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総隊長のちょっとしたアルバイト


 常に気になっていたことがある。

 スリースターズは完全に独立した部隊。設備はもちろん、職員への賃金さえ自分たちで捻出しなければならないのだが、一部の権力を持つ部隊から疎まれているスリースターズ部隊は任務報酬すら満足に出ないのが現状だ。にもかかわらず――

「この額は異常だろ……」

 レイラがポツリと呟く。

 他の部隊で働く友人は、月々の支払いや交友費などで消えてしまうという。

 彼女はそんなに金遣いの荒いほうではないが、給料明細を見れば納得の額だった。

 その中で、レイラは再び明細に目を通す。今までは銀行に振り込まれていたので気にしたことも無かった。正直、必要な分を下ろす程度なので通帳に記帳などということもしていないが、前述した友人との会話を思い出し、先月分の明細票を探し当てたわけだが――

「この額って……ヴァインの世界に換算するといくらぐらいなんだ?」

 隣でダンベルトレーニングする妹に声をかける。アキラも金銭面に関しては疎いが自分よりは常識があるだろうとの判断だ。

「確か総隊長の地域の貨幣だと……一万ドルぐらいじゃないッスか?」

「もう少しわかりやすく」

「一年間貯金すれば高級車がキャッシュでポンっと買える額らしいッス」

 眩暈がした。レイラ・ヴェルシオンは確かに名門で金持ちだ。しかし、こうやって部隊に入った以上は薄給を覚悟していたがいくらなんでもこれは多すぎる気がした。友人の五倍程の額はある。

「ヴァインの野郎、計算間違えてるんじゃねぇのか?」

「それは無いッスね。総隊長は三日前の約束を容易く忘れたり間違えたりはよくあるッスけどお金の計算だけは間違えたことが無いって豪語してたッス」

 確かに、元盗賊業のあの男が金勘定を間違えるとは到底思えない。

 だとしたら、この金はどこから捻出しているのだろう。

 レイラは再び首を傾げた。




 その頃、ヴァインは本年度の予算表と格闘していた。

 どう見ても、他の部隊に比べて遥かに少ない。

「なんつーかアレだな。ここまで露骨にされるといっそ清々しいな」

「そんなに金銭面が苦しいなら僕たちの給料を少しぐらいカットしても問題ないとおもうよ?」

 白いショートジャケットと銀の短髪男ヴァインと袴姿の和風少女シオンがそんな話をしていた。リアンのラボで金勘定をしていたヴァインにお茶を持ってきたシオンが同席している感じだ。

「いや、財政自体は厳しくない。むしろ金に困ったことはないが、あまり気分はよろしくないな。見ろよ、警備部や環境管理部に比べてうちの予算が十分の一っていうのはイジメじゃないのか?」

「インディー部長とフィリス部長の部署……本年度の予算の取り決めはどこの部署?」

「…………環境管理部」

 納得したように緑茶を啜るシオン。

「なら、仕方がないね」

「ああ、文句も言えない」

 単独で中央軍部を消滅させたヴァインだが、フィリスにはどうしても頭が上がらない。

 おそらくこのバランスは生涯、覆ることは無いだろう。

「まぁ、その分俺が稼げばいいだけだから楽なんだが……なんだかなぁ」

 携帯端末で部下のリネス・エミリシスタにメールを送る。

 今夜も副業に手を出して稼ぐしかないようだ。

「ところでヴァイン」

「なんだ?」

 メールを送り、再び金勘定に勤しむヴァイン。なんだかんだで金勘定をしている時が一番輝いているという事実は伏せておいたほうがよさそうだ。

「夜な夜な二人でよく出かけているようだけれど、どんな副業なんだい?」

 素朴な疑問。以前にも聞いたが一番隊の秘密だと教えてもらえなかった。

「一番隊の企業秘密だ」

 今回もそうだった。この男は変なところで秘密主義なのだ。

 以前、中央軍部に乗り込んだ時もそうだったが、離す必要がないと判断すれば、簡単なことではその考えを変えることはない。

「さて、今夜に備えて眠るかね。シオンとレイラはそれぞれの部下を指導するなり書類を片付けるなり好きにしてくれ、ここ最近やたらと破壊活動が活発なようだが、うちの管轄じゃないので問題はないだろうが、いつでも出撃できる態勢だけは整えておくように。以上だ」

 それだけ言うと、ヴァインは自室へと向かった。




「と、いうわけで」

 いつものラフな訓練着に身を包んだレイラと真っ黒な袴を身に纏ったシオン。

 時刻は深夜。場所はうら寂れた港という絶景のロケーション。こんな日は投身自殺の一軒や二件と出会えそうだ。

「ヴァインの副業調査でこっそりと尾行したはいいが……」

「ヴァインとリネスはどこに行ったんだろうね」

 辺りをキョロキョロ見回すレイラとシオン、深夜の港で副業といえば荷物運びあたりが妥当だろうがどうにもきな臭い。

「あの野郎、まさか危ない仕事に手を出してやがるんじゃ……」

「レイラ……僕からすれば何をもって危ないと定義づければいいのかがわからないよ」

 ことヴァインに関して言えば、危険や危ないという言葉はイコールで結ばれていると本気で思っている。むしろ彼自身が危険物だと認識している。

「そうじゃなくて、人道に外れているつうか、なんか人としてやっちゃいけないことってあるだろ? 子供を売り飛ばすだとか……」

「シュウ・ブレイムス事件の主犯を魔石に変えて研究機関に売り飛ばした前例があるから否定はできないけれど、子供を売り飛ばすっていうのはさすがにないよ」

 ヴァインは出身世界で、多くの孤児を養わせている。それを考えれば誘拐などの方向はありえないだろう。

「じゃあ……危ない薬とか」

「それは否定できないね……ヴァインならやりそうだ」

 かなり失礼な予想を立てていると数人の足音が聞こえたので、すかさず跳躍。

 港に幾つも点在する倉庫の屋根に飛び乗った。

 今夜が闇夜であることに感謝しつつ、地上を見下ろすと、スーツ姿の男と若者が何かをやり取りしている。

 スーツ姿の男たちは若者にケースを――若者たちはスーツ姿の男たちに皮のボストンバックを渡していた。

「シオン、お前夜目は利く方か?」

「任せて」

 じっと目を凝らすシオン。真っ暗な闇の中で、遠くの物を見ることができるのは便利だなと、他力本願なレイラはのんびりとそんなことを考えていると――

「ケースの中身は……ナイロンに入った白い粉だね……ボストンバックには大量の紙幣……間違いない」

「薬物の取引か……めんどくせぇな」

 魔石に手を当て、開放しようとレイラが身を乗り出した矢先のことだった――

「あ……」

 オレンジ髪の少女がなぜかその場に現れ、小さく声を漏らす。

 驚いた男たちは少女を捕獲し、周囲を見回し何かを聞いていた。

「……シオン」

「……同感だ、口の動きから察するに仲間を警戒しているようだね」

「なるほど、いきなり飛び出して逃げられるよりも荷物を掴ませて逃げづらい状況を作ろうって腹積もりか、あの野郎らしいな」

 開放しかけた魔石を戻し、今一度様子を見る。

 この取引は失敗するし、あの少女にも危険はないだろう。

 それは予想ではない、確定した未来の出来事なのだから。




「おい、他に仲間はいねぇだろうな!」

 声を抑えながら脅す若者。スーツ姿の男たちは何かを相談しているが、目撃者をいかに処理するかだろう。

「せっかくの取引だ、荷物の受け渡しも終了したし、そのガキはお前たちに任せるぞ」

「はい、きちんと片付けておきますんで安心してください」

 遜った態度の若者にそれをあざ笑う男たち。少女の目には、さぞかし汚いものに映ったことだろう。

 踵を返し、その場を離れようとするスーツ姿の男たち三人は若者たちに背を向けると、すぐ目の前に立つ男に気づき――

「豚さんの貯金箱を割るってのはこんな気分なのかな」

 そんなことを呟き、腕を一閃。次いで体を沈め掌低でのアッパーと、回し蹴りで三人の男を即座に倒し、若者たちへと近づく。

「さて、その金と魔法の白い粉を渡してもらおうか。その粉をまた売りさばいて取引現場を襲撃して――以下エンドレス。いやいや、自給自足ってのも中々骨が折れるな」

 純白の翼と白を基調としたロングコートに施された青色の紋章、一歩踏み出すたびに重厚な音のするブーツ。若者たちは知らない、目の前にいる男こそが、単独で軍部を壊滅させた伝説を持つ男だということを――

「あ、荷物さえ置いていけば逃げてもいいぞ。お前たちがこんな馬鹿げた取引を続ける限り何度でも俺と出会うってことにも考えが及ばない馬鹿なら俺も仕事がやりやすい」

 ――それでも若者たちは感じ取っていた。

 シンプルな予感。不明な恐怖などでは断じてない、脳裏に過ぎる恐怖の根源であろう言葉。

“殺される”

 それに気づいた瞬間、若者たちは少女を突き飛ばし駆け出した。

 うまい具合にヴァインに少女がよりかかったおかげで多少なりとも時間は稼げるが――

「ご苦労だったな、リネス」

「毎回思うんですが、どう考えても損な役回りですよね……あたし」

 ぼやく部下を宥めつつ、翼に魔力を注ぎゆっくりと浮遊する。

「んじゃ、後は俺に任せろ。誰かに見つかると厄介だから即座に離脱することをお勧めする」

 倉庫の屋根ぐらいまでの高さに達すると、屋根からこちらを観察していた二人にも声をかける。

「お前らも、見学会はここまでだ。吹っ飛ばされたくなけりゃ、さっさと逃げろよ」

 それだけ告げると、二つの人影は屋根伝いに港を離れた。

 地上を見下ろすと、街に向かって逃げる若者たち。ちゃっかりと荷物を手放さない辺りは感心するが、街中に魔法の白い粉を持ち込み、捌かれでもしたらさすがにシャレにならない。

「久々のストレス発散、行くぞ若者たち」

 上機嫌で右腕を天に掲げ、港上空に巨大な魔方陣を出現させる。

 それに気づいたのか、若者たちは足を止め、呆然と空を見上げている。

「メテオ・インパルス!」

 天から降り注ぐ集束砲の雨は港の倉庫全てを吹き飛ばし――新たに事件として大きく取り上げられた。





 翌日。珍しく新聞を流し読みしていたアキラが声を上げた。

「姉貴、昨夜港に天使が現れたそうッスよ」

 盛大に吹く。

 勢いよく新聞を取り上げ確認すると、翼を生やした人影が確かに激写されていた。

「あの辺一帯は治安が悪かったッスからねぇ。聞いた話じゃ警備部や警察が裏取引で治安向上のためになんらかの取引をしたとの噂もネット上で流れているッスよ」

 なるほど、結局昨夜ヴァインが得たものは、取引に使用された紙幣と裏取引の報酬というわけだ――その裏取引が、港自体の消滅を望んだものだとは考えにくいが――これでこの部隊が経済面で不満なく運営していけるのかが納得できた気がした。

「アキラ、せっかくだし今日の晩飯は豪勢にいくか」

「??? どういう風の吹き回しッスか?」

「いや、なんとなくだ」

 本当にそれだけの理由だが、せっかくあの男が稼いだ金だ。大人しく銀行で眠るよりも、渡した相手が喜んでそれを使ったほうがあの男も喜んでくれる、なんとなく漠然とそんな風に思ってしまっただけだ。

「それじゃ、シオン分隊長やリーディアたちも誘うッスよ」

「そうだな、リアンやセラスも誘ってたまには外食するか……の前に今日の訓練だな。晩飯食えなくなるまで飛ばすんじゃねぇぞ」

「了解ッス、レイラ分隊長」

 敬礼するが、その口元はどこか緩んでいる。

 どうにも、あの男のそばにいれば退屈しないですむ。こんな日がいつまで続くのかはわからないが、せっかくだ。今の機会があるうちは精々楽しむとしよう。

 にやけるアキラと、口元では笑っているが、相変わらず眉間に皺を寄せたレイラ。

 二人は今夜のメニューを議論しながら自室を後にした。





 その日の夜。

 港の消滅に関わった嫌疑やりすぎで執行部による査問という名のお叱りを受け、その日のディナーにヴァインが参加できなかったのはまた、別の話。


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