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世界の終わりに

「世界の終わりに」:彼女の場合

作者: なぎのき

短編小説「世界の終わりに」の物語の、彼女からの視点で書いた作品です。

本編で不足していた部分を補完する意味で書き上げました。

そのため、本作品をお読みになる場合は、先に「世界の終わりに」を読了されていることを推奨致します。

 私は、世界を救うために、存在する。

 私の中の『私』。

 私には、もう一つの『私』がいる。

 そして、もう一つ。

 私には、幼なじみの男の子がいる。

 物心つく前から、ずっと、一緒にいた。

 お互い、施設で育てられた。

 家族も同然だった。

 きっと、これからも、ずっと一緒だと思っていた。

 でも。

 私の中の『私』は、彼とずっと一緒にいれば、きっと彼を救う事が出来ないと言う。

 世界を救う。

 でも、彼を救えない。

 私は。

 どうしたら良いんだろう?

 答えは、まだ、見つからない。


        ***


「おはよ」

 停留所でバスを待っていると、彼が、声を掛けてきた。

 彼は、お寝坊さんなので、私が乗るバスの時刻に、間に合わない事がほとんど。

 だから、今日は、きっと良い事がある。

「あ、おはよう」

 心なしか、声が弾むのを実感する。

 何か、嬉しい。

 つい、笑顔になってしまう。

 彼は、何かむず痒そうな顔をしている。

「どうしたの?」

 つい、尋ねてしまう。

 気をつけないといけない。

 彼を救うには、彼との距離を、一定の距離を、保たなければいけない。

 でも。

──まだ、学校に着いていないから、今なら、良いよね?

 心の中の『私』に聞く。

 答えは返って来なかったが、私は、それを承諾と理解した。

「い、いや何でもないよ」

 彼が、妙にうろたえて、そう答えた。

 彼の胸の内は、『私』を通じて、彼の中の『彼』から、聞いている。

 でも、彼にそれを伝えてはいけない。

 距離が保てなくなるから。

「ふぅん」

 私は、知らん顔して、そう答えた。

 きっと、彼は、私の気持ちには、気付いていない。

 私も、私の気持ちを伝える事はしない。

 私と『私』で決めた事。

 彼との距離を出来るだけ、開ける。

 関係を希薄にする。

 そうすれば、世界の救済は、私たちだけで行う事が出来るかも知れない。

 必要なのは、世界が産み落とした、研究施設の人たちが呼ぶ『救済因子』と、その宿主である私。

 でも『救済因子』は、この世界に存在するために、人間の姿を選択した。それが、私。

 だから、私と『私』は、本来なら、世界から独立しなければならないのに、不完全な存在になった。

 人間は、いつだって、不完全。

 こうして、お互いの気持ちを、伝える事すら、難しい。

 研究施設の人たちが言うには、私は、世界の救済の『扉』としてしか機能しないらしい。だから、彼を、私の『扉』を開ける『鍵』として、創ったのだとも言っていた。

 それなら、私が、私と『私』が完全な存在になれば、『鍵』は不要になるかも知れない。

 私の中の『私』は、可能かも知れない、と言った。

 可能性が、わずかでもあるのなら。

 私は、彼のために。

 心を閉ざして。

「そう言えばさ」

 ふいに、彼が、話しかけてきた。

「なに?」

 私は、つい、反射的に、答えてしまう。

「期末テスト、もうすぐだよね」

 彼は、鈍感で、しかも、墓穴を掘る。

 不器用だし、背も、私より、ちょっと低い。

 成績があまり良くない事を、かなり気にしている。

 私には、そんな表に出ている面は、関係ない。

 もっと、内面。

 彼が、私を想ってくれている。

──それだけで、充分なんだよ?

 顔を見るたび、会話するたびに、口に出そうになる言葉。

 でも、言えない。

 言えば、彼も、この世界にいられなくなるから。

 私は、彼の『お姉さん役』を演じなければならない。

 彼の中の『彼』は、世界を救うためだけに、彼の中に創られた。

 こんな事、人の手でしてはいけない事なのに、施設の人たちは、彼を、まるでモルモットのように扱う。

 『彼』は、基本的に、人間に対しては無関心。

 『彼』は、『私』のコピー。

 でも、完全じゃなかった。

 『彼』は、完全ではないが故、『力』を与えられた。

 不完全な私と『私』、そして彼自身を、世界から守るため。

 その『力』は、とても危険で、人を平気で傷つける。

 人外のもの。

 人間は、自分たちと違うモノを、排除しようとする。

 だから、私は、彼と約束した。

 人前で、決して、『力』を使わない事。

 そうすれば、私と彼は、その日まで、一緒にいられる。

 一定の距離を保ったまま。

 いつも一緒にいられる。

 『私』は、制御不能な『力』を野放しにしておくのは危険だから、管理下に置く必要がある、と言った。

 私が気付いていないと思っている?

 『私』も彼の事を想っている事を、知らないと思っている?

 私たちは、同じ器にいる同居人。

 隠し事は出来ない。

 でも、私は、気付かない振りをする。

 そうしないと、心の均衡が保てないから。

 

        ***

 

 私は、表向き、定期的に病院で検査を受ける事になっている。

 彼にも、まわりの皆にも、病弱な人間として、認識されている。

 体育も、ほぼ見学。

 ただし、検査は、平日には行かない。

 必ず日曜にする。

 少しでも、彼と一緒にいたいから。

 それだけの理由。

 周りには、勉強が遅れてしまうとか、適用な理由をつけている。

 本当の事は、絶対に、教えない。

 それが、せめてもの、反抗。

 ささやかな、反抗。


 検査は、実際は、世界を救済するその日に向けた、機能の調整。

 様々な数値の測定。

 私は、人間であって、人間じゃない。

 世界が創り出した、世界のひずみ、ゆがみ、ねじれ。

 だから、その日になれば、消えてしまう。

 だから、友達は、作らないと決めた。

 消えてしまえば、誰も、私の事を、きっと忘れてしまう。

 世界が、書き換わるから。

 それは、死んでしまうより悲しい。

 私が存在しなくなる世界。

 怖かった。

 それに気が付いたのは、中学になってから。

 施設の人たちは、自分たちの都合の良いように、施設の母体である組織が運営する、私立の中学に、私と彼を入学させた。

 彼らの言うシナリオ。

 世界を救済するために、決められた事。

 その時から、私と『私』は、少なくとも学校では、彼を特別扱いしない事に決めた。

 少しでも、彼を遠ざける必要があったから。

 私が完全になるために。

「まだ、安定していないのかね」

 施設の人たちが言うには『救済機能』が安定しないと言う。

 理由は、絶対に教えない。

 決めた事だから。

「この数値では、救済発動に影響が出ます」

 透明度の高い液体に浸されたカプセルの中で、聞こえる事は、私にとっては、不快だ。

 話している内容も、嫌い。

「『彼女』側に問題が、あるのかも知れん」

「調整、ですか」

「必要であれば、だが。しかし、これ以上の調整は、彼女に大きな負担を与える。耐えられるかどうか」

 私は、『私』に、少しだけ、能力の開放をお願いした。

 これ以上『調整』されてしまうと、私は、『私』を制御出来なくなる。

 彼らは、私たちが、自分たちの能力をコントロール出来る事を知らない。

 研究者である彼らは、自分たちが測定した数値が全てだから。

「……測定値に変化」

「直ぐにモニタに出せ」

 壁面一杯に、複雑な曲線で描かれたグラフが表示された。

 私は、カプセルの中で、それを見ながら、『私』の能力を調整した。

「安定、した……?」

「彼女の意識はあるか?」

「いえ、眠っています。少なくとも、脳波には変化はありません」

「そうか……。やはり、我々の技術だけで制御するのは、難しいのか」

「抑止力……ですか」

「上の連中は、我々を無能扱いするが、出来うる限りの事はしている」

「そうですね」

「不安定とされるこの値も、我々の立場からすれば、誤差に過ぎない。解析出来ているのは、全体の数パーセントだ」

「はい」

「今日は、もう良い。データの解析を進めろ。その結果で、来週の調整に反映させる」

「分かりました」

 彼らは、間違いを犯している。

 私が世界から創り出されて、彼を創って、自分たちに都合の良い環境を用意して。

 記憶、記録を刷り込んで。

 私たちが、一緒にいるように、仕向けたつもりになっている。

 私は、人間じゃないけど、心は人間だと思っている。

 だから、感情はある。

 彼への想い。

 彼らは、それすらも、制御可能だと思い込んでいる。

──間違っているけど、教えない。

 世界の救済は、私の存在理由。

 だから、救済は、行う。

 だけど、彼らの思っている通りにはならない。

 可能性がある限り、抵抗する。

 彼を。

 彼だけは、世界に、いて欲しいから。


        ***


 その日、予め決められた、その日。

 私が世界に創り出された日。

──彼は誕生日だ、なんて言うけど。

 本当は、違う。

 その日は、私が十四歳になる、その瞬間は。

 祝福なんてされない日。

 私が消える日。

 世界が救済される日。

 準備は、整っていたはずだった。

 その時に出来るだけ彼を遠ざけるため、早退までして、その時になるまで、彼と会わずに、部屋に篭っていた。

 そして、こっそりと部屋を出た。

 気付かれるはずはなかった。

 私の中の『私』は、彼の中の『彼』に、干渉してしまう。

 抑え込んだつもりだった。

 でも、私は、間違えた。

 彼が、『彼』ではなく、人間である彼が、気付いてしまった。

 彼は、ずっと、気にしていた。

 この日が、どういう意味を持つ日なのかを知らずに。

 いえ、知っていたけど、心に蓋をしていただけ。

 だから、気が付いてしまった。


        ***


 学校の屋上は、私たち以外、誰もいなかった。

 雲一つない、満月の夜空。

 誰もいない屋上で、私は彼と向き合っていた。


「君は、戻れ」

 『私』の力は、その時が近づくにつれ、強くなっている。

 もう、私には、抑えられない。

「ここにいれば、死んでしまうより悲しい事になる。だから……戻れ」

 消えてしまう。

 世界から、消えてうんだよ?

 こんな悲しい事が、ある?

 でも、彼は、いえ──『彼』は、言った

「今なんだね?」

──ああ。

 『彼』が起きてしまった。

 『鍵』が覚醒してしまった。

「そうだ『今』だ。これから起こる事には、本当は君が必要だ。……だが私ともう一人の『私』は、君を巻き込みたくない。だから、ここから、離れろ」

 『私』は、無駄だと分かっていても、説得を試みている。

 私と『私』の想いは同じ。

 『鍵』がいなくても、救済は出来る。

 『彼』さえ、ここに現れなければ。

「世界の救済は、私たちだけで充分だ」

 それは、私と『私』が決めた事。

 彼は、消させない。

 そんな事は、させない。

 でも。

「それじゃあ、救済は、発動しないよ」

 『鍵』である、『彼』が言う。

「君たちだけじゃ、扉は開かない。君たちが世界から消滅するだけだ」

「分かっている」

「いや、分かっていない。数多ある可能性の数だけ存在する、一瞬先の世界を救えるのは、僕と君がいなければ、ダメなんだ」

 そんな事は、分かっている。

 だめだ、感情をコントロール出来ない。

 この想いを、抑えきれない。

「……じゃあ、どうしたら良いの?」

 私は、力なく、呟いた。

 このままじゃ、彼も、私と一緒に、消えてしまう。

「やっと、出てきてくれたね」

「うん」

「もう、君と話せないと思ったよ」

「ごめんね」

「君は悪くないよ。悪いとすれば、僕を創って、君にそんな決断をさせるよう仕向けた彼らが悪いんだ」

「でも、私とあなたは、世界を救済するためだけに、この世界に存在を許されたんだよ?」

「でも、彼らが世界の救済を試さなかったら、僕と君は、出会っていない。多分、存在すらしていない」

「でも、世界が書き換われば、私とあなたは、消滅する。そして、誰も、私たちを覚えていない」

「うん」

「だから、ここ──学校は、嫌いだった。クラスメイトとの関係も、いくら仲良くなっても、消えてしまうから」

「うん」

「それに気付いてからは、出来るだけ、関係を築かないように、振る舞って来たの」

 もう、止まらない。

 彼への想い。

 全てが、もう、止まらない。

「私が、いくら逆らっても、決められた事は、覆せない。それでも、出来るだけ、頑張った。学校では、あなたとの関係を、少しでも薄めようとした。そうすれば、あなたがいなくても、世界の救済が可能だと思った。『彼女』も、可能性の一つとして、それは可能だと思ってた」

 でも、ダメだった。

 『彼』が来てしまったから。

 それは、前提条件。

 この時間、十四歳になるこのその瞬間。

 その時に、私と彼がいて、それで初めて救済が可能になる。

 彼らが作り上げた、シナリオ。

 誰も逆らえない、世界が決めた事。

 でも。

 絶対に、そんな事はさせない。

 彼だけは。

「約束して欲しいの」

 私の言葉は、『私』の言葉。

 世界の救済の『扉』たる、私の言葉。

「絶対、あなただけは、生きて。そして、私たちがいた事を、その証として、忘れないで」

 そして。

「私は、いえ、私たちは、あなたが好き」

 言葉にしないと伝わらない、言葉。

 不完全な人間は、想いを言葉にしないと、伝える事が出来ない。

 

 そして。

 手を重ねる。

 暖かい、手。

 愛おしい、彼の、手。

──ありがとう、そして、さようなら。


 世界の救済が、始まった。


        ***


 光が私たちの周囲を包む。

 もう、何も見えない。

 残っている手の感触が、消えて行く。

 でも、約束した。

 彼だけは。

 世界に、いる。

 ずっと、いてくれる。

 『扉』たる私の言葉を、『鍵』である彼が、受け入れた。

──これで、世界は、彼は、救われる。

 もう、心残りは、ない。

 彼が、いてくれる。

 それだけで、もう。

 私は、充分。


 その時、私は、私の中の『私』に違和感を感じた。

 私から、何かが分離される。

 引き離される。

 これは──

  

『救済因子。この存在は、この世界から独立し、個別に存在している』

『僕と彼女の中にしか存在しない、世界を救う為の仕掛け』

『元々は、この世界に──いや、誰も認識出来ない存在だった』

 私の中の『私』、彼の中の『彼』が、ぞれぞれ、光の中、姿を現した。

 お互いが。

 それぞれが。

 手を握り合い、宙に浮かぶ。

『彼らは、救済因子を、人間の形に押し込めて、それで世界を救済しようとした』

『そう。でも、僕と彼女、つまり救済因子は、この世界では異質な、独立した存在』

『そして、私と君、つまり救済因子は、人間の感情や、この世界の都合で、宿主である人間と、融合出来ていない』

『それが、何を意味するか、分かるか?』

 私たちに、そう問うてくる。

 そうか。

 そうなんだ。

 でも、それじゃ、消えてしまうのは──

 

『半分だ』

 彼の中の救済因子だった『彼』が言う。

『約束は、半分になる』

 私の中の救済因子だった『私』が言う。

 私は、彼に約束──生きて、と言った。

 そして、彼は、それを受諾した。

 その瞬間から、救済因子たる、『私』と『彼』は、宿主である私たちから分離され、切り離された。

『僕と彼女は、君たちの中にいて、お互い、そして君たちを好きだった。世界を救う、ただの仕掛けが、感情を持ってしまったのさ』

 『私』と『彼』に浮かぶ表情は、哀しみ。そして、わずかな、希望。

『さっき約束した事、つまり、君は、僕に生きろと言ったが、それは、半分は守られる』

「『君』が、『君たち』が消えるから?」

『そう。『僕』は君の半身。『彼女』も同じさ』

 『私』がうつむき、顔を上げた。

『私は、君も『君』も好きだった。そして、君も『彼』も、私を好きだと言ってくれた』

「そんな、じゃあ、あなたは、それで良いの?」

 私は、言わずにはいられなかった。

「私も、私の中にいたあなたが好き。私の半身であるあなたを失うのは、私の存在がなくなるのと同じ」

『それでも、世界に、存在を許される可能性がある。試す価値は、あると思う』

「そんな……あなたを代償にしてまでして生きる意味なんて……」

『君たちの約束は、そんな軽いものだったのか?』

──約束。

──私たちは、何かを約束したら、絶対、それを守る。どちらかが約束をしたら、破らない。

『そういう事さ。消えるのは、『僕たち』だけで充分。君たちは、世界に、その存在を──どんな形になったとしても、許される可能性がある』

 私は、決断しなければならない。

 どうしたら良いのか。

 彼が、私を見る。

 私は、彼を見つめ返した。

 答えは、決まっている。

 彼も、きっと、同じ。

「約束は、半分じゃだめなんだ」

「そう。半分だけ守るなんて、私たちが交わした約束じゃない」

『……なら、どうすれば良い』

 『彼』と『私』は、戸惑いの表情を浮かべた。

「新しい、約束をする」

『新しい、約束』

「世界は救済されるけど、僕たちは、『君たち』の事を、絶対忘れない。僕と彼女は、それを背負って、生きていく。それが、新しい、約束だ」

「私たちは、私たちの半分を失う事になる。でも、それは、私たちがあなたたちを好きであることを、無くす事ではないと思う」

「そうでなければ」

──私が彼を好きで、私も『私』を好きで、ここにいる皆が、皆を好きであること。

「この気持ちを、失う事は、この気持ちが失われた世界なんて、僕らの世界じゃない。そうだろ?」

──世界は救済されるが、それは、私たちも救われなければならない。

──なぜなら、

「僕たちも、この世界にいるのだから」

『ああ……そうだな、そうだ』

『君の言う通りだ。この世界に、私たちは、確かに存在していた』

 『彼』と『私』の表情から、迷いが消えた。

──『私』は、私の半身。

──『彼』は、僕の半身。

 そして、気持ちは、皆同じ。


 だから。


 私たちは、約束を守る。

 生きて。

 そして、忘れない。


 光が溢れ、そして、何もかもが、消えた。


        ***


 私は、目を覚ました。

 なぜか、気持ちの良い朝だった。

 今日から、私は十四歳になった。

 そして、今日から、新しい学校に編入する事になっていた。

「おはよ」

「あら、今日は、早いのね」

 お母さんが、珍しいものでも見るような目で、私を見ている。

「だって、今日から、新しい学校でしょ? 人間、第一印象が大事なの。初日から、始業時間ギリギリなんて、最悪だよ」

「ふぅん、まぁ、そうね。それにしても、ごめんなさいね。こんな一学期の途中なんて半端な時期に転勤なんて……」

「良いの。私は、気にしない」

「そう、でも、ごめんね」

 お母さんは、まだ、片づけの済んでいないキッチンで、まだ梱包から解かれていない段ボールから食器を出し、朝食の準備をしている。

 お父さんは、もうとっくに出勤していた。

「勉強の進み方が心配だわね」

「うーん、確かに、進学校って言うからには、私も、それだけは、心配」

「早くお友達が出来れば良いわね」

「そうね」

「彼氏が見つかったら、教えてね」

「……な、何言ってんのよ。まだ早いってば」

「あら、今日からあなた、十四歳でしょ? 彼氏の一人くらいいてもおかしくないんだから」

 トースターから、焼けたパンが飛び出す。

 香ばしい香りがキッチンに広がる。

 彼氏か。

 何となく、引っかかる。

 なんだろう?

 パンを頬張りつつ、新しい環境に、想いを馳せる。

「ま、出来たら、紹介するから」

「期待してますよ」

「はいはい」

 私は、食べ終えた食器を片づけ、充分に余裕を持って、家を出た。

 

        ***


 その学校は、中高一貫教育を掲げおり、有名私大への進学率も県内トップで、全国的に有名な学校だった。

──良く転入出来たもんだわ。

 私は、両親に感謝した。

 少なくとも、大学までは、心配する事はない──ちゃんと勉強について行ければ。

 校門をくぐると、どこか、懐かしい、そんな既視感があった。

──学校なんて、どこも同じ。気のせいね。

 私は、何となく浮かれた気持ちで、職員室へ向かった。

 

        ***


 始業五分前。

 予鈴がなって、教室の中が、賑やかになったのが、廊下からも感じ取れた。

 皆、自席に戻っているのだろう。

 先生から、HRの初めに紹介するから、ちょっと廊下で待っているように、と言われていた。

──良い人たちだと良いな。

 まず、第一印象だ。

 笑顔。

 はっきりとした挨拶。

 ちゃんと、準備は出来てる?

 自問自答する。

 うん、大丈夫。

『大丈夫だ。君ならうまくやれる』

 え?

 誰かの声が、頭の中に響いた。

 振り返る。

 誰もいない。

 気のせい?

「ちょっと浮つき過ぎかな?」

 きっと、昨日の引っ越しの疲れが出ているんだ。

 そう思う事にした。


 本令が鳴って、HRが始まった。

「ほらー席につけー」

 先生の声が響く。

 出欠が取られ、名前を呼ばれた。

 来た。

 冷静に。

 第一印象よ。

 私は、ちょっと緊張気味に、教室へ足を踏み入れた。

 教壇に立つ。

 そして。

──あ

 目の前が、一瞬白くなり、ある一点に、意識が、勝手に集中する。

 そこには。

 誰も座っていない空き席を見つめている男の子の横顔。

『約束だ。思い出せ、その想いを』

 誰かが、私に、言う。

 頭の中で、何かがはじけた。

──ああ、そうか。

 約束。

 忘れない事。

 彼らの存在、そして──

 彼。

 彼への想い。


 ゆっくりと、自分が座っていた、その席に向かう。

 それは、私と彼しか知らない。

 席に座る。


 目が合った。

 

 それは。

 

 彼は。


『私たちは、何かを約束したら、絶対、それを守る。どちらかが約束をしたら、破らない』


 約束。

 そして、忘れない事。

 彼らがいた事。

 世界が救済されても、忘れない事。

 それは新しい約束。

 思い出した。


 私は、目が合った彼を、見つめ返した。


 そして。


 彼は驚いた顔をしていたけど、知るもんか。

 知ってるんだから、私は。

 どこか、くすぐったい、そんな感触。

 つい、笑ってしまう。

 

 彼は、そんな私を、ずっと、見ていた。

 私も、見ていた。


 世界は書き換わって、救われた。

 そして、私たちも、救われた。

 全ては、これから。

 真新しい世界が、始まるんだ。

 そうでしょ?


『ああ、そうだ』

『うん、それ良い』


 『彼ら』が言った。

 私の想い。

 彼の想い。

 重なる想い。


 ありがとう。

 そして。

「さようなら、『私たち』」

 私は、誰にともなく、そう呟いた。


 ~ 「世界の終わりに」:彼女の場合 Fin ~


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[一言] 初めまして古都ノ葉と申します。 世界の終りにを三部読ませていただきました。 ありがとうございました。 少年と少女の関係や心理描写はよくわかるし、それなりに面白いんです。 ただ世界の救済そ…
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