急襲、未明の襲撃者~その後~
後日――
結局あれから、ヴァインがサラと遭う事はなかった。
最初の三日こそ凹みはしたが、ああいう規格外の魔法使いに遭遇できたのはある意味幸運でもあった。自分自身、最近驕りがあったことを確認できたし、何より再戦に向けての訓練が楽しく思えた。
と、自分自身に暗示をかけ、なんとか精神の均衡を保つようにしている。
それはさておき、現在ヴァインは訓練室の操作パネルを弄っていた。
仮想空間のフィールドと領域を設定し、室内マイクに話しかける。
「あいよ、準備は完了だ。アキラ、パコス、準備はいいか?」
『ヴァインさん……俺まだ仕事が……』
『こっちは準備万端っすよ!』
パコスの声がすでに涙声だが無視。代わりにアドバイスだけを送ることにした。
「パコス。今日はお前の大好きな殴り合い、実戦訓練。タイマンだ。お前の特性全開で目の前の敵を倒してみろ」
それだけを告げ通信を切る。
あとはモニターで見守るだけだが――
(まあ、パコスの勝率は五分ってところだろうが、アキラのやつ、驚くだろうな)
――モニターの向こうで対峙する二人。
自分よりも格下だと思い侮っているアキラの驚く顔を見るのが、密かに楽しみになってきたヴァインだった。
パコスは考える。
なぜ毎回毎回こんな目に遭うのだろうかと……
確かにヴァインには感謝している。今まで手に職をつけることなく日雇いの肉体労働で妻を養っていた自分に管理局警備部に推薦してくれた恩は生涯忘れることはないだろう。
「全力で行くッスよ、パコスさん!」
「こっちは格下なんですから少しは手加減してくださいよ……」
ランクBのアキラ対ランクCのパコス。しかもアキラとパコスの戦闘スタイルは同じショートレンジでの殴り合い。当然男女の違いで魔力量はアキラの方が上。パコスに勝機はない、にも関わらず、ヴァインは自信有り気に今回の対戦カードを組み、挙句レイラやシオンたちと賭けまでしている。
当然、パコスもアキラもそんなことは露知らず、お互いに戦闘体制を整える。
「んじゃ、行くッスよ!」
先制でアキラが地面を蹴り、正面から攻撃を仕掛ける。
「ラパン!」
慌てて腕に装備されている魔石に呼びかけ障壁を展開する。
毎度毎度ボコボコにされている経験から、バリアは貫かれてダメージを負うだろう。そもそも今までヴァインに呼び出しを食らった戦闘訓練で相手の攻撃をバリアで防げた試しが無い。
(多少の痛みは我慢して相手の拳を受け止めて回し蹴りでアキラさんを蹴り飛ばして間合いを取って体勢を整える!)
瞬時に打つ手を考える。すでにバリアを突破されることは想定済みだ。
直撃と同時に筋肉の鎧でダメージを軽減させるためにアキラの拳に全身系を集中させる。
バリアと拳が触れ合い、拳が止まる。
そして次の瞬間にはバリアが砕かれ、拳が胸部に直撃――するはずだった。
「あれ?」
アキラの気の抜けた声と金属が欠けたような音が訓練室に響き、アキラが後方に弾かれる。
その後、すぐに追撃が来るかと思い身構えるが、その様子もなく、アキラはキョトンとした顔で自分の拳と未だに砕かれずに存在し続けるバリアを交互に見る。
砕かれるはずのバリアがそのままパコスを守り続けていることだけでも十分に驚愕だが、さらにバリアの反発力に負けてアキラが押し返されている。これはもう異常事態と言っても差し支えなかった。
少なくとも約三人以外は――
モニタールームに集まったヴァイン、シオン、レイラの三人はパコスとアキラの攻防を観察し、分析していた。
「見ろよレイラ。お前の妹はやっぱり気付いていなかったみたいだぞ」
キョトンとするアキラをモニター越しに指差し、小さく笑うヴァイン。
対するレイラは、小さく「あの馬鹿……」と漏らし、苦虫を噛み潰したような表情でモニターを睨みつけていた。
「今までパコス君とシングルで戦ったことがないんだから当然だろうね」
シオンの冷静な感想にレイラも舌打ちし、沈黙でそれを肯定する。シオンもそれを確認し続けた。
「今までサポート陣の三人はパコス君と一対一で戦ったことがないから気付かなかったけれど、正面から彼を突破するのは今のサポート陣じゃまず無理だね。この間はレイラが正面からバリアを砕いたし、その前の戦闘では遠距離後方支援でリネスの弾丸とアキラがショートレンジのコンビネーションで攻めたからバリアの展開が間に合わずに撃破されたけれど今回は違う」
「俺やシオン、ヴァインならバリアを砕き、切り裂きもできるだろうがアキラじゃ単純に火力不足だ……何せ、総隊長直々に手解きをした防御だからな」
忌々しげにそばの椅子に腰掛けるヴァインを睨むレイラ。
その視線を受け流し、ヴァインの口が静かに言葉を紡ぐ。
「元々あの筋肉量だ。回避訓練なんかさせるよりも相手の攻撃を防ぎ、耐えて反撃に転じる。俺じゃなくてお前たち二人がパコスを育てようとしても同じようにするだろ?」
さも当然のことのように言うが、回避させることなくひたすらヴァインの誘導射撃魔法弾を毎回浴びせられれば頭から避けるという発想は消えるだろう。それはそうだ、避ければ回避行動中の無防備なところに直撃を食らうのだから、防御したほうがダメージはいくらかましになる。
だが、頭に自然とそれを思い描き、脊髄反射で相手の攻撃を受け止めようと体が反応するようになるまで、一体どれだけの攻撃を受け続けたのだろうか。
ヴァインに個人訓練でボコボコにされ、模擬訓練という名目でサポート陣にボコボコにされ、日常でもボコボコにされる。事情を知らない人間が見ればただの虐待にしか見えないだろうがきちんと意味は持たせていた。
少なくとも、今回でアキラは気付くはずだ。今までランクが下だと侮っていたパコスが下手をすれば同格の位置にいるのだということに。
「パコスを鍛えたのは俺だけじゃない。レイラやシオン、サポート陣の三人も含め全員であいつの防御術を鍛えたんだ、サポート陣の三人だけじゃなく、半端な力量の魔法使いじゃあいつを正面から突破するのは容易じゃないだろうぜ」
あれから何度かの攻防を繰り広げているが、アキラの攻撃は一度もパコスに届いていない。逆にパコスの攻撃を受け、ガードの上から徐々にダメージを食らわされている、言うなればジリ貧状態だ。
「どうするレイラ? 今謝れば賭けは無しにしてやるぞ」
「舐めるなよ。“実戦”訓練でアキラが勝てば俺の勝ちなんだろ?」
口の端に笑みを浮かべ、腕を組み小さな体で仁王立ちするレイラだが、勝負は見えている。
あのアキラが相手の虚をつき、防御を打ち崩す賢しい真似ができるとも思っていないだろう。せいぜいが猪のように何度も突っ込み、力尽きるのは目に見えていたが、謝って賭けを無かったことにしてもらうなどと、意地っ張りのレイラがそんなこと、口が裂けても言うはずがない。
それを見越しての、ヴァインなりのちょっとした意地悪のつもりだった。
「まあ見てろよヴァイン。その余裕面、今に真っ青になるだろうぜ」
捨て台詞を残し、モニタールームから退室するレイラ。
「そういえばシオンはどっちに賭けたんだ? 掛け金もどっちに賭けたのかも聞いていないけど?」
「昨日ヴァインに紙を渡したよね」
「ああ、決着がつくまで見るなって言ってたやつだろ?」
「そこに書いてあるから、勝負が決まったら見てくれたらいいよ」
「ふうん……まあ、俺の勝ちは確実だから問題はないけれどな」
さりげなく先ほどまでレイラが立っていたヴァインの隣に移動し、モニターに視線を向けるシオン。ヴァインもそこに視線を向け、ふと嫌な予感が全身を貫いた。
「シオン。悪いが訓練シミュレーションの操作を頼む。俺は少し席をはずす」
「了解。多分その予感は当たっていると思うけれどやり過ぎないようにね」
シオンの忠告に片手を軽く挙げて肯定し、足早にモニタールームを出る。
どうやら負けず嫌いのレイラに火をつけてしまったようだが、それならそれでパコスの訓練内容をシングル戦から少し路線を変えてやれば済む話だ。
「確かに、実戦ならそれもアリだな」
小さく呟き、胸元のボタンを外して目的の場所へと急ぐ。
先日の鬱憤を晴らすいい機会でもあった。
後に彼は語る。「調子に乗りすぎました」と――
アキラの攻撃を弾き、その隙にこちらの拳がガード越しではあるが面白いように決まる。
パコスは自分が思う以上に防御の魔法や技術に特化していたことに気付いた。
直撃はないが、スリースターズの面々を相手に力量で圧倒するのは始めてのことなので表情が緩んでしまう。
それがアキラをより一層いらつかせ、直線的な攻撃が主体の立ち回りになってしまっている。
「これならどうッスかっ!」
拳だけじゃなく足にも魔力を込め、推進力を爆発的に増加させ、体重とスピードを拳に乗せて攻撃を繰り出す。
「弾けラパン!」
再び金属が欠けるような音を響かせ、アキラの体が弾かれる。
「無駄ですよアキラさん!」
弾かれ、後方に弾かれたアキラの足を掴み、片手で豪快に振るい投げ飛ばす。
アキラの体は地面スレスレを滑空し、四肢を地面に接地し勢いを殺すことでどうにか壁にも地面にも叩きつけられずに静止する。
パコスを睨む姿は獰猛な猛獣にも似ていた。
(勝てる……これなら勝てる!! 畜生、映像を保存しておくかサラを呼んで俺の雄姿を見せてやればよかった)
もはやパコス自身自分の勝利を疑っていなかった。
が、パコスは忘れていた。これは“実戦”訓練であることを――
そしてパコスは気付いていない、アキラが四肢を地面につき、次の手を思案しているその上空で自分の体躯よりも大きなハンマーを振りかぶる少女の姿に――
「ラパン、最大出力! 一気に畳み掛け……」
「調子に乗るなよ、このマザコン筋肉だるま!」
――そして隕石のように落下してくる少女。
チャクラムのような縦回転でラパンに向かって一直線に突っ込んでくる。
「はっはっは! 無駄ですよレイラさん。俺のバリアにその程度――」
ハンマーとバリアが接触。当然アキラの拳と違い、一瞬の均衡もなく容易くバリアが砕かれ――
「調子に乗るな馬鹿野郎!」
砕かれると同時に真横からヴァインの蹴りがパコスの脇腹に直撃し、そのまま地面を滑らせる。正直レイラの攻撃を直接食らおうが、ヴァインの蹴りを食らおうがダメージは同じだったと思わせるほどの蹴りだったと、後日アキラは語った。
「あ……姉貴? どうしたんッスか?」
「援軍に決まってんだろうがこの馬鹿。簡単に逆上してワンパターンな攻めばかりしているお前の姿を見てたら恥ずかしくなってきたんだよ馬鹿」
アキラの襟首を掴み、立たせるレイラ。
アキラは気まずそうに目を逸らし、小さく苦笑いを浮かべた。
それに対し、ヴァインも地面に倒れ付すパコスのスキンヘッドを鷲摑みにし、無理やり起こす。
「おいハゲ。お前調子に乗りすぎだ。アキラとかならともかくレイラやシオンクラスの魔法使いの攻撃を真正面から受けられるわけがないだろうが」
「いや、その前に今の蹴り……アバラが何本か……」
「衝撃は全部内臓に留めてあるはずだ、つべこべ言わずに体勢を整えろ」
「でも、これ一対一の実戦訓練じゃ……」
「あ? お前の中ではあれか? 戦闘開始時にタイマンだったら戦闘終了までタイマンか? 援軍ってのはどういうときに来るかよく考えろ」
それに、先にレイラが援軍に入ったのだから文句を言われる筋合いもない。
「さてパコス。手短に言うぞ。多分あの脳筋姉妹はショートレンジのコンビネーションで攻めてくる。こちらもそれで迎え撃ってもいいが、それじゃ芸がない」
それにそれではパコスの訓練にならない。
「だからお前は最前線で、さらに一人で頑張れ。以上だ」
パコスの目が点になる。一人でヴェルシオン姉妹を相手にどうしろというのか皆目検討もつかないようだ。
「んじゃ、サックリ行くぞ。魔石開放! 散開!」
パコスが何かを言う前に飛翔魔法で空に昇るヴァイン。
そして正面からはヴェルシオン姉妹が二人同時にこちらに向かってくる。
微妙にレイラの方が速い。レイラがバリアを砕き、アキラが直撃を食らわせる算段だろうが――
『パコス、レイラは俺に任せてお前はアキラの迎撃に集中しろ』
――思念通話でヴァインの声がパコスの脳内に響き、標的をアキラに変え、バリアに込めた魔力の大半をそちらに回す。
それに構わずレイラのハンマーがパコスのバリアと接触――その寸前に空からの魔法弾がレイラのハンマーに直撃する。
レイラがバリアを砕いていること前提の作戦はその時点で瓦解。アキラの拳は弾かれ、また後方に飛びのくが――
『黙って見送ってんじゃねぇよ馬鹿! そのまま追撃で畳み掛けろ!』
――ヴァインの指示が飛び、条件反射で飛び出すパコス。
「ちっ、やらせるかよっ!」
それを見てパコスの背後目掛けてハンマーを振るうレイラ。
『レイラを気にするな! そのまま行け!』
空中から無数の青い魔法弾がレイラに襲い掛かり、レイラもそれに対処するのでアキラのフォローに回ることができない。
『てめぇヴァイン。正々堂々拳で来いよ』
『お前ら脳味噌筋肉姉妹相手に拳で来いってか? 馬鹿だろ。ショートレンジ二人を相手にするなら、パコスのショートレンジに敵戦力を削らせてロングレンジでフォローに回るのは常套手段だろうが』
空中を見回すレイラと、思念通話で会話するヴァイン。
現在パコスとアキラが攻防を繰り広げているが、わざわざ手を出すまでもないだろう。
ヴァインの目的はレイラの足止めなのだから。
『さあどうする? このまま俺と膠着状態を続けるか?』
『はっ、勝手にほざいていろよ。どうせ遠距離過ぎてインパルスみたいな大技は射程圏外だろうが』
『メテオ・ブレイカーやインパクトみたいな砲撃ならいつでも撃てるぜ?』
『パコスも巻き込むだろうが』
『最後に俺だけでも残っていれば勝ちだろうが』
あんまりな物言いに、今すぐにでもヴァインをぶん殴りたくなったレイラだが、ここで逆上すればヴァインの思う壺だ。
深呼吸し冷静に考える。狙撃主がいる場合の対処法は――
(たった二人で両方とも近接主体……俺がヴァイン探索に向かっても結局状況は好転しない……かといって飛翔魔法の持たないアキラにヴァインの索敵は出来ないし……)
『手詰まりだろ』
――思念通話であざ笑うヴァインの声。
必要な人材は飛翔魔法を持っていて、アキラの補佐も出来る魔法使い。
(二人しかいない段階でほぼ無理じゃ……あ)
そこで彼女の存在を思い出す。
「シオン! 今すぐ応援に来てくれ」
『嫌だよ。何が面白おかしくて僕がわざわざヴァインの恨みを買わなきゃいけないのさ?』
「友達だろ? 仲間だろ?」
モニタールームからマイク越しにシオンのため息が聞こえた気がしたが形振り構っていられないのも事実。
『レイラ。その切り返しはどことなくヴァインに似てきてるよ』
『おいシオン、その台詞は取り消せよ。俺がそんな卑屈なことを言うとでも思っているのか? レイラも毎日シオンと喧嘩してるくせに都合の良い時だけそう言うのは止めろよ』
『お前が言うな!』
モニターからのシオンの台詞に反発するヴァイン。そしてヴァインの思念通話に対してシオンとレイラが同時に突っ込む。その間もパコスとアキラの攻防は続いていた。
「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!」
思念通話での会話を打ち切り、高速で飛来してくるヴァイン。
どうやら遠距離で魔法を撃つよりも直接殴りたいという衝動の方が勝ったようだ。
「何がふざけてるだ似非鳥野郎! お前だってこの前デスクワークの時リアンとセラスに同じこと言っていただろうが!?」
「お前たちみたいに日頃から喧嘩しているわけじゃねぇだろ!」
ほぼゼロ距離で睨み合うヴァインとレイラ。もはやパコスとアキラのことなんて眼中に無いようだ。
『ヴァインもレイラも、訓練中だよ? 喧嘩なら終わってから――』
『うるせぇぞ褌女!』
自分は関係ありません的なシオンの台詞にヴァインとレイラがばっちりはもる。
実際は二人ともシオンの下着のことなんて知らないが、言われたシオンは穏やかでいられるはずもなく――
『今からそちらに行く……覚悟しておくんだね』
「おお! さっさと来いよ! 二人揃ってハンマーですり潰してやるぜ!」
「あ? 舐めてんじゃねぇぞチビが。いい加減口の聞き方ってやつを教えてやったほうがよさそうだな」
バックステップで間合いを取り、重心を深く落とす。
「エスクリオス、バトルフォームだ」
『いいですけど……あなたたちって毎回本当にしょうもないことで喧嘩しますね』
両手に魔石の装飾が施された手甲をエスクリオスに顕現させ、拳と拳を打ち合わせる。
完全に戦闘体勢に入った二人。そこにタイミングよく仮想空間に飛び込んできたシオン。
「二人とも……覚悟はいいかい?」
両目を怒りで爛々と輝かせ、日本刀を顕現させた漆黒の袴を身に纏ったシオンが刀に魔力を纏わせレイラとヴァインの、中点の地面に鞘を突き刺す。
「爆ぜろカゲロウ!」
魔石カゲロウが顕現させた刀の鞘を地面に突き刺し、魔力を流し込みシオンを中心に地面が爆発を巻き起こす。
「はっ! 気合十分だなシオン」
空中に避難し、砂煙が立ち込める中、もう一人の敵を探す。
地上からこちらを睨みあげるシオン。それも妙だ。
(なぜ追撃してこない? 逆上して参戦してきておいて様子見……は、ありえない)
そして、何に気付いたというわけでもないが空中で前方に身を投げ出す。
「ちっ」
先ほどまでヴァインがいた場所を重厚なハンマーが空を切る。
きっちりレイラの舌打ちが聞こえたが、それに対してリアクションをとる暇はない。
「カゲロウ! バラバラに裂け!」
身を投げた体勢のヴァインに地上から襲い来る無数の斬撃。
不規則に襲い掛かる刃はその周囲を陽炎のように揺らめかせ、風を切り裂く。
そして、それは非常に回避しにくい。不可視の刃はギリギリ空気を揺らがしているだけなのでシオンの攻撃動作を確認しないと、攻撃されたことにも気付けないほどだ。
『ヴァインさん、上空からレイラさんの追撃がきますよ』
「ちっ、バリアバースト!」
シオンの攻撃をバリアで防ごうと、魔力を構築している最中に、明らかにやる気の無いエスクリオスの警告。咄嗟にバリアの指向性を変え、回避に全力を注ぐ。
爆ぜたバリアを推進力に、さらに空中を滑空し、攻撃を回避。本来ならば露骨に手を組んだ二人に文句の一つでも言いたいところだが、本気で対応する方が先決だとヴァインは判断する。
「メテオボール。シオンに五、レイラに七だ」
滑空姿勢そのままで周囲に青い魔法弾を作り出し、二人の敵目掛け分配する。
「とりあえず牽制だ!」
合計十二の魔法弾を射出。同時に高度を上げ、二人に斜線を重ねるポジションに移動し、両手を突き出す。
二人とも回避行動を取らず、全ての魔法弾を弾きこちらから視線をはずさない。
ヴァインからすれば実にやりにくい相手だが、スリースターズの分隊長クラスならそうでなければ困る。
とっくに二人ともこちらの狙いなど見越しているだろうが、今更構築を開始した魔法術式は解除できない。
「メテオ・インパクト!」
両手に魔力を込め、放つ。単純な直射型の砲撃魔法だが、単純だからこそヴァインが好んで多用する魔法攻撃でもある。
「レイラ、斜線から外れるんだ」
「わかってるよ、俺は三時の方向、お前は七時だ!」
「了解した!」
ちゃっかりと共同戦線を組んでいる二人に文句を言うのは後だ。それに本当に共同戦線を張っているかどうかも怪しい。
ヴァインの目の前に直径二メートルほどの魔方陣が出現し、それと同じ光景の光の本流が放たれる。
当然、二人は回避行動を取っているので、斜線上にはいないが――
「お前だけは逃がすわけにはいかねぇな!」
――直射方魔法を強引に捻じ曲げ、レイラの回避した方向に砲台であるヴァイン自身の向きがゆっくりとではあるが動いていく。
「げっ、あの馬鹿……無茶苦茶しやがる」
レイラを追い回すヴァインの魔法から必死で逃げるレイラ。
本来ならレイラに集中している間にシオンががら空きになったヴァインに攻撃を仕掛けるのが常套手段なのだろうが、レイラとシオンが完全に手を組んでいればの話だ。
「あ、てめぇシオン。裏切ったな!?」
「誰も君と手を組むなんて言った覚えはないよ」
逃げ回るレイラに地上からシオンの斬撃、真空波が襲い掛かる。
それを上空で観察していたヴァインに更なる疑問が浮かび上がった。
(シオン……飛翔魔法も使わずに地上から攻めるだけ……か……)
インパクトの軌道を変えながら、目を凝らしてシオンを観察する。
おかしなところはないように見えるが、戦闘が始まってからずっと地上での攻撃に徹している。
(狙いがあるとすれば……地対空の大きな一撃狙い……あれか!?)
シオンの狙いに気付き、インパルスをかき消す。
「メテオボール!」
魔法弾を一つだけ作り、シオンのそばに突き立てられた刀の鞘を狙う。
よくよく思い出してみれば、シオンが参戦してからずっとあの位置から動いていない。
となれば、日頃は腰に差している鞘が地面に突き立てられたままなのが怪しい。
レイラにいくつもの斬撃を繰り出しているシオンにそれを防ぐ手立てはなく、魔法弾が鞘に直撃する。
「やっぱりか……」
鞘が地面から抜けると同時に、地面に一瞬だけ黒く、巨大な魔方陣が出現し、ガラスのように砕け散る。
「ヴァイン!」
忌々しげに地上からヴァインを睨みあげるシオン。
「はっ、魔力光と一緒で腹も黒いなシオン」
魔法弾を放った右手を軽く振りながら挑発するヴァイン。
「お前ら、そろそろ準備運動は終わりでいいだろ?」
ハンマーを肩で担ぎ、挑発的な笑みを浮かべるレイラ。
三人がそれぞれの位置でお互いを視界に納め、全身にそれぞれの魔力光を立ち上らせた。
もう何度繰り返したか。パコスとアキラは肩で息をしながらお互いにそんなことを考えていた。
未だに決定打に欠け、決着がつかない。
気付けばヴァインとレイラの援護も無く、最初のタイマンだった状況に逆戻り、延々と同じ事を繰り返していた。
「なかなかやるじゃないッスか」
「いえいえ、アキラさんも頑丈ですね……」
何度目かの打ち合いを繰り広げたが、戦闘スタイルの影響もあり、状況はほぼ互角。
これは別段パコスがランクBのアキラと五分なのではなく、相性の問題でもある。
これが、様々な攻撃手段を持つリネスや、それ以上に変身能力で様々な攻撃方法を持つリーディア相手ならこうはいかない。
アキラもパコスも正面からの殴り合いを主体にしているため、アキラのアドバンテージである正面での突破力がパコスの突破力と筋肉の防御に相殺され、失われているだけだ。
(でも、このままじゃいずれ体力差で負けてしまうッス……どうにか……)
胸中で次の手を考えているアキラの視界に嫌なものが映る。
空中を逃げる姉と、地面を抉りながら進行方向を変える凶悪な砲撃を放つヴァイン。
アキラの全身を嫌な予感が駆け巡った。
「なんじゃ……ありゃ……」
パコスも気付いたのだろう。先ほどまでパコスたちが繰り広げていた激戦が、子供の遊びに思えるほどの規模だった。
「三人とも本気でやりあってるじゃねぇか……」
「いやいやパコスさん、あれは全然本気じゃないッスよ……」
もしも三人が本気なら、肉眼で確認する前に気付いていたはず。
「あの三人、魔力出力を相当抑えているッス……」
「あれで……ですか?」
平気で地面を抉り取る砲撃を放っているのにそれでも全力で無いという。
「アキラさん……とりあえず……逃げませんか?」
「戦闘訓練中に何逃げてるんだって、姉貴に殴り殺されるッスよ……」
そうは言うが、ヴァインの砲撃が徐々にアキラたちに迫る。
「いやいやいや!? ダメですって、ヴァインさん絶対に俺たちに気付いてないですよ!?」
「…………仕方がないッスね、全力で退避するッスよ!」
「了解しました!」
その場から全力で逃げ出す二人。
それもそうだろう、あんな戦いに巻き込まれでもすればシャレでは済まない。
熊が三匹じゃれ合っている中に犬が二匹。そんなレベルだ。
ただのじゃれ合いでバラバラにされてしまっては笑い話にもならない。
「だめッスよ、正面入り口は姉貴のハンマーの効果範囲内ッス!」
「だからって、非常口はヴァインさんの操作型魔力弾が機雷みたいにフヨフヨしてますよ! あっちの方が危険ですって!?」
飛び交う魔法弾と砲撃を掻い潜り、なんとか突破口を探すが、そんなものあるはずもなく。そもそも、あの三人の射程距離に入ってしまえば間違いなく巻き添えを食らう。二人ともそれがわかっているからこそのルートチョイスだが、ショートレンジのシオン、ミドルレンジのレイラ、ロングレンジのヴァインと、三人で短、中、長距離をフォローされているので逃げようがない。
「なんであの三人、あんなに揉めているのに俺たちが逃げられないベストな位置取りしてるんですか!?」
悲鳴にも似た叫びが響くが、爆音や剣戟の音に阻まれ、それを聞くものはいない。
アキラも似たようなことを叫んでいたが、それで事態が好転するはずもなく、その後、一時間ほど三人の喧嘩に巻き込まれないよう逃げ回るので精一杯だった。
「さて、疲れたしそろそろ飯でも行くか」
突如、魔石を解除し強張った筋肉を解すように腕を回すヴァイン。
「だな、こんな中途半端な喧嘩、どんだけ続けても準備体操にもなりゃしねえ」
担いだハンマーをかき消し、魔装法衣を解除するレイラ。
「だね、お互い手の内がわかりきった戦闘に意味はない」
刀を鞘に納め、伸びをするシオン。
三人とも息を乱さず、せいぜいが額に汗を滲ませている程度だ。
「おいパコス、俺たちはこのまま上がるからお前たちは適当に続けてろ。明日までに今日の訓練レポートの提出も忘れるなよ」
訓練所の隅っこでボロボロになったパコスを一瞥することもなく、それだけ告げて退出するヴァインとシオン。
「アキラ、お前もだ。いつまでもそんなとこで寝てないでさっさと続きを始めろ。モニタールームで訓練風景を録画しているから、今日の夜にそれを見て今後の訓練課題を組むぞ」
レイラも、訓練所の隅でぼろ雑巾のようになり、痙攣する妹に冷たく吐き捨てる。
ちなみに現在時刻は午後四時。
肉体も精神もボロボロの状態で、休むことなく次のスケジュールを告げて去っていく三人の隊長格。
その日の夜、体力が回復しきらぬ状態のまま、レポートを書かされたパコスと、姉の部屋で戦闘光景を鑑賞し、散々ダメだしされたアキラ。
翌日、二人の表情に笑顔が浮かぶことはなかった。
予断だが、賭けの勝負はシオンの勝利で幕を閉じた。
パコスの勝ちに賭けたヴァイン。
アキラの勝ちに賭けたレイラ。
そして、シオンがヴァインに渡した小さな紙切れに書かれた“引き分け”の文字。
それが原因で、レイラがいちゃもんをつけ、再び喧嘩に発展したのは、また別の話――