急襲、未明の襲撃者
警備部所属の期待の新人。
上半身ピチピチのTシャツを身に纏い、溢れんばかりの筋肉を曝け出すマッチョマン。
警備部の初出動として、大型銀行店舗の現金輸送車の警備にて、複数の強盗グループを撃退。
この件はや清掃管理部などの関わりの小さな部署から、特殊急襲遊撃部隊の彼の耳にも当然届いた。
警備部期待の新人、彼の名はパコス。シュウ・ブレイムス事件の際、当時ろくな職に就いていなかった彼は、特殊吸収遊撃部隊総隊長とその部下に運悪く絡み、警備部に推薦され今に至るわけだが、パコスが警備部に推薦されたのは幸運なのかもしれないが、彼に絡んだのは運が悪かったとしか言いようが無い。
『パコスか、俺だ。うちの三番星知っているだろ? ヴェルシオン姉妹。悪いんだがこの二人の実戦訓練に協力してくれ』
あまり得意でない事務作業中に彼からの電話。この電話に出る前からパコスの表情は苦かったが、電話の内容を聞いてさらに苦渋の表情を浮かべた。
「いや……ランクA+とBの相手にランクCの俺が相手になるわけが……」
『お前頑丈だろ?』
まさかのサンドバック宣告。黙って殴られろとでも言わんばかりの冷たい言葉にパコスの表情が凍りつく。
「ちなみに拒否権は?」
『あるはずがないだろ』
希望を込めた言葉。しかし当然とばかりに否定された。しかも軽く。
金を貸してくれと頼んだら、貸すお金ないですと即答されるあの感じ。
パコスを警備部に推薦した張本人、特殊急襲遊撃部隊スリースターズ総隊長ヴァイン・レイジスタ。パコスは彼に恩がある。妻子がいる身の彼としては、手に職をつけることができたという大きな借りがある。
大きな借りがあるが、それに関しては釣りが出るほど返したはずだ。だが、ヴァインは利子と言わんばかりに借りの分を徴収しに来る。
『んじゃ、二時間後な。二時間の間にこっちに来てウォーミングアップしておけよ』
「いや、俺まだ事務の仕事が……」
『インディーに連絡はしておいた、遠慮せずに来い』
それだけ言い残し、一方的に通話を切られる。パコスは途方にくれ、虚ろな目で部隊長、インディー・アケルシオンのデスクを見つめる。
坊主頭に立派な顎鬚を蓄えた初老の男性とパコスの視線がかち合う――すぐに逸らされた。
ヴァイン・レイジスタとインディは旧知の仲。パコスの警備部推薦をすんなりと通した理由はそこにあった。
祈るように胸元で十字を切るインディ。パコスは誰に頼ることもできず、ふらついた足取りで死地へと赴いた――
「叩きつぶれろぉぉぉぉぉぉっ!」
「突破力なら負けないッスよっ!」
――結果。姉のハンマーで叩き潰され、妹の拳で壁に叩きつけられと散々な目にあった。
涙目でスリースターズの施設から家路へとつくパコス。
今日も今日とて散々だった。
持ち前の筋肉と、防御魔法に特化した魔石特性でなければ自分より上位のランク二人を相手して自分の足で帰れる程度の負傷どころではすまなかっただろう。ヴェルシオン姉妹もそれなりに手加減してくれてはいるようだが、それでも容易くコンクリ砕くような攻撃を繰り出してくるのだから性質が悪い。
夕日を反射し輝くスキンヘッドとボロボロになったピチピチのTシャツ。浅い擦過傷から薄く滲み出た血が一層の痛々しさを醸し出している。
「今日は……この程度ですんでよかったな……ラパン」
左手の手首のブレスレットにはめ込まれた魔石に健気に語りかける筋肉隆々の大男。
知らない人が見れば間違いなく同情してしまいそうなほどに哀れな姿だった。
そして、そんな彼を影から見つめる姿があったが、パコスがそれに気付くことはなかった。
翌日。休暇を利用して一人、買い物に出かけたヴァイン・レイジスタ。
逆立てた銀髪と白いショートジャケットに黒いパンツ姿で商店街を闊歩し、商品を物色していた。
コレといって欲しい商品があるというわけでもないが、昨日面倒くさい実戦訓練を終わらせ手に入れた休暇。それを無駄にしたくないために出かけたのだが、無理に出かけたこと自体が無駄ということにだんだんと気付き始めてきたときのことだった。
「ヴァイン・レイジスタさんですか?」
「あ?」
不意に背後から名前を呼ばれて振り返ると、サラッとしたブロンドの少女がそこにいた。
白いワンピース姿の少女、歳の頃は十代後半になったばかりぐらいだろう。もちろん面識はない。
「そうだが、君は?」
「サラ。サラ・エルマン」
自分の胸元ぐらいの身長の少女――サラは笑顔で名前を教えてくれた。
そこでヴァインが感じ取ったのは悪寒だった。嫌な予感がする。しかも歴代でトップクラス、ベストテンに入る程度には嫌な予感。そしてそれは、次の少女のセリフで確信へと変わる。
「あなたを、おしおきしますね」
気付けば懐に入り込まれ、腰の入ったブローを腹部に叩き込まれ、ヴァインの体が宙に浮く。
浮いたところを小さな体のバネを精一杯使った回し蹴りで地面に叩きつけられ、地面に激突と同時、サッカーボールのように蹴り飛ばされ屋台に突っ込む。
どれも重い、それでいて受けることも避けることもできない見事な攻撃だった。
「……ちっ……このガキがっ!」
それを受けてなお、即座に攻撃に転じるのがこの男、ヴァイン・レイジスタ。
全身に走る鈍痛や損傷箇所のチェックは後回しにし、敵戦力の撃退に行動を移す――
(ん? 撃退?)
――無意識のうちに撃破ではなく撃退を目的としてしまっている自分に違和感を覚えるが、考え事に没頭している暇はない。地面を二度蹴り、正面からではなく軸をずらした攻撃を仕掛けようとポジションを変えるが――
「嘘だろ!?」
――先ほどまでそこにいた少女の姿はなく、頭上にその体を翻しこちらを見下ろしていた。
当然、その後に待っていたのは真上からの攻撃。
攻撃体勢に入っていたヴァインに回避する術はなく、頭上から襲い来る蹴りをまともに食らい、先ほどと同じ屋台に再び舞い戻る。
正直、意識が飛びそうになった。思いっきり脳を揺さぶられ、視界が暗転するがこのままわけもわからずKOされるわけにもいかない。
「どうしました? それで本気なわけがないですよね?」
魔法を使用せず、肉体強化も行っていない状況ではあるが、生身での殴り合いならば完全に本気だった。体術だけならば相手の圧勝。両者の魔力を完全に封じた状況での勝負ならば、確実に殴り殺されるだろう。
(さて、どうしたもんだろうな……飛翔魔法でこの場から退散したいところだが……)
正直な話、恨みを買うようなことをした覚えは星の数。こんな風に襲撃されたこともあるが、ここまでの相手は珍しい。しかもそれが、女でまだ幼い風貌の少女だというのだから笑ってしまう。
「何でしたら場所を変えますか? 魔法戦――得意なんでしょう?」
逡巡。素直に乗っておきたいところだが、妙に癪だ。
「その前に、おしおきされる理由を教えてくれないか? 心当たりがありすぎてどれだかわからない」
「…………強いと聞きましたので」
嘘をつかれた。
ヴァインにもはっきりとわかる嘘。わざとらしい間が何よりの証拠だが、言う気がないのならばいくら聞いたところで無駄だろう。
「なら……期待には応えなきゃな」
胸元に手を当て、再び戦闘体勢に入る。
「そうですねぇ……私に掠ることができればヒントぐらいあげますよ?」
「いいねぇ……昔リアンにやられた訓練を思い出す」
完全に舐められている。
だが、ヴァインには今まで積み重ねた魔法技術に自負がある。簡単に遅れを取る気はない。
『あーヴァインさん?』
(なんだエスクリオス。見てのとおり俺はマジなんだが)
胸元に直接施された魔石、エスクリオスの声に鬱陶しげに答える。いつもならば拗ねて「もういいですよ」くらい言ってくるエスクリオスがその日は違った。
『止めたほうがいいと思いますよ?』
(いやいや、確かに小さなガキ相手に大人気ないように見えるかもしれないが体術だけならシオンよりも上だぞ? 簡単に引き下がれると思うか?)
『……まあ、そこまで言うならたまにはボッコボコにされるのもいいかもですね……』
(へっ、言ってろ。魔法戦なら簡単には負けないぜ)
目の前の少女を改めて観察する。相手もこちらを計っているようだが、どうだろう、力量というよりも服装や容姿を観察されているような――力量を計られているような威圧感がない。
「魔石開放!」
自信があるのか、舐められているだけなのかはこれからわかる。いつもの魔装法衣に身を包み、背中に生えた魔力の羽を広げる。
「クソガキ。飛翔魔法は?」
「心配ありませんよ」
少女の足元から白い霧が出現――したかと思えば、あっという間に雲の形を作り上げ浮遊する。物語の筋斗雲のようだ。
「なら着いて来い」
浮遊する乗り物を瞬時に形成する魔力コントロールに感心したが、悔しいのでスルー。
そのまま進路を東に取る。以前スリースターズ隊で合宿を行った山がある。そこなら巻き添えは出ないだろう。
翼を羽ばたかせ、ちらりと後ろの少女を視界に収める。あんな愉快な乗り物を瞬時に形成する魔力コントロールもさることながら、ヴァインのスピードについてくる魔力放出の量とコントロール。雲の上に正座しているだけの少女と侮ってはいられないようだ――
『ヴァインさん、ちょっと焦ってませんか?』
「焦ってませんよ? ちょっと苦戦しそうかな? とかチラリと思ったけど負ける気はしませんよ?」
実際負ける気はサラサラないが、どうにも相手を計りきれないでいるヴァインは、自分の魔石に言い訳っぽい答えを返す。ヴァインの無駄に思えた無駄な買い物は、日頃の訓練よりもハードな戦闘で彩られそうだ。
「あれ? ヴァインは?」
宿舎でヴァインの部下、リネスと遭遇したレイラは開口一番にそう尋ねた。
「レイラ分隊長。あたしとヴァイン総隊長がセットみたいな言い方やめてくれませんか……」
事務仕事の途中なのだろう、オレンジの髪を束ね、バインダー片手に通路を歩くリネスと、白い無地のTシャツにショートパンツのレイラ。
あまり近づきすぎると見下ろしてしまうような形になってしまうので出来るだけ距離を取るリネス。レイラと遭遇するたび他の隊員やスタッフは身長差に気を配らなければならない。例外は分隊長や総隊長、部隊長くらいのものだろう。
「総隊長なら休暇でショッピングに出かけましたよ。買いたい物も無いけどゴロゴロしてると無駄な感じがするから――とか言って無駄に無理に買い物に行きました」
「なんだそりゃ? 結局無駄じゃねぇか」
「でも、今日に限ってヴァイン総隊長宛に通信があったんですよね」
「ほう、それは珍しいな。どこの部隊からだ?」
外部の部隊から連絡が来るとすれば警備部か特殊戦闘指導部、環境監査部と数自体は多くないが、いずれにしても珍しいものは珍しい。
「いえ、それが部隊でなく個人なんです。確か……」
自分の小型端末をチェックするリネス。メモ帳代わりにも使用しているのだろうが、変な間が妙にじれったい。
「ああ、サラ・エルマンさんですね。出先を聞かれたので行きつけのショッピング通りを教えました」
「サラ……サラ・エルマンだと?」
急に真剣な面持ちでリネスとの間を詰め、胸倉を掴み繰り返す。
「あのサラ・エルマンだってのか」
「は……はいそうです……ちょ、苦しい……痛い」
リネスの懇願を無視し、乱雑に通路に放り投げ、レイラは自分の魔石に各分体長と部隊長に通信を送る。
「こちらに三番星分隊長レイラ・ヴェルシオン。現在総隊長ヴァイン・レイジスタがサラ・エルマンと交戦中との報告が入った――」
「いえ、交戦中かどうかまでは……」
「各員、至急準備を行い現場に急行せよ。尚、各部隊所属のアキラ・ヴェルシオン、リーディア・フォンディア、リネス・エミリシスタの三名は各分隊長の保護の下現場にて見学を許可する。これは戦闘訓練の一環でもあるので魔石の装備は忘れないように。各員迅速な行動を心がけるように」
通信を終えると同時、施設内に警報が鳴り響く。
通路の電灯が赤く染まり、スタッフたちが慌しく行動を始めた。
「あの……一体何が?」
「化け物の実践データを取りに部隊内総動員だ。お前も準備が整ったら三番ゲートで待機。一応他の二人とも連絡を取り合っておけ」
それだけ告げ、その場を立ち去るレイラ。取り残されたリネスはキョトンとした表情で小さく敬礼をすることしかできなかった。
合計三十八発。
地上から空に向けて魔力弾を放つ。さすがに三十八発全てを操作できないので直線的な軌跡で一斉射撃。
空中で愉快な雲の乗り物を駆る少女はその隙間を掻い潜り全弾器用に回避。見かけによらない高速機動で未だに一撃たりとも捉えることができていない。
『当たりませんねぇ』
「釣れませんねぇみたいな気軽さで言うな」
とは言うが、実際に当たる気がしない。今の三十八発一斉射撃が今のヴァインに顕現できる最大弾数。それを回避されたとなれば――
「こいつでどうだ! メテオ・ブラスター!」
――拡散型砲撃魔法を展開、発射。
空を自由自在に駆け回る雲の乗り物目掛けて人間の頭部程の魔力球を発射。
一斉射撃には劣る弾速の蒼い魔力弾。当然容易く避けられるが発射時に突き出した拳を上け、勢いよく五指を閉じる――
「くたばれっ!」
――同時に魔力弾が砕け、放電現象のように蒼い光が空中で拡散する。
『当たりませんねぇ』
「おかしいだろ!!」
避けられた。というよりも防がれた。
「うちの子、まだお箸が使えないもので」
しかもフォーク――無造作に投げられたフォークに拡散魔法の殆どが直撃。吸収しきれな
かった電流がサラに襲い掛かるが、虫でも払うかのように片手であしらわれる。
「しかし、魔法のバリエーションが豊かな人ですね。今のなんて属性付加魔法の雷とほとんど効果がそっくり。母さんが目をかけるのも納得です」
「こんなガキに上から目線で……おいエスクリオス、この怒りをどこにぶつければいい、ブラスターまで回避された今、打つ手がだんだんと限られてきた。本格的にまずいぞ」
『知ったことじゃありませんよ。そもそも私は警告しましたよ? 止めておいたほうが良いんじゃないですかと……』
低空飛行で相手の動きを読もうと試みるが、魔力で形成された雲の乗り物に物理法則や慣性の法則なんて通用するはずもなく。攻撃に移るための決断がしにくい。
唯一の救いは相手から攻撃してくることがないことだけだが、それも舐められているが故とヴァインの神経を余計に逆撫でる。
(インパクトやバスターは回避された後の隙が大きすぎる……対空用の砲撃か射撃魔法でかつブラスター並に範囲が大きく、それでいて単純なバリアじゃ防げない高出力魔法……)
あるわけがない。
当然だが魔法にも何らかの欠点はある。
メテオ・バスターやインパクトのような砲撃は高威力だが当然ながら回避されれば反撃確定の隙が生まれる。誘導操作型の魔力弾は顕現する数が少なければ少ないほど繊細な操作が可能になるが、反面威力が低い。今ヴァインが相手しているあの少女にはまず通用しないだろう。あっさりと防がれてしまうのは目に見えている。
どうしたものか――翼を広げ空へ飛翔し、広い視点で敵を見下ろすと、少し離れたところで何やら見覚えのある顔が――
「って、あいつら何してやがる!?」
『見物じゃないですか? ほら、レイラさんがブルーシートの上にサンドイッチの入ったバスケットを並べてますよ。おいしそうですね』
「どうでもいいわ! 俺が言いたいのは何であいつらがここにいるんだって――」
「あ、リアン。久しぶりね」
――自分の真下に急制動するサラがリアンに手を振り、リアンも笑顔で手を振り返す。
隣のレイラやシオンも同じようにサラに向かって手を振っている。
『お知り合いみたいですね』
「そっすね……」
力なくうな垂れ、念話でリアンに通信を試みる。
『おいリアン。このガキはお前らの知り合いか? だったら何とかしてくれ、いきなり襲われて――』
『申し訳ございませんが、この回線は現在使われておりまぁす』
イラッとくる返事が返ってきた。決してリアンのではない声。
「おいクソガキ。お前常識って言葉……知っているか?」
真下のサラを真上から半眼で思いっきり見下ろす。
雲の上で満面の笑みを浮かべる少女。無邪気な笑みだが、この少女はとんでもないことを平然とやってのけた。
「他人の念話乗っ取るやつ初めてみたわ!」
「携帯端末乗っ取るのと同じですよ」
簡単に言うが、他人の念話を傍受するのとは訳が違う。ヴァインからの通信はリアンに届いていないだろう。
『あ、言い忘れてましたが、私は出会ったときからずっとお話していましたよ』
「あいつ、魔石との対話もできるのか!?」
エスクリオスの発言にヴァインの中で嫌な予感が嫌な確信に変化する。
(やばい……こいつからはフィリスばあちゃんと同じ匂いがする。絶対に同種だ……)
ヴァインの天敵、環境管理部のフィリス・ノアニールを思い出す。絶対ろくな目に会わない。
「では、ギャラリーも揃ってきたのでそろそろ……」
逃げる体勢に入ったヴァインの背後から声。先ほどまで真下にいた少女の姿が消え、雲だけが残されている。
そして、背後から少女の声――答えは一つ。
「こちらからも攻撃させてもらいますね」
いつの間にか背後を取られ、魔装法衣から生える翼を掴まれる。予想はしていたがやはり並の力じゃない。とんでもない膂力で翼をガッチリと掴まれ、引き千切ろうとグイグイと引っ張られる。
「頑張りますが、ここまでです」
引っ張る力に加えて、背中から胸を貫くような衝撃。同時に背中から温もりが一気に失われるような感覚。翼がもぎ取られ、翼を形成していた魔力が一気に霧散する。
片翼と引き換えに少女を引き離し、すぐさま翼を再構築。無くても問題はないが、気持ちバランスが悪く感じてしまう。
対する少女は指先を少し動かし、雲を呼ぶ。優雅なものだった。
「くっ……ずいぶんえげつない事してくれる……」
「いえいえ、あの人の痛みと屈辱に比べれば優しいものですわ」
「あの人だ? 誰のことだか知らないがその言い方だとまだまだこんなもんじゃないって言うんだな?」
目の前の敵を睨む。
一度戦闘体勢に入ってしまえば逃げたいという気持ちは拭い去らなければならない。
そんな感情を持ち合わせていては戦いの邪魔になる。
(とは言え……この様子じゃ魔法戦も分が悪そうだ)
依然、雲の乗り物に座ったままだが隙が見当たらない。攻め口が見つからず相手も動かずに悠然とこちらを見つめている。
事態は硬直状態に陥った。
「姉貴、質問いいッスか?」
「なんだ?」
サンドイッチを頬張りながら高みの見物を決め込むスリースターズの分隊長二人とその部下たち。三番星隊ヴェルシオン姉妹は他のスタッフよりも前に出てその戦闘を眺めていた。
「あのサラって人、どういう人なんスか?」
「ああ、化け物だ」
移動中に何度も尋ねたが、返事は決まってそうだった。
「そうじゃなくて、どういう人なのかって事ッスよ?」
「だから、化け物以外に答えようがないんだよ。どこの部隊に所属していたのかも不明、経歴も一切不明。わかっているのは寿除隊した事とリアンやセラスとは交流があるってことぐらいだ。俺もシオンも年に一回遭遇するかどうかのレアキャラだよ」
「そのレアキャラは強いッスか?」
「目の前の光景を見て判断できないのか?」
妹よりも幼く見える姉のレイラが空を指差す。
妹のアキラが空に視線を移す。
空を駆け巡る数十の蒼い光弾。遠目に見てもわかる、訓練の時よりも弾速が上昇し、弾数が増えている。どこまで本気かはわからないが、常日頃アキラたちが目にするヴァインよりも動きそのものが違うのはアキラの目から見ても明らかだ。
「完全に実戦モードだ。しかも結構ムキになってる」
「みたいッスね。必死な感じが凄く伝わってくるッス」
「負けず嫌いはあいつの悪い癖だな。頭に血が上りやすいっていうのも考え物だ」
「姉貴も人のこと言えないッスよ?」
「否定はしないが頭に血が上って術式の制御が疎かになるようじゃ三流だ。俺もシオンもヴァインも、お前らパートナー組三人と違ってその辺は問題ない」
「問題があるとすれば?」
「攻撃方法の単純化とレンジの使い方が雑になる。普段ならロングレンジで様子を見るスタイルの魔法使いがムキになってショートレンジ主体になりがちなのを訓練校時代に見たことがあるだろ? それだ」
「見たところヴァインさんにそんな兆候は見られないッスよ?」
「あいつのシングルはよくわからないんだよ」
ショートレンジのシオン、ミドルレンジのレイラ、ロングレンジのヴァイン。もしも総隊長と分隊長が陣形を組むならばこうなるだろう。遠距離から精密な操作で魔力弾を放ち味方を援護し、時には敵部隊丸ごと吹き飛ばす砲撃の持ち主。それが他の部隊から見たヴァインのイメージだが実際は違う――
「総隊長って基本的に近接戦闘が好きッスよね。この間もスパーリングの相手をしてもらったッスけどこっちをラッシュで殴るときの笑顔なんて凄く爽やかな表情してるッスよ」
「何だかんだで殴り合いとか格闘戦が好きだからな……あいつ。パコスを気に入っているのもそんなところだろうな、パコスとの殴り合いも結構好きみたいだし」
「サンドバッグにしているようにしか見えないっすよ?」
「今度一回パコスと模擬戦してみな、そうすればよくわかるよ」
両手のサンドイッチを全て平らげ、新たに大きな弁当箱を取り出すレイラ。
アキラも「何かはわからないけど一回やってみるッス」とだけ答え、同じように大きな弁当箱の制圧に取り掛かる。
遠巻きに二人を見ていたスタッフたちは言う。
「あの姉妹だけで持ち込んだ食料の半分が無くなりました」――と。
一方、空中戦を繰り広げるヴァイン。
魔法戦から格闘戦に切り替わり、空中で何度も交錯する。
『当たりませんねぇ』
「当てられてはいるがなっ!」
言葉どおり、ヴァインの攻撃は一撃も当たらない――それどころか掠りすらしていないのに対し、サラの攻撃はガンガンヒットしている。
『ダメージはないでしょ?』
「……あのガキならデコピン攻撃で頭蓋骨凹まされる可能性があるから怖いな」
交錯の度に繰り出される攻撃。デコピン。
おでこに来るとわかっていても避けることのできない屈辱に何度か我を忘れそうになったが、必死に思考を凍てつかせる。
頭に血を上らせてしまえば本気で勝ち目が無くなってしまう。舐められている今、この時間内で突破口を見つけるしかない。
「メテオボール!」
周囲に魔力弾を二十五個、顕現させる。
ふわふわと周囲を浮遊し、動く機雷と化し術者を守護する盾になる。
「本当に器用な魔法の使い方をしますね」
先ほどまで空を自由に駆け回っていた雲を止め、感心するサラ。
『いえいえ、器用っていうよりも魔法とのファーストコンタクトがレアケースなので魔法に対する概念というか常識が無いだけです』
「確かに、射撃魔法を防御に使う魔法使いなんて初めて見たわ……」
『よく世間では力技だとかごり押しだとか火力馬鹿とか言われたい放題ですけれど、パワースタイルというよりもトリッキースタイルなんですが……』
「あんな火力に晒されたら誰でもそう思うわよ、気にしないでエスクリオスちゃん」
「だから人様の魔石と対話してんじゃねぇよ!」
黙って聞いていればずいぶんと好き勝手言われたものだと頭を抱えるヴァイン。
とはいえ、未だに有効的な手が思い浮かばないのも――あった。有効な方法。
(エスクリオス!)
『わかっていますよ。作戦をばらすような酷いことはしません』
今思いついた作戦をばらされてしまっては元も子もないので釘を刺しておく。
さすがにその辺はわかっているようで安心したが――
『ヴァインさんのトリッキーと姑息さの共同生活っぷりは他の追随を許しませんね』
(固い頭じゃ選択肢が狭くなるからな。こういう常識の外にいる相手には常識外の方法が一番いいんだよ。つか、褒め言葉として受け取ってもいいのか? それ……)
――周囲に浮遊させてある魔力弾の照準を空中で静止する雲にセット。
この手でダメなら、正真正銘の詰みだ。
「メテオインパクト!」
二十五の弾丸が射出。同時に上昇し、上から回り込むように移動を開始。
「次はどんな手を見せてくれるのか、お手並み拝見」
「教官気取りか……いい度胸だ!」
唇の動きだけでサラのセリフを読み、頭に血が上りかけるが自制。
当然のようにバリアを展開し、ヴァインの攻撃を全て防ぎきるが、当然サラもそれが本命だとは思っていない。
空中から急降下するヴァインとそれを迎え撃つサラ。
この攻防も幾度と無く繰り返し、何度もすれ違いざまにデコピンを食らわされる屈辱を味わってきたが――
「メテオボール」
――それもこれで終わりだ。
軽く投げる程度で放たれた魔力弾。
当然、軽く弾こうとサラの腕に魔力が纏われ、振るわれる寸前――
「ビッグバン……は大げさか?」
――握られた掌を開くと同時に魔力弾が破裂し、閃光を放つ。
魔力弾を中心に真っ青な閃光が迸る。
「目くらまし!?」
「何でも試してみるもんだ。まさか本当に成功するとはな」
サラが閃光で目を閉じた隙に背後に回りこみ、背中に手を添える。
「魔法ってのは理屈じゃない。イメージで発現するものらしいぜ? ちびっ子先生」
背中を貫くイメージで魔力を流し込む。
魔法の発現はイメージの具現化。本来の魔法の発現は魔力を体外に放出するまでに術式を構築する作業が必要なのだが、ヴァインの場合は魔法との出会いが特別だったので未だに他の魔法使いよりも魔法の扱いが異なる――とは言え、それで放出された魔力の衝撃は確実にサラを貫いた――はずだった。
「魔法の発現はイメージ……ねえ。本当にまともな魔法教育を受けてないのね」
「ノーダメ……内臓とかのダメージは?」
「なし。掌から放出された魔力は体内に影響を及ぼす前にかき消しましたよ」
「それは、こっちの魔力が放出された瞬間にそちら様の魔力で相殺されたと?」
「そういうことですね」
あっさりと言ってのけられた。それがどれだけ難易度の高いことか理解した上で言っているのだろうか。間違いなく理解しているだろう、そういう相手だ。
「ホースから水出てくる直前にホースの先端くっつけて同じ勢いで水を零さずに維持するのと同じぐらい難しいですよ?」
「ずいぶんと敬語が似合いませんね」
「ヨクイワレマス」
サラの背中に手を当てたまま硬直するヴァイン。
背中に手を添えられたまま首だけでヴァインの方に振り向くサラ。
背中に伝う冷や汗が、次にヴァインに降り注ぐ災厄を伝えていた。
「では――」
背中に添えたヴァインの手を掴むサラ。
「そろそろ――」
笑顔で手首を捻り、ヴァインの背後に回りこむ。
「終わりにしましょうか――」
背中に足を当て、もう片方の腕も極め、地面に向かって急降下を始める。
完全に腕を極められ、身動きが取れないまま地面との距離が一気に縮まっていく。
「てめぇ! それは俺の十八番だぞ!?」
「なら、頑張って抜けてみてください」
サラは何の気なしに軽く言うが無理だ。この技から抜けるには落下速度と相手の地面に向かって叩きつける飛翔魔法の推進力以上の力で落下を止め、極められた腕を解く必要があるが――
(魔力全開で上昇しようとしてるのにビクともしねぇ……)
ヴァインの上昇しようとする力よりも、サラの地面に向かう推進力のほうが強い。
おまけに極められた腕も、解こうともがけばもがくほどギリギリと強く締め上げてくる。
近づく大地に小さく舌打ちし、極められた掌に魔力を集中する。
掌の向きはサラ向きで、ちょうどサラの腹部辺り。
「風穴開いても恨むなよ!」
掌に集まる魔力を一気に解き放つ――
「無理ですって」
――直前に魔力が霧散。
「あ、今のは魔力が――」
「発射される直前に同程度の魔力で相殺したんだな!!」
「来るとわかっていればその程度は造作も無いです」
最後の抵抗も空しく、万策尽きたヴァインの体はそのまま地面に叩きつけられ、轟音と共に地面に大きな窪みを穿った。
小さな礫が音を立てて地面に落ち、砂塵が視界を遮る中、ブロンドの少女がゆっくりと大きく窪んだ地面から這い上がる。
「あ、地面に衝突寸前に発現したバリアは無効化しないであげましたよ」
右腕を振り、砂煙を風圧でかき消し笑顔で地面に倒れ付すヴァインに告げるサラ。
「そいつは……どうもありがとうよ……」
さすがに全ての衝撃を消すことができず、首だけでサラに視線を向けるヴァイン。
『外傷は大したこと無いですが身動き一つ取れそうにないですね』
「両肩の関節外されてこの衝撃だ。うつ伏せに倒れているから起き上がろうにも起き上がれないし、這いずろうにも骨が軋んで体が言うことを利かないときたもんだ……」
エスクリオスの冷静なセリフに、淡々と応えるヴァイン。
見事なまでの完敗だった。勝ち目など微塵も見えなかった。
「あの人が今までに受けた屈辱の十分の一も返していないでしょうが、あなたがあの人にしてくれた恩の分もありますからこれでチャラにしておいてあげますよ」
雲を呼び、飛び乗り、ヴァインの真上から笑顔で告げるサラ。
対するヴァインはそれに対し何も言えなかった。
「では、また機会があれば会いましょう。さようなら」
「…………二度と会いたくはないね……マジで」
サラが去って少ししてようやくヴァインが呟いたセリフは、そんな苦々しい言葉だった。
決着がついたようだ。
遠くのほうで高みの見物を決め込んでいたスタッフたちもさっさと撤収準備を始めている。
「レイラ、アキラ。僕たちもそろそろ撤退するよ」
地面に倒れ付すヴァインを最大望遠で撮影するヴェルシオン姉妹にさっさと撤退準備を終えたシオンが帰るように促す。
「おいシオン、お前も見ろよ。あいつがあんな無様に倒れてるのなんて滅多にお目にかかれねぇぞ」
「それに関しては撮影スタッフが映像データとして残してあるよ。それよりもさっさと撤退しないと――」
シオンの視線がレイラの背後に向けられているので、それにつられてレイラとアキラも視線の方向に目を向け。
「あたしのデータを残されるのは少々困りますね」
「うわぁお……」
笑顔で浮遊する雲にチョコンと座ったサラと、硬直するヴェルシオン姉妹。
さすがに反応に困ったレイラがシオンに視線を向けるが――
「いねぇ……」
「逃げるのが早いッスね」
――すでにその場にシオンの姿は無かった。
「仕方が……ねぇな」
覚悟を決めて魔石を開放するレイラ。それを確認し、目を細めるサラ。
「アキラ、覚悟を決めろ」
アキラの襟首に手を伸ばし、小さなレイラの体の斜め後ろに引き寄せる。
「アキラ、あいつをできるだけ引き付けろ。今ならお前の射程範囲内だ」
「でも姉貴、総隊長が手も足も出なかった相手ッスよ?」
「だからこそだ。見てたろ? あいつは最初手を抜く。その隙を突くんだ」
「わかったッス。できるだけやってみるッス」
アキラも覚悟を決めたように魔石を開放し、重心を低く落とす。
「行くぞ! アキラ!」
「了解ッス、今こそ姉妹のコンビネーションを見せる時ッス」
拳を振り上げ、地面を蹴るアキラ。
形成したハンマーをかき消し、ダッシュするレイラ。
拳に魔力を纏わせたアキラの拳がのんびりと浮かぶサラに襲い掛かる。
「なるほど、そういう作戦ですか……妹さんのその勇気は買いましょう」
浮遊する雲を手の平で叩き、舞い上がる雲がアキラの拳を包み込み、その威力を無力化する。
「では……動画は別に任せるとして、せっかく無謀にも一人で挑んで来ていただいたことですし……」
「え?」
サラの言葉にアキラが凍りつき、周囲を見回す。
「そりゃないッスよ姉貴……」
なみだ目でその場にいないレイラを探すアキラの肩に小さな手がポンと乗せられる。
「そう言えばあなたにもお世話になっていたみたいですので、少し遊びましょうか」
背後に物凄い笑顔のサラ。
姉に見捨てられた妹の負け戦が始まった。
その日の夜。
自宅のリビングで全身の傷をチェックするパコス。
前日に負った傷もほとんど癒えた。とは言え、擦過傷などが治っただけで捻挫などの内面的な傷は未だに癒えていない。
「めちゃくちゃ痛いが……あいつの前で無様な姿を晒すわけにもいかないし……」
痛めた足首を揉みながらそんなことを呟いていると、玄関のドアが開く音が室内まで響く。
慌てて救急箱を棚に押し込み、何事もなかったかのようにソファーに体を預け、今までテレビを見ていました的な感じを醸し出す。
「遅くなってごめんなさい。今帰りました」
「ああ、遅いといってもこの程度なら問題ない」
日ごろのヴァインたちに見せる営業マン顔負けの腰の低いパコスは存在しない。
今ここにいるのは、厳格な雰囲気を纏う一家の主として振舞う。
特に相手が妻ならばなお更だ。
長い金髪の妻は、買い物で遅くなったのだろう、様々な食材の入ったビニール袋を頑張ってテーブルに載せている。
「ほれ、小さいんだから無理するな」
見かねて手伝う。筋肉隆々のパコスからすればこの程度の買い物袋は風船のようなものだ。
袋をテーブルに置き、さりげなく中身を確認する。
玉ねぎと胡瓜、トマトにピーマン、そして肉。
何を作る気なのか皆目検討もつかない。
「ありがとう、あなた」
「この程度で礼なんか言うな。それよりも、今日は何をしていたんだ?」
妙に照れてしまい、日頃は聞かないようなことをつい聞いてしまった。
「今日は友人の元教え子さんと色々とお話したのよ」
「ほう、その元教え子は強いのか?」
「結構強いみたいですよ。私みたいに魔法が使えない一般人にはわかりませんわ」
「そんなに強いならうちの警備部にほしいものだな」
そうすればインディー警備部長やヴァインの標的にされる機会も減るのだろうが、妻の前でそんなことを言うわけにもいかないので胸の奥だけに留めておく。
「そういえば、あなたは今日お仕事のほうはどうでした?」
「ああ、今日も平和なものだったよ」
というのも、先日の一件でインディーが気を遣い、楽な通信部署のヘルプに回してくれたおかげで、一日椅子に座っているだけの簡単なお仕事だった。
「そんなことよりサラ、今日の晩飯はなんだ?」
「カレーですよ。あなたカレー大好きでしょ?」
好きには好きだが何故だろう、威厳とは程遠い感じだ。
それでも、必死に威厳を醸し出そうと無言で頷いておく。
妻もそれを見て嬉しそうに調理に取り掛かった。