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八、帝国の総攻撃!

八、帝国の総攻撃!


辺りは、夜の闇が陽の光に変わって舞い降りて来るように、徐々に薄暗くなっている。

ミーゼは、物資を運ぶ際に使う荷馬車を改良して作らせた寝台に眼をやりながら、考えていた。

帝国兵達が陣を張る小高い丘の前方には、先ほどベイグナルが大量に召還した妖魔達が前方の平原に顔を向けて、突撃の合図を今か、今かと待っている。

魔術師は、いつもより大量の妖魔達を召還したらしく、召還が終わると崩れるようにその場に倒れ、気絶してしまっていた。

魔術師の説明によると、魔法で召還した場合は術者が気絶したら支配が解けてしまうらしいのだが、妖魔支配の魔力のある“魔道具”により召還している為、自分が気を失っても支配が解ける事は無いそうだ。そしてそれは兵達全てに知らせてある。

だが、明らかに帝国兵は不安を抱いている。妖魔達の姿に怖れを抱き、動揺を隠しきれていないのが緊張した空気から伝わってくる。

砦を攻めた時も魔術師は気絶していたが、あの時と状況が違った。そんな説明だけでは、頭は解っていても心が恐怖や不安を感じるのを避ける事ができるはずが無かった。

数日前にこの場所で妖魔支配の魔力は消されて、妖魔達が自分達を襲って来たのだ。

いくら大丈夫だとは言っても、支配している本人が気絶しているのだから、不安や恐怖を感じるなという方が無理な話だ。加えて平原の入り口には、王国の魔術師が召還したと見られる巨人達が、先ほど姿を現してこちらを窺っている。

巨人族は、遙か昔に海を隔てた別の大陸に移り住んだと伝えられているが、ベイグナルが妖魔を召還するように、王国の魔術師も巨人を召還できる”魔道具“を持っているらしかった。

兵達は、小さな山ほどもある巨人達の姿に完全に浮き足立っていた。

ミーゼはその巨人達を見ながら、あんな物に襲われたら戦うどころか一瞬にして押し潰されてしまうと、眉を歪めてベイグナルの眼が覚めるのを待つしかない自分に、ちょっとした怒りを覚えていた。

平原の入り口に陣取る巨人達は、全部で三体いた。オーガの身長の三倍はあろうかという巨体である。それが、巨大な棒切れを持ってこちらを見ているのだ。

「魔術師殿はいかがされているのかな?」

と、そこへ聞きたくない冷たい声が後ろからかけられた。総大将ファルモスの声だった。

ミーゼは押し殺していた恐怖が、その声で一気に吹き出てくるような気分になり、背筋が寒くなるのを感じた。

「ベイグナル殿は、大量の妖魔を召還して気絶し、今は寝台で寝ています」

ミーゼは不快な思いをしながらもそれを隠して振り返ると、方膝をついて答えた。俯くその顔には、整った眉が嫌悪で歪んでいる。

顔を上げると見たくも無い、不健康そうな顔がある事は解っていたので、ミーゼはそのままじっとしていた。

ファルモス以外にも、何人かの側近の者達が同行しているようだ。足が何本か見えた。

「そうか、では起きたら知らせてくれ」

ミーゼの言葉に、ファルモスはそう答えると、ミーゼの返事も待たずに踵を返して歩いて行ってしまった。

ミーゼは立ち上がって一礼しながら返事をした。ファルモス達が行ってしまうと、その歩き方と言葉に、今までに無い感情があることに気が付いて、一人クスクスと笑っていた。

あの冷酷そうなファルモスも、明らかに恐怖を感じているようだったからだ。


しばらく経つと、ベイグナルが寝台から顔を覗かせて起きた事をミーゼに伝えてきた。

すっかり夜になり、辺りは暗くなっていたが、その日は雲があり、時折月の光が遮られていた。

ミーゼはすぐにファルモスへ知らせをやると、ベイグナルに巨人の事を話した。

「ん・・」

ベイグナルは、巨人をしばらく見つめると何やら短く呪文を唱え、もう一度巨人を見て大声を上げて笑い出した。

「なっ・・何がおかしいのだっ」

ミーゼは自分が笑われたのかと戸惑いながら、魔術師のいる寝台に一歩詰め寄ると言った。

「悪い、悪い」

そう言いながら魔術師は理由を説明した。

「だって、あれはただの、幻だよ」

まだ笑いが収まらないらしく、ベイグナルは少し涙目になりながら、大きな声でそう言った。

「それは本当か?」

そこへ、ベイグナルが起きたと知らせを受けたファルモスが、慌てた様子で駆け寄ってくる。

どうやら、ベイグナルの声が聞こえていたらしい。周りの兵達も一様に安堵しているのをミーゼは感じていた。

「きっと王国の連中は、恐れをなして幻影を作ったのさ、あんな物で足止めできると思ってもらったら、僕がいる意味が無いよ」

そう言いながら、魔術師は意味ありげに笑って見せた。

その魔術師様は今まで寝ていたんだろうがっと、ミーゼは言ってやりたい気持ちをファルモスの手前、抑えて方膝をついてファルモスに頭を下げる。

「では、あの巨人どもは、戦いはしないのだな?」

ファルモスも安堵した様子で、ベイグナルに念を押すように、もう一度聞き返した。

「はい、そうですね、あの幻影は無視して攻めても良いと思います」

ベイグナルは笑うのを止めて、涙を拭きながらそう言った。

「そうか、それでは総攻撃に移るとしようか、全ての兵に告げよっ」

魔術師の言葉に、ファルモスは自信満面の顔で声高にそう叫ぶと「合図をしたらいよいよだ」と言いながら、側近達を引き連れて去っていった。

普段は冷静で、あんなに取っ付き難くて冷たいのに、こういう時だけは自信に満ちるのだなと、ミーゼは不快さをさらに強く感じながらファルモスに返事を返した。

ファルモスが去ってから、顔を上げたミーゼは部下達に侵攻の準備をするように命じた。

ベイグナルは、よたよたとした足取りで寝台から降りると、欠伸をしながらミーゼの傍へ来て向こうに見える妖魔達と幻術で現れた巨人見ていた。

―ガンガンガンッ

しばらく経つと、侵攻開始を知らせる合図が鳴り響いた。

それを合図に、ベイグナルは妖魔達へ何か奇怪な言葉で叫んだ。ベイグナルの言葉が伝わったのだろう、妖魔達は一斉に恐ろしい声を張り上げながら、ゆっくり進み始めた。

ドーン・・ドーン・・

平原の方から、敵の銅鑼の音が聞こえてくる。王国兵達も、こちらの動き出した様子が見えたのだろう。

帝国兵達も声を張り上げながら、妖魔達と少し距離を置いて進み始める。ミーゼやベイグナル、それにミーゼ配下の部下達も一緒に進み始めた。


ドーン・・ドーン・・

銅鑼の鳴る音が聞こえてきた。

今まで動かずにいた帝国兵が、いよいよ侵攻を開始したのだ。

すでに暗くなり、雲の出ている空からは大地を照らす月の明かりが、時折差し込むだけであった。

パチパチと小さな音を上げて、幾つもの篝火が燃えている。

「いよいよ来たな・・」

カルマは誰に言うとでも無く呟くと、傍らの魔術師を見た。すでにフェイラの顔には生気が戻り、歳相応の張りのある肌が篝火の炎に照らされて、白い色を赤く染めている。

「どうやら幻影は見破られたようですね・・」

フェイラは涼しい顔を前方に向けながらカルマに答えた。

カルマはそれを聞くと、一呼吸置いてから叫んだ。

「前列の隊は武器を構えよっ、後ろの物は弓を引けっ、妖魔どもと結託した連中など恐れるに足らんっ勇気を示すのだっ」

カルマは、少しずつ前に出ながら叫び続けて、味方の兵を鼓舞していく。

それを聞き、周りの兵達から喊声上がる。

カルマは叫びながら満足そうに頷くと、平原の中央まで進んだ。険しい表情を浮かべながら騎上で陣形見たカルマは、傍らに控える副官達に次々と指示を出していく。

「来たぞー」

その声と、ほぼ同時に両軍の先陣がぶつかった。相手は妖魔を楯に進み、後ろから矢を放ってくる。こちらも負けじと矢を射返していく。何体もの妖魔と味方の騎士達が倒れていく様子が、雲の合間から差す月明かりに照らされてうっすらと見えてくる。

武器が打ち合わされる音や断末魔の悲鳴、人と妖魔の上げる叫びの混じった声が聞こえてくる。

カルマは時折、叫びながらその光景に眼を向けていた。

フェイラも少し青褪めた様子で戦闘を見ている。

先頭で戦っている騎士達は、今までとは違って数の多い妖魔と、飛んでくる矢に苦戦を強いられているようであった。

―まずいな・・

それはカルマの率直な感想であった。

敵は妖魔に当たるのも構わずに矢を放ってくるが、こちらは矢が味方の兵に当たらない様に射掛けているので分が悪かった。

「お待ちください」

前に進もうとしたカルマを制してフェイラが声をかけた。

カルマは前線に近い場所まで行き、態勢を立て直そうとしていたのだ。

その声にカルマは馬をとめて、フェイラを見た。

フェイラは、すでに杖を構えて何やら呪文を唱え始めていた。少し時間がかかるようだ。女魔術師の額に浮かんだ汗が、篝火に照らされて赤く輝いている。

フェイラはしばらくすると、両手をあげて雲の出ている大空を見上げた。そして右手を顔の前へ持って来ると、細かく動かしながら印を結ぶ。眉間にしわがより、形良く整えられた眉が少し歪んでいるのが解る。

「はぁーっ」

少し甲高いフェイラの声が聞こえた。

それと同時に杖を持った左手を、帝国兵の陣の方へ陣振り下ろす。

すると、辺りに轟音が轟き始めた。何事かと兵達が動揺し始める。

それと同時にフェイラの身体が、前のめりに力なく倒れた。

「落ち着けっ、フェイラ殿の魔法だっ、害は無い、攻め立てよっ」

カルマは、轟音に負けないように声を張り上げて叫びながら、フェイラの身体を両手で受け止めると抱きかかえる様にして支えた。

その時だった。

北に広がる森の上空の雲が赤くなり、次の瞬間、雲が割れて赤い塊が落ちて来たのだ。

―サモンズ・メテオ隕石召還!

カルマはそれを見て戦慄した。周りの兵達からもどよめきが起こる。皆、戦など忘れてしまったかのように空を見上げていた。

カルマも聞いた事しかない魔法を目の前にして、魔術師の力を改めて見直すと同時に、隕石の向かう先にいる帝国兵の無残な末路を想像した。

ドドドドドドドドドンンッ

物凄い巨大な音を轟かせて、隕石は局地的な地震を発生させながら帝国兵の陣の左側へ落ちた。その衝撃と爆風が、まるで波のように、少し間を空けてこちらまで押し寄せてきた。

周りでは兵達が悲鳴を上げながら身を縮めている。だが、遠かった為に篝火が倒れたくらいで被害はほとんど無いようであった。

見ると、帝国兵の陣は左側から炎に包まれて、その炎の明かりに照らし出された人影が右往左往するのが見える。

先陣で戦っていた味方の兵士も、地震が収まると勢いを取り戻して攻め立て始めた。

カルマはふと、強大な魔法の為に疲労しているフェイラに眼をやる。

女魔術師は生気の抜けた青白い顔をして、眠っている様に眼を閉じていた。顔には汗が浮かび、体中の力が抜けてぐったりとしている。小さな胸が苦しそうに上下しているのを見ると、どうやら気を失っているだけらしい。

フェイラは渾身の魔力でこの大魔法を完成させたようだった。

“サモンズ・メテオ隕石召還”の魔法は話には聞いた事があるが、ザーナ魔法王国で学んだ正規の魔術師でも、使える者はあまりいない。それどころか、大陸中でこの魔法を使える魔術師が、数えるくらいしか存在しない事をカルマは知っていた。

そんな大魔法を、まだ二十歳を少し越えたくらいの年頃の娘が行使してしまうのだ。つくづく、フェイラが味方で良かったと感じるカルマであった。

カルマは周りにいる騎士に女魔術師の身体を預けて、後ろで寝かせて置くように言うと前線に眼を向けた。

どうやら、敵から放たれていた矢は、すでにやんでいるらしかった。帝国兵の陣も大分混乱しているらしく、まだ右往左往している様子が魔法の残り火に照らされて窺える。

「敵は総崩れだ、一気に攻め立てよっ」

カルマは傍らに控える伝令に、部隊長達への支持を伝えた。それを聞き、伝令が一礼してその場から馬を走らせていく。

だが、そこへ突如、敵の伏兵と思われる一団が、北の森の中から柵と堀を西へ迂回してこちらの陣の左手を急襲した。

「なにっ」

もう一押しで終わると思っていたカルマは、思わぬ伏兵に虚を突かれた格好となった味方が、陣形を崩していくのを目の当たりにした。

「これより本隊は左手に現れた敵の一団を叩く、本陣守備隊は残れ、突撃―っ」

カルマは、動揺する兵に向かって力の限り叫ぶと、自ら先陣を切って馬を走らせた。後ろから大勢の騎士達が喊声を上げながらついて来る。

カルマは腰から、代々家に伝わる愛用の剣をスラリと引き抜くと、それを振り翳しながら憎々しげに帝国兵を睨みつけて馬を走らせた。

「怯むなっ、勇気を示せっ、王国に攻め込んだ愚かな者どもに、恐怖と後悔を与えてやるのだっ」

カルマの叫びに呼応するように、周りの騎士達から一斉に喊声があがる。

敵の一隊は、こちらの陣の左側を突いて攻撃を仕掛けてきていたが、カルマ達が近づくのに気付いた者達がこちらへ向かってきた。

カルマは敵の一隊に突っ込むと、数人の帝国兵を斬り倒した。周りでも帝国兵を斬り捨てた味方が、辺りを警戒しながらカルマを中心に陣形を組んで戦っていた。

左翼の一隊も、態勢を立て直して本隊と一緒になって帝国兵達を追い詰めていた。

一度は崩れかけた陣形も、なんとか持ち堪えた様だ。森から来た敵の一隊はもはや全滅しかけていた。

最後に生き残った敵がカルマを見つけて斬りかかって来た。渾身の力で右から袈裟斬りに踏み込んできたその刃を、カルマは素早い身のこなしで少し屈みながら左に跳んで避けると、そのままの体勢で前に跳んで、相手の鎧の隙間を横に斬った。

「がふっ」

敵兵は真っ赤な鮮血を跳び散らせながら倒れていった。

カルマは倒れた敵に一瞥をくれると、剣に付いた血を、剣を一振りして振り払ってから街道の方へ眼を向けた。

妖魔達は、その数を大分減してはいたのだが、思った以上に数が多かったらしい。まだ、ある程度まとまって戦っている。

だが、それもすでに味方に囲まれて、いくつかの点のようになって抵抗していた。妖魔達のあげる断末魔の悲鳴や、味方の兵のあげる雄叫びが聞こえてくる。

カルマはゆっくりと、元の位置へ本隊を移動しながら、そのさらに向こうへ眼をやった。

帝国兵の本陣は依然、そのままの場所で静かに戦場を見下ろしているようであった。すでに魔法によって辺りの木々に引火した炎は消されている。何事も無かったかのように、雲の間から差し込む月の光りがちょうど帝国兵の陣に降り注いでいる。

―なぜ攻めてこない?

帝国兵の陣地から不穏な空気を読み取ったカルマは不思議に思った。

カルマはまだ、知らなかった。

砦の最後の生き残りを、カルマの弟、ガイスを一瞬にして葬った・・ものが姿を現そうとしていることに。


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