シオンの森で
木漏れ日で輝いている陽だまりに、カイルはいた。両手両膝を地面について夢中で草の根を掻き分けている。周りに密生している高木の枝には小鳥がいて、何か珍しい動物でも見るように、カイルのそんな様子を不思議そうに眺め下ろしている。
すると、小鳥たちにとっては奇妙なその生き物 ―― カイル ―― が、二本足でヌッと立ち上がった。小鳥たちはパタパタと羽音をたてて、止まり木から飛びたっていった。
「うーん・・・これといったものがないなあ・・・。」
カイルは頭を掻きながら、深々とため息をついて顔をのけぞらせた。
ここは、シオンと名付けられた樫の森。そびえ立つ常緑樹に囲まれた小さな空き地に佇み、枝葉の間から差し込む陽光に瞼を閉じると、カサカサとざわめく葉擦れの音が、今まで気付かなかった音が浮かび上がった。
心地良いその自然の音に、しばらく耳をかたむけていたカイル。そうして気持ちを切り替え、視線を下げると、視界を何かが横切った。
その瞬間、反射的に首が向いた。
すると、目に留めることができたそれは、希少な野生の小動物だ。大きさは生後二、三か月ほどの子猫くらいで、うさぎのような耳が下に垂れていて、少々毛が逆立っている・・・名前は出てこないが、とにかく珍しい種だ。それがなんと、すぐそこに立ち止って、こちらを見ている。ちょっと警戒しているようだ。
好奇心から、カイルはたちまち引き寄せられていった。しかし近づけば、やっぱり逃げられてしまう。どうしても触ってみたくて、カイルは夢中で追いかけた。
木の下の光と影を縫って進み、小川にかかる間に合わせの板橋を渡ると、草深い鬱蒼たる陰鬱な場所に入っていった。
徐々に速度をゆるめたカイルは、湿った空気を感じるところで立ち止まった。そして、がっかり肩をおとして、そこに立ち尽くした。
ああ・・・見失った。
目の前には、細い枝や蔓が絡み合う藪が立ちはだかっている。これ以上進むのは無理か・・・そう思いながらも、次にカイルは、そんな緑の壁に沿って移動してみた。
すると、あった。自然にできたものなのか、誰かが切り開いたものか分からないが、藪の壁に穴が開いたような小さなトンネルが。
その前にしゃがみ込んだカイルは、通り抜けることができるかどうかと奥に目を凝らした。目が届く限りは行き止まりはなさそう。もっと先は? その向こうは? と探るうちに、カイルは自然と四つん這いになっていた。そして目の前にかかる細長いものを払いのけ、体をくねらせながら、気付けば洞の中を突き進んでいた。中は不気味に薄暗い。
いくらか不安になったが、ふと気づけば、もう体の向きを変えて後戻りするのも一苦労。それで迷っているあいだも手足を止めずに進み続けていると・・・ようやく、はっきりと光を見つけた。
そこから這い出したカイルは、「いてて・・・。」と呻きながら、頭に手をやった。髪には緑の葉っぱが編みこまれ、腕には細い掠り傷ができている。
まず自分の体の状態を確かめたカイルは、それから顔を上げて、辺りの様相をみた。
目の前に、大きくて綺麗な沼がある。水はそれほど濁ってはいなくて青緑色をしている。その中に、水草の群落がうっすらと見える。水際のところどころに、背の高い葦がかたまって生えている。周囲は密生している植物に囲まれているが、ここの沼のほとりは、何度か切り開かれたような空き地になっていた。
カイルは追いかけていた小動物を探した。
そして、不意をつかれたような顔に。