次の目的地 ―― 白亜の町 ニルス へ
レッドは、取り残されてカンカンに怒っているだろうミーアが、キースにどう反応するか不安だった。
ところが、とたんに怯え出すかと思いきや、キースを見るなり、ミーアは大きな黒猫だと言って大はしゃぎ。そのうえ眠たくないと言い張って、いつまでもキースと遊びたがる始末。その時キースは、あの野生の猛獣そのものの姿が嘘のような表情で、少女の顔をペロッと舐めた。なるほど、リューイが言った通り、気のいいところを見せたのである。だがそれでも、レッドはひやひやしてならなかった。
やがて無理やりミーアを抱き上げたレッドは、そのまま寝かしつけに二階の部屋へ上がっていった。
それから三十分以上が経っていた。
ほかの者は再び居間に集まり、ヴェネッサまでの行路を話し合う会議を開いていた。
テーブルに広げた地図は二つ。大陸全図ともう一つ、その都度購入する地域図である。今は、ここから近場の情報が詳しく記された地域図を上にして置かれていた。
「ニルスが一番大きな町になるかなあ・・・この道を行くとすると、間にあるのは村ばっかりだ。」
そのポイント地点までの道のりに指を滑らせながら、カイルが言った。
「バファル山脈を見渡せるこの平野。ここを通ると、それまで村しかない。」
「ニルスならちょうどいいわ。」
シャナイアが声を弾ませた。
「おじさまの息子さんが、ニルス付近で穀物栽培の農業を営んでるんだけど、借りてる馬車があるらしいの。返さないとって言ってたから、その馬車で出発しましょ。通り道のはずよ。私もその息子さんのことは知ってるから、きっと泊めてもらえるわ。」
「馬車があれば、二人に無理させないで済むな。」
ギルが言った。
足を痛めているエミリオとカイルは、目を見て苦笑し合う。
「その近くのリトレア湖へは、子供の頃に何度か連れて行ってもらったことがあるけど、町の中心は知らないわ。なんでも、町並みがすごく綺麗なんですって。」
「白亜の町とも呼ばれているそうだ。古代の王家一族は、その中にある城に住んでいたという城郭都市らしい。」
さりげなくエミリオが言った。
「はくあ?」
リューイが首をひねった。
「本来は石灰岩・・・白い岩のことだよ。白壁の建築物を表現する時にも使われる言葉だ。ニルスは屋根や漆喰が白い家宅が多いために、遠くからだと町全体が白一色に見えるらしい。」
エミリオは分かりやすく説明した。地理と歴史の授業で、そう軽く教えられたことがある。
「昔から腕のいい職人がそろう町としても有名だな。」
ギルが付け加えた。
エミリオもそうだったが、今ここにいる者たちに限っては、どんな知識を、どのように語っても問題ないような気がした。
エミリオは身を乗り出して、地図に目を凝らした。
「ずっと野宿というのも辛いだろうから、この辺りの村・・・リサかカルノで一日ゆっくりしようか。ミーアとシャナイアだけでも泊めてもらえるかもしれない。」
「ミーアの付き添いってことなら、お言葉に甘えて。」
シャナイアがどこか不満そうに答えた。シャナイアは、か弱い女だと思われることを嫌った。これまでの経歴から。
「でも、私が戦士ってことお忘れなく。野宿には慣れっこよ。今後お気遣いなくどうぞ。」
そうしてだいたいの予定が立ち、ここで顔を上げたカイルは不意に気付いた。
「それも売ってたの?」
カイルはエミリオの腰のあたりを指差して言った。
エミリオが腰を閉めているベルトには、細長い笛の入った袋が結び付けられている。シャナイアが一儲けしようと、急遽手に入れてきたものだ。
「このフィルートかい。」
エミリオは腰に手をやり、紐をほどいた。
「ああ。シャナイアから頂いたんだ。」
袋の中から出てきたものは、白い横笛である。
「私が持っていても仕方ないもの。ああ・・・それにしても、耳に残って放れないあの音色・・・。思わず、こっちがお客になっちゃいそうだったわ。」
シャナイアは頬杖をついて、顔をとろけさせた。
「聴きたいっ、聴かせて!」
エミリオは目を細めると、カイルの強い要望に応えて、白い横笛を口元へ持っていった。
その時、やっと寝ついたミーアから離れて、階段のとば口にいたレッド。思わずそこで立ち止まった。耳を傾けざるをえない音が聞こえる。知らずと目を閉じていたレッドは、天の川を漂うような美しい天上のしらべに耳をすました。
—— 邂逅編 E N D ——