始まりのアルス
熱い・・・暑いのでは無く熱い。
地平線まで続く砂の海、燦々(さんさん)と日光が降り注ぎ、じりじりと上がってくる熱気、額を流れる玉の様な汗が、ここを砂漠だと言うことを嫌でも感じられました。
私は、いまだ人類の到達していない未開の荒野、サハラ砂漠に足を踏み入れました。
私の隣には、二人の剣士様が居ます。左には黒の剣士、右には白の剣士。
彼らは私が小さいころ、多忙な王である父上の代わりに私にいろいろなことを教えてもらいました。
では、なぜこんなところにわざわざ歩いてきたのかと言いますと・・・あぁ、思い出すだけで腹が立ってきました。
父上は、私をローマ帝国の王族と政略結婚させようとしたのです。
だから誰があんな愛想なしと結婚するか! って感じで家出してきちゃった。テヘっ☆
「なぁ、アルス。後悔してないかい? まぁ、僕たちもそろそろあの国を出るつもりだったからちょうど良かったけどね」
うわっ! びっくりした〜。突然名前を呼ばれるんだもん。
「後悔はしていないよ。道中、国の追っ手が何度か来たけど、貴方たちがなんとかしてくれたしね」
うん、後悔なんてしていない。どうせあのまま国に居ても王位継承権は私ではなく弟だし、私はそれ以上に興味深いものを見つけたのです。
本棚で見つけた本に、遺跡に眠る宝書『クランの書』、それは神の意思が宿っている。と書いてあったのです。
そんなフレーズを知ってから、もうワクワクするし、ウキウキが止まりません。
サハラ砂漠よドンと来い! 私は君を越えて見せるぞ〜。
・・・・・・それにしても、熱い・・・そして長いです・・・遺跡さん、まだですか?
ブンブン、いや、そんな弱音吐きません。
けど、そろそろ今日だけで半日ぐらい歩いてんじゃないの? 今までもう半月ぐらい歩いてきたんだし、そろそろ着いてくれても罰は当たりませんよ。
そろそろ、疲労も限界に近づき始めた私の横で、二人の剣士様は同時言いました。
「なぁアルス、君が言ってたのはあれじゃないか?」
二人はそういいながら、前を指差します。だけどいくら目を凝らしても見えません。
「え、え? どこどこ?」
「ほら、そろそろ見える筈だ」
もう一度目を凝らしてみます。
すると、ありました! 一際大きな砂丘の一番下に、今にも砂に飲み込まれそうな門があります。
あれが遺跡の門だわ。フッフッフと邪悪な笑みが自然と湧き上がりました。
「よっと、こっちだ。・・・足元気をつけろよ」
「わっ、分かってるわよ。こんな・・・きゃぁぁぁ!」
ずざざざざー。ボスッ。
「・・・・・・・・・・・・よし、行こうか」
「・・・そうだな」
上下逆さまの世界で剣士様二人が、呆れたように肩をすくませ門に手をかける。
「ぶわぁ、はぁはぁ。ちょっとちょっと、ここで『大丈夫かい』って言うのが普通でしょ」
私は、置いていかれることと呆れられたのに寂しさを感じて、私の理想の剣士様を押し付けてみるのですが・・・
「・・・・・・・・・・・・よし、行こうか」
「・・・そうだな」
あぁ、もう! 二人は門の中へ入っていきます。
「私を置いてかないで〜」
ガバッと起き上がった私は、頭にかかった砂を払い落とし、慌てて二人のほうへ走ります。
*
そして遺跡の門を潜り抜けると、
「うっわ・・・寒ッ・・・」
炎天の乾ききった外とは打って変わって、遺跡の中は身体に纏わりつく様な湿度の高い冷気が充満しています。
しかし、私の野望は寒さになんか負けません。
そして私はすぐに二人に追いつきます。
そして、黒の剣士様は松明を持って、真っ暗な道を先導してくれました。
カツンカツンと、私の陽気なブーツの音だけが通路の遠くで反射して響きます。
そして、ポチャンという天井から漏れる水音に毎回びびりながら歩くこと数分。
先の見えなかった通路に一つの扉が浮き上がって来ます。
ここに、『クランの書』があるのかなぁ。これで手に入ったも同然よねぇ。
弾む心を抑えられずに、私は二人を追い越して扉を開きます。
「お邪魔しまーす!」
そうすると中から眩い光があふれ出してきて、私は目を隠しました。
すると・・・ドンッ! と言う鈍い音が内臓を揺さぶります。
同時に、私は白い剣士様に、押し倒されて抱きしめられました。
え・・・・・・? えぇ〜!? 何で私抱きしめられてんの、もしかしてこんな所で・・・・・・
顔が真っ赤になるのが分かります。ビックリしすぎて涙まで出ちゃいそうです。
私は急な展開にドキドキしながら白の剣士様を見上げると、
「ぐっ・・・大丈夫、かい?」
途切れ途切れに剣士様は言います。なんだか苦しそうです。
よく見ると、私を押し倒した腕に尖った木の杭が刺さっています。ということは、さっきの音は罠の音だったの?
極限まで上気していた頬が一瞬にして覚めます。
「あ、あなたこそ大丈夫なの!」
けど、白の剣士様は私をゆっくりと床座らしてから、
「アルス・・・君は隠れてろ」
え? どうゆう事よ。私の思考が全く追いつきません。
理解できないでいると、奥から黒の剣士様の声が聞こえます。
「いけるよな、レヲンバード」
「ああ、今行く!」
そうして白の剣士様も私を置いて、部屋に飛び込んでいきます。
分厚い扉が閉じられて、なんだか静かになります。
何か、あったのかな・・・?
・・・あぁ!!『クランの書』がこの部屋にあるんじゃない。ちょっとちょっと、私を置いて横取りするつもりなの!?
私は剣士様達を追って部屋へ入ります。
だ、だけど決して一人が怖いとか、そんな甘い理由じゃないんですよ!!
*
部屋に飛び込むと、そこは砂漠の下にあるとは思えないほど大きな部屋でした。
私の住んでいた小城の大広間ぐらいの大きいところです。
その一角に黒と白の剣士様が居ました。だけど、そこにいたのは二人だけではありませんでした。
全身に火の粉を纏わせた朱色の大きなドラゴンが居たのです。
・・・・・・Oh my god アレって悪魔の化身じゃん・・・。あまりの衝撃の強さに心臓が止まるかと思いました。
けど、そのドラゴンは剣士様達に気を取られ、私には気づいていないようです。チャンス!
私は、持ち前の図太さで足の震えを押さえると、もう一度部屋を見渡します。
よく見ると、ドラゴンの後ろになにやら祭壇があります。
こ、これは! 『クランの書』があるのではないでしょうか。
よし。イキます。すぐイキます。速攻でイキます! ドラゴンなんてへっちゃらさ!
私は気づかれないように、本気で呼吸の音もブーツの音も殺して壁沿いをゆっくり歩きます。
その間も剣士様はドラゴンと戦っています。
時折ドラゴンの吐く炎が、床や天井に生えている苔を焼き尽くし、冷気を熱風に変え、水溜りを蒸発させました。
剣の打ち合う音とドラゴンの咆哮が、古い遺跡をビリビリと揺らします。
きゃぁーっ! きゃぁーっ! と私の心の中では絶叫が大合唱、けど、絶対に叫ばないもん!
よし後半分。
慎重に、慎重に・・・自分に言い聞かせながら盗み足で、ラストスパートを全力歩行します。
だけど・・・ポチャン
「うひゃぁ!」
天井から落ちてきた水滴に思わず声を上げてしまいます。ヤバいよ〜。
おそるおそるドラゴンと剣士様のいる方を向くと、黒の剣士様に驚いた顔で『なんで来ているんだ!』って目で怒られました。
ごめんなさ〜い
あぁ、ドラゴンも私を見つけたみたいです・・・トホホ・・・・・・
ドラゴンの口から炎がチロチロと漏れています。今にも咆哮しようと唸っています。
これは、叫ぶしかないよ・・・
グォォォオオオッッ!!
「キャアアアアッッ!!」
同時に出た自分の絶叫と、ドラゴンの咆哮が私の頭を大きく揺らします。
そしてドラゴンが全てを焼き尽くそうと炎を吹き出しました。
未だグラグラと揺れる視界いっぱいに、真っ赤な火の海が迫ってきます。
私は声を上げる間も無く、涙目をギュッと瞑って身を縮こまらせます。熱が肌で感じられる程に火が近づいてきます。
しかし・・・いや、やっぱり、白の剣士様がサッと私を抱き上げその場を離れます。間一髪でこの場を切り抜けました。
剣士様マジ紳士! もう大好きです。
しかも、剣士様が降ろしてくれたのは、祭壇の目の前だったのです。
「アルス。君はこの裏に隠れてろ、ドラゴンは俺たちでなんとかする」
「え・・・あ、うん。あの、かっこよかったよ」
「・・・ん? なんかいったか?」
「なんでもない!」
そうか。と一言残して、そのまま白の剣士様は戦いに戻りました。もう、人がせっかく褒めたのに・・・ブツブツ
でも、ほんとに危なかったよ〜・・・・・・
しか〜し、そんなことよりも大事な事があるのだ〜!!
これを見よ! 私の思っていた通り、祭壇には『クランの書』があったのです!
さっきとは意味の違う叫び声を上げそうになります、っていうかあげます。
「やったー!」
「お、オイ! 大きな声だすな、ドラゴンがそっちに行っちまうぞ」
剣士様が怒っていますが、はっきり言います。
『クランの書』を前にした私に、ドラゴンなんてアウトオブ眼中です!
私は、サッサと『クランの書』を取り、祭壇の裏へ隠れます。
国の法律を書いた本より分厚くて重たい羊皮紙の束、おそらく何百年も昔の物なのに一片たりとも朽ちず神々しいそれは、私に本物だと告げています。
うわーうわー、本当に本物だ〜☆
そうして興奮していると、ドォォオオオン!! と、激しい音が耳に刺さります。
ドラゴンが天井を壊した音です。
「きゃぁーッ」
いつまで戦ってるのよ。
「くそッ、しぶと過ぎるぞこいつ。いけるかウィリアス!」
「・・・・・・あぁ、大丈夫だ。ったく・・・鬱陶しい」
ほんと、うっとうしいです。静かに見さしてください
激しい戦闘から離れるように、出来るだけ祭壇の奥へ行きます。
立て続けに耳を叩く轟音に耐えながら、期待に高鳴る胸を落ち着けながら、感動にジワッと濡れる感覚を楽しみながら、私は。
『クランの書』を開きました。
*
「・・・・・・なんなのよ。これは・・・」
『クランの書』の中身、私は漠然とすごい物だと思っていました。
しかし、実際に『クランの書』に書いてあったのは、そもそも現代の言葉ではありませんでした。
使われている文字は母国と同じなのに、どれ一つとして、単語になっていなかったのです。
唯一、目に留まったのは、頻繁に括弧で別けられた”フォルン”という単語。
「なんだろう? ”フォルン”って・・・・・・」
少しの失望と、湧き上がる疑問に首をひねります。
すると、再び地鳴りが響きます。ドラゴンがまた何かしたのでしょうか。
だけど、地鳴りは一向に止まりません。何かが起こっているようです。
そして激しく私は身体を上下に揺らされ、視界がぶれる程のめまいに襲われます。
「きゃっ、きゃ〜〜!!」
息を詰まらせながら、私は叫びます。これが叫ばずにはいられません。
そうして、なすがままにされながら耐えていると、突然腕の中の『クランの書』が光を放ちました。私は目を腕で覆い隠します。
今までにない圧倒的な光量が、暗い遺跡の隅々までを埋め尽くします。
そして直後、地鳴りと光は嘘のように消えていきます。
しかし・・・・・・目を開いてみるとそこは、冷気の立ち込める遺跡でも、ドラゴンの熱風が舞う戦場でもありませんでした。
私は冷たい砂の上、正確に言うと、何週間も歩いてきた砂漠だったのです。そして、剣士様の姿も、その場にはありませんでした。
私は、理解の出来無い事の連続に、ボーっとしたまま頭上を見上げます。
そして、そこにあった物体をみて、私はなぜか理屈抜きに全てを理解できました。
「あれが・・・・・・”フォルン”、神の遺産・・・?」
そこには、満天の星とともに、一つの大きなお城が浮かんでいたのです。
神々しく、そして禍々しく浮かぶ、神の居城。
だだっ広く壮大な砂漠には、とてつもなく不釣合いで非現実な物体。
私は、ものすごく威圧感を感じるフォルンと、ジワジワと頭に染み込んでくる孤独感に恐怖を覚えます。
「剣士様!!」
私は出来る限りの大声で叫びます。
しかし、さっきまで目の届くところに居た二人も、二人が戦っていたドラゴンも、全く返事をしてくれませんでした。
剣士様!!
「返事をしてってば〜!」
風の音だけが、虚しく鼓膜を揺らします。
声を出せば出すほどに、探し歩けば歩くほどに、孤独感がつのってきました。
私のポディシブ思考も、何だかぜんぜん沸いてきません。
激しく不安に駆られ、冷たい砂漠をあても無く走りました。
しかし、見えるのはどこまでも続く砂丘です。
なんで、こんな事になってるのよ・・・
寂しさで流れそうになる涙を必死にこらえて・・・・・・崩れ落ちそうな膝をなんとか踏ん張って・・・・・・
*
こうして、ひとまずは”フォルンの復活”という目的は果たしたが・・・あの後、遺跡にはアルスの姿が無かった。
しかし白の剣士は、人徳のレヲンバードと呼ばれるだけあってか、何よりもアルスの消息を掴もうと、この一ヶ月もの間探し続けていた。
・・・俺は、”フォルン”の復活と、同時に起きた遺跡の崩壊から脱出した後、『クランの書』を掘り出し、その研究に明け暮れた。
そして、前半部の解読が終ったので、ここに記す。
・”フォルン”が出来たのはおよそ千年前、現在のローマ帝国にあるコロッセオの上空。なぜ、サハラ砂漠の中央に『クランの書』があるかは不明
・この本(クランの書)は、フォルンのある異界への扉(しかし現在はすでに閉じられているようだ)
・”フォルン”とは、神の遺産を現す言葉であり、実態についての詳細は現解読段階では不明
・ドラゴンは、守護者の役割を果たしていたらしい
・・・結局、これだけじゃ分からないことが、多すぎるな。
アルスの行方は未だ掴めないらしいが、おそらく記述に有るとおり異界だろう。
アルスが鍵になるのは間違いない。
そのアルスが異界にいるのも間違いない。
だが、異界への入り口は閉ざされた。
・・・さて、どうしたものか。
行き詰まりを感じた俺は椅子から腰を上げ、クランの書を持って家をでた。
いつもと変わらず眼前に広がるレンガ造りの町並み。
そののなかに、白の剣士レヲンバードがいた。
彼は方で大きく息をしている。なにやら急いで来たらしい。
「どうした、アルスが見つかったのか」
俺は、半年で何度も言ってきた言葉を繰り返す。
こう言うと、いつも彼は首を左右に振っていた。
しかし、レヲンバードの返事は今までとは別だった。
「あぁ、そのまさかさ。ウィリアス・・・あんたの言ってた異界の入り口ってやつを見つけたぜ。さっさと準備しろ、置いてくぞ」
自信満々に彼は笑顔でそういった。
なんて根性だ、たった一ヶ月で見つけちまうなんて・・・人助けになると、本当に人が変わるな。
いや、アルスだから尚更か。
だから、俺もこいつの頑張りに応えよう。
「・・・・・・そうだな。あの娘をあまり一人にするのは可哀想だからな」
俺は、すぐに漆黒のマントをかぶり、肩当の角度を調節し、靴に足を納め、剣を腰に据える。
そして、
「・・・・・・・・・・・・よし、行こうか!」
「・・・ああ、そうだな」
二人は、砂を巻き上げ勢いよく走り出す。
消えたアルスを助け出すために――