消える人達
「・・・誰?」
激しい雨が降っていた。
ザーザーと視界が悪いほどに。
「お前・・・誰だよ。」
そんな大雨の中、急いで家に帰ろうとしていた男の前に人影が立ちはだかっていた。
「お前は一体・・・誰なんだよ!?」
雨のせいか、夜の暗闇のせいか定かではないが、輪郭はぼやけ、表情に至っては全くわからない。
男の前にいるのはまさしく“影”だった。
「夢幻にして深淵、幽玄なる饗宴、彼方への旅路、虚空へと誘い、死を迎えよ」
その“影”は言葉を発す。
低く掠れて、不気味なのに脳髄に染み込んでしっかりと聞こえる女の声であった。
「え?何?」
それでも聞こえなかったのか、それとも“影”の発した言葉の意味が判らなかったのか、今となっては定かではない。
男のさしていた傘がコロコロと転がり、男と“影”はそこからいなくなっていた。
☆
そこは雑踏。
数え切れないほどの人間達が行き交う交通の中心。
「痛ってぇな!!」
肩がぶつかり、男は荒げた声をぶつかってきた女に向けた。
「それはすいません。何分急いでいたもので・・・」
女は素直に謝るが、その女性が異様なほどに美人だったのを見て、男は良からぬ事をたくらむ。
「なぁ姉ちゃんよぉ。世の中そんなに甘くないんだわ。」
一人のチンピラが女に絡む。
そんな風景は当たり前になり過ぎ、周りの人間は見て見ぬフリをするどころか、本当に見すらしない。
「謝って済むなら警察はいらんのですよ。」
警察が関与する必要のない小さいいざこざを解決する為に謝罪という物はあるのだということを、男は冷静に頭に残してあるが、意識の外に強引に追い出していた。
「私にどうしろと?」
「素直で良いねぇ。ちょっとあっちの方でお話しようか。」
そういって男は路地裏の狭い通路のような所を掌で指し示す。
「チッ。だから屑は嫌いだ。」
女が呟いた何かは男の耳には届かなかった。
無数に人が行き交う雑踏の中、一人のチンピラが消えたことに誰も気付かなかった。
☆
「ヒィ・・・助けてくれ!助けてくれぇ!!」
男は顔は涙と鼻水でグシャグシャになりながら、それでも自分の命を救うことを目の前にいる女に懇願する。
そこは狭い路地裏。
周りは高いコンクリートの壁に囲まれ、人はおらず、音も人のいるところまでは届かない。
「別に殺したりはしない。」
異常なほどに残酷な顔をした女の口からそんな言葉を聞いても、男が安心できるはずがない。
「ヒッ・・・ヒィィ!!」
男は失禁し、腰を抜かし、それでも必死に女から距離を取ろうと後ずさる。
「なぜだぁ!なぜなんだぁ!!」
「理由?なんだそれは?それは今必要な質問か?」
女の残酷な一言。
その後、男はその場から消えうせ、
「これで全員か?あのチンピラも対象の一人だったとは・・・幸運だったな。」
女は呟き、その場から消えた。