ボディーガード~強さの定義~3
嘘をついた。
本当のことを話せば、彼はきっとあの少女を両親に引き合わせた後、意地でも貴族の情報を収集し、襲撃するだろう。
リアンから、ヴァイン・レイジスタという人間の人柄を凡そは聞いた。
ヴァインのことは、噂だけではあるがある程度は知っていた。
スクールにも所属したことなく、管理界の公式データベースにも登録されていない魔法使いが、死んだはずの魔法使いシュウ・ブレイムスと闘い、敗れ、その後もシュウの足取りを探している奇特を通り越して奇人とまで呼ばれている魔法使い、ヴァイン・レイジスタ。
それもそうだろう、シュウ・ブレイムスという魔法使いの存在を確認したのは、当時訓練生だった、レイラ・ヴェルシオンとシオン・カンザキ、そしてヴァイン・レイジスタの三名のみで、その後も管理界ものいくつかの部署も、捜索に協力したが、一年ほどで打ち切り。
管理界内で、未だにシュウ・ブレイムスの捜索に協力しているのはヴァインと交流のある特殊戦闘課と警備部、そしてリアンとの交流がある環境監査部。
他にも、ヴァインが手を回し、力を貸している部署があるようだが、公式の記録には残っていない。
「無理もないわね……誰しもが好んで変人呼ばわりされたくなんてないでしょうし」
ティーカップを傾け、小さく呟く。
環境監査部の執務室で、優雅にティータイムを嗜む――そう呼ぶには少々空気が重い。
「おかげさまで、あたしも配属予定だった教練課の移動申請を断られましたよ」
フィリスの座るソファーに向かい合う形で、同じように腰を下ろし、紅茶を飲むリアン。
苦笑を浮かべるのは、紅茶が苦いからか、それとも移動申請を断られたからなのか。それは推し量れない。
「まさか、管理界で無名の魔法使いが部隊を新設する日が来るなんてね。名目上は各部署が動けないときの為の緊急遊撃部隊だったかしら?」
「さあ? ヴァイン君の言うことなんて十秒後には代わっていきますから」
「でも、あなたから聞かされた人物像そのままで驚いたわ」
「大変失礼な態度だったようで……代わりにお詫び申し上げます」
口頭で詫びるものの、紅茶を啜りながらではいまいち心が篭っているように感じないが、リアン自身、それは前もって伝えてあったことなので、そこまで悪いとは思っていないのだろう。
そして、フィリスが気分を害していないことも知っている。言うなれば、形式だけの謝罪。
「確かに、聞いていた通りの魔法使いだけれど……それだけに怖いところもあるわ。今回の件も、最悪の場合貴族連盟を敵に回してしまう可能性も十分にあり得る」
「そうなったらそうなった時ですね。今ヴァイン君に本当のことを話さなくても、勘の良い彼のことだからいずれ真実にたどり着きます、その時どう動くか……」
「あなた……辺に達観しているわね? 昔なら全力で止める為に今頃何らかのアクションを起こすような子だと思っていたけれど?」
「フィリス部長も、ヴァイン君と何年か付き合いを重ねればわかりますよ。世の中、思い通りにならないことは多々あれど、彼ほど言うことを聞いてくれない生徒は初めてですよ」
思い起こせば、出会った頃は猫を被っていたのかもしれない。
それなりにこちらの指示に従い、ある意味では素直な少年だった。
いつからだろう――ああ、研修を終えた頃ぐらいだ――不遜な本性を現し始め、気付けば自分の部隊を新設し、その部隊の部長になって欲しいと言ってきた。
「でも、彼だからこそ今回の任務を任せたんじゃないのですか?」
「そうね……もしも彼が、本当にあなたの言うとおり、ダークヒーローのような魔法使いならば、きっと今後管理界で生きていくうえで必要な物を手に入れることになるでしょうね」
「確実に新設の部隊やあたしたちは目の敵にされるでしょうけどね……」
ヴァインならば、そんな状況も楽しむのかもしれないが、リアンにはそこまで図太い神経は搭載されていない。
そんな未来を想像しただけで、眩暈がするほどだが、そんな眩暈のする未来は確実に訪れるだろう。
「ですが、辛いのは今……ですね」
少し朗らかになりつつあった空気が、その一言で再び重く纏わりつく。
「仕方がないわよ……あの子が逃げ出したときに決まってしまったことだもの。こればかりは、管理界執行部権限をもってしても覆らないわ」
少女を匿えば、管理界と貴族連盟での正面衝突は避けられない。
そして、少女が命を狙われている現状も避けられない。
フィリスたちに出来るのは、せめて少女が最期に両親と会えるための手引きをすることだけ。
その現実を、どうしてもヴァインに伝えることができなかった。
「多分、ヴァイン君のことだから薄々気付き始めていることでしょうね」
ヴァインならば、別の答えを見つけ出すのだろうか。
さすがのヴァインも、少女を匿えばどうなるかぐらい理解しているだろう。
少女の願いを叶え、その後少女が命を狙われないようにする方法。
どのみち、リアンとフィリスに出来ることは無い。
後はヴァインがどのような道を選ぶか、それを見守るだけしか、出来ない二人は、様々な不安を押し殺し、再び湯気の立つ紅茶をカップへと注いだ。
どんな任務でも束の間の休息は必要だ。
特に、ただ敵をぶちのめせば済む任務は違い、今回は護衛だ。
しかも、魔法の使用制限まで掛かっているとなれば、さすがのヴァインも精神的に大きな負担を強いられる事となる。
だが、次元航行艦内とターミナルにいる限りは絶対の安全が保障される。
全世界共通で、次元を移動するターミナルと艦内でのトラブルは無条件で重罪となる。
例えそれが貴族連盟に属する人間であろうと、それは免れない。
テロや密輸はもちろん、それが些細な喧嘩であろうと、最悪の場合は終身刑から死刑まで受けたという判例もある。
なので、現在ヴァインは敵の襲撃など考えもせず、ただのんびりと体を休めていた。
そして、色々と考えなければならないこともあった。
(本当に家名を守るためだけなのか……?)
いくら格が問われるとは言え、従者に逃げられるなど、別段珍しいことではないはずだ。
にも拘らず、追っ手がしつこすぎるように感じる。
現に、他の座席からこちらに視線を向けている者が数名いる。
十中八九追っ手だろうが、航行中の艦内とターミナルでわざわざ襲ってくるほど馬鹿でもないだろう。
そんな真似をすれば、主にも捜査の手が伸びかねない。
(となると……リナを送り届けたところでまた攫われるのは目に見えている……)
隣の座席で眠るリナに、横目でチラリと視線を移し、苦笑する。
今更投げ出すつもりはないが、ずいぶんと面倒な荷物を背負い込んでしまったものだ。
無事にリナを送り届けるには、二度とリナに手を出す気が起きない位に敵を叩きのめすしかない。
(問題は、その間リナの安全を確保できないってことだな……魔法が使えれば、リナを守りながらでもどうにかなりそうだが……)
敵を叩き潰す方法を模索しながら、ふと敵が誰なのか判明していないことを思い出す。
リナを守って、無事に送り届けることしか考えていなかった先ほどまでとは違い、今は明確に敵を叩き潰すという目的が出来た。
ならば、今考えることは戦うべき敵の正体だが――
(フィリス部長はだめだろうな……どうにも俺に隠し事をしている気がする)
今回の依頼を持ちかけてきた時からヴァインに絡みつく違和感。
航行船の手配をしてくれたりと、協力的に見えるが、その割にはリナの事も、リナを遣っていた貴族の名前も知らないで済まされている。
協力的に見えて、いまいち他人事。それこそ、全てを丸投げされているような――もしくは試されているような、そんな感覚。
いっそ、全てがリアンやフィリスに仕組まれているのではないかとまで考えた。
今、隣で静かな寝息を立てる少女も、リアンたちの仕込ではないかと。
そこまで考え、頭を振る。
ヴァインがその手の事が大嫌いなのは、リアンが一番よく知っているはずだ。
研修時代、似たような手でレイラとシオン、そしてリアンの三人が共謀し、今と似たような偽りの任務を押し付け、それを訓練としたことがあった。
もう一度頭を振る。
当時、任務終了時に護衛対象から全ての真相を明かされた際、本気で怒ったヴァインが三人を相手に大立ち回りをし、結果、当時のヴァインに三人を相手にして勝てるはずが無かったが、何度倒されても起き上がり、文字通りボロボロになり一週間ほど意識不明の重態に陥り、一ヶ月の入院生活を余儀なくされた。
当時、ヴァインが受けた任務は、親が失踪した子供の親を捜すという、今の状況と酷似したものだった。
実の両親の顔すら知らないヴァインは、その任務に必死で取り組んだ。
当然、リアンたちもそれを知った上で、練りに練ったシチュエーションだったのだろう。
昔を思い出し、何度目かの苦笑を浮かべる。
今回のこれも、仕組まれたものだとしたら――そこまで考えて止める。
今更そんな方法で試してこないだろう。
当時はまだ、リアン一人でもヴァインを押さえ込むことが出来たが、今は違う。
(リナに直接聞いて……それでダメなら追っ手の指を一本ずつへし折るつもりで尋ねてみるか……)
どちらにしても、しばらくリナと別行動することになるだろう。
座席を倒し、持参のアイマスクを装着し、小さく息を吐く。
どうやら、魔法を使用しても絶対に足の着かない、それでいてヴァインが一番信頼している魔法使い応援を頼むことになりそうだ。
ターミナルに到着し、メインフロアのロビーのソファーに腰をおろし、一息つく。
ヴァインの隣では、リナがソフトクリームを無表情で舐めている。
そういえば、リナの笑顔をまだ見ていないな。そんなことを考えながら今後の行動を左右する言葉をリナに投げかけた。
「リナ、お前が仕えていた家の名前、わかるか?」
「はい、ご主人様の名前は、エルザ・デルタアーク様です」
警戒はだいぶ薄れたようだが、未だに使用人口調なのは変わらない。それが少し、寂しく感じられるが、今それを言っても始まらない。
「そうか、ありがとう。ソフトクリーム、おいしいか」
「はい」
これで、敵の追っ手を一人一人とっ捕まえて聞き出す手間が省けた。
この世界にリナの世界があるということは、その貴族もこの世界に拠点があるはずだ。
「リナ、両親に会いたいか?」
ヴァインの問いかけに、リナは一つだけ頷き、答えた。
「なら、俺が最も信用している魔法使いの言うことを聞けるな?」
その問いかけにも、リナは同じように頷いた。
「じゃ、ここから見えるあそこの正面出口。あそこから出たらすぐに右方向にダッシュだ。俺はその場に残るが安心しろ、リナのそばにはお前を護ってくれる魔法使いがいるから心配しなくても大丈夫だからな」
リナの頭に手を置き、安心させる。
それでリナが安心してくれたかどうかは解らないが、リナの身の安全は心配する必要が無い。そう断言できるほど、ヴァインはその魔法使いを信用し、信頼していた。
「じゃ、行くか」
ソフトクリームを食べ終わったリナの手を引き、ターミナルの正面出口へと向かう。
もうこの時点で、こちらを狙っているであろう敵の視線がガンガン突き刺さる。
出口の自動ドアの前に立ち、ドアが開かれる。
後はヴァインが一言告げれば、ヴァインの足枷は外される。
自然と口元に笑みが零れるのを感じながら、ヴァインは小さく息を吸い――
「走れ!」
短く、それでいて力強く告げる。
同時にリナはヴァインが言ったとおり右方向に走り去っていき、何人かの男が建物の影から姿を現し、それを追い、さらにターミナルから同じように出てきたスーツ姿の男三人と、リナを負わずにその場に残った何人かがヴァインの前に立ち塞がった。
「安全地帯のターミナルから一歩足を踏み出した途端にこれか。やだやだ、心に余裕の持てない男はみっともないぜ」
軽口を叩き、手甲のベルトを更に強く締める。当然、銃身を低く落とし、いつでも行動に移せる体勢だ。
「主の命令を忠実に護っているだけですから、例えみっともなくても我々は主命を受諾するだけですよ」
ヴァインを囲む中、一人雰囲気の違う男が笑顔を崩すことなくヴァインの軽口を肯定する。
白髪の執事服。それでいて顔に貼り付けられているかのような笑顔。
何よりもヴァインの目を引いたのは、その佇まいだった。
「頭の先から地面に向かって一本の芯がある歩き方……いいね、重心が一切ぶれていない」
歩き方一つ、それだけで執事服の男がそれなりに出来る男だとわかる。
近接戦闘のスペシャリスト、セラス・テンタロスにも座学で教わったが、拳での戦闘において、強い相手の共通点は重心にあると何度も教えられた。
回避行動、攻撃行動、移動、全てにおいて重心が全ての土台となると。
それを思い出し、ヴァインの頬がさらに緩む。ここ最近、デスクワークばかりで体を動かせる機会が出来て嬉しいのだ。
「あんた、名前は」7
「二番ですよ」
「ああ、お前も番号か、それならそれで良い。俺には関係ない」
リナとは違い、目の前の男は好き好んでその呼ばれ方を受諾し、主に付き従っているのだろうから、ヴァインがとやかく言う筋合いはない。
「私は名乗りましたよ。次はあなたの番です」
「エリックだ。家名なんてもんは持ち合わせちゃいないぜ」
平然と嘘をつく。
もしも今、本名を名乗ってしまい、後で調べられでもしたら厄介なことになるのは間違いないだろう。
「では、大人しく我々に倒されてもらえませんか? 主人はあの少女を取り戻せることが出来ればそれでいいそうですので」
ヴァインの目尻がピクリと動き、そして気付く。
「なるほど、あのガキはお前たちの主のお気に入りってわけだ」
「それをあなたに教える義務はございません」
「そりゃそうだ。そういや、あのガキの捜索に貴族連盟のネットワークを使用した段階で家名の格が落ちるだとかは関係ないからな。要はお前たちの主はびびっているわけだ、ガキから自分の性癖から秘密やらが漏れちまうのが」
わかってみれば簡単なことだ。
護りたいのは家名ではなく秘密。そのためにリナを捕らえようと躍起になる。
何故、たかが一人の使用人にそこまで躍起になるのかと気になってはいたが、そういうことならば納得だ。
「まあなんだ。そっちにはそっちの都合があるのかもしれないが、俺にも事情って者があるんだ。そこをどいてくれないか?」
「どいたら、どうするつもりですか?」
「決まってる。お前たちの主がリナを追うなら、二度と追えないようにするだけの話だ」
「それを聞いて、我々が退くとでも?」
「いいや。正直に言わせてもらおうか? 俺はお前と戦いたくてウズウズしているんだ。こいよ、遊ぼうぜ。退屈はさせないと約束するからよ」
手で挑発する仕草を見せ、軽くステップを踏む。
どれ位ぶりだろう、ここまで心が高揚したのは。今日まで、ヴァインが戦うときはリネスやセラス、レイラとシオンといった、手の内がわかっている相手ばかり、純粋な初対面での戦闘、しかもそれが強そうだとくれば、ヴァインの心は言いようもないぐらい昂ぶった。
「……いいでしょう。他の皆さんは三番の追跡を、ここは私が引き受けます」
「そうしろ、お前たちは邪魔になる。どうしてもこの場から逃げないってんなら、後腐れないようにお前たちを先にボコボコにする」
実際はボコボコというような生易しいものではないのだろうが、手間的にはかわらないだろう。
男たちはしばらくの逡巡の後、いっせいにその場から走り去っていく。
リナの走った方向に走っていった辺り、ヴァインと二番の男の言葉に従ったのだろう。
男たちが去った後、周囲にはいつの間にか大勢の野次馬。
しかし、二人にはそんな野次馬の姿も関係ない。
見つめるのは目の前の敵。やるべきことは敵を倒すこと。
「さあ、遊ぼうか優男」
「遊びになればいいですがね」
両者、同時に小さな笑みを口元に浮かべ、地面を蹴る。
その瞬間、その場は戦場と化した。
リナは必死に走った。
見知った町並みではあるが、未知の脅威に追いかけられるというのは、リナのような少女でなくても恐ろしいものだ。
当然、正常な判断などできるはずも無く、どんどん人気の無い裏路地へと追いやられていく。
リナは走りながら周囲を見回した。
ヴァインが信頼しているという魔法使いの姿は無い。
騙されたのではないか。そんな思いがリナの脳裏を過ぎるが、状況がそれを許してはくれなかった。
(行き止まり!?)
必死に走って呼吸が整わない中、リナは胸中で絶望的に叫んだ。
背後を振り返る。当然、追ってはリナの背後にいた。
「手間かけさせやがって!」
追っ手の一人が乱暴にリナの胸倉を掴む。
「おい、すぐ二番に連絡しろ。面倒になる前にさっさと撤退するぞ」
「イエッサー、了解サー」
他の仲間に指示を出した男の目が驚愕に見開かれる。
胸倉を掴み、手元に引き寄せていた少女から思いもよらぬ呑気な声が上がったのだ。
それだけならまだしも、男が手元に引き寄せていた少女の風貌が変化していた。
金の流れるような髪にレザーパンツと白いショートジャケット。そんな格好とは裏腹に、まだ十歳になったばかりであろう幼い顔立ちの少女はニコニコと男の顔を見つめていた。
「あ、どうもリナさん、遅くなりました。ヴァインさんが最も信頼し、信用する大魔法使いエスクリオスです。はじめまして」
それはそれは嬉しそうに、行き止まりに追い詰められ、おびえるリナに自己紹介するエスクリオス。リナが掴まれる寸前に入れ替わったのだが、掴みにかかった男も、掴まれたはずのリナも、エスクリオスが喋るその瞬間まで気付くことはなかった。
「この格好どうですか? 実は密かにヴァインさんに気付かれないようにあの人の格好を模倣してみたんですよ。似合いますか?」
場にそぐわぬ呑気な問いに、リナは何も答えられずに居た。
屈強な男に囲まれ、胸倉を掴まれているのにも関わらず、エスクリオスは笑っているのだ。
「ちっ、どこから沸いてきやがった、このがき!」
「ずいぶんと失礼ですね。沸いてきただなんて人を虫のように……」
さすがにムッとしたのか、エスクリオスは膨れっ面のまま男の喉下に手を近付け、指先に魔力を込める。
さすがに痕跡を残しては面倒なので、肉体強化のための魔力操作だが――
「乙女の心は傷つきやすいんですよ」
――その指で男の喉下にデコピンを敢行。
さすがに喉仏を潰すほどの威力は込められていないが、エスクリオスを掴む手の力を緩ませるには十分だった。
「さてリナさん、とりあえずどうしましょうか? ヴァインさんが迎えに来るまでどこかでパフェでも食べませんか?」
拘束を解き、地面に蹲る男を無視して、リナに手を差し伸べるエスクリオス。
まるで敵に囲まれているという雰囲気ではない。
「このガキ……!」
「武器使ってもいい、さっさと片付け――」
残り二人の男が激昂し、そのうちの一人が懐から何かを出そうとして、その動きを止める。
先ほどまでいたはずのエスクリオスが消えているのだ。
何が起こっているのか理解できていないリナが、周囲を見回しているが、それだけ。
「だから……私の名前はエスクリオスです。ガキって呼ばれるのは嫌いなんですよ」
そして、消えたはずの少女は男の背後にいた。
飄々と捕らえどころの無いその姿は、魔石エスクリオスの持ち主、ヴァイン・レイジスタそのものだった。
では、その戦闘スタイルはといえば――
「とりあえず、この人目に着かない場所で大人しくしていてください」
――懐に手を差し込んだ男の背に飛びつき、右手でしっかりと抱きつき、左手を顎に添える。
「大丈夫ですよ、寝違えちゃったみたいな感じで済ませてあげますので」
右手でしっかりと男の胴体にしがみ付き、顎に添えた左手をスコーンと気軽に押し上げる。
男の頚骨がコキリと音を立て、男の体が崩れ落ちる。
急激に東部を揺さぶられたせいで脳震盪でも起こしたのだろう。
「こいつ!」
それを確認し、残されたもう一人の男がエスクリオスに手を伸ばす。
エスクリオスはその腕を凝視し、行動に移す。
左手で相手の手首を掴み、飛ぶ。
手首を掴む手に力を込め、体のバランスを調整し、腕に絡みつくようにしがみ付く。
「よいしょっと!」
「があぁぁっ!」
丁度、エスクリオスを掴もうと、腕を伸ばしきったところにエスクリオスの体が絡みつき、本来曲がるはずの無い方向に全体重と、勢いを加えられれば、最悪骨折、よくても関節を痛めるのは当然の結果だろう、
エスクリオスの戦闘スタイルはショートレンジ。相手の力を利用、もしくは最小限の力で相手を制圧する関節技主体の近接戦闘を好む。
ヴァインのようにロングレンジもこなせるのだが、ヴァイン好みの設定にされているため、気軽にポンポンと使うことができない。
ちなみに、ヴァイン好みの設定は、とにかく派手なのだ。
それこそ、後で誤魔化しが利かない程度には。
ヴァインが得意とするド派手な魔法は、エスクリオスの好みではないのと、魔力痕から足が着いては面倒だという理由で、エスクリオスも、近接戦闘メインでリナを護衛することになるが――
「とりあえずパフェでも食べに行きませんか? さっき逃げる道すがらいいお店みかけたんですよ」
――その幼い風貌からは、威圧感だとか迫力だとか一切感じられないため、敵を牽制する事は期待できないだろう。むしろ一緒に浚われてもおかしくないが、戦闘能力だけで言えばスリースターズ隊の分隊長レベルなのだから質が悪い。
もちろん、そんな事など知る由もないリナはエスクリオスに手を引かれるがまま、エスクリオスお勧めの店へと連れて行かれた。