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歴史好きな生徒会役員  作者: 夏月
第二章「書記の手伝い」
9/10

新聞部への交渉

 翌日。授業を終えた俺は、放課後までに調べておいた新聞部の部室へと向かった。

 場所は二年生校舎を出てグラウンドへ行く途中にある、学年別校舎を一回り小さくした建物内の三階端だ。


「生徒会長補佐の町田 秀介です。どなたかいますか?」

 ドアをノックしつつそう言うと、暫くして内開きのドアが開け放たれた。

「何の用でしょうか?」

 渋い顔をした丸い眼鏡の男性が、ドアノブを掴んだまま俺に聞いてくる。

 赤いネクタイを見るに同級生なのだが、記憶の限りでは面識は無かった。

「新聞部部長はいますか?」

「まあ、いますけど」

「話をさせて頂きたいのですが」

 中に入っても? と聞くと、目の前の男は渋い表情を変えないまま、それでも俺を部室の中へと促した。


 部室の中に入り、全貌を見る。

 広い部屋では無い。しかも机や椅子、デスクトップパソコンの他に、部屋の隅に積まれている大量のダンボールのせいで更に部屋が狭く見えた。


「部長、生徒会の方です」

 眼鏡の同級生はパソコンの前でキーボードを打ちこんでいた、ワイシャツから見え隠れするはち切れんばかりの筋肉を有する男性にそう告げた。

 黒いネクタイ、即ち三年生のこの人が新聞部部長なのだろう。


「何の用だ?」

 短い一言。元来の愛想の無さか相手が年下だからか、はたまた生徒会役員だからかは分からないが、歓迎されていない事だけは確かだ。


 一瞬、これからの事を考えるに大丈夫だろうかという思いが湧き上がる。俺の通信空手は、外見上では格闘部所属のこの部長に通じないだろうし、そもそも通信空手は有段者の解説付き動画を観ながらの基本の型の反復であって、実戦向きでは全く無い。

 実践慣れしたガチムチ、即ち外見上での部長には手も足も出ない可能性が大だ。


 いざとなったら逃亡しよう、そう思いつつ腹を決めて部長に話を切り出す。

「お話があって参りました」

 俺のその言葉を聞くと、部長は鼻を鳴らした。

「廃部云々の話だろう?」

 予想はついていたのか、面白く無さそうな顔で俺にそんな事を言ってきた。

 部長の後ろにいる、同じく部員だろう二人の男性もさして驚いてはいなかった。

「よく分かりましたね」

「部室が必要な時期だからな」

 成程、新聞を作成する側にとっては、この手の情報は頭に入っているのかと思った。


「大方、部活動の入れ替え候補に新聞部が上がって、実績を上げる事を約束しろって話じゃないのか?」

 過去の動向を知っていれば予測も容易いのか、本来の処置をこの部長は言い当てた。内心舌を巻いたが、俺がこれから話す内容はちょっと違う。


「違います。今日は新聞部に最後通告を言い渡しに来ました。断れば即廃部です」

 後ろに控える二人が、えっ、と声を上げる中、眉間に深く皺を刻んだ部長が俺を睨みつけた。

「どういう事だ。それは通常の手順通りじゃ無いだろう」

 その迫力に若干気圧されるが、腹に力を入れてぐっと堪える。


「ご存じの通り、通常の手順では生徒会側から該当の部に実績を上げる様に要請をします。過去とその後の実績を基に部の入れ替え、つまりは部の新設と廃部が決定するのですが、新聞部には既にそれを行っています」

「何を言っている。そんな要請は来ていない」

「そうですか? 生徒会書記長の昭島さんから以前そういう話が来ませんでしたか?」

 昨晩、昭島さんが言っていた事を持ち出す。

 そういう意図で昭島さんはこの話を持ちかけたのでは無いとは分かってはいるが、事実としてそういう話があったという事を問題とする。


「……あれは、違う。協力要請だ」

 心当たりが当然あるのだろう、部長は若干怯んだ様子だった。

 それを見て俺は、一気に畳みかけた。


「それこそ違います。協力すれば確実に実績を上げられるのにも関わらず、貴方は断った。よって生徒会は、新聞部は実績を向上させる意欲が無いと判断しました」

「強引だ」

「そうであっても、理由としては十分です」

 多少の詭弁も交じってはいるが、筋は通る筈だ。

 部長もそれが分かっているのか、口を開いたが何も言えず、結局は閉ざした。


 沈黙が流れる。

 険しい顔をしつつ黙っている部長が何を考えているのか俺には分からないが、この事については納得して貰うより他無い。


 暫くして部員二人の心配そうな目を背後から受けていた部長は、口を開いた。

「……さっき、最後通告と言ったな。条件は何だ?」

 よし、と思わず心の中で呟く。

 まずは上手く行った。さあ、ここからが交渉だ。


「校内新聞の作成を手伝ってもらいます。具体的に言えば、現在の校内新聞寄りの原稿を月に一度提出して下さい」

 それに対して書記メンバーがチェック、追加、或いはマイナーチェンジをして完成させれば、今後はより充実した校内新聞が出来上がる筈だ。

「それは……」

 昭島さんが言った詳細までは分からないが、これは以前の提案とほぼ同じな筈だ。

 嘗ては一蹴したものを、はい分かりましたと即答は出来ないだろう。様々な葛藤が見て取れる。


「なあ。俺達の今の学校新聞をそのまま載せてくれないか?」

 どうしても部長の言う、『学校側の良い様に歪められた事実』を自分達の手で作り出したく無いという想いが伝わってきた。

「それは出来ません」

 俺は即答した。

 あの内容では校内新聞たり得ない。それを了承する訳にはいかない。


 再度部長は沈黙した。

 両の拳を握り、厳しく口を引き結び、ただひたすら考え込んでいた。


「お前らは、分かっていない」

 やがて小さな声で部長はそう呟いた。

「美辞麗句だけを載せ、真実の大半を切り捨てる。それを積み重ねる事に何の意味があるんだ」

 意味など十分過ぎる程にある。

「在校生の目と、入学を希望する未来の後輩の目と、保護者の目を引きます」


 誰だって否定的なものは見たくない。

 周囲に自慢出来る様な『良い事』が山ほどあって欲しい。

 それが通っている学校なら尚更だ。

 そしてそれこそが、この学園の教師が望むものだ。


「………………っ、………………無理だ」

 長考の末、絞り出した部長の返答は拒否だった。


「廃部を選びますか? 今この時を以て、部室を引き払いますか? 今まで新聞部が行ってきた全てを本当に捨てるんですか?」

 自分でも意地が悪い事ぐらい百も承知なのだが、この提案を拒否するという事はこういう事だ。一切の嘘は無い。

 だがそれでも部長は下を向き、何も言わなかった。


 私立 今浜高校、創立は五十年前。新聞部はその初期からあった部活だ。

 ある意味では、新聞と言う名のこの学校の歴史を書き続けてきた部であり、初期からあったであろうその理念は、新聞と共に目の前の部員達に植え付けられている。

 そんな脈々と受け継がれてきた理念とは違う行動を、この部長は決断しなければならない。それを思うと、自然と口が開いた。


「部長、司馬遷をご存じですか?」

 参考になるかどうかは分からない。それでもとにかく伝えてみよう。

「……何?」

 俺の突飛な一言は、部長の顔を上げさせた。

「中国前漢の役人でありながら、あくまで歴史に忠実な書である『史記』を書き続けた人です」

 今では教科書にすら載る偉業を成し遂げた司馬遷。

 しかしその半生までを知る人は少ない。


「司馬遷は国家の為に働き、国家の為に当時の中国皇帝に否定的な事を進言しました。しかし怒りを買い、牢獄に入れられた後に、刑として男性器を切られました」

 誰もが正しいとしながら皇帝の怒りを買うのを恐れ、進言しなかった事を敢えて言った司馬遷が、三年間牢に入れられた挙句に男でも女でも無くされたのだ。

 その無念は計り知れない。

「しかしそんな事があったにも関わらず司馬遷は役人を続け、それに対する恨み節など一つも書かなかった『史記』を完成させたんです」

 ただただ客観的に書いた歴史書、それが『史記』だ。

 司馬遷の命の大結晶であり、後の世の人間がこの時代について正しく判断出来る様に、個人的な感情を一切排したからこそ、二千年を超える歳月を経ても色褪せない書物として、堂々たる輝きを放っているのだ。


 ここまで言って、一度言葉を切る。

 部長に届いているのか分からないが、少し時間を置いた後、再度俺は話し始めた。

「部長、何も学校新聞を書くなとは言っていません。今まで通り学校新聞は継続して頂いても何も問題は無いですし、後々に続く新聞部の為に、そちらをメインで書き続けて頂いてもそれは新聞部の自由です」

 司馬遷が仕上げた『史記』は、孫の代になって初めて世に出る。

 何故なら仕上げた直後に世に出せば一族全員が殺される可能性があったし、『史記』も破棄される可能性があったからだ。

 新聞部の書く学校新聞は、残念ながら今は生徒に人気が無い。

 それでも個人的には良い新聞だと思うし、後々になって評価される可能性だって多分にある。


「校内新聞を手伝って頂ければ、必ず実績は上がります。他の生徒だって校内新聞を読めば、『新聞部も頑張っているんだな』と思うでしょう。案外、これが学校新聞を読んでもらう切欠になるかもしれません。だからまずは、部を存続させるべきではないでしょうか」

 新聞部の理念を貫く為に、敢えて理念を曲げる事だって必要だろう。

 大切なのはその理念を持ち続ける事なんだから。


「…………」

 部長は暫く考え込んだ後、後ろを振り向いた。

 二人の部員はしっかりと部長の顔を見ながら、ほんの少し頷いた。

 それに頷き返した部長は俺に向き直り、嘆息してから言葉を放った。


「分かった、協力しよう」


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