クリスマスのキセキ
「ねえ、先生はサンタクロース信じてる?」
クリスマスを目前に控えたある日のことだった。教え子――ちょうど、大人の嘘を上手いこと見抜ける年齢に差し掛かった子供に、サンタクロースの存在について問われた。
「どうだろうね。マコちゃんはサンタクロース、信じてる?」
「あたしは信じてない。あんなの、パパとママがあたしを騙そうとしてるだけだよ」
マコ――という名で呼ばれている児童は寂しそうにそう言った。
マコというのは彼女の本当の名前ではない。本名は別にある。しかし、ここでは本名は出さないでおこう。個人情報が漏れたとなれば、僕は仕事が無くなってしまう。
物語の登場人物は僕とマコちゃんだけ。先生と児童、大人と子供のちょっとしたお話をここには綴ろうか。
「どうしてそんな悲しいことを言うんだい? もしもサンタクロースが君のパパとママだったとすると、何か嫌なのかい?」
「嫌だよ。だってずっと嘘だったってことでしょ? サンタクロースって、子供たちに夢を配るお仕事なんだよね? もしパパのお仕事が本当にそうなら、あたしはみんなに自慢したいよ。それなのにどうしてそのことを隠すの?」
「マコちゃんは難しいことを考えるんだね」
「先生、はぐらかさないで教えてよ」
「先生が思うにはね、夢を見るためには現実から目を逸らさないといけないからだよ」
「どういうこと?」
「考えてごらん。マコちゃんはどういう時に夢を見てる?」
「眠っているとき」
「そう、そうだね。じゃあ、眠っている時に現実は見れるかい? 例えば、眠っている間にマコちゃんのパパが、音を立てずに近寄ってくるのを見ることはできるかい?」
「そんなの、できないよ。だって目を閉じているんだもん」
「つまりはそういうことなんだよ」
「どういうこと?」
「夢を見るためにマコちゃんは目を閉じる。そうすると現実を見ることは出来ない。人間っていうのは夢か現実か、どっちかしか見られないんだよ」
「それが、サンタクロースとどう関係あるの?」
「サンタクロースは夢を見せるお仕事だから、現実を見せちゃいけない。だからみんなには秘密なんだ。みんながそれを知っちゃうと、夢が終わっちゃう。だからマコちゃん、たとえどれだけ秘密を知っても、バラしちゃいけないよ。他の人の夢を壊すのはいけないことだ」
「うん、わかった。でも先生」
「何だい?」
「そうすると、サンタクロースっていっぱいいることになるんじゃないの? 絵本では、サンタクロースは白いお髭のおじいさんってことになってるのに、それっておかしくない?」
「アハハ、本当にマコちゃんは賢いんだね。先生、びっくりしちゃったよ。そうだね、確かにそうなるとサンタクロースはいっぱいいることになるよ。でも、こう考えられないかい? いっぱいいるサンタクロースのうちの、代表がそのおじいさんなんだ」
「代表?」
「そう。日本の代表は総理大臣だよね。学校の代表は校長先生、病院の代表は院長先生だ。それと同じように、サンタクロースもいっぱい居すぎて代表を作ったんだ。それが、フィンランドから来た赤い服を来て白い髭を生やしたおじいさんなんだよ」
「そうなんだ。先生は何でも知ってるね」
マコちゃんはとても嬉しそうに笑った。
「いいや、何も知らないよ。勝手にひとりで夢を見てるだけさ。正しいかどうかすら、先生にはわからない」
「おかしな先生。先生はいつだって正しいんじゃないの?」
「おいおい、それは買い被りすぎだよ。先生は先生である前に、ひとりの人間なんだ。間違うことだってあるよ」
「なあんだ、じゃあ先生もあたしとおんなじなんだね」
「そうだよ。人間はみんな、おんなじさ。誰かの幸せを願うサンタクロースだって例外じゃないよ。その人が本当に欲しいものをあげられるとは限らない」
小さな沈黙が訪れた。これを天使が通ったという、洒落た呼び方があることは、また今度にでも教えてあげよう。
「ねえ、どうしてサンタクロースは子供たちにしかプレゼントをあげないの? どうして大人になったら貰えなくなってしまうの?」
「それは違うよ、マコちゃん。サンタクロースはちゃんと大人にもプレゼントをあげているよ。ただ、形がないだけなんだ」
「どういうこと?」
「大人になるとね、お仕事をして、お金を貰って、欲しい物は何でも買える。でもね、その代わりに大人はお金じゃ買えない物を欲しいと思うんだ」
「それって、友達とか?」
「そうだね、それもある。大人が欲しいと思うのは、大切な人と過ごす時間なんだよ」
「パパとかママとか?」
「ハハッ、マコちゃんの一番大切な人はパパとママなんだね。うん、いいよ、大切にしてあげてね。でもちょっと違うな。大人になるとね、パパやママよりも大切な人ができるんだ。大人にとっては、自分のことを大切に思ってくれる大切な人がサンタクロースなんだよ。お互いがお互いを大切にして、相手を思いやることが最高のプレゼントなんだよ」
「大人って難しいね」
「そうだよ、大人は大変なんだ」
「それならあたし、大人になりたくないな」
「そんなこと言わないで。大人は大変だけど、でも、子供よりも何倍も楽しいんだからさ」
「そっか」
マコちゃんはおもむろに窓の外に広がる空を見上げた。
「ねえ、先生。あたしもう帰らないといけないの。パパとママが呼んでる。だから、またいつか会えたら、もっと面白い話をして」
「いいよ。面白い話が聞きたくなったらまたおいで。合図をくれたら先生が迎えに行ってあげるよ」
「うん、楽しみにしてるね。それじゃあ先生、またね」
マコちゃんは手を振って帰っていった。彼女がいるべき場所に。
机の上に残された新聞には、町で一番大きな事故のニュースと、マコちゃんが家族と一緒に映っている写真があった。