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ボディーガード~強さの定義~2

 スリースターズの基礎施設は完成していたが、中核を担う人間の招集に手間取っていたヴァインは、日中を今でいうリアンのラボで過ごすことが多かった。

 部隊の稼動開始が目前まで迫り、その日も書類整理に明け暮れていた。

 その日の書類は、軍部の下部組織に出向させられていたレイラとシオンを召集するための物で、これがなくては設立する部隊の中核に位置する人材の確保ができなくなる。

 その為に色々な手回しをしてきたが、後一歩、決め手に欠けていた。

 今でこそ、ヴァインが圧力を掛ければ人員の確保ぐらいはどうとでもなるだろうが、当時は各軍部に勝る人脈や権力を所有していなかった。

 そんな時だ、ヴァインに協力してくれると申し出てくれた人物が現れたのは。

「で、今まで俺たちに不干渉を決め込んでいたのにどういうつもりだ? 環境監査部の部長さん」

「そうツンケンしないの。若いうちからそんなんだと、将来苦労するわよ」

「忠告ありがとうよ。だが、温和なばあさんの茶飲み仲間になってやれるほど暇じゃないんだが? フィリス・ノアニール部長」

 ヴァインに協力を申し出てきたのは、今まで一切関わりのなかった環境監査部部長のフィリスだった。

 当時、色々な問題の対応にささくれ立ち、敵意剥き出しのヴァインを前にしても、フィリスは動じることなく、まるで敵意そのものを受け流すかのように、ヴァインと対峙していた。

 柔和な笑みを浮かべ、言いたいことはそれだけかといわんばかりに、紅茶の入ったカップを傾け、佇む。

 さすがのヴァインも、追い返すのは無理と悟ったのか、大きく息を吐き、カップに手を伸ばす。

「で? どういうことだ?」

「どうも何も、見ての通りよ」

「交換条件ってわけか?」

 フィリスがヴァインに持ってきた一枚の写真と、依頼書。

 フィリスがヴァインに持ちかけてきた取引内容は【写真の少女を家に送る事】だった。

「まあ、内容自体はシンプルで分かりやすいが……いくつか質問いいか?」

「ええ、いくらでもどうぞ」

「依頼を受ける前に、あんたが本当に軍部の堅物共を言い含められるとは思えない。仕事を押し付けて、解決しちまえば後は知らぬ存ぜぬ……そんな可能性がないとも言い切れないだろ?」

 もっともな意見だった。

 世の中の交渉ごとで必ず発生するのが、料金を先に払うか、後に払うか。

 今回の内容だと、ヴァインが依頼完了という商品を売りつけても、フィリスがレイラとシアンを軍部の出向先からヴァインの部隊に引き込むという料金を払うとは限らないのだ。

「堅物だからこそ、最高執行部の意見は聞かないわけにはいかないでしょう? こう見えて、最高執行部の議長とは良い関係を築かせて頂いているわ」

「証拠は?」

「最高執行部の査問にご招待してあげましょうか?」

「できるなら、今すぐに示してもらえると助かる。俺もあまり時間がないんだ」

「疑り深いのね。少しは人を信用してくれてもいいと思うのだけれど?」

「初対面の人間に心を開けって? 残念だが、そういうのは俺の心に余裕があるときに期待してくれ」

「部隊設立も目前に迫って気が立っているのもわかるけれど、喧嘩腰のままじゃ交渉なんてできないわよ、ヴァインちゃん」

 ヴァインの眉間がピクリと動く。

 どうにも、目の前の老婆はヴァインを挑発しているような節があるように感じられた。

「質問その二だ。この写真の子供を家まで送り届けろって内容だが……少し語弊があるんじゃないか? 正確には【家に辿り付けるように護れ】の間違いだろ?」

「さすがに良い勘しているわね」

「子供の送迎ならそれこそ、スクールのバスにでも放り込めば良い。そして護衛も、最高執行部とのコネがあるなら人員なんてどうとでもなるだろう。スクールのバスに放り込めないのは、この子供が相当なVIP、しかも何かに狙われているオマケ付ってところだろ? そして、最高執行部のコネを使わないのは、表沙汰になったら面倒くさいナニかがあるってところか?」

「あら、最高執行部の関係者だって言う、証拠も何もない発言を信じてくれるのかしら?」

「いつまでもそんな事で平行線の会話を続けるのも無駄だしな。それに、これだけ敵意をぶつけられているってのに、人様を挑発するような意図さえ覗かせるようなあんたがそんな下らない嘘をつくとも思えない……俺のことを調べて、その上で試しているんだろ?」

 今ヴァインが頭を抱えているレイラとシオンの問題に、このタイミングで交渉を持ちかけてきたぐらいだ。ヴァインの状況を何らかの方法を使って調べた上で、こうしているのは間違いないだろう。

 それに、敵意をぶつけながらも、何度か会話をしてわかったことがある。

「その様子じゃ、ある程度は俺の生い立ちの事も色々と“聞いた”ようだな」

 フィリスの態度と、ヴァインが依頼を受けると確信したような態度。

 間違いなく、フィリスは誰かからヴァインの話を聞かされている。

「まあそうだな……リアンが俺の話を詳しくする人間なら、リアンは余程あんたを信用しているってことなんだろう。俺もあなたを信用することにしますよ、フィリスさん」

「あら、鋭いわね。どこで気がついたの?」

「俺をヴァインちゃん呼ばわりしたとき……あれがミスでしたね、煽るにしてもあそこまで露骨に煽ってしまえば、なぜ俺を煽るのかを考えてしまうのも仕方がないって話ですよ」

 幾分か態度を柔らかくし、接するヴァイン。

 最初からリアンに話を聞いてきたと言えば、こんな腹の読み合いをする必要もなかったのだろうが、フィリス自身もヴァインの人柄を自分の目で確かめたかったのだろう。

「話を戻そうか。あなたがわざわざリアンに話をして、俺に声をかけたということは相当面倒くさい仕事じゃないんですか?」

 現在のヴァインは、管理界非公式魔法使いとして活動している。

 管理界のデータベースにヴァインのデータはなく、今の段階ではヴァインのポジションは一般人に分類される。

 スリースターズ隊の部隊長にリアンを据えているのは、手続き上代表者が必要だったので、設立時にリアンを代表者にし、面倒だからそのままそのポジションについてもらっているだけの事だった。

 そんなヴァインに話を持ちかけてくるというのは、管理界所属魔法使いの権限よりも、一般人の、それも何の権限も持たないヴァインに頼む方がメリットが大きい、もしくはリスクが少ないということなのだろう。

「ええ、管理界所属魔法使いには任せられない仕事よ」

「……貴族絡みか」

「御明察。この女の子は現在、ある貴族の家に奉公に出されているの」

「物は言いようだな、要は身売りってことだろう?」

「言葉だけは美しく飾りたいものなのよ。それで、この少女が私の元に現れたのが二日前。うちの部署で植物の生態系を調べているときに偶然倒れているのを見つけて保護したの……そして、昨日、環境監査部にこの女の子の捜索依頼が貴族連盟から管理界に届けられたわ」

「ああ、血筋だけが取り柄の頭の固い集まりか。俺個人の意見としては、連盟ごとぶっ潰したいが。貴族連盟に出資してもらっている部隊も多いからな。そりゃ、管理界所属の魔法使いにはこの依頼、受けられないわな…………で、その女の子、何をやらかしたんだ?」

 貴族の家から逃げ出し、管理界にまで捜索依頼を出すほどだ、どうしてもこの少女には果たさなければならない用事があるようだ。

「ある貴族の屋敷から逃げ出したのよ」

「ああ、さっきも言っていたな。どこぞの貴族の家に売られたって……両親が恋しくて逃げ出した。よくある話だが……そのお勤め先はどこの貴族様だ?」

「そこまではわからないわ……調べようにも、管理界から貴族連盟への干渉は原則禁止されているから、こちらとしても調べようがないのよ」

「貴族連盟絡みか……家系だとかがどれほどのものかは知らないが、よほど伝統が大事なんだろう。こんな子供の命を狙うなんてな」

 少女を狙う敵は、貴族連盟のいくつかの貴族か、少女が仕えていた貴族の私設部隊だろう。

「オッケーこの依頼、引き受けよう。血統だけを誇るようなやつらに、世の中思い通りにならないってことを教えてやらないとな」

 言いながら、内心でこうなることを予想されていたのだろうと考えると、なぜか負けた気になった。

 ヴァインの性格上、この子供を放っておかないと読まれていたのだろう。

 それがリアンかフィリスなのかは定かではないが、いずれにせよ、この仕事は最初からヴァインが請ける以外に適任者などいない。

 ある程度の戦闘力と魔法使いとしてのランク。現時点でヴァインのランクはレイラやシオンと一緒に所属していた、新任研修隊を卒業した時のランクBのままだが、実際はA+試験ぐらいならパスできるはず。一般人でA+の魔法使いとなれば、ヴァイン・レイジスタを措いて他にいないはずだった。

「で? 今この女の子はどこにいるんだ?」

「あなたの部屋よ」

「は?」

「だから、施設内にあるあなたの私室で眠っているわよ」

 呆れた。ヴァインが依頼を引き受けると予想していたのではなく、確信していたのだろう。

 それと同時に、もう一つ――

「もしも今、襲撃されても貴族連盟に疎まれる標的はスリースターズ隊のみってわけだ」

「そういうことね」

 サラッと言ってのけるフィリスに、ヴァインの眉間に皺が寄る。

 この老婆とは長い付き合いになりそうな予感がビンビンとしていた。

「なら、急ぐとするか。どうせリアンから俺の携帯端末の情報も聞いているんだろう? だったら、そこに送り先の地図を送っておいてくれ、すぐにでも出る」

「わかったわ。あ、それと魔法は使わないでね。無理にとは言わないけれど、もうすぐ管理界に正式に所属するのなら、後で身元を辿られるような痕跡を残したくはないでしょう?」

「わかってるよ。面倒事はできる限り少ないに越したことはない」

 白いショートジャケットを羽織り、カップの片付けは後回しに部屋を出ようとするヴァイン。

 ふと、思い出したようにフィリスに向き直り、尋ねた。

「言い忘れていたが、一つ頼みたいことがある」

「何?」

「シュウ・ブレイムスの捜索に協力してくれないか? 無理にとは言わない、何かの合間でもついででもいいんだ」

「ええ、その件についてはリアンちゃんに頼まれているわ。あの事件の直後にね」

 とっくに協力してくれていたという事実を聞いても、ヴァインの表情が緩むことはなかった。

 言ってしまえば、あれから四年、フィリスの情報網や人脈を使っても発見できなかったということなのだから。

「そうか、感謝する。任務が終了したら直接報告に行かせてもらうよ」

 それでも、落胆の表情を表に出すようなことはしなかった。

 表情に愛想笑いを張り付かせ、部屋を出て行くヴァイン。

 その後ろ姿を見送ったフィリスが何を思ったか、ヴァインには知る由もなかった。




 ずいぶんと久しぶりに感じた気持ちを、なんと表現するものだったのか思い出すのに、しばらくの時間がかかってしまった。

“憐れみ”

 ニールモウスで拾われた子供の大半は、荒んでしまっているか、塞ぎこんでしまっているかのどちらかだ。そして、ヴァインのベッドで俯き加減に座っている少女は、後者のようだった。

「……お嬢ちゃん、名前は?」

「三番……」

 その数字の意味するところを理解するのに、そう時間はかからなかった。

「ああ、屋敷での名前じゃない、本当の名前だ」

「無いよ。だってご主人様に言われたもん、あたしの名前は三番だって」

 ヴァインの拳が硬く握り締められる。

 全てがそうとは言わないが、金や権力を持つと人の心を失う人間が多い。

 そして、この少女が逃げてきた屋敷の主は度し難い屑だ。

 一体どれだけの時間、三番と呼ばれ続けてきたのだろう。

 虚ろな目で、自分の名前すら忘れてしまう。一体どれだけの時間、人間として扱われてこなかったのだろう。

 見たところ、年齢は十四かそこいら、最低限の身だしなみは整えられているが、少女の反応が全てを物語っていた。

 ヴァインが一歩少女に近づくと、少女の身体がビクリと震える。

 ヴァインと一度も目を合わさない、怯えている。

 震える手で、赤いスカートをきつく握り締め、白いセーターから見える肌の一部に内出血の痕が見られる。

 ヴァインも同じ目に遭ったことがあるからすぐにわかった。

 この少女は、様々な面で虐待を受け続けていたのだと。

「なら、名前をやるよ」

「名前をくれる……?」

「ああ、お嬢ちゃんを家に送るまでの間とは言え、三番って呼び続けるのは胸糞悪いんでね」

 努めて明るく振舞うヴァインに、少女の反応はやはり、健気なものだった。

「いらない。だって、おうちに帰ればパパとママが名前を教えてくれるもん」

(そのパパとママがお嬢ちゃんを売り飛ばしたんだよ……)

 心の中で呟くが、決して口には出さない。

 詳しい事情までは知らないが、貴族に子供を売るというのは、生きる為に仕方がない可能性もある。

 ポケットの携帯端末をチェックする。

 リアンからフィリスのアドレスが送られていたので、登録し、フィリス宛にこの少女が身売りに出された経緯を調べるように頼む文章を送信し、ポケットにねじ込む。

「そうか……なら、お兄さんは君を何て呼べばいい? 三番以外で」

「何でもいいよ……痛くしないなら何でも……」

「そうか……なら、俺はお嬢ちゃんをリナって呼ぶことにするよ」

 リナという名前に深い意味はない。

 ただ単に、エリックの本命がリナと言う名前なだけだ。

「わかった。それで、お兄ちゃんがあたしをおうちまで送ってくれるの?」

「ああ、約束しよう。例え何があっても、俺が必ずリナを両親に会わせてやる」

 宣言し、クローゼット前に移動する。

 リナが怯えたように距離をとったが。仕方がないだろう。

 そんな簡単に心を開いてもらえるとは思っていないし、心の傷も癒えるとは思えない。

 クローゼットから拳骨付近に鉄を埋め込んだ皮のグローブ。

 セラスにもらった一品だが、今回の任務では魔装法衣を身に纏えそうにない。ならば有事に備えて武器の準備をしておく必要がある。

 ブーツの爪先と踵部分を取り外し、中に専用の鉄芯を埋め込む。

 以前、訓練の際に取り外すのを忘れ、警備部の新人一人を病院送りにしてしまったので、取り外していたのだが、久々に日の目を見せてやることができそうだ。

 ついでに左腕の袖を捲くり、手首から肘ぐらいまでの手甲を取り出す。

 これもセラスからの貰い物だが、薄い割には頑丈で、袖の下に装備しても問題ないのだが、魔法戦では役に立ちそうに無いのでこれまた使う機会がなかったのだが、こちらも今回の任務では活躍してくれそうだと判断し、装備しておくことにした。

「よし、準備は整った。とりあえずは……」

 まだ端末に目的地情報が受信されていない。

 となると、別世界への航行便の手配などで時間を取られているのだろう。

「飯でも食いに行くか。ここで待っていてもしょうがない」

 とりあえず、この場から離れておく必要があるだろう。

 管理界が、リナの逃走に絡んでいると貴族連盟に知られれば、面倒なことになる。

 リナに手を差し出し、行こうと促すが、リナがその手を取ることは無かった。

「……出来るだけ俺から離れないようにな」

 手を繋いでいたほうが護りやすかったのだが仕方がない。自分の目の届く範囲にいてくれさえすれば、どうとでもなる。

 そう判断し、自室を出、未だに工事の終わらぬ部分に足を運ぶ。

 当然、急ピッチで建設部が作業に当たっていた。

「なあ、リューネはいるか?」

 手近な作業員に声をかける。

 作業着に身を包み、泥と埃で薄汚れているが、何と言うか良い顔していた。

 爽やかな汗、かいてますといった感じの青年は、周囲をキョロキョロ見回し、目的の人物を探す。

「あ、いました。あそこで電気配線いじっていますよ」

 示された場所を見る。

 紺色の帽子からはみ出た金髪と、真っ赤なつなぎ。これ以上ないぐらい周囲から浮いている。

「ああ……本当だ。脳が見つけることを拒否したんだろうな、本気で気づかなかった」

「ははっ、そんなこと言わないで早くうちの部長と夫婦になってやってくださいよ。先週も、その前の部隊内会議も、どうすればヴァインさんを落とせるかの会議だったんですから」

「そんな部署さっさと辞めてしまえ、割とマジで……」

 青年の帽子を目深に被らせ、リューネの方へと歩を進める。

 建設部部長、リューネ・アルテミス。彼女も、名門アルテミス家から軍部に出家してきた奇特な女性だが、ヴァインは彼女が心底苦手だった。

 理由は――

「きゃーヴァインじゃん!」

 ――ヴァインの姿を視界に納めるや否や、抱きつきに来るリューネ。

 抱きしめられながら、眉間に皺を寄せて視線を遠くに向けるヴァイン。

「なになになに何なのさ、来るなら一言あたいの端末に連絡くれてもいいじゃないのさ」

「うるせえよ脳筋女。抱きつくな、離れろ」

 罵声を吐くが、リューネにダメージはない、むしろ悦んでいるようにも見える。

 モデルのようなスラリとした長身と、出るところは出ている女性らしい体つき。性格がこうでなければ、ヴァインももう少し違った付き合いがあったのかもしれないが――

「いやん、ヴァインったら今日も冷たいわね。なに? あの鬱陶しいチビと根暗の小娘は諦めたのかい? なんならあたいがヴァインの部隊に入隊しようか?」

「うちには電気ウナギを養殖する趣味はねえんだよ」

 周囲の作業員がそのやり取りを見つめているが、それに近づこうとするものはいない。

 むしろ、できるだけ離れようとしている。

「愛の電撃だっちゃ」

「古いネタで電力を上げるな」

 ヴァインの周囲に薄く蒼い防壁が、視認できるまでに濃度を上げると同時、二人の周囲に小さな放電現象が発生する。

 リューネの持つレア魔石キリンの特性だ。

 自身の魔力に電気を纏わせる。

 言うなれば、何の訓練も儀式もなく、魔法に電気の属性を乗せることが出来るのだ。

 当然、ヴァインに会えてはしゃぐ彼女は、魔力の制御とか関係なく抱きついてきている。

 ヴァインから言わせれば、制御の不完全な魔法などただの凶器だ。

「今日は頼みがあって来たんだ」

 周囲に展開したバリアで電気を防ぎながら、用事を思い出す。

「なに? あたいに出来ることならなんでもするよ!?」

「工事車でも何でも良い、車を一台貸してくれ」

「おいてめえら中で一番上等な車に乗ってるやつ、手を挙げろ!!」

「なんでだ!? ただの工事車とかなんでもいいんだよ、道さえ走れれば!?」

 リューネの掛け声と共に、統率の取れた動きで該当者を導き出し、鍵を放り投げる作業員。

 この無駄なカリスマ性があるからこそ、建設部は成り立っているのだと改めて痛感する。

「ヴァインに汗臭い工事用車両を貸せるわけがないじゃないのさ。そのか・わ・り、礼は弾んでもらうよ」

「金銭で良いならいくらでも」

「あたいが金で動くと思うのかい?」

「イイエ、ザンネンナガラ」

 金で靡かないからこそ、ヴァインもリューネを信用しているのだが、事リューネに限っては金銭を要求されたほうが余程マシだったかもしれない。

「持っていってもらいたい物があるのさ」

「ほう? 珍しいな、そんなことで良いならなんでも回収していってやるよ」

 本気で珍しかった。

 てっきり、一日中デートという名目で引き釣り回されたり、最悪キスでも要求されるのではないかと怯えていたのだが、廃品だかなんだかの回収ならば安いものだ。

「あたいの、は・じ・め・て」

 予想の右斜め上の要求が飛んできた事に、ヴァインはめまいを覚えた。

 覚えたが、すぐに思考を切り替え、要求に対する返事をする。

「オッケー、了承した。今は忙しいから無理だが、後日また連絡しよう。俺の連絡先は知っているな?」

 ヴァインの返事に、周囲から歓声が沸きあがり、リューネは目を点にしていた。

 了承が予想外ならば最初から言わなければ良いのにと、内心で呟くが、これ以上は時間の無駄だ。鍵を差し出してきた作業員から鍵を受け取り、確認する。

「んじゃ、車借りていくぞ。もしかすると返すまでに日が開くか、最悪返せない場合もあるかもしれないが、その場合は欲しい車、付けたいオプションやパーツ、全てひっくるめてヴァイン・レイジスタに請求してきてくれ。それでも構わないか?」

「はい、全然構わないです。何ならそのまま返さなくても良いですよ!?」

 嬉々として答える若い作業員の答えにヴァインは安心した。

「なら、今日にでも欲しい車を探しておくといい。正直な話、君にこの車を返せる確率は結構低いかもしれないからな。何なら少し待つから、車内の必要な物だけ回収してくるといい」

 もう一度鍵を返してやる。何事もなければいいのだが、ヴァインの勘が告げている。

 必ず何かが起こると。

 ダッシュで車に向う青年を見送り、リナに視線を移す。

 周囲の歓声に怯えているが、さすがにどうしようもない。ヴァインに出来ることは、リナを狙う外敵を排除することしか出来ない。

 告いでリューネにも視線を移す。

 目を点にしたまま口をパクパクさせ、放心している。

(とりあえず、納得のいく回避方法を探しておくか)

 任務が終わって帰って来たら、建設部を寿除隊されている可能性もあるが、その辺は知ったことではないし、そこまで馬鹿でもないだろう。

 不安は多々あるが――

「お待たせしました。どうぞ」

「ああ、ありがとう」

 鍵を受け取り、ポケットにねじ込む。

「あ、別に金額に制限なんて設けていないから好きなのを選ぶといい、感謝する」

「あ、ありがとうございます!!」

 もはやヴァインの中で、借りた車は還らぬ物となるのは確定している。

 馬鹿みたいに高額な車をチョイスされても、どこかから金を盗めばいい。

 元、泥棒のスキルはこういった時に役に立つものだと、ヴァインは信じていた。

「じゃあリナ、行こうか」

 車に向って歩き出すヴァインの後を着いていくリナ。

 作業員一同は、それを見送り、未だに放心し続けるリューネが意識を取り戻すまでの長い休憩時間へと突入した。




前の世界では、身分を証明するものなんて無いから、常に無免許運転だったが、こちらの世界に来てからは、身分を証明するものを手に入れ、誰にはばかることなく車を運転することが出来る。

 とは言え、運転が出来るのと、運転が好きというのはまた別問題である。

「ああ、面倒くさい、空飛びたい、信号ダルイ」

 借り物のスポーツタイプの車を運転しながらぼやく。

 ヴァインは基本的に運転が嫌いだ。

 信号を待つのが嫌いだ、スピードを制限されるのが嫌いだ、そもそも交通ルールが嫌いだ。

 空を飛ぶのに比べて、様々な制限がある段階で運転が好きになれそうにはなかった。

 それはともかくとして、車で堂々とここまでヴァインが愚痴るのには理由があった。

 車で移動を開始して十分ほどでリナが眠ってしまった。

 車に乗るとすぐに寝てしまうタイプの人間は、別に珍しくない。

 幼い少女は疲れていたのかもしれない。

 誰かに追われる恐怖。見つかってしまうのではないかという不安に、心をすり減らし続けてきたのかもしれない。

 何にせよ、今は眠っていてもらった方が、都合が良かった。

 車で移動を始めてからずっと、後を着いてくる車がある。

 今までに何回も道を曲がり、迂回しているにも拘らず、一定の距離を保って着いてくる。

 まず間違いなく、追っ手だろう。

『どうしますか?』

 胸元の魔石、エスクリオスが尋ねてくるが、どうしようもない。

 現在、ヴァインが装備している武装は、接近戦を想定したものばかり。さすがに銃の類は持っていないので、白熱したカーチェイスは展開できそうに無い。

「ここじゃ人目につく。やるならもっと目立たない場所に行く必要がある」

『とは言え、相手側の動きが気になりますね。まるでこの子が管理局に匿われているのを知っていたかのようなタイミングで現れています』

「知っていたんだろ。最悪、貴族連盟に情報をリークした職員がいる可能性だってある、ただ、あちらさんもあんまり事を表沙汰にしたくないんだろうぜ、その気になれば施設内を強制査察することも出来た。それをしなかったって事は、記録を残したくないのかもしれないな」

『それは何故ですか?』

「貴族だ何だって、血筋にしか取り柄のないやつは世間体を気にするって事だよ」

 それが全てだろう。

 こんなことが表沙汰になれば、使用人の一人も満足に従えることが出来ないのかと、他の貴族たちに軽く見られてしまう。貴族の方々が大好きな“品格”とやらを疑われる。それを恐れているのだろう。

「しっかしあれだな、金ってのはつくづく人間を腐らせるんだな」

『元泥棒さんの言う台詞じゃありませんね』

「泥棒だからわかるんだよ。そもそも金なんてものは、物と交換する為の物であって、多く持っていれば偉いってわけでもないんだよ。偉いのは多くの金であって、金を持つ人間じゃない。それを履き違えるから、金を持つと自分が偉いと思い込んで心が腐っていく。そんな人間を大勢見てきたよ」

『よくわかりませんが、お金持ちにもいい人はいますよ?』

「それは自分の力で頑張って稼いだ人間の極一部だよ。今回、俺たちの敵は生まれつき持った金でふんぞり返っているから性質が悪い。苦労した金持ちは人間ができている奴が結構いるが、親とか先祖とかの七光りはマジでダメだ」

 吐き捨てるように呟き、そのまま車一台入るのがやっとの狭い道に入っていく。

 一方通行なので、前から車が来ることはないだろう。

 なので、この場所はとても都合が良い。

 ブレーキを踏み、止まる。当然、車一台通れる程度の道幅なので、後続車は止まらざるを得ない。

 そして、後続車はずっとヴァインの後をつけてきていた黒のセダン車。

 車を停車し、壁にドアを当てるのも構わず、すばやく道に飛び出し、黒のセダンに近づく。

 焦ったセダンはバックでその場を離れようとするが――

「まあそう急ぐなよ」

 ――すでに運転席まで肉薄していたヴァインの呟きと同時、運転席側のガラスがヴァインの拳によって破られ、そのまま鍵を捻られる。

 ギアはバックのままなので、鍵を抜くことはできないが、一瞬だけでも車の動力を止めることができれば十分だった。

「ゆっくりと、お話しようぜ」

 運転手の胸倉を掴み、割れた窓から強引に身体を引き釣り出す。

 割れたガラスに引っかかり、黒いスーツと、皮膚に傷をつけるが、当然ヴァインは気にしない。どうせ他人の事だし、シートベルトをしていないからこんな風に扱われるのだ。

 ベルトをしていれば、ドアを破壊し、もう少し違った扱いをした――かもしれない。

「お前ら、俺に何の用だ? それとも、あちらのお姫様に用事か?」

 運転手の男を地面に転がし、足で踏みつけ拘束する。

 助手席側の男も、ヴァインを警戒しているようだが、この狭い道ではドアを開けて飛び出そうにも、助手席側の隙間は僅かなもので、とてもではないが素早く逃げられるほどの余裕はなさそうだ。

「そ……そのガキはうちの所有物だ……お前のしていることはゆ……誘拐だぞ!?」

「ほう? それで?」

 助手席にいる男の発言に、ヴァインの表情から笑みが消える。

「今ならまだ穏便に済ませてやる、だから早くあのガキを――」

 男の言葉が途中で遮られる。

 遮ったのは、ヴァインの拳がハンドルのクラクション部分に叩きつけられた轟音だった。

 ハンドルが大きくひしゃげ、メーター部分にも大きな亀裂が走り、走行不可能なまでに破損している。

「お前ら、何か勘違いしていないか?」

「え?」

 ヴァインの手が助手席の男に伸ばされ、その指を瞼に押し付ける。

「今この場で、追い詰められているのはお前たちなんだぜ?」

 ゆっくりと力を込められ、眼球に圧力がかかっていく。

 男は恐怖に縛られ、声を出すことが出来ないようだ。必死で口をパクパクしている。

「俺はな、親父の教えで人の命は盗むなと教えられてきた」

 ニールモウスの団員全員にも徹底していることだが、ヴァインだけは、その中に自分なりの解釈を入れていた。

「盗むのは禁止されているが、壊すって事に関しては明言されていないんだわ」

 世の中には生かしておくと碌な事がない種類の屑もいる。

 ヴァインたちは自分たちが生きる為に盗んできた。

命を盗むときは、自分たちが生きるのにやむを得ない時。

しかし、ヴァインの義父はそれを禁じた。

 多くの身寄りのない子供たちを護るのに、人の命を奪った汚れた手で護るなということなのだろう。

「俺の手……いや、手だけじゃないな。手も体も、汚れまくってドロドロなんだわ」

 あと少し力を込めれば、この男の眼球は頭蓋骨の内部にまで押し込まれ、圧力に耐え切れず破損するだろう。

 失明だけですめばいいが、大事な神経系に傷をつけてしまえば、今後の生活に支障が出るかもしれない。

「俺以外の奴らが綺麗ならそれでいい、手を汚すのは俺だけで十分さ」

 もちろん、他人の今後の人生など、ヴァインの知ったことではなかった。

 躊躇わず力を込め、生々しい感触と共に男の目から血涙が滴る。

 同時に、男の喉仏に掌で衝撃を与える。悲鳴を上げようと息を吸うのと同時の衝撃だ。

 当分声なんて出せないだろう。

「うるさいから悲鳴は勘弁してくれ。お姫様が起きちまう」

 もしも今、リナが目を覚ましこの光景を目にすればどうなるだろうか。

 少なくとも笑顔を浮かべることはないだろう。もしかすると心に傷を負うかもしれない。

 ヴァインは知っている。

 自分が何かを手に入れたいと望むならば、それに見合う対価が必要だと。

 それは時間であったり労力であったりするが、今回の場合は、リナが両親に再び会いたいと願う代わりに、自身の身の安全とそれ以外の誰かの犠牲を対価として払っている。

「このガキとは出会って二時間も経っていないが、必死で親に会いたいと願っているんだ。邪魔してくれるなよ? このガキに降りかかる火の粉は俺が払うことになるんだから」

 足元に転がる運転席側の男の大腿部にブーツの踵を叩きつける。

 ブーツの踵は太い男の大腿部の筋肉を傷つけ、そのまま骨を砕く。

 同時に、助手席で目を押さえ呻く男の胸倉を掴み、強引に車から引き抜き壁に叩きつける。

 瑞々しい音と共に、くぐもった呻き声が消え、周囲に完全な静寂が訪れた。

「一応死なない程度には加減したつもりなんだが……死んでも恨まないでくれよ?」

 壁に叩きつけられ、ピクリとも動かなくなった男に呟きながら、足元で白目を剥いて失神する男の体の下に爪先をねじ込み、ボールでも蹴り飛ばすかの気安さで、これまた壁に叩きつける。

「お前は死んでもいいぞ。俺の一番嫌いな言葉、吐いたんだから」

 こちらには冷たく吐き捨て、エンジンを掛けたままの車に乗り込み、何事もなかったかのように発進する。

 同時に、フィリスから次元航行艦のチケットと、リナが両親と離れ離れになった理由が送られてきた。

 本来のルールならば、運転中に端末の内容をチェックするのは違反だが、ヴァインは気にした様子もなく、フィリスからのメールを読んだ。

「管理界のデータベースには該当する情報がない……ね。てことは、リナの世界にある貴族連盟の支部にならあるかもしれないな」

 とはいえ、お堅い貴族の集団組織が簡単に見せてくれるとも思わないので、こっそりと忍び込むしか閲覧する方法はなさそうだ。

 端末をポケットにねじ込み、ステアリングを握りなおす。

 助手席で眠るリナを横目で確認し、他に車のない道路をひたすら走る。

「しかしよくもまあ、ここまできな臭い仕事を持ってきてくれたもんだな……環境監査部の部長さんも」

 敵は管理界を経済で動かし得る貴族連盟。

 味方はなく、しかも幼い少女を護り抜き、両親の元へ送り届けるのが、任務の内容だ。

 では、その後は?

 ふと、ヴァインの胸に、どんよりとした暗雲のような靄が覆いかぶさった。

 しかし、そのどんよりとした予感はがどこから来たものなのか、今のヴァインに特定することはできなかった。


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