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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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青年と孤馬



「気に入ったんじゃなくて、気になるんだ。元気がねえからさ、こいつ・・・病気かな。」


「病気?」

 いくらかあきれたというようにギルは言った。

「へんにせているわけでもないし、立てるくらいなら上等だ。俺にはすねているようにしか見えないが。」


「その馬は、もう何か月もその通りさ。落ち込んじまってな。」


 その時、そう言いながら歩いてくるのは、さきほどの農夫だ。


「え・・・なんで。知ってるのか。」

 リューイは、そばにやってきた農夫の目をのぞきこんだ。


「その馬の母親がな、病気のせいで・・・そいつは目に障害をもって生まれたんだ。町の獣医に診てもらって見えるようにはなったんだが、離れて治療をしているその間に母親は死んじまって・・・。」


「父さんは。」

 リューイは言下に問うた。


「父親もだよ・・・。訳も分からず子供を連れて行かれ、そのうえ愛妻まで亡くしたからか、それからというもの、あいつは何も食べなくなっちまったんだ。そうしてみるみる痩せ細って、とうとう・・・。」

 語尾は囁くように小さくなり、それと共に農夫の顔も曇っていった。


「それじゃあ・・・それじゃあ、こいつは一人ぼっちじゃないか。」

 リューイは柵の天辺てっぺんに一度手を付いただけで飛び越え、馬のかたわらに着地した。


「他の馬が気にして近づいても、誰が何をしてやっても、一向に心を開いてくれないんだよ。」


「両親の温もりをずっと肌で感じていたってわけか・・・。見えていなかったとはいえ、おかしいと気付くだろうし、違うと分かるだろう。」


 わけを知ったギルも静かな声でそう言った。そして、その馬の親子の間に悲しい勘違いが起きていたかもしれないと、ふと考えた。父親は、目の見えない我が子が連れて行かれてひどい目に遭わされると思ったかもしれず、そんな時になぐさめ合える愛妻を亡くしたのだとしたら・・・。一方、死んでしまったとも知らず、そばに来てはくれなくなった両親に、子供は見捨てられたと感じたかもしれない。自分ならと考えても、死にたくもなるだろうし、すねたくもなるだろう。人間も動物も同じだな・・・と、ギルはつくづく思い、痛切感にかられた。


 リューイは馬の真横にしゃがみ込んで、下へ向けられているたてがみでた。

「それですねてるのか? お前。」


 そうされても、馬はぜんまいが切れる間際まぎわの玩具のように、のろのろと動作を止めただけである。


「そうか・・・母さんや父さんの顔知らないのか。」


 やがてもう片手が首筋をなぞったが、馬は何の反応も、微動だにもしなかった。


「俺と一緒だな・・・。」


 この時ギルは、馬の様子に変化が起きたのをやっと見てとった。長らく自分の殻に閉じこもっていたそいつが、かすかに面食らったような反応をしたと思った。


 リューイが、下から馬首を抱くように片手を回して、自分の頬を押しつけたところだった。


 リューイはそのまま動かなかった。風が髪を掻き乱しても、馬がそっと頭をすり寄せるのを感じても、そうして馬首にすがりついたまましばらくが過ぎた。


 ギルには、その孤独の殻に亀裂が生じ、剥がれ落ちてゆくのが分かった。そして何も無かった心中に、何か暖かいもの、リューイとその馬との何か通じ合う感情が融合して、空虚な心を満たしてゆくのが傍目はためにも感じられた。


「リューイ、散策に行かないか?そいつに乗って。」


 それでギルがそう提案すると、そばにいた農夫は悲しげに手を振った。


「その馬は走らないよ。」


「走るさ。」

 ギルは力強く言って返すと、リューイを見て手綱を軽く持ち上げてみせた。

「な、行こうぜ。」


 何やら考えていたリューイも、とりあえず本人の意向を聞いてみることに。

「俺と遊びに行くか?」


 すると農夫が驚いたことには、その馬が元気良くさかんに尾を振ったのである。それが精一杯の意思表示なのだろうとリューイは思って嬉しくなり、早速ひょいとくらの上に乗り上がった。


「俺、馬には乗ったことねえけど、これ持って行きたい方言えばいいんだろ?」


 ギルが気付いた時には、リューイはもう走りだしながら手綱を握り締めてそう言い、瞬く間に柵の外へと飛び出して、行ってしまった。


 あまりの軽快さに思わず唖然となったギルは、それからあわてた。


「何だと待て、そんなわけあるかっ!」


 ギルは柵の切れ目に馬を向かわせると、急いでその後を追った。


「だいたい馬にはって、ヒョウとかトラならあるっていうんじゃないだろうなっ。」


 二頭の馬は風のように去っていき、あとには農夫が呆気にとられた顔で、ただただ立ち尽くすばかりだ。


「おじさん。」


 農夫は、背後から耳慣れない声で呼びかけられた。振り向くと、そこにいたのは額に赤い布を結び付けている精悍せいかんな若者である。


「今突っ走って行ったのは、紫の眼の二枚目と、金髪碧眼(へきがん)の美青年かい。」


「ああ、二人共お前さんのお友達だよ。たいした男たちだ。使い者にならない馬をやすやすと手懐てなずけちまった。あの紫の目の兄ちゃんなんて、暴れ馬を見事に乗りこなしてるぜ。」


「あいつ、乗馬の腕もいいのか・・・。」


 レッドはそう呟くと同時に、アルバドル帝国の宰相さいしょうが言っていた言葉を思い出した。確か、皇子も右に出る者はいないくらいの乗り手だとか・・・。だがそれから、自分の考えに呆れたというように首を振った。


「じゃあさ、黒髪の少年も見なかったかな。探してるんだけど・・・。」


「ああ、もうすっかり評判の坊やだからな。だが、今日は見かけなかったぜ。」


「そうか。あいつらにきこうと思ったんだが。」


 レッドは草原の彼方かなたを見ながら、参ったなというように片手で前髪を掻き上げた。その時、額の布に指が引っ掛かって外れた。おまけに突風に吹き飛ばされて、それは農夫の足元に落ちた。









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