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歴史好きな生徒会役員  作者: 夏月
第一章「生徒会」
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いざ、学校へ

 朝の準備を整えて玄関を出ると、表札の埋め込まれたコンクリート式の門柱の側で、鞄を片手にした優姉が俺を待っていた。


「おはよう、秀介」

「おはよう、優姉」


 陽射しを浴びた優姉が、俺を見て朗らかに笑った。

先程見ていた目が3の眠気まなこでは無く、ぱっちりとした目はしっかりと開いており、つやつやとした長い黒髪は陽射しのせいか光って見える。

うん。今日も可愛いな、優姉は。


「じゃあ、行こっか」

 優姉の言葉に俺は頷き、俺達は横に並んで通学路を歩く。

 時刻は八時を少し過ぎた頃。

 自宅から学校へは距離にして約二キロであり、歩いても三十分程度の距離なので遅刻の心配は無い。


「もうクラスには馴染んだ?」

 俺達が通う私立 今浜学園は数週間前に入学式を終えた。

 優姉は三年生に、俺は二年生に進級。

 つまりは新しいクラス、新しい顔ぶれでの学校生活は、優姉にしたら俺が上手くやっているかどうかの心配の種らしい。

 未だに週に三、四回は聞かれる。


「まあ、ボチボチかな」

 俺は浪速的返答を優姉に返す。

 新しい顔ぶれとは言っても一年の時のクラスメイトもいる訳で、その中には友人もいる。

 夢に見た小学生の時の状態にはなっていない。


「秀介はいつもそれなんだから。いい、何かあったら私に言うんだよ?」

「言ったらどうなるの?」

「生徒会長権限を使って、原因を排除してあげる」

「……例えば俺がいじめに遭っていたら?」

「その子を転校させる」

 即断。即決。ちょっと悪人顔。流石の優姉だった。


「本当に出来兼ねないからなぁ」

 それだけうちの学校は生徒会の権限が大きかったりする。

「ま、大丈夫だよ。何かあった時には体得した空手で以て相手を打ちのめすから」

 俺からすれば寧ろ相手の方が心配だね。

「通信教育で習った空手で? 本当に大丈夫なの?」

 俺の言葉を聞いて優姉は安心するどころか心配し出した。

 いいんだよ、俺が強くなったつもりでいるんだから。


 学校の正門に近づくと必然、登校中の生徒が増える。

 シックな黒いブレザーにまだ慣れていないのか、何処と無く肩肘を張った青いネクタイの一年生。

 学園生活をエンジョイしてます風をアピールしたいのか、制服をオリジナルに着崩す赤いネクタイの二年生。

 そんな彼らを見てはしゃいどるわい、とでも言いたげな顔をしている黒いネクタイの三年生。

 格好や態度は様々だが、皆一様に馬鹿デカい正門に向かって歩いている。

 そしてデカい正門をくぐれば、生徒は三つに分かれた校舎のどちらかへと向かって行く。


 私立 今浜高校は生徒総数約三千人の超マンモス高校だ。

 敷地面積は広く、建物は縦で無く横に長い。

 正門を真っ直ぐに進んで二十メートル程先にある、中央棟という名の建物には、校長室、職員室、保健室などの教室以外の施設がある。

 その中央棟を囲う様にして三つの建物があり、左手が一年生校舎、右手が二年生校舎、奥が三年生校舎となっている。


「じゃあ秀介、放課後にね」

 二年生校舎の前で立ち止まり、手を振る優姉。

 それに対して軽く手を上げて返事をし、俺はそのまま二年生校舎に入った。


 下駄箱へと進む。

 すると見知った顔が俺の下駄箱スペースの隣で上履きに履き替えているのが見えた。


「おはよう、立川」

 現生徒会副会長、立川たちかわ めぐみに挨拶をする。


「あ、町田、くん。おは、よう」

 俺に振り向き、片足でぴょんぴょん飛びながら上履きのかかとを直しつつ、立川が挨拶を返してきた。

 着地するたびに長いポニーテールが右へ左へと揺れているのだが、ふくよかでは無いお胸の方は微動だにしていなかった。


 上履きに履き替えずにその光景をジッと見る。

 漫画などではこういう場合、早く履き替えようと焦った女の子が足を滑らして転び、男の前でM字開脚をしてパンツを晒すものなのだが、果たしてこの子の場合はどうなるだろうか。


「よっと」

 その掛け声で以て立川は両足の履き替えを終了させる。

 やっぱりそんなハプニングは起きないか。

 無念、無念です。


「? 履き替えないの?」

 下駄箱で佇む俺を立川が不思議そうな顔で見る。

 すいません、馬鹿な事を考えてないで履き替えます。


 素早く上履きに履き替え、立川と一緒に教室に向かう。

 俺達のクラスは二年七組。この三階建て校舎の三階にある。


「あ、そう言えば町田くん。昨日野球部の部長が涙目で生徒会室に来て会長と話し合っていたんだけど、何かあったの?」

 ああ、その件の詳細を知らなかったのか。


「大した事じゃない。ほら、野球部からグラウンドの雑草を処理してくれっていう依頼があっただろ? その件だよ」

「えっと、確か一週間前の件だよね。もしかして断ったの?」

「いや、ちゃんと処理したぞ」

「え、でも野球部の部長、涙目だったよ? それにあれだけ広いグラウンドの雑草をどうやって短期間で処理したの?」

 立川は首を傾げるが、何て事は無い。


「大量の除草剤を買って、撒きまくった」

 シャワータイプのそれをホームセンターで購入。

 撒いて数日したら見事に雑草が枯れていた。

 薬剤の力、恐るべし。


「でもって、その経費は野球部の部費から差っ引いた。その通知を三日前に送ったんだけど、それを見て訴えに来たんじゃないか?」

 青々とした雑草は枯れて茶色になったが、日に焼けた茶色肌の部長の顔はさぞや青くなった事だろう。


「……鬼畜だね」

 立川は俺の鮮やかな処理を聞き、頬をひくつかせた。

「何を言う。依頼にはちゃんと応えたぞ」


 そもそも雑草処理は毎年そのグラウンドを使用する運動部がする事になっているんだし、経費が掛かったとはいえ、その仕事が減った事に寧ろ野球部は俺に感謝してほしいものだな。


 そんな話をしている内に教室に到着した。

 立川と別れて席に着く。

 すると後ろから伸びてきた手が俺の肩を掴んだ。

「おはよう町田ところでさっき立川さんと一緒に教室に入って来たけど何でかなもしかして付き合い始めたとか言わないよなはははは嘘だろ嘘って言えよ俺達友達だよな!?」


 凄まじい早口で捲し立ててきたこの男は、昨年からの一応の俺の友人、日野ひの 大輔だいすけだ。

 何故かは分からないが、猛り狂っている。


「なあ、日野。俺と立川に何かあったら、お前との友情は消えるのか」

「当たり前だ」

 至極真面目な顔で頷かれた。コイツ、マジか。


 何でだよ、と言いかけたが、そう言えばコイツは立川の事が好きだったというのを今思い出した。

 日頃からNTR反対派のコイツからすれば、立川と付き合った際の俺は言わば間男的存在となるのだろう。


「安心しろ。立川とは同じ生徒会役員同士ってだけだ。何も無い」

 そもそも俺にとっては優姉以外の女の子などいちごのヘタの様なもので、つまりは何の興味も無い。

 精々エロハプニングを期待するぐらいなもので、ましてや付き合う付き合わないなど以ての外だ。


 俺がそう言うと日野は落ち着きを取り戻し、しかし掴んだ肩はそのままで、

「その言葉、信じているぞ。……友よ」

 などとシリアス顔でそう言ってきた。


 ツリ目で魅惑の低音ボイスを持つこの男は、一見すると硬派な感じだが、その中身は恋に生きるナンパ野郎だった。




 放課後。俺は立川と共に中央棟に向かった。

 理由は勿論、生徒会の仕事をする為だ。


 この私立 今浜高校は割合に生徒会の権限が大きい。

 と言うのも、三千人規模の学校ともなれば教師の数は多いのだが、人数が多い分だけ意思疎通のコミュニケーションが取り難くなるのは自明の理であり、その分だけ余計な時間を費やすのは、水が高い場所から低い場所に行く様に極々自然の事だ。


 しかし時間は有限であり、教師一人の体は一つしか無い。

 進学校に片足を突っ込んでいるこの学校の偏差値を低くしない為にも、教師は学業を主とした取り組みを優先し、それ以外の事柄を生徒会役員に一任した。

 表向きは生徒の自主性を重んじ、責任ある仕事云々と生徒会選挙の際に校長が言っていたが、面倒事をぶん投げただけに相違無いだろう。

 うーん、そう考えたら何か腹が立ってきた。


「なあ、立川。今度校長をぶん投げようぜ」

「え、何で?」

 一体何の恨みが、と驚く立川。話が突然すぎたか。


「いや、ほら。俺達が馬車馬の如く働くのって、ある意味校長のせいだろ? その鬱憤を晴らすべく投げっぱなしジャーマンスープレックスぐらいなら許されると思うんだ」

 無論、コンクリートの上で。


「その場合、確かに鬱憤は晴れると思うけど、私達の今後には暗雲が漂うよね」

 或いはお縄につくかも、と言う立川の言は確かにそうかもしれない。

 良い案だと思ったんだが。


「それに私は、そんなに悪い仕事じゃ無いと思ってるよ」

「その心は?」

「経験になるから」

 僅かに微笑みながら立川はそう言った。


 確かに良い経験になるとは思う。

 特に会長、副会長は生徒達の様々な陳情を処理しなければならないし、各部の予算割り当てにも目を通す。

 教師と生徒の折衝もする。

 恐らくはこの経験は招来に役立つ。


 そしてまたこの経歴も進学に役立つ。

 無事生徒会役員を務め切れば、進学は推薦で、就職は斡旋に協力してくれる。

 見返りは大きい。


「それで割り切れる立川は凄いな」

 見返りが大きいからと言って毎日々々生徒会室で下校時間まで働くというのは、心情的に納得出来るものでは無い。

 思うところはあるだろうに、それを出さない立川は本当に凄いと思う。


「褒めてる?」

「勿論」

 それを聞いた立川は先程よりも笑みを深くした。

「ありがと」


 ともすればこっちまで嬉しくなりそうな笑顔は、立川の魅力の一つなのだろう。

 柔和で可愛らしい顔も相まり、成程、日野が好きになるのも分かる気がする。


 そうこうしている内に目的地に到着した。

 生徒会室の扉を開く。

 五、六十人規模の教室と同程度の広さのこの部屋の中央には、直径三メートル程度の円卓があり、そこには真面目な顔で書類を手にする女性と、かったるそうに肩肘をつきながら書類を眺めている女性がいた。


「「おはようございます」」


 立川と共に挨拶をする。

「おはようございます。町田さん、立川さん」

 ふんわりとした髪をなびかせながら此方を振り向き、ニッコリスマイル。

 緩やかな髪と柔和な顔つきのこの人は、先程真面目な顔で書類を手にしていた書記長の昭島あきしま かえでさんだ。


「はよ」

 『お』と『う』を省略して此方を見向きもせずに挨拶を返したのは、会計長の青梅おうめ りんさん。

 穏やかでお嬢様然とした昭島さんとは違い、無感情こそ我が道とでも言いたげな、感情の起伏があまり無い人だ。

 奥からも二つ三つと挨拶が返ってくる。

 そちらを見ると何人かと目が合ったので、軽く頭を下げた後、俺と立川は鞄を降ろして円卓に配置されている自分の椅子に座る。

 これで五つの椅子の内四つが埋まったが、残る一つは空いたままだ。


「優姉はまだ来ていないんですか?」

 この二人と優姉は同じクラスだ。

 いつもは三人揃って生徒会室に来るんだけどな。


「校長室」

 相変わらずかったるそうな顔で書類を眺めつつ、青梅さんはぼそっとその一言のみを俺に告げる。


「今朝方、校長先生から放課後になったら来るように言われていたそうです」

 と、昭島さんが補足説明をしてくれる。


「成程。ありがとうございます」

 となると優姉は暫く不在か。じゃあ帰ってくるまで立川の手伝いだな。


「立川、幾つか案件を回してくれるか?」

 隣で鞄の中から筆記用具を取り出している立川にそう言う。

「手伝ってくれるの?」

 期待に満ちた顔。

 それぞれ部下が五人いる昭島さんと青梅さんとは違い、生徒会副会長の立川には部下がいない。

 一人で抱える仕事量としては生徒会長の優姉に次いで二番目だろう。

 猫の手も借りたいのは分かる。


「優姉が来るまでな」

 とはいえ俺の役職は生徒会長補佐。

 生徒会長をフォローし、時には恋人の様に付き添い(優姉談)、そして何より愛を以て生徒会長に接するのが仕事(優姉談)なのだ。

 少し残念そうな顔をする立川には悪いが、優姉が来たら本職に戻らなければならない。


「じゃあ、これ。お願い」

「あいよ」

 立川は壁面にある書棚からファイルを取り出し、数枚の案件を俺に渡してきた。

 内容をざっと見るに大したものでは無い。

 よし、優姉が来る前に終わらせるか。


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