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歴史好きな生徒会役員  作者: 夏月
第二章「書記の手伝い」
7/10

放課後、新聞部について

 鬼、悪魔、私の事なんて嫌いなんですね?

 というBGMを聞きながらの作業は一時間程度で終了した。

 区切りも良いし、腹も減った。そろそろ帰ろう。


「じゃあ俺はそろそろ帰りますけど、昭島さんはどうしますか?」

「帰ります……。ご一緒します……」

 でも、町田さんからすれば迷惑ですよね……。と、一時間を経て尚やさぐれる昭島さん。

 ぶっちゃけた話、ちょっと面倒くさい。


「……ふぅ。別に迷惑なんかじゃありませんよ。ましてや、嫌いでもありません」

 誰もいなくなった生徒会室を二人して出た後、溜息を一つついてから昭島さんに向けてそう言った。


「本当ですか?」

「本当です」

 事実として俺は昭島さんの事は、ちょっと面倒な部分はあるが、嫌いでは無い。偽らざる本音だ。


「じゃあ、許してあげます」

 それを聞いた昭島さんは両手をその豊満な胸の前で叩き、にこっと笑う。

 許すも何も無いだろうという想いが一瞬胸に渦巻くが、その笑顔を見て霧散する。まあ、いいか。


 昭島さんはこの不思議な憎めなさのせいか、求心力が高い。

 特に優秀という訳では無いし、仕事の効率もあまり良く無い。

 それは優秀な青梅さんとの対比で否が応にも突きつけられる事実なのだが、それでも部下である五人の書記の人達は文句一つ言わずに仕事をこなす。


 この人は自分が支えなければ駄目なんだと思わせる人であり、そう言った意味では、天井知らずの魅力で遂には農民から中国前漢の初代皇帝にまで上り詰めた劉邦に似ている。

「二千二百年の時を経て、女性に転生しましたか?」

 もしこれで、貴様、何故それを!? とか言おうものなら、転生TS待った無しなのだが、果たしてどうだろうか。


「? 何の話ですか?」

 あざとく首をかしげて人差し指を顎の上に乗せるその姿は、生粋の女性に違いない。

 どうやら俺のプロファイリングは間違っていた様だった。


「いえ、何でも無いです。じゃあ帰りましょう」

 もし当たっていれば当時の中国の房中術を、来るべき優姉とのソレ用として、或いは実践で学びたかったのだが、違うのでは仕様が無い。大人しく帰ろう。


「あ、待って下さい。少し付き合って頂いてもいいですか?」


 まさか房中術を実践で教えて頂けるのですか!


と口から出そうになったが、全身全霊をかけて口を塞いだ。

 無用な人間関係のヒビは入れたくない。

 飲み込め、飲み込むんだ!


「んん! えーっと、何処に行くんですか?」

「新聞部の学校新聞を見に行こうかと。町田さんも是非来てください」

 あー、成程。新聞部の作ったものを参考にしようって訳か。

 でも、学校新聞ねえ。


「参考になります?」

 正直に言えば、俺は学校新聞なるものを見た事が無い。

 それであるのに俺のそれに対する評価が低いというのには理由がある。

 それは、新聞部の実績評価が低いという事だ。 


 会計の役職の話になるのだが、各部の部費を決める上で最重要視をするのは、部の前年実績だ。

 野球部を例でとると、主に春の選抜大会と夏の選抜大会の何回戦進出、或いは甲子園への切符を手に入れたなどで、半年に一回の部費支給額は大きく増減する。

 そこに部員の多寡は関係無く、少数でも部費を多く支給されている部は幾つもある。


 そんな実績支給とも言える部費の割当てにおいて、新聞部の実績ランクは下の下。

 青梅さんに支給額を聞いたところ、二千円という最早中学生のお小遣いレベルだった。


 そのものの評価がイコールとして新聞の出来に繋がるとは言えないし、偏見である事は承知の上なのだが、優姉に渡した廃部の可能性有りの既存部の内の一つに新聞部を入れた身としては、どうしても見ない内に低レベルとして捉えてしまう。


「決めてかかってはいけませんよ、町田さん。百聞は一見に如かず。裏を返せば、見なければ本当のそれを知る事は決して出来ませんからね」

 俺の否定的な態度が昭島さんにも伝わったのか、珍しく苦い顔をして苦言を呈してきた。

 参った、その通り過ぎる。


「そうですね。すいません」

 頭を下げる。それを見た昭島さんは表情を崩した。

「では早速、行きましょうか」

 掲示されている場所を知らない俺を先導すべく、昭島さんは歩き始めた。


 この生徒会室がある中央棟には、一階入口の目の前にインフォメーションボードがある。

 主に学校からの通知や行事日程が張り出されているのだが、そこから五メートルほど離れて目立たない場所に、簡易版とも言える小規模のインフォメーションボードがある。

 そこでは各部活動の勧誘チラシなどが所狭しと張り出されており、その中でも隅の方に目的の新聞が掲示されていた。


 ほの暗い照明を頼りに新聞を読み進めていく内に、へぇ、と思わず感嘆の声が出た。

「どうですか?」

 自分が作った訳では無いにも関わらず、昭島さんは得意気な顔をする。

 先程言われた百聞は一見に如かずというのは成程、その通りだった。

「面白いですね、この新聞」

 読み続けながら簡潔な感想を述べる。

 いや、正確に言えば面白くは無いが、クオリティが高い。


 例えば昭島さんが悪戦苦闘の末に作り出した、ボランティア部による感謝状授与のゴミ記事。

 新聞部もそれに触れており、内容としては、

『二○××年△月□日、地域ボランティア団体により感謝状を授与。概算三度目となるこの授与は、同ボランティア団体に確認したところ、通年の功績を称えるものと言って差し障り無く、事実として前二回の授与は三年前と六年前である。現状を維持し続ける限り、我が高は三年周期で感謝状を授与する事だろう』

となっている。


 事実内容が確かめられており、過去の経緯も恐らくは本当の事だろう。

 事実を事実として書いた内容は、資料としてのクオリティが高い。

 しかし、生徒向けの新聞としてはエンターテインメント性に欠ける上、ある意味では現在のボランティア部の活躍を否定し兼ねないその内容は、ボランティア部にとっては納得いくものでは無いだろう。


「昭島さん。これを読んで、昭島さんならどう書きますか?」

 しかし、参考となる部分は多分にある。

 さあ、我が書記長はこの記事を読んでどう新しく作り出すのか。


「私ですか? う~ん、そうですねぇ……」

 昭島さんは暫く黙考した後、口を開いた。

「『ボランティア部の活躍で、地域ボランティア団体から感謝状を頂きました。過去と合わせて今回でなんと三回目です。これからも地域の皆さんと協力して頑張って下さい!』、とかどうでしょうか?」


 何故か最後が訴えかけになっていたが、昭島さんが言ったその内容は少ない字数で上手くまとまっていると思うし、読んで宣伝にもなる。

 校内新聞らしい表現だ。


「流石です、書記長」

 俺がそう言うと、あらあら町田さんったら! と言って昭島さんが俺の肩をバンバン叩いてきた。

 嬉しそうで何よりですが、最初からその調子でお願いします。


「それにしても、この新聞の出来で実績評価は下の下ですか」

 その他の記事もしっかりした内容で書かれており、ボリュームもある。

 それでも評価が低いというのは、偏に生徒向けの内容では無いからだろう。


「大会などの無い新聞部の実績評価は、生徒からの評価ですからね。新聞自体の認知度も低ければ、あまり良く思わない方も多いので……」

 私は結構好きなのですが。と昭島さんは続けるが、掲示場所も含めて内容を刷新しないと、新聞部の評価は一生変わらないと思う。


「昭島さん。例えばなんですけど、校内新聞の件で新聞部に協力を要請する事って出来ないですか?」

「共同で校内新聞を作るという事ですか?」

「はい」


 先程の昭島さんの様に、新聞部の記事をそのまま載せるのでは無く、内容を生徒会側でアレンジして校内新聞に載せれば、より良いものが素早く出来上がるだろう。

 そしてそれを実績として加味するとすれば、新聞部側にとっても悪い話では無いと思う。


 だが昭島さんは首を振った。

「以前に同じ様な事を新聞部に申し出た事があるのですが、断られました」

「え、何でですか?」

「何でも、新聞部の理念に反するそうです。今の新聞部の部長に、『俺達は学校側の良い様に歪められた事実を新聞に載せるつもりは無い』、ってはっきり言われちゃいました」


 凄えな、新聞部。そこまで行くと部活動を飛び越して、生き様レベルの活動になってさえいる気がする。


「ちなみにその理念とは?」

「『良いも悪いも、真実を載せる』、だそうです」

 真実を載せる。言うは易いが、それを実行する為には過去と現地の調査が十分に必要だろう。

 時間と手間がかかるのは当然の事だろうが、何となくその気概の様なものは新聞から見て取れた。


「うーん、もしかしたら新聞部は潰れるかもしれませんね」

 理念と情熱は高いレベルであっても、誰も見ない新聞は存続価値が無い。

 だからこそ評価は下の下。

 恐らく優姉は俺の資料を見て新聞部に勧告を出すだろう。

 即ち、数ヶ月以内に実績を上げろと。


 この勧告を受けた部は、期間内に実績を上げなければならない。

 それでも改善が見られない場合は即刻廃部となり、部室は新設される部のものとなる。

 昭島さんから新聞部の性分を聞く限り、とても生徒受けする様な新聞を作るとは思えない。廃部が濃厚だろう。


「どうにかなりませんか?」

「いや、俺に言われましても」

 最終判断は貴方達ですよね、と言いそうになったが、根本的な事を昭島さんは言っているのだろうと思い直す。


 俺個人としてもこの新聞は好きだ。

 出来れば新聞部には存続して欲しいものだが、昭島さんの提案をすっぱり蹴った新聞部を説得するのは無理だろう。

 例え今回新聞部を廃部候補から外しても、後の生徒会が目を付ける。

 遅かれ早かれ、結末は一緒だ。


「全ては新聞部次第です」

 それを聞いた昭島さんは僅かに俯いた。申し訳無いが、俺では力になれない。


「そう、ですよね」

 やがてそう言って顔を上げた昭島さんは、どこか吹っ切れた顔をしていた。


「さて、そろそろ帰りましょうか」

 窓の外を見ると、もう既に街灯が無ければ歩けないだろう暗さになっていた。

 スマホで時間を確認すると十九時過ぎており、お腹もそろそろ限界だ。

 早く帰って優姉のご飯が食べたい。


「外、暗いですね……」

 玄関に向かう途中、昭島さんがポツリとそう呟いた。

「まあ、日は落ち切っていますからね」

 外の暗さは先程見た通り。それでも何とはなしに窓の外を見てしまう。

「…………外、暗いですね……」


 え、何で同じ言葉を繰り返してるの? この人。


 思わず昭島さんを見ると、何かを期待している顔で俺を見ていた。

 何だ、俺は一体何を試されているんだ?


 見つめ合う事数秒。

 答えが出なくて何も言えない俺に焦れたのか、昭島さんは口を開いた。

「ところで町田さん。私は電車通学です」


 だからどうした。

 と、言いそうになったが、昭島さんが何を求めているのかようやく分かった。

「駅まで送りましょうか?」

 外が暗い=夜道怖い=人身御供が欲しい=目の前の男、という方程式が昭島さんの頭の中にあるに違いない。

 それを思うと気分は乗らないが、期待されてはやむなしだろう。仕方が無い。


「まあ、いいんですか!?」

 そう誘導した癖にこの物言い。昭島さんでなければ頭をシバいていたかもしれない。

「ふふっ。帰り道なのに、わくわくしてきました」

 だが嬉しそうにそう言われると、気分と言う名の波が少し立つ。案外俺の心は単純なのかもしれない。


「じゃあ、改めて行きましょうか」

「はい」

 こうして俺は自宅とは逆方向の最寄りの駅に寄る事になった。


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