旅芸人として
「キース ⁉ 」
茂みの中から、カイルのすっとんきょうな声。
野獣が頭を起こした。そして、ようやくリューイに焦点を合わせた。
すると、たちまち変化が・・・。
なんと怒りに吊り上がった双眸はみるみる穏やかになり、威嚇してとがった背中は、なだらかな曲線を描いて下りていくのである。
リューイは、胸を撫で下ろして笑った。
「ようし、いい子だ。俺を捜しに出てきたんだろ? ウィリーやタムタムや、ラビは元気か?」
「信じられない。」
周りの男たちは、一様にあんぐりと大口を開けている。
「ダメじゃないか、皆のそばを離れちゃあ。さあ、この森をたどって、真っ直ぐにじいさんの所へお帰り。」
するとキースは、リューイが優しくそう促しても一向に言うことを聞こうとせず、足にまとわりついてきては、しきりに頬を摺り寄せ始めた。
「なんだ、どうした、様子が変だな。何があった?」
「リューイ・・・取り込み中すまないが・・・どういうことだい。」
エミリオはポーカーフェイスの動揺している声で問うた。
「その黒ヒョウは・・・し、知り合いか。」と、ギル。
そんな二人の傍らでは、レッドが、この男を常識で考えていては、この先とても付き合っていけない・・・と理解して覚悟を決めた。
やがて、シャナイアとカイルも恐る恐る様子を窺いながら茂みを掻き分けてきた。
そうして仲間が目の前にそろうと、リューイはまるで飼い犬でも紹介するかのように、平然とこう言った。
「こいつはキース。俺の親友なんだ。なりはこんなだけど、おとなしくて気のいいヤツだよ。」
仲間たちは一斉に後ずさった。あんな恐ろしげな形相を見たあとでは、おとなしい・・・というのは、あまりに説得力が無さ過ぎる。
「噛みつきゃしないって。」
「絶対? 絶対?」
カイルなどは、ちゃっかりレッドを楯にしている。
リューイは、キースの頭を撫で回して朗らかに笑った。
「で、どうするんだ?そのお友達は。」
ギルがいくらか呆れた声できいた。
「それが・・・様子がおかしいんだ。何かあったらしい。悪いけど、もしよかったら・・・俺の故郷にも寄ってもらえるかな。」
「故郷って?」と、シャナイア。
「アースリーヴェだってよ。」
今となっては、それは真実なのだろうという気持ちで、レッドが教えた。
「密林じゃない!」
「不思議はないだろ。」
レッドはそう答えて、エミリオとギルに目を向ける。
二人ともに、納得したような顔でうなずいた。
ギルはそれから、レッドの背後で顔だけを覗かせている少年を見た。
「カイル、構わないか?」
やや考え込んだものの、やがてカイルは、「これも運命かな・・・。」との返事。
これを聞くと、ほかの者たちも同意するしかなかった。レッドは、エミリオとギルがこの先自然とリーダー格になっていくだろうと予想していたし、ふさわしいと直感してもいたが、この旅の行き先においての主導権を握っているのは、とりあえずカイルだ。
「悪いな。」
ほっとした笑顔を浮かべたリューイだが、そのあと途切れ途切れにこう言葉を続ける。
「それで、その・・・こいつだけど・・・一緒に連れて行ってもいいか?」と。
「冗談でしょっ⁉」
シャナイアが悲鳴を上げた。
「勘弁してくれ。」
さすがに、レッドもうろたえた。
「リューイ、いくらなんでも目立ち過ぎるぞ。」
ギルは、犬や猫じゃあないんだぞ? という面持ちである。
「それに、その・・・お友達の身も危険だ。」
エミリオは真面目にそう言った。
「今回のように、猛獣というだけで殺されかねない。」
「そのお友達自体、危険だよっ。」と、カイル。
リューイは叱られた子供のようにしゅんとしてしまった・・・。
「ごめんな、キース。やっぱりお前は、俺たちの仲間にはなれないみたいだ。先に一人でお帰り。」
そう言うと、リューイはしゃがんでキースの首に両腕を回した。何の抵抗もなく、野生の肉食獣に頬擦りをしたのである。そしてキースの方は、お返しにリューイの顔をペロペロと舐めていた。その姿を見る限りでは、なるほど、まるで犬や猫のようだ。
仲間たちは参ったな・・・と、顔を見合わせる。そして、それぞれが黙って考え込み、やがて目だけで頷き合った。
「本当に、おとなしいんだろうな。」
レッドが少し厳しい声をかけた。
リューイは驚いたように目を向けた。その言葉の意味は・・・たちまち顔いっぱいに笑顔が広がる。
「絶対、大丈夫。」
真顔でリューイは強くうなずいた。
「お前が保証するって意味だな。」
「ああそう、それ。俺が保証する。」
「旅芸人でも気取るか。」
やれやれとため息をついて、ギルが言った。
「そうね、レッドが裸踊りしながら剣とか飲み込んでみせたら、それらしく見えるかもね。」
「剣とか ⁉ お前、本気で言ってんのか!」
「あら、レッドを見込んで言ってんのよ。」
「リューイが回転の連続技でもしてみせれば?」と、カイル。
リューイは満面の笑顔で喜んだ。すぐに信用し認めてくれたことも。
「お前も今日から仲間だ、キース。」
キースがリューイに飛びかかった・・・! いや、飛びかかっていったように見えた。まだ座ったままだったリューイが、相手の体と勢いに押されるままに地面に背中をつけたからだ。
レッドの手は反射的に剣の柄を握っていた。少し引き抜いた白刃をそっと鞘に収めて、苦笑を浮かべる。いけない・・・こいつも今日から仲間だった。声にせずそう呟いたレッドの目の前では、リューイが少年のように笑いながらキースとじゃれ合っている。
一方、このあいだ呆然と見ているばかりの猟師たち。
そんな彼らには、エミリオとギルが二人で説明をし、うまく納得させることができた。
新しくできた特別な旅仲間を連れて、一行は来た道を戻り始めた。
すると、途中で主人と出会った。主人はもう少しで腰を抜かすところだった。