表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

魔法少女何十代

魔法少女30代

作者: 毎日三拝

 魔法世界ユースティアは嘗て無い危機に直面し、最も力を有していた王国は滅亡してしまった。その原因は魔王と言われたいる究極的な利己主義の生物が起こしたものである。

 彼の者は滅びの美しさに見入られて最後には世界を構成するクリスタルコアを破壊しようとしていたのだ。

 滅びいく王国の人間はただで蹂躙されるはずが無く、王子が怨嗟の声にも似た願いを聞き届け、クリスタルコアを別世界に封印し、魔王に届かないようにした。魔王には唯一致命的な弱点があり、それはユースティアの世界を超えていく事が出来ない事。案の定、魔王は異世界転送に失敗し力もその時に衰えた。王子の考えた策は見事に嵌った。

 しかし、魔王は届かずとも魔王に使える悪魔達には超える事が可能であり、別世界の住人を気にするはずも無く放たれる。王子は慌ててそれらを追い、クリスタルコアが封印された世界に向かった。その場所は水と緑豊かな星・地球といった。

 王子は地球を守る為に大急ぎで来たのは良かったが、肝心の力をそれで使い果たしてしまい後手に回ることになる。クリスタルコアの位置を性格に把握する王子は逆に悪魔達に追い回され、命の危機に追いやられてしまう。

 手持ちに有る物は王国から離れる際に父親である王様に渡されたステッキが一つ。これを使えば大いなる力を手にするというが、王子には適正が無く何も反応を示さなかった。

 そこで、追い詰められた王子は現地人に助けを求める事を決断すると近場に立っていたある少女にそれを託した。

 少女の名前は岬。

 今年10歳になる小学四年生の女の子。

 少女は必死に助けを求める王子と名乗った犬と猫が混じったような生物にステッキを渡されると突然、それが光だし少女を包み込む。

「僕に続いて呪文を言うんだ!」

「なんて!?」


「「マジカル・ステッキ・マホウボンバー!!」」


 その日、少女は魔法少女になった。


 ■



「マジカル・ステッキ・マホウボンバー」

 


 鏡の前に立つ人物がステッキ片手に突き出し、変なポーズを取っていた。

 年齢的に二十台前半位の容姿をした成人女性がそれをしているとても痛ましい現実だ。ましてはもう直ぐに10歳になる娘がいるのを考えると余計痛ましい。ポーズを続けて鏡にバチバチとウィンクをかましながら、女性は考えていた。

 

(今更思ったけど、この呪文考えた奴、頭沸いてんじゃないのか?)


 もう二十年近くキャリアを持つ魔法少女?が発想する事じゃなかった。

「何をやっているんだい?」

 女性が振り返るとのそのそと扉の中に入ってくる犬やら猫だか分からない生物がいる。

「変身の練習」

「なんで本当に今更、もうすぐ、三十にもなるのにそんな事をやっている事が僕には理解できないよ」

 犬やら猫だか分からない生物、もういいや、犬猫は人間が肩をすくめるような動作をして呆れていた。人間じゃない生物の表情なんて普通の人は読み取れないが、長年一緒にいる女性はそれを何となく察する。

「いやさ、更なる力を発揮する為の効率良い変身ポーズを探求する為・・・」

「嘘だね」

 女性が言い切る前に犬猫が言葉を遮った。

「嘘じゃ・・・」

「いいよ。言い訳は」

 又も言葉を遮って、言葉を強く発する。

「限界なんでしょ?前回、歪みを止めるのに変身しようとした時に変身が上手く出来なかった。だから、変身の練習をしている。そうだね?」

 ぎこちなく笑うと女性は諦めたかのように呟く。

「・・・王子にはあまり隠し事出来ないね。気付いていないと思っていたのにさ」

「岬。何年の間、君の相棒をしていると思っているんだい?当然の事だよ」

 お互いがお互いを信用し、信頼し尽くしてきた一人と一匹だから嘘や隠し事は出来ない。もうすぐ二十年近く、魔王の侵略を防ぐために長年組んできた異世界から来た王子とステッキを託された魔法少女ならでは会話だった。

「そもそも、そうなって当たり前なんだよ。岬。何で君達の事を魔法少女と人括りに呼んでいると思う?」

「そういうものだから?」

 少し、岬は考えてから答えを返す。

 それに対して王子は首を横に振った。

「僕の世界、ユースティアの神様の力は、少女期に高まる成長エネルギーを糧にして発動するからさ」

「えっ、じゃあ私がペっタンコのちんちくりんなのはステッキの所為なの!?ユースティア助けなければ成長してバインボインになってたの!!?ちくしょう!!!」

「・・・それは関係ないよ。成長エネルギーと言ってもほんの使うのは、ほんの少しだけだから。元々、岬の成長限界がそこだっただけだよ」

「なんてこった!!」

 頭を抱えて膝をつく女性とそれを哀れむように見詰める犬猫。かなりシュールな図が其処にあった。

「話は戻すけど、そもそも成長しきった女性は成長エネルギーを使う事は出来ず、変身なんて本当は出来はしないんだ」

「私は出来てたよ。何年も」

「そうだね。僕はそこをずっと不思議に思っていたんだ。僕は今まで、魔王が此方に到達してしまったけど見事に岬が勝利した後。魔王の無理な異世界転送の為に発生し続けている時空の歪みを消す為に僕の世界の神様が何らかの手段で岬を変身し続けられるようにしてくれたと思っていた」

「いた?違うの?」

「いや、正解だった。・・・けど」

 犬猫王子は珍しく怒りをあらわにした表情を取った。岬はどんな時でもにこやかな王子がそういった表情を表した事に吃驚する。魔王が王国の者を人質に取った際も王子は岬に心配を掛けまいとそんな顔はしなかった。

「岬」

「なに?」

「もう、変身しなくていい」

「えっ?」

 そう言った王子の表情がさらに強張っていた。本気色が込められた言葉だ。対して岬は言われた直後は呆然とし、言葉の意味を図り損ねた。静まる空気吸う内に頭が段々とその意味を彼女なりに理解し始めた頃、理不尽だという怒りが岬の心情を支配し始める。

 自分が私を巻き込んだくせに、今更、本当に今更。私をもう必要じゃないとぬかす。それに私がやらなければいったい誰が歪みを解決するんだ。ふざけるな、と。

「岬」

 己の内に溜まった理不尽さを言葉で表そうと口を開きかけた瞬間、王子から優しげに言葉を掛けられた。岬は出鼻を挫かれるとうまく言葉を発する事が出来なくなり、黙る。

「岬。ステッキは他の人に渡そうと思う。」

 予想していた言葉を聞き、尚更、ふざけるな、と思う気持ちが膨れ上がる。王子は気にする事無く、言葉を続ける。

「実は後継者はもう探してあるんだ」

 岬にとって王子の裏切りは既に完了していたらしい。頭を金槌かなんかで打たれたような衝撃が岬を貫き、怒りが一瞬のうちに消え失せた。気が付くと何時の間に岬は無意識にステッキを王子に差出している。

 ゆっくりと名残惜しむようにステッキを器用に前足を使って受け取ると王子は入ってきた扉から出て行く。

 睨むように王子を見詰める岬を振り返り王子は別れの言葉を残していった。


「ィスバリュイ」


 王子の生まれ故郷であるユースティアの言葉で日本語に直すと"さようなら"。聞き辛い言葉だが何度も繰り返し響くその別れの言葉を噛み締めて、岬は最高のパートナーだと思っていた相手に裏切られた事に対して泣いた。


 この日、一人の魔法少女が辞め、新たに誕生した。


 ■


 月が神々しく世界をよく照らしているとある日の晩の事。月明かりが優しく光射す窓辺に静かに侵入する影が一つ。

 光が反射し、影の中にビー玉のようなモノが二つ並んで光る。それが映し出したのは座敷の部屋に布団が一組と他に何も無い光景。トッと優しく侵入を完了し、中に降り立つとトコトコと布団が敷いてある部屋の中心に移動する。

「王子」

 しゃがれた声が室内に響く。布団で寝ていた人物が静かに侵入者を言い当てた。

 雲が完全に消えて、陰ていた月明かりがさらに輝きを増し、犬のような猫のような生物を照らし出す。

「よく分かったね、岬」

 お互いがお互いの名前を呼び合う。

 実に何十年かぶりの事だった。

 それでも、あんな別れをした二人の関係は意外にも変わりなかった。

「前にね、言っていたでしょ?何となくそういう時期は分かるって」

「あぁ、そうだった。僕らには生命に限りなんて存在しないから、この世界の生物の寿命というやつは僕の世界からしたら分り易い程に分かるって、言った事があったね」

 過去を懐かしむように思い返す王子。

「だから、来る頃なんじゃないかと思ってたわ」

「そうか流石は僕のベストパートナーだ。隠し事は出来ないね」

 以前と逆の立場からの台詞に一人と一匹は笑う。

「ふふ。何を白々しい。あんな勝手に私を振ったくせに」

「これは手厳しい。でも、あの時はそうするしかなかったんだ」

「そうね。あのままだったら死んでいたんでしょ、私」

 岬は以前とは違い、年を老いたお陰であの王子が起こした行動の意味を正しく理解できるようになっていた。王子が強制的に奪うように岬からステッキを取り上げたのはステッキが変身する際に使っていたエネルギーは岬の命を削る危険なものだったからだ。岬をよく知る王子は、例え死ぬと分かっていても自分が遣り遂げると意気込む頑固な岬はああでもしなければステッキを他人に手放さなかっただろう。

 あれから数多くの魔法少女と一緒にいた王子が岬と自分はベストパートナーだと言い切るとおり、王子は岬から本当は離れたくは無かった。

 そもそもクリスタルコアを守るだけに来た王子には無責任だけど、時空の歪みなど直す必要は皆無のはずだ。責任を感じても故郷にいる兵士を派遣して現地人と協力して歪み解消に当たればいい。ユースティアにおいて重要な立ち位置にいる王子が事に当たる必要性は本当に無かった。

 にも関わらずに地球に残り、岬と20年近い歳月を過してきたのは彼女を愛していたからに他ならない。種族、世界、全てが彼女と同じならば彼女と結婚していただろう。実際に彼女が男と付き合う事になった時、王子は嫉妬し、男を呪い殺すような目付きで見ていた。子供が出来たと喜び、自分に報告する彼女を見て非常に複雑な心境にもなっていた。

 そんな王子が苦渋の決断を重ねて移した行動だった。


「ごめんなさい」


 王子は岬からの突然の謝罪に驚いた。

 頑固で一度言った言葉はを決して曲げない彼女が素直に謝る。此処に来るまでも想像していなかった。

「いいんだよ。いくら君の為だからと言っても僕が勝手にしたことだから」

「そっか、ありがとう」

 彼女は優しく王子に微笑みかける。

 その表情は醜く年老いた姿でも王子には昔と何も変わりは無い宝物のような笑顔だった。嬉しくて王子も笑顔に変わる。

「なんか眠くなってきたわ」

 王子はいよいよ来るその時が来たとビクリと体を震わせた。

 まだだ。まだ彼女に言っていない言葉がある。ギリギリまで会いに来なかった自分が悪いが幾らなんでも早すぎる。

「まだ眠るには早いよ、岬。そうだ、僕ね、人間になれるようになったんだ」

 その時を誤魔化すように言うと、王子の体から光が溢れる。

 静かに光が室内を満たすと其処には御伽噺や童話の世界の中にいるような人間の王子様の格好をした人が布団の横に正座していた。肩まで掛かる蜂蜜色のしなやかな髪に深い青色の瞳と青白く肌が月明かりに照らされていた。

「どう?岬。僕、結構かっこいいでしょ」

 岬は布団に寝たまま王子に手を伸ばすとまるで形を確認するように触れる。最後に王子の頬を撫でると。

「本当ね」

 微笑を絶やさずに答えた。

 その行動の意味に王子は泣きそうに顔を歪めるが、岬が今の自分の顔を見えていない事に対して良かったかもしれないと一寸ばかり思う。撫でる手を両手で包み、自分が泣きそうだと気付かれまいと涙を流すのを堪えた。昔に親を亡くした時に岬が王子に言ったのだ。別れの時は笑顔でなくてはいけないと。だから泣くものかと必死になっていた

「王子」

「なんだい?」

「昔みたいにオヤスミと言って。それがあれば、ぐっすり眠れると思うから」

 この時間を終わらせる為の言葉を言って欲しいと願う岬に王子は平然を装いながら精一杯、優しく声を掛ける。


 「岬。オヤスミ」

 「ええ。アルフォンス。オヤスミ」

 

 静寂が辺りを支配し、彼女の静かな呼吸だけが聞こえていたのだがゆっくりと消えていった。

 目を閉じ、王子の頬を最後まで撫でていた手は段々と力を弱めて包み込む王子の手の中に身を任せる。

 王子はそれまで堰止めていたものが溢れ出し、大粒の涙が流れていく。頬に手を当てて、少しずつ少しずつ冷たくなっていく体温を感じながら愛しい人の別れを実感する。美しく整った容姿を歪め、咽び泣き、嗚咽を漏らしながら唯唯泣き続けるばかり。

 それから長い時間が経った後。

「・・・今まで一度も名前なんて呼んだ事なんて無かった癖に」

 一生分の涙を流し尽くし、泣き止んだ王子は恨み言のような一言を漏らす。


 僕の名前はアルフォンス・ヘイゼラ・ユースティアだ。よろしくね。


 彼女に自己紹介した時の事を思い出す。ちゃんと名前を名乗ったのに王子しか呼ばれなった。呼んで欲しくて何度も言ったけど、それまで一度も王子を名前で呼ぶことは無く、長期間離れていた王子はてっきり覚えてすらないと思っていた。

 それが、ここにきて呼ばれた。

 最初で最後のことだけど王子は嬉しかった。ただ名前を言われただけなのに亡き父親に言われた時よりも王子を庇って死んだ母親に言われるよりも、これまで組んできたどの魔法少女に言われるよりも心に響き感動していた。 

「岬、あぁ岬!」

 届くはずの無い言葉を繰り返し、呼ぶ。何で起きてくれないのか?オヤスミは次にオハヨウを言う為の言葉だろう?僕が悪かっただから、だから。

 意味の無い行動に踏ん切りを付けて、最後に王子は岬に別れのキスを捧げた。

 その光景はまるで魔女の毒林檎の所為で深く眠る姫を起こす口付けに似ていた。しかし、彼女が目覚める事は二度と無い。


 ■


 魔法少女には消費期限がある。

 彼女達はその才能を遺憾なく発揮するには10代でなければならない。しかし、そんな常識を覆した少女がいた。


 魔法少女 岬


 彼女は己の生命力を使って魔法少女である事を30歳まで維持し、世界を魔王の作り出した歪みから守っていた。通常の魔法少女の実に三倍。正に捨て身の偉業である。

 そんな彼女を人は尊敬し、こう呼ぶ。


 魔法少女30代


 ユースティア共和国初代王アルフォンス・ヘイゼラ・ユースティア著『地球産魔法少女列伝』より

 

何時かの独り言


岬「私、王子の事好きだよ。人間だったら結婚している位に」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ