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三、捕われた従者

三、囚われた従者


小鳥のさえずりが聞こえる。

初秋の日差しはまだ力強く、朝の静けさの中で眩しく大地を照らしている。だが、さすがに空気は冷たさをもって、アルスたちの肌に触ってくる。それでも、夜通し歩き続けた二人の身体は火照っていたので、冷たい空気に触れるのは心地良かった。

途中、二人はほとんど言葉を交わすことも無く、ここまで歩いてきた。何度かの小休止をはさみ、ティルトの村に向かっていた。

小さな街道の左に流れる川は次第に大きくなり、すでに向こう岸まで渡るのも困難なほどになっていた。

「疲れたでしょう。もう少し歩いたら少し休みましょう」

そう言って、エイグはアルスを気遣った。アルスはすでに返事をする元気すらなく、疲れをひどく滲ませた表情のまま黙って頷いた。

無理も無かった。二人は砦を出てから満足に休む間もなく、夜通し歩いてきたのだ。まだ十四歳の少年の身体には体験したことの無い疲労が蓄積していた。

エイグもさすがに疲れていた。大人でも音を上げたくなるような行程に、よく弱音を吐かずに耐えている。そんな少年に感心しながらも周囲には絶えず気を配りながら、エイグは休むのに最適な場所を探して辺りを窺いながら歩いていた。

砦から、普通に歩けば一日分ほどの所まで来ているだろうか。

街道の脇にある、大きな大木が二本並んでいる場所を見つけると、そこで休もうとアルスに促し、先に行って休んでいて下さい、と付け加えた。

エイグは川へ行くと水を飲み、それから腰の水筒に水を汲んでアルスの元へ戻った。「どうぞ」そう言って、エイグはアルスに水筒を渡そうとしたのだが、アルスから反応は無かった。変わりにアルスの小さな寝息が聞こえてくる。

アルスは木の幹に背中を当てた状態で、地面に横になっていた。

身体を横たえる事で、緊張の糸が切れたのだろう。溜まっていた疲れがアルスを眠らせていた。エイグは布切れに水筒の水を少し垂らすと、アルスの顔をそっと拭いてやった。

まだ、幼さの残る少年に降りかかる過酷な運命を、エイグは罵りたい気分に駆られていた。

考えてみれば、この少年は自分の肉親を失ったのだ。父や母ではなくても、自分の身近にいたはずの人を。

悲しくないはずが無かった。それでも懸命に、ここまで何も言わずに歩いてきた少年の健気さを思い、自分がしっかりしなければと思った。

そして、少年が起きるまでの短い時間、辺りを警戒しながら、少し身体を休めようと木にもたれかかった。

すぐ近くの茂みの中で、不審な視線が二人を見ていることに気付かないまま、エイグは起きているつもりが、いつの間にか寝てしまっていた。

 

「本当だよ、お頭」

背中の曲がった、少し頭の禿げた小男は地面に膝を付き、醜い顔を上目遣いにそう言った。

どこかで盗んできた物だろうか、身に付けた衣服は、上下とも男の身体には合っていなかった。少しぶかぶかで長いこと着たままらしく、ところどころぼろきれの様に破けていた。

「本当にいたんだ。背の低い小柄な男と、砦の兵士の着る鎧をつけた男が二人で、双子杉の陰で寝ているのを見たんだ」

 アルス達の事であった。禿げた頭の男は、少し言葉遣いになまりがある。どうやら、頭の程度も低いらしかった。アルスを見れば、まだ少年だと一目で解るのを、大人の男と思っていたらしい。

「ふん」お頭と呼ばれた男は、いぶかしむ様に鼻を鳴らしながらその小男に目を向けた。

ここはティルトの村から、街道を北へ2日ほどのところにある、ちょうど街道を挟んで川の反対側にある崖の向こう側。そこにぽっかりと穴を開けた洞窟の中であった。

 昼間でも薄暗く、西日しか入らない洞窟の中には、禿げた頭の小男とお頭と呼ばれた男の他にも、四人の男がいた。入り口には見張りが一人立っている。

男達は薄ら笑いを浮かべ、禿げた頭の小男と自分達のお頭を交互に見やり、成り行きを見守っていた。盗賊であった。皆、腰には思い思いの得物をぶら下げ、薄汚い身なりに身を包んでいた。

中には王国の騎士と同じ鎧を着込んでいる者もいる。歳は四十近いだろうか。行き倒れた騎士から奪った物なのか、それとも盗んだ物なのかは解らないが、胸にあったであろう紋章は削り取られていた。

 「バム、もしそれが本当なら、お手柄だな」

 お頭はニヤッと笑いながらそう言うと、昨日の夜の事を思い出していた。見張りに立っていた者が砦から火の手が上がっていると怒鳴り声で伝えてきたのだ。全員がその声に起き、洞窟を飛び出してその光景を目の当たりにした。難攻不落と言われた北の砦が燃えていたのだ。

多分、ガルバス北の帝国が攻めて来たに違いなかった。他にあの砦を陥とせる者はいないだろう。それに近年、シェルバリエ王国とガルバス北の帝国との関係は微妙な物になっていると聞く。

 お頭の言葉を聞いて「へっへっ」と小さく笑うと、バムと呼ばれた小男は少し広い額にペンペンと、左の手の平を当てて薄汚い笑みを浮かべながら、嬉しそうにしている。

お頭から誉められたと思っているのだろう。

「よし、相手は二人だ。身ぐるみ剥いでやるぞ」

「へいっ」

 お頭の下卑た言葉に勢いの良い声を返すと、盗賊達は準備を始めた。

 バムは洞窟の入り口まで行くと、立ち止まって後ろを振り返った。盗賊達を先導しようとそこで待ち構えている。

ただ一人、騎士の着る鎧を身につけた男はくだらなそうに、洞窟の壁に寄りかかりながら盗賊達を見守っていた。腰には、これも騎士の良く使うバスタード・ソードを吊るしている。暗がりの中、表情の良くわからないその男は「俺はここに残らせてもらう」と一言言うと、洞窟を後にして森の方へ歩き出した。

無愛想なその男が洞窟から出て行くと、盗賊達から不満の声が上がった。

「まぁそう言うな。いつか役に立つさ」

 お頭はクックッと笑うと、森の中へ入って行く男の背中から視線を外して、自分も準備を始めた。

その男は、何年か前にこの洞窟にふらっとやってきて、盗賊たちと暮らすようになっていた。

その時から騎士と同じ鎧を着ていたので、最初は騎士かと思い警戒したものだ。その男は自分の話は一切せず、盗賊たちの行動にも一切干渉しなかった。

いぶかしく思う者も多かったが、お頭が何かの役に立つと、一緒に寝泊りすることを認めていた。だから、あえてそれを口に出す者はいなかった。

 ある日、熊に襲われた事があったのだが、盗賊たちの中に熊とまともに戦って勝てるものはいなかった。その時、その男は熊を相手にして見事に退治してしまったのだ。それ以来、その男に対しての不満は鳴りを潜めている。お頭は用心棒の様に男を思っていた。

 盗賊達は相手が二人であり、二人とも眠っていると聞かされていたので、ゆっくり歩いていた。

 アルス達のいる場所に着く頃には、すでに日が高くなっていた。

「お頭、あそこです。あの双子杉の向こうでさ」

バムは小声でそう言うと、少し離れたところにある茂みに身を隠した。まだ、双子杉と呼ばれた二本の大きな木のところまでは五十歩ほどあった。

バムは、自分が大して戦えない事を知っていた。だから、いつも戦いの時は身を隠している。今回も同じように身を隠すと、仲間の盗賊達を見守った。

 盗賊達は、全部で五人だった。

お頭の合図で木の向こう側へ回り込もうと左右に分かれて、足音を立てない様に慎重に動いた。その動きは盗みに慣れた者達のそれであった。

盗賊達が木に三十歩程まで迫った時、それは起こった。

不意に森の中から小石がいくつか飛んできて、エイグの身体に当たったのである。

―!

エイグはハッとなって飛び起きた。迂闊にも、疲れに負けて眠ってしまっていたのだ。

急いで槍を手に取ると、かがんだままの状態で辺りに気を配りながら、アルスを揺すって起こした。

「ん・・」

アルスはまだ、眠たそうな目をこすっていたが、それでも緊迫した様子のエイグが解ったのか、黙ってエイグの側へ寄ると息を潜めた。

かすかに足音が聞こえる。木の後ろからであった。枯れ草を踏む音だ。何者かが近づいて来ているのがエイグには解った。

「良いですか、森の中へ逃げ込みます、走りますよ」

エイグはそう言うと、まだ起きたばかりのアルスを見た。寝起きだとはっきりわかる顔で、不安げな様子の少年がそこにいた。何が起きているのか解らないといった顔をしている。それでもエイグの言葉に黙って頷いた。

二つの木の右手には茂みがあり、その向こうには大きな森が広がっていた

エイグはアルスに「行きますよ」と合図すると、先導するように走り出した。


盗賊達は木まで十歩ほどのところまで迫っていた。どうやら森から飛んできた石には、木が陰になり気付かなかったらしい。

木の陰から、サッと走り出す二つの人影に気付いた盗賊達は、自分達に気付かれたと悟ると、森の中へ消えていく二人を追いかけた。

「逃げたぞ、捕まえろ! 刃向かうなら殺してもかまわんっ」

お頭はそう叫ぶと、一番後ろから二人を追いかけて森の中へ入って行った。

汚い罵声を吐き捨てながら、盗賊達は追いかけて来る。

森の中は地面から出た木の根や、枯れて落ちた枝などがあって走りにくかった。

「盗賊か・・」ガルバス帝国からの追っ手ではない事を、連中の使う汚い言葉から悟ったエイグは少し安堵した。だが、相手は複数いる。まだ気は抜けなかった。

不慣れな森の中を走って逃げるのは容易ではなかった。しかも、アルスは不慣れな行程で足が着かれきっているようであった。何度か躓いて、その度に転びそうになっていた。

―このままではまずいな・・。

慣れない森の中を、アルスを連れて盗賊達から逃げ切る事は至難の業だと思われた。

すでに盗賊達との差は、徐々に縮まっている。

「いいですか・・」エイグはアルスに聞こえるように、少し大きな声で走りながら言った。

「ここから南に下れば、ティルトの村があります。あなたも砦に来る前に立ち寄ったでしょう・・」息切れをし始めた呼吸を整えつつ、エイグは走りながら言葉を続けた。「街道に沿って、昼間は森の中を進むのです。夜はなるべく街道を歩きなさい」

そう言うと急に立ち止まって振り返った。

アルスは、急に立ち止まったエイグの身体にぶつかる様に止まった。倒れそうになるアルスの身体をエイグは支え起こすと、腰から水筒を取ってアルスに押し付けるように渡し、槍を構えて追って来る盗賊達との距離を見た。

「エイグ・・は・・どう・・するんだ・・?」

アルスは息も絶え絶えな様子で、途切れ途切れに尋ねた。

「私はここで足止めをします」エイグは優しく言うと、追って来る盗賊達を睨みつけた。

「何をしているのですっ、早く行くのですっ」どうしようかと躊躇しているアルスに、エイグは厳しい口調で言った。

「ガイス様からの手紙を、無事に届けなくてはいけないでしょう」

 一呼吸置いて、今度は優しく諭すように言うと、アルスを促した。

「・・・」

無言のまま頷くと、アルスはエイグに背を向けて、森の中を南へ向けて走り出した。

どこにそんな力が残っていたのだろうか、草の蔦が足に絡むのも力任せに引きちぎって息の続く限り走った。

少年の目には涙が滲んでいた。


アルスが逃げて、五呼吸もしないうちに盗賊達は追いついてきた。全部で五人だった。先頭に二人とその後ろに二人、そして、さらに後ろに頭目と思しき男がいた。

「ガキが逃げたぞっ、追えっ」

頭目らしき男がそう言うと、後ろにいた二人の男がアルスの逃げた方に向かった。

「こっちだっ」

エイグはその二人の前に立ち塞がろうと動くが、先頭の二人に逆に阻まれてしまった。

「くっ」エイグは小さく舌打ちすると、槍を前に出して、二人を牽制しながらじりじりと間合いを確かめていった。森の中である、長い槍には不利な地形だった。

それを知っているのか、それとも相手が一人だから油断しているのか、その盗賊達は薄汚く笑いながら、間合いを詰めてくる。

「観念しなっ」一人の盗賊がそう言って武器を捨てるように促してきた。

「・・・」

エイグは何も言わずに槍を構えたまま、盗賊達の動きに注意を払っていた。

だから、気付かなかった。自分の後ろに迫っている別の人影に。

「くぅっ」

エイグは、後ろから忍び寄った男に羽交い絞めにされ、槍を地面に落としてしまった。

「抵抗するな、命までは取らん」

男は静かに、だが反抗を許さない威圧的な声で、エイグにそう言った。


盗賊達の笑い声が聞こえてくる。

「しっかし、まさかあんなところに旦那がいるとは思わなかったぜぇ」

酔っ払った盗賊の一人が、だみ声で周りの盗賊達に言った。旦那と呼ばれた男は名前をカインと言った。騎士の鎧を着て、腰にはバスタード・ソードを吊るしている。盗賊達と一緒に生活しているあの男だ。

「そうだなぁー、まさか旦那が来るとは思わなかった、ここに残ると言っていたからな」へっへっと笑うと、別の盗賊が言った。

盗賊達は、洞窟の脇にある岩場で酒盛りをしていた。赤々とした焚き火が、盗賊達の小汚い顔を照らしている。すでにあたりは暗くなり、空には三日月が顔をのぞかせていた。

久しぶりの獲物だった。

普段はあまり、人の通らない街道で盗賊稼業をしていたのだ。盗む相手がいなければ森で狩りをして、その日の食い扶持を稼いでいた。エイグは金目の物などは持っていなかったが、帝国兵に引き渡せば褒美がもらえるだろうと、盗賊達は勝手に思い込んでいた。

盗賊達は最初、金目の物をもっていないエイグを殺そうとしたのだが、帝国兵に引き渡せば褒美がもらえるかもしれない、とのカインの言葉に、捕らえて洞窟まで運んだのだ。

エイグは足首と手首を紐で縛られ、次いで両手と一緒に胴回りにも縄を巻かれ、さらにその縄の一端を足に結ばれていた。それから舌を噛まぬように猿ぐつわを噛まされ、目隠しをしてエイグの槍に吊るすと、洞窟まで担がれてきたのだ。

今は洞窟の中に転がされている。すでに目隠しは取られていたが、まだ猿ぐつわはそのままであった。無様な格好で連れてこられた屈辱と、一瞬で捉えられてしまった不甲斐無さを悔しく思いながら、アルスの無事を祈っていた。

盗賊達の中には、アルスを追いかけていった二人も戻って来ていた。

「ガキを逃がしてしまったのは惜しかったな」

そう話す盗賊達の声に、アルスが無事な事を知った。少なくとも、盗賊達に殺されてはいない事は判った。

洞窟の暗がりの中に人が入ってくる気配を感じて、エイグは身体を起こそうとした。だが、縛られたままの身体が自由に動けるわけも無く、無様に転がると止まった。自由になる首だけを少し回して、エイグは入り口に警戒の目を向けた。ここからでは、月の光と焚き火の明かりで顔まで判別できない。

「名はなんと言う」

男はエイグに近寄ると、猿ぐつわをはずして問いかけた。無機質な声だった。それが自分を捕らえた男の声だとわかり、エイグはキッと睨みつけたが、相手の顔は影になって見えない。

「答える気は無い、か・・」

 男はしばらくエイグの反応を見た後、独り言のように呟いて洞窟の奥に足を運んだ。表の盗賊達には加わらずに、一人でいたいのだろうか。その時、エイグの目に見慣れた物が飛び込んできた。

「なぜ・・」

月の光に照らされて、男の着ている鎧が騎士のそれだとわかると、エイグは驚きの表情を浮かべたまま呟いた。鎧の背中に、特徴的な鎧の隆起が見えたからだ。

なぜ、その鎧を着ている。そう問いかけたかったに違いない。盗賊と一緒に、騎士の鎧を着ている男がいたのだ。驚かない方がどうかというものだ。

「この鎧を着ているのか・・か」男は見透かした様に、エイグの言葉を続けると「残念だが、私は騎士ではないよ」と、口にしながら挑発するようにフンと鼻を鳴らし、自嘲気味に笑った。

「残念な物か。王国に仕える者が、こんなところで盗賊と共にいるなどとっ」そんな不名誉な事があってたまるものかと、エイグは続けた。

黙っているつもりが、つい、見慣れた鎧への驚きと、この男の口調に乗せられてエイグは怒った声でそう返すと、枯葉色の目で洞窟の暗がりの中を睨んだ。

「しゃべれるじゃないか・・・私の名前はカインだ」

 少し笑った口調で言うと、カインと名乗った男はもう一度「名前はなんと言う」と尋ねてきた。

「エイグだ」

仕方なくエイグはそう答えた。カインと名乗る男が、なぜ騎士の鎧を着ているのかも気になったが、必要な情報は手に入れたいと思っていた。今の状況では、逃げ出すのは不可能な事だろうと思われたが、砦やアルスの事が気になる。

カインはそれを聞くと「どうやら砦は陥ちたようだな」と言って、左手に持っていた杯を煽ると、そのまま黙り込んだ。

 何を考えているのだろうか。カインは洞窟の影の中に入ってしまって、ここからでは見えない。

「なぜ、あんなところにいた?」

 しばらくの沈黙の後、カインが聞いてきた。

「研修で来ていた子供にしては、一人とはおかしいな・・」どうやら、その辺の事情は知っているようだ。騎士ではない様だが、少なくとも王国での生活は長いように思えた。先に出発した学院の子供達は、どうやら盗賊達とは合わなかったようだ。

「・・・」

エイグは何も答えず、ただ、暗がりに警戒の目を向けていた。

「また答えないつもりか・・まあ、いいだろう・・」

 しばらくエイグの答えを待ったが、返事が無いのでカインはそう言い残すと、洞窟を出て行こうとした。

「なぜ、その鎧を着ている?」エイグはとりあえず、それだけ言うと相手の出方を待った。

ここで何も聞き出せないよりも、何かで話題をつなげた方が良いとの判断からだった。元々、交渉事などした事も無いエイグであったが、それでもカインの足を止めるのには十分だった。

「気になるか?」

カインはエイグの意図など輪からないようであった。エイグに顔だけ向けると勘違いをしてそう答えた。

「これはな、友からもらった物だ」カインはエイグの返事も待たず、どうでも良さそうに言うと、洞窟を後にして表へ出て行ってしまった。

 どうやら、何も答えないエイグに関心を無くしたらしく、外へ出て行ってしまった。

エイグは、どうした物かと考えをめぐらせていた。盗賊達の焚き火は、おそらく砦からも見えるだろう。ガルバスの兵がここまで来るのは時間の問題であった。

盗賊達の身がどうなろうとエイグには関係なかったが、このままガルバスの兵がここへ来たら、何の価値も無い自分は殺されてしまうだろう。

アルスを無事に送り届ける自分の役目は、どうやら果たせそうもなかった。しかし、まだ諦めるわけにはいかない。

しかし、どうやっても打開できそうに無い現状にため息をつきながら、洞窟の外に視線を走らせて、入り口からわずかに見える夜空の星々にアルスの無事を願った。

エイグは眠る事にした。悩んでいても仕方ないと思われた。眠って疲れを癒し、機会に備えようと目を閉じた。


夜も更けて、盗賊達は眠りに就いていた。

祝宴の場で、それぞれの格好で眠り込んでいる。焚き火はすでに勢いを失くし、小さくくすぶっていた。ただ一人、カインだけは洞窟の入り口に背をもたれかけ、夜空の星を見上げていた。時折、まだ酒の残っている杯を口に運んでいる。

「・・・」

誰かの名前だろうか。隣にいても聞き取れない、小さな声で呟いて、また杯を口に運ぶ。星空を見上げるカインの眼には、夜空の星々は映っていないようであった。


それからどれくらい経っただろうか。洞窟から二つの人影が森の中へ消えていった。

翌日、盗賊達は捕らえたはずの兵士と、その兵士を捕らえた男がいなくなっているのに気付いた。しかし、盗賊達は二人を探す事はできなかった。なぜならそのすぐ後に、昨晩の焚き火の明かりに気付いてやって来た帝国兵に、殺されてしまったからである。


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