:参照)


 そのミーアだけは、エミリオやギルの許しを得て先に「いただきます。」をしてからは、食べること一つに夢中になっている。


「そら始まった。いつもの・・・」


「子供の喧嘩だ。」


 リューイが半分楽しんで言い、ギルはやれやれといった顔をしている。


「ぶつくさ言う前に食べてみたらどうなのっ。種類もメニューも違うんだから、味だって全然違うわよっ。全部おいしく食べきれるわよっ。」シャナイアは口喧嘩の勢いのまま、「ね、カイル。」と、首を向けた。


 ところが。


「ごちそうさま・・・。」


 カイルはうつむいたままそうつぶやいて、力無く席を立った。そしてもっと弱々しく、消えてしまいそうな足取りで玄関へ向かったのである。首をうな垂れ、肩を落とし、そして目線は常に床の上。出入り口で危うくひたいをぶつけそうになった時でさえ顔を上げず、頭を下げたままノブをひねり、外へ出て、音もなくドアを閉じた。


 ひんやりとした外気が食卓に滑り込んできた。


「ほらみろ。」

 横目に玄関を見て、レッドが言った。


「あの子、チーズ嫌いだったのかしら。」


「二人とも・・・。」

 エミリオが穏やかな声で、だが呆れ混じりに声をかけた。


「なかなかの茶番劇だったぞ。」と、ギルはゆがんだ笑みを浮かべている。それから、カイルが出て行った方へ視線を向けた。「帰ってから、ずっとああだ。」


「やっぱり変か・・・。」


「変ね。」


 ため息と共に、レッドもシャナイアもようやく席についた。いつもなら、決まってカイルが笑顔を振り撒きながら、ここで仲裁役を務めてくれるはずなのに。レッドはリューイともよくたわむれに口喧嘩をするが、それを ―― 適当に ―― 止めに入るのもカイルだった。


 カイルの食器を見てみれば、パンを一口かじっているだけである。


「分からねえな。」

 リューイが呟いた。どう考えを巡らしても、この数時間の間にカイルの身に起こった、少年をあのようにしたことの見当がまるでつかない。


 仲間たちはそろって、カイルが出て行ったあとの玄関ドアを見つめていた。


 重く、しんみりした沈黙が続いた。


「俺・・・。」

 誰よりも早く、レッドは立ち上がった。

「ちょっと行ってくる。」


 そうしてレッドが外へ出ると同時に夜風が流れ込んできて、窓のレースカーテンがふわりと泳いだ。その冷気は、すぐに室内の暖かい空気と混ざり合って消えた。









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