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ボディーガード~強さの定義~

今回はアキラとリーディアが加入したての頃、ヴァインが二人にちょっとした昔話をするお話。


短編名乗っている割に中編ぐらいの長さになりそうですがお付き合いください。

ヴァイン・レイジスタは野外演習が大嫌いだった。

 施設内の訓練所ならば、ホログラムの環境と空間操作で場所を確保し、ある程度まで暴れても、訓練所の壁に施された魔力無効化の術式で施設に害が及ぶことは――余程全力でいかない限り――滅多にない。

 結局、野外演習の何が嫌いかといえば、周囲への被害を気にしなければならない。

 その一点だった。

「ああ……ちまちまこそこそめんどくさい……」

 砲撃魔法を撃てば、周囲の地形に影響を及ぼす。そうなれば、環境監査部の部長に大目玉を食らってしまう。

 別にヴァインからすれば、始末書と自分の部隊の部隊長リアンに説教を食らったところで特に問題もないが、環境監査部のフィリスに怒られるのだけは勘弁だった。

 なので、現在ヴァインは自身に砲撃魔法縛りを科し、二名の新人に研修を行っているのだが――

「一応魔法戦の演習なので、魔法攻撃もしてほしいッス……」

「だったら、俺が魔法使わなけりゃならない状態まで追い込んでみろ」

 地面の土に円状の痕を付け、眠そうな目でアキラの苦情を受け流すヴァイン。

 この円状だけがヴァインの領地。この領地から出すことができて初めて、本格的な訓練を開始する予定だったが、現在演習開始から二時間経過。いい加減ヴァインも退屈だった。

「アキラさん、伏せて!」

 あくびをかみ殺しながら声の方向に視線を向けると、黒髪の和服少女が居合い抜きの構えでこちらを睨んでいた。

「飛燕一閃!」

 ヴァインがシオンの姿をした少女を視界の中に収めると同時に、鞘から刀身が抜き放たれ、黒い刃が飛翔しヴァインに襲い掛かるが――

「だから、発動が遅い」

 ――飛んでくる刃に魔力で覆われた拳を叩きつけ、打ち消す。もしもこれが本物であれば、もう少し違った対応が必要だったかもしれないが、偽者相手ならばこれで十分だった。

「リーディア、自分よりも上位の者に化けるならもう少し工夫しろ。何も考えずに化けてたんじゃ、せっかくのレア魔石もレアスキルもただのゴミだぞ」

 ヴァインの物言いにさすがにムッとしたのか、シオンの姿がカゲロウのように歪み、次の瞬間にはウエーブのかかった緑髪を振り乱し、一気に距離を詰めてくる。

 それに合わせてアキラもヴァインの背後に回りこみ、二方向から同時に攻撃を仕掛ける。

「うんうん、未完成な制御の援護射撃で味方の邪魔をするぐらいなら、二人で殴りに来たほうがよっぽどマシだ」

 前方からセラスの姿をしたリーディアが突進を止め、つま先を地面に突き刺す。

そして、後方のアキラが少しタイミングをずらし、跳躍する。

(さて、どう捌いてやろうか……)

 単純な魔力の開放で二人を吹き飛ばすことは簡単だが、それでは二人の訓練にならない。

 ここで一番二人の経験値になる行動は――

目を閉じ、リーディアに顔を向ける。

 同時に、地面に突き刺したつま先が土を抉り、ヴァインの顔に土を飛ばす。

 これが試合とかの競技ならば、汚いと罵られるのだろうが、これは実戦を想定した訓練だ、ヴァインからすれば躊躇わずにそういった手段をとるリーディアに賞賛を送ってやりたいぐらいだった。

 リーディアの攻撃第一波はここまでだろう、土を蹴り上げた体勢から次の行動に移すまでに少しラグが生じる。

(さて、次は――)

 目潰しをモロに食らったと想定し、目を閉じたままアキラが跳躍した方向に顔を向ける。

 タイミング的にはそろそろ間合いに入るはずだ。

 目を閉じたまま、静かに周囲の魔力を探る。

(密度の高い魔力……大きさからして拳に魔力を纏っているな)

 アキラの攻撃方法を瞬時に推測し、拳から肘までを魔力で覆う。

 本来ならば、バリアで防ぐかシールド系の防御魔法で逸らせるのが定石だが、魔法はできるだけ使わないとヴァイン自身が決めている。

 今回の対処は、迫り来る拳を魔力で防護した左腕で捌き、回転そのままに右腕を伸ばし振るう。

 腕に感触を感じると同時に衣服を強引に掴み、未だに体勢を整えきれていないリーディアに向けてぶん投げる――その日の演習は、それで終わった。




 その日の演習内容をデータ化し、翌日の演習内容に反映させる。

 夕日が落ち、食事を終え、アキラとリーディアが自由時間に入っても、ヴァインの仕事はまだ終わらない。

 リアンのラボを使用し、コンソールを操作する。

 まだ二人が入隊して日も浅いが、磨けば一流の魔法使いになれる。それだけの才能が二人にはあった。

 名門、ヴェルシオン家の血筋、アキラ・ヴェルシオン。

 出自は明らかではないが、シオンがどこからともなく拾ってきたリーディア・フォンディア。

 現段階ではランクDの評価だが、このままうまく育てれば、そう遠くない未来にはランクBの昇格試験に送り出してやれそうだ。

 そんなことを考えながら、自分がランクBの昇格試験に送り出された日のことを思い出す。

 レイラとシオンにケツを蹴り飛ばされて放り込まれた試験合宿。

 早いところあの二人にもあの地獄を味わってもらいたいものだ。

 そんな事を考えながら、思い出すのをやめる。イライラするだけだ。

 嫌な記憶を振り払うように頭を振っていると、ラボのドアが開き、二人の入室者が現れた。

「うちの妹はどんな調子だ? ヴァイン」

「姉の性格を立派に継承してるよ。猪かヴェルシオンかって感じだ」

 レイラの質問に、呆れた様に答えるヴァイン。スリースターズに入隊する前に、いくらかレイラが技術を仕込んだのだろう。力任せな部分がずいぶんと目立った。

「ヴァイン、リーディアはどんな感じだい?」

「誰に仕込まれたのかは知らないが、丁寧な言葉の裏に秘められた腹黒さが戦闘にもよく出ているよ」

 シオンの質問に、ある程度感心したようなニュアンスで答える。事実、今日の演習中何度も思わず感心してしまうような手段を使ってきた。

 躊躇わず金的を狙いに来たときは、思わず本気で反撃してしまいそうになったほどだ。

「まあ、概ねそんなところだろうな。俺もシオンもまだそこまでは期待してないさ」

「そうだね、君が入隊してきた時と同じように扱うつもりはないよ」

 最後、シオンの言葉が妙に引っかかったがスルー。

 ヴァインが入隊した手のときと同じように扱えば、確実に壊れてしまうだろう。

 それに、そこまで急ぐ必要もない。あのときのヴァインとは状況が違うのだから。

「で? 二人揃って何の用件だ? まさか頑張る俺を労いに来たわけでもないだろ?」

「ごもっともだね。実は君に、座学を頼みたいんだ」

「座学? 新人二人に授業でもしろっていうのか?」

 今まで、会話しながらでも操作していたコンソールの手を止め、初めて二人に視線を向ける。

「いやな、うちの妹とシオンのとこの新人が色々と聞きたいことがあるらしいんだわ」

「つってもな……入隊からひと月未満の新人に教えてやれることなんかないと思うぞ? たぶん話しても、今は理解できない事の方が多いだろうし」

 そう言って再びコンソールパネルの操作に戻るヴァインに、レイラもシオンも苦い顔で笑いあった。俗に言う苦笑いである。

 ヴァイン自身も、何度か新人研修の教官を務めたことがあるので、大体の質問内容なんて分かりきっていた。

【どうすれば強くなれますか?】

 大体がこれに近い内容だろう。そういった質問ならば、レイラやシオンに聞けばいいのだ。

 魔法経験ゼロで、生きるために命と精神をすり減らして成長したヴァインの真似なんてする必要がない。むしろ、先のことを考えるのならば、ヴァインのような魔法技術は習得しないに限るのだ。

 それなりにきちんと基礎教練を積んだ魔法使いに教わり、それなりにきちんとした部隊に配属される。今はスリースターズに配属されていても、いずれはそれぞれが望む部隊に配属させてやりたい。それには、他の部隊に属する権力者に屈しない、そんな実績と力を身に付けさせる。

 力なく、良い様に利用される。そんな経験を何度も積み重ねたヴァインだからこそ、自分で部隊を創り上げ、後に続く者たちにそんな思いをさせないように教えたいと思っていた。

「やっぱり、あいつらに俺の座学はまだ早いと思うぜ?」

 レイラもシオンも、知らないヴァインの経験。

 薄々と感づいてはいるのだろうが、それを口にすることはない。

 だが、今回二人がそれをヴァインに要求するということは――

「まさかお前ら、あの二人を自分の分隊の副隊長に据える気か?」

 ――現在スリースターズ隊には大体十人程度のスタッフがいる。

 設立から二ヶ月、主に任務を請け負うのはスリースターズ分隊、一番星のヴァイン、二番星のシオン、三番星のレイラの三人が主に実行部隊として動いている。

 そして、部隊長リアン・ノーティスと副部隊長、セラス・テンタロスが部隊運営に従事してくれている。

 部隊設立者のヴァインは運営の退屈な作業を嫌い、元ヴァイン、シオン、レイラの三人の教官であるリアンとセラスを部隊の総責任者職に据えた。

 そして今回、正式にスリースターズ隊に加入せず、研修という名目で預かっている二人の隊員を、いずれスリースターズ隊に就任させる事を検討しているということだ。

「まあ、レイラは自分の妹を俺に紹介してきた段階で予想はしていたが……お前はどういう風の吹き回しだ? シオン」

「どういう意味だい?」

「お前、自分の下に直属の部下をつけるって事をずいぶん嫌っていただろ? お前との付き合いも四年目に突入だが、お前が誰かと組んで任務だなんて、俺とレイラぐらいしか見たことがないぞ」

「それだけ僕がリーディアの能力を必要としているという事だよ。どうにも僕は交渉ごとが苦手だしね、あの子のように表面上取り繕える人材は必要ということさ」

 それは、リーディアの変身能力も含めてということなのだろう。納得できる理由ではあるが、妙に引っかかる部分もある。

「まあ、お前たちが決めたことなら俺が口を出すことでもないし、その時はリアンに配属承認書を提出しておいてくれ。早いうちに俺から話を通しておく」

 引っかかる部分はあるが、それを口にしたところでシオンが簡単に口を割るとも思えないし、無理に首を突っ込むことでもないと判断したヴァインは、二人の意思を尊重した。

「そういうことなら、請け負おう。ほれ」

 手を二人に差し出すヴァイン。レイラとシオンはそれが何を示すのか理解できず、頭の上に?マークを浮かべ、見詰め合った。

「座学を依頼しているんだろ? 俺の授業が只だとでも思っているのか?」

「お前って変なところでケチだよな」

「お前ら二人に懐の広さ見せてもしょうがないだろ、それに俺は優しさで言っているんだぜ? お前らは俺に何か渡す、俺は依頼を受ける、これでお互いの契約は成立だ。一方的な施しは後に引きずるものなんだよ」

 コンソールの電源操作パネルを選択し、電源をオフにする。

 どのみち引き受けるのは引き受けるのだからとっとと引き受けてしまえば良いのだが、正直話したくない――思い出したくない話をしなければならない可能性もある。

「まあ、報酬は後払いで良いよ。話した内容で料金は変動するからな」

 それでもこの二人がこの先、自分の背中を預けるパートナーを選び、その相棒の座学を依頼してきたのならば、無碍にする訳にもいかない。

 分隊の総隊長である立場としてもそうだが、それ以前にこの二人がわざわざ直接頼みに来たのだ。ただ単に思いつきで頼みに来たわけではないだろう。

「とりあえず……リジェクト」

 胸元に光る、青い宝石を身体から取り出し、掌で転がす。

「エスクリオス、今日のレポートと明日の訓練データを自室のパソコンに転送しておいたからまとめておいてもらえないか?」

 手元の青い宝石に語りかける。

 すると、青い宝石――魔石が発光し、その姿を人の形に変えていく。

「いいですけれど、報酬はなんですか?」

 白いワンピースを身に纏った金色の髪の少女が半眼で報酬を要求する。

 それに対し、ヴァインは苦笑いで答える。

「自室の冷蔵庫にお前の好きそうなものが入っているのを知っているだろう? 好きなのを二つ食べて良いぞ」

 たしか、バナナとケーキとプリンをエスクリオス用に備蓄していたはずだ。

 ヴァインのぶら下げた報酬に、小さな少女は目を輝かせ、大きく頷いた後にラボを飛び出して行った。

 その後姿を見送り、シオンがふと感想を漏らす。

「人の姿と意思を持つ魔石。言葉にすると不気味なものがあるけれど、あの姿を見ているとただの可愛い女の子だね」

「まあ……な。シュウが姿を消してからもう三年か……いつも魔石を行使する度にエスクリオスの不安や悲しみが伝わってくる。にも拘らず、あいつは笑うんだ。できることなら、さっさと解決してやりたいんだがな……」

 シュウ・ブレイムスに敗れ、姿を消してからの三年間、ヴァインは権力と力を身につけ、それなりに自由に動けるようにはなってきたが、肝心のシュウが見つからないのではどうしようもない。

「まあ、今はそんなこと言っても仕方がないな。とりあえず俺はアキラとリーディアの教育をしてくる。お前たち二人はもう休め。明日は俺の代わりに出張だったろ」

「ああ、部隊会議の出席っていう超面倒な任務を押し付けられていたな」

 忌々しげに睨むレイラだが、元を辿ればこの二人がヴァインに演習の依頼を出してきたのだから、文句を言われる筋合いはない。

「ああ、中央軍部のゲルゾフには気をつけろよ。あいつ、何かとうちの部隊に絡んでくるから何か言われたら無視するかフィリスさんにでも頼んで護ってもらえ。ぶん殴っても構わないが殴る一時間以上前に連絡をくれ。根回ししておくから」

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ」

「レイラに同感だ。何か困ったことがあればフィリス部長を頼ることにするよ」

「それが懸命だ。んじゃ、行って来るから、そっちの面倒ごとはまかせたぜ。分隊長さん」

「了解だ、総隊長」

 シオンに肩を叩かれ、見送られながらヴァインはラボを後にした。

 なんとなくだが、今夜は長い夜になる。そんな予感がした。




 普段物事を深く考えないアキラが、珍しく真っ白なノートと向き合っていた。

 その後ろでは、リーディアがソファーに深くもたれかかり目を閉じている。

 普段の自由時間と変わりない光景に見えるが、この二人は現在、異様なまでに緊張していた。

 二人の所属する分隊長二人に、ヴァインに勝てる秘策を聞いてみたところ、返ってきた答えが「本人に聞け、連れてきてやるから」だった。

 まだスリースターズに研修員として送り込まれてから一ヶ月未満の二人はヴァインが苦手だった。

 何せ、訓練以外の時間でヴァインに遭遇することがないのだから、交流を深めるも何もあったものではない。

 部隊を仮運営という形で設立してからも、他の部隊とトラブルや問題で忙しい中で演習などに顔を出してくれているのだから、本来ならば感謝すべきなのかもしれないが、その演習も大半が舐めプレイ。訓練を受けているのかおちょくられているのかわからない有様だ。

「リーディア、総隊長に何を聞くか決めたッスか?」

 ノートに一文「どうやったら強くなれるか」という質問だけ思い浮かんだはいいが、そこでペンが止まったアキラはリーディアに援護を求めた。

「何も思い浮かびませんわ。とは言え、呼びつけておいてそれだけではどんな仕打ちを受けるかわかってものではありませんし……」

 シオンもレイラも、言葉でヴァインをボロクソに言うが、評価するべきところはキチンと評価している。とは言え、新参の二人にはヴァイン・レイジスタという人間がどういう人間なのかがわからない。

 だが、少なくとも良い噂は聞いたことがなかった。

 やれ、部隊設立にあたり、有力者の弱みをいくつも掴み脅迫しているだとか、気に入らない部隊や、反抗的な隊員は例外なく再起不能にされるだとか、碌な話を聞いたためしがない。

 いい機会なので、ここいらで親睦を深めたいところだが――

「気が重いッスね……」

「そうですわね……」

 ――戦闘訓練でボコボコにされた記憶しかない二人には、とてもではないがそこまでポジティブな思考には至れそうになかった。

 二人が大きなため息をつくのと、部屋のドアがノックされたのは同時だった。

 アキラとリーディアの全身がビクリと震える。

 まるで、見えない何かに心臓を鷲掴みにでもされたような、異様な圧迫感と身動きするのも許されないような恐怖――と、言えば言い過ぎなのかもしれないが、少なくとも二人には、ヴァインに対する苦手意識が生まれ始めていた。

「あ……どうぞッス」

 それでも、入室許可の言葉を紡がなければいけないアキラは、精一杯の勇気を振り絞った。

 ドアノブが何度も耳障りな音を立てて、中々ドアが開かれない。鍵はかかっていないはずだ。

 アキラとリーディアが怪訝な表情でドアに視線を注ぎ続けているうちに、ようやくドアが開かれた。

「悪い悪い、手土産選ぶのに時間掛けすぎたわ」

 そういって入ってきたヴァインの手には大きな買い物袋が二つ。

 白のショートジャケットと黒いパンツ姿は彼の普段着だが、それと両手に持つ買い物袋の不釣合い加減は、アキラとリーディアを黙らせるには十分なインパクトだった。

「とりあえず飲み物といくつか菓子を適当に買ってきた。ダイエット中とか言うなよ。ああ、でもダイエット中なら今後の訓練メニューをそれように変えてやるから恥ずかしがらずに申し出ろよ」

 リーディアの座るソファーの前に置かれた机にデンと置かれた大量のジュースと菓子。

 様々なラインナップで、飲み物は炭酸飲料からスポーツドリンクにお茶、菓子はクッキーやチョコなどの甘いものから、ポテトチップ系の辛いもの系、さらにはかりんとうや羊羹などの和菓子までが取り揃えられていた。

「俺はあまり菓子とか食わないからわからないから、孤児院の子供たちが好きだったもの全部選んでみたんだ、いらなければ置いておいてくれたらレイラたちにもやるから、無理に食わなくていいぞ」

 アキラとリーディアは絶句していた。

 なんていうか、今日まで二人が思い描いていたヴァイン・レイジスタという男のイメージが良い意味で崩壊していくような感じがする。

 そんな、今まで二人が出会ったことのないヴァインに対し、アキラがおずおずと手を挙げる。

「あの……総隊長、質問いいッスか?」

「ん? ずいぶん気が早いな、言ってみろ」

 袋の中身を全て出し、几帳面に袋を畳むヴァイン。威厳とかそんなものはどこかに投げ捨ててしまってすらいるが、それでも、慣れていないアキラとリーディアは未だにきちんとヴァインと目を合わせることができていない。

「孤児院って言うのは?」

「ああ、お前の姉貴から俺の生い立ちとか聞いていないのか?」

「いえ……ある程度は聞かされているッスけれど……」

 盗賊団という名の窃盗団の頭である義父に拾われ、父の名をもらった孤児、ヴァイン・レイジスタ。義父が亡くなり、ヴァインがリーダーを勤めていたが、ある日、魔石エスクリオスと出会い、魔法世界に身を投じることになった。

 アキラもリーディアも、ある程度はレイラとシオンから聞かされていたが――

「いや、いつまでも泥棒家業なんてやっていると子供たちに市民権を与えることなんて出来やしないからな。まずは孤児院という形で泥棒家業を組織化して地域での理解を深める活動を俺の代理に任せているんだ。こっちに来てから、向こうに帰ることができていないから、俺が向こうの世界にいた時に、子供たちが好きだったお菓子とかをおもちゃをできるだけ送るようにしてはいるんだが……」

 小さくため息をつき、少しだけ寂しそうに呟く。

「エリック……俺の代理なんだが、そいつに言わせれば俺のセンスがずいぶんと悪いようでな……お菓子はともかくおもちゃに至っては、現金に換えられてやがった」

 レイラもリーディアも、あいまいな相槌を打つことしかできなかった。

 まだ、どう対応していいのか判断しかねているようだ。

「まぁ、二人とも適当に菓子でもつまみながら、適当に質問してくれていいぞ。できる限り全力でお前たちの心を削りにかかってやるから」

 冗談っぽく言うが、アキラとリーディアの警戒心はなかなか解ける気配がない。

 警戒心というよりは、どこか遠慮というか、やはりまだ、苦手意識を持たれているようだ。

 それでも、リーディアがゆっくりと手を挙げる。

「総隊長は、日頃どんな訓練をしているのでしょうか?」

「訓練、ねぇ……あんまりした記憶がないな。レイラやシオンと戯れたり、新任教育で新人いたぶったりしている意外は、基本事務仕事かゴロゴロと怠けているか、どれかだな」

 ヴァインの答えに、目に見えて落胆の色を隠しきれない二人の表情に、ヴァインは内心ほくそ笑んでいたが、付き合いの浅い二人は当然、気付かない。

 もちろん、ヴァインとて魔法と縁のない世界からこの世界に送られ、ここまで成長するのにダラダラとしていたわけではない。

 毎日毎日、レイラやシオンに殺されかけてはティナに治療され、ボコボコにされては治療されの繰り返しで、短期間でここまで成長することができた。

 が、それをここでいう必要はないし、それをこの二人に強要するつもりもない。

 むしろ、するべきではないとヴァインは判断している。

「で、他に聞きたいことは?」

 困惑する二人に、意地悪く問いかけを促す。

 明らかに次の質問ないように詰まった二人を、それはそれは楽しそうに眺めながら、スポーツドリンクを開け、紙コップに注ぐ。

 しばらくの間が空いた後、ゆっくりとアキラが口を開く。

「じゃあ、訓練もせずにどうやってそこまで強くなったッスか? うちの姉貴と五分以上に渡り合う魔法使いなんて、滅多にお目にかかれないッス。それに姉貴が言っていたッス、管理界のデータバンクに記載されている過去の任務達成率はほぼ百パーセント。つまり失敗なしだって。本当に何の訓練もせずそこまでできるとは思えないッス」

「レイラも自分の身内にはずいぶんとお喋りなんだな」

 小さく苦笑し、紙コップを置く。

 さて、ここでヴァインが取るべき回答はどちらだろう。

 訓練内容について解説してやるべきか、それともアキラの間違いを訂正してやるか。

 ヴァインが選んだ答えは、後者だった。

「残念ながら、任務達成率百パーセントってのは間違いだ。スリースターズが結成させるすぐ前……ちょうどひと月前か……俺はある任務についていた」

 どうやら、まだ振り切れていない事件の話をしなければならないようだ。

 しかし考えようによっては都合が良かった。

「その任務を……失敗したってことッスか?」

「いや、成功だよ。依頼どおりに事が運び、依頼人は大喜びだったさ」

 敵を倒せる力を持つ事と、強さは=でない事を教える良い機会でもあった。

「まあ、丁度良い。そのときの任務内容詳細と、お前たちに謎かけをしてやろう。少し長くなるが、聞くか?」

 ヴァインの雰囲気が変わったことを察した二人は、黙って頷き、それに答える。

「んじゃ、話そうか。これは小さな少女が、本当の自分の親にもう一度会いたいと願った、ただそれだけのお話だ」


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