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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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疑念1 ― エミリオの素性



 農夫は腰を曲げてそれを拾ってやり、顔を上げた。そして見た。若者のちょうど眉間みけんの上に刺青いれずみ ―― 鮮明で確かに鳥の形をしている ―― があるのを。農夫は目を丸くした。


 それが分かったが、レッドは手を伸ばして布を受け取り、「ああ、どうも。」と礼を言いうと、素早くひたいに結び直した。


 だが農夫は、その刺青についてよく知っているわけではなかった。しかし、ある理由から気にはなった・・・が、こだわらずに、なだらかな丘の上を目で示してみせながら言った。


「あそこに、びっくりするくらい綺麗な兄ちゃんなら座ってるぜ。ずっといたようだから、きいてみるといい。」


 レッドはひと言礼を言って柵から離れ、風をきって坂を上がっていった。


 すぐに農夫も背を向けたが、ふと肩越しに振り返った。かつて、額にわしの刺青をした男が、この村を訪れた時のことを思い出したのである。嵐の夜だった。一晩の宿を求めてきたその彼は、長身でたくましく、腰に剣を二本帯びていた。その名は、テリー・レイ・アークウェットといった。


 急ぎ足で丘の上を目指していたレッドは、ふと中腹辺りで立ち止まった。そして、せっかく結び直したばかりの布を、額から外した。先輩の形見であるそれを、レッドはしばらくじっと見つめる。そのあと、また額にではなく、ベルトに結びつけてから歩きだした。


 次第に、エミリオ一人ではないことが分かった。まだ幼い少年少女たちが、草の上で気持ちよさそうに寝転がっている姿が見えたからだ。ミーアもまた特等席ですやすやと眠っている。


 エミリオは、向かってくるレッドに気付いて微笑した。


「子守唄でも歌ってやったのか。」

 レッドはエミリオの手元にある楽器に気付いていたが、声をかけ始めにそう言った。


 エミリオは、相変わらずの穏やかな顔でミーアの寝顔を見下ろし、それから、周りにいる子供たちにも目を向けた。

「ちょうど昼寝の頃だったのだろう。示し合わせたようにこの通りだ。」


 レッドは、その優しい眼差しに思わず見惚みとれてから、同じように子供たちを眺めた。自然と目元が緩んでしまう。お子様らしいふっくらしたほおと、ぽかんと開けた口元。その安心しきった寝顔には、何とも言えない愛らしさと同時に平和を感じる。


「勇ましい名誉の象徴だな。」

 不意にエミリオが言った。


 レッドは、そこでこの額の紋章に注目されていることに気付いた。


「ああ、ここに来てまでそう神経質になることはないと思って。それにいつも隠してたんじゃあ、ここだけ肌の色が違っちまうからな。この機会に陽にさらそうと。」

 レッドはそう答えて、首をのけぞらせた。

「形見だから、肌身離さず持っておかないと落ち着かないけどな。」


 そのレッドは、いつもは二本帯びている剣を、ここでは一本しか備えていなかった。この明らかに平和な土地で物騒ぶっそうなものを見せつけるようにするのは気が引けたからだが、戦士たる者、剣が手元から無くなるというのもまた落ち着かないので、一本だけにしたのだ。それに、その剣もまた形見であるから。


「形見・・・。」と、エミリオは小声で呟いた。


 それがレッドには聞こえた。

「テリーっていうんだ。それしか知らない。俺に剣術を仕込んでくれた人だ。彼はアイアスで、それで勧められて俺もアイアスになった。だから、彼は俺の師であり、先輩であり、そして・・・恩人だ。」


 これ以上はもしきかれても話したくはないレッドだったが、ここまでなら案外に淡々と語ることができた。


 一方、形見や恩人という言葉は、エミリオにとっても辛い響きだ。自身にもまたそういうものがあり、人がいた。そこで目を伏せたエミリオは、少し首をひねって、木の幹に立て掛けてある自分の大剣を見た。


「その紫の宝石は、はは・・・の形見なんだ。」


 言葉を詰まらせてそう答えた美貌びぼうの男を、レッドはじっと見つめる。この機会に多くのことを追求したい気持ちになった。このエミリオと、もう一人ギルについては、知りたいこと、確かめたいことがたくさんある。その容姿には惑わされるし、この二人はどこか謎めいていて、どうもとんでもない秘密ごとがありそうな臭いがするからだ。それがどうしても、馬鹿なとは思いながらも、最も気になることに結びついてしまう。なぜなら、その馬鹿げた推測と奇妙にも一致いっちする点 ―― それらは決して容易たやすいことでも、ありふれたことでもないのに ―― が多く、その疑念は、彼らと親しくなればなるほど薄れてゆくものの、彼らを知れば知るほど裏づけられてゆくのである。


 レッドは、どう話を運ぶかを考えた。

「優しい人なんだろうな・・・あ、いや、エミリオがおだやか過ぎるから。」


 そう言われて、エミリオは微笑を返した。

「母は私を連れて、病人や老人の家をよく訪れていた。全ての人にとても優しい母だった。」


 やはり考えすぎか。皇后や皇太子がそんなことするわけないもんな・・・。


「その剣・・・。」


「え・・・。」


「ちょっと見せてもらってもいいかな。」


「ああ。」

 眠っているミーアを抱いているため、エミリオはなるべく姿勢を崩さないよう自分の剣に手を伸ばし、レッドに渡した。


 エミリオとギルのものは、典型的な両手剣である大剣よりも小振りに作られていて、鋭さもある特注品。レッドはさやから少し引き抜いて、その刃の質と輝き、それに、ささやかながら精緻せいちな装飾にため息を漏らした。さらには、完璧に手入れがされてあるとはいえ、かなり使い込んでいることも分かった。


「やっぱり素晴らしいな。前に森で助けてもらった時に、少し見てから気になってたんだ。ギルの剣も見事だったが、同等の価値がある。いつから戦い方を?」


「十一の歳からだ。」


「こんなこと言うのもなんだけど・・・あんまり似合わないっていうか・・・その、戦いって、人殺しだから。」


「私は、剣術には全く興味を示さない読書好きの子供だった。」


「だろうな。そんな感じだからさ。けど、その強さは嫌々《いやいや》習って身につくものじゃない。」


「教えてくれた人が、それは熱心に手厳てきびしく指導してくれてね。その期待に応えようと必死でついていった。そのおかげかな。」


 手厳しく指導か・・・皇子に対して? やっぱり・・・二人がそうだなんてこと、あるわけないか・・・。

 だが・・・普通なら、彼らだって、英雄と呼ばれるほど強くなれるわけがない。あの二人の皇子は、普通の皇族とは違う生き方をしてきたのだとしたら・・・あり得ないこともないんじゃないか。


 無反応のまま知らずと難しい顔になるレッドを、エミリオも分かって見つめていた。


「どうかしたかい。」


「ああ、いや・・・何でも。」と、レッドは我に返った。「ところで、カイルを知らないか。」


「そういえば、森へ薬草を取りに行くなどと言っていたが・・・患者かい?」


「ああ、子供とじいさんが来てるんだ。」


「そうか、困ったな。早く戻ってくれればいいが。」


 二人は一緒に南の森の方を見た。










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