99話
先生は当初に言っていた通りに5日でレーザー砲を形にした。
「完成とはとても言えませんが……」
先生は不眠不休で作業をしていた為に目の下に隈が出来ており、疲れ果ててガラガラの声で言った。
しかし、先生やオーバーロードナイトの開発班の努力に関わらず、そのレーザー砲は確かに予定の出力は得られたが、撃てるのは一度きりで試射も出来ないというものであった。
その場に集まっていたオーバーロードナイトの各部隊の隊長はそれぞれ不満と不安、さらに苦笑を交えた顔を見合わせる。
「ぶっつけ本番か……」
船前が呟く。
そのレーザー砲は1メートルくらいの砲身とコードと回路が丸出しの機関部を持ち、更に最後尾には幾つかのタンクとバッテリーがタコ脚のように生えた無数のコードに取り付けられている。
いかにも急ごしらえで作ったという体であった。
これならぶっつけ本番で使うしか無いというのも頷ける。
「試射が出来ないなら仕方無い……。そのまま突入するしかないか。準備はどれくらいかかる?」
船前はすぐ横に控えていた中村に尋ねた。
「部隊編成は終わっています。すぐにでも」
中村が答える。
それを聞いた船前は頷く。
「問題はそちらの準備だな」
船前は武器屋旅団の別働隊隊長となった加村に視線を向ける。
「こちらも準備は終わってますよ」
中村に対して加村は気怠げな態度であった。
船前は僅かに顔色を曇らせる。加村の態度に軽い不快感を覚えたのだ。
「だが、その格好じゃマズイだろう」
低い声が響く。3番隊の隊長、高橋である。
「格好? 見た目ですか?」
加村は何の事だと不審なものを見るような視向けた。
「あぁ、我々オーバーロードナイトは基本的に全員が装甲服を着用している」
それはマンハンターから回収される装甲などを利用したものだ。
所属する隊の数字が書かれた肩当てに、動きやすくするために幾つかのピースに寸断された胴、腰を覆うスカートアーマー、人によってはすね当てや肘当てなども装備している。
「だが、お前達はそういう物は無いだろう?」
「制服、と言うんですかね? この場合は……」
つまりは旅団専用の服装ということだ。
旅団の面々は、ケンやオーバーロードナイトの様にマンハンターの装甲を装備している者もいたが、ほとんどの団員が探索で手に入れた服だったり、それらを改造した物や、収納性に優れたポケットが幾つもあるジャケットなどを着用していた。
「そんな格好じゃ行商人連合と区別が付かん。俺達はお前らの顔を一々覚えていられないからな。誤射の可能性がある」
高橋の言葉に成る程と加村は思う。
ファクトリー上層部制圧の時は敵の通信機を奪ったことや、たまたまオーバーロードナイトが呼びかけたことに反応出来たこともあり、誤射されることも無かったが、今回も同じ様になるとは限らない。
同士討ちの可能性は十分あった。
「で、俺達にどうしろと?」
加村はそう言って腕を組んだ。
「申し訳無いが君らにも俺達と同じ装甲服を着てもらう」
高橋のその言葉に加村は珍しく目を丸くして驚きの表情を見せる。
オーバーロードナイトも武器屋旅団と同じように物資に余裕は無いはずなのに、装甲服をこちらに提供するというのだ。
それだけ武器屋旅団をアテにしているのだろうかとも思ってみるが、それは良いように使ってやるという意味も含めているであろう事に気付いて感情の片隅に不快感を芽生えさせた。
「まぁ、貰えるというなら貰いますよ」
オーバーロードナイトの意図がどうであれ、貰えるに越したことは無いという理性が、加村に芽生えた僅かな不快感を抑え込み、そんな言葉を発させた。
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「そんな訳で装甲服を手に入れた」
要塞の1階フロアの片隅に医務室にいるユウコを除いた武器屋旅団が集まっていた。その団員達に加村が報告を行う。
その目の前にはグレーの装甲服が並べられている。
「作戦に参加する人数分だけとはいえ、よく用意してくれたもんだ」
装甲服の乾いた金属の手触りを確かめながらアキラが言う。
「俺はこんなの着たくないんだが……。動き辛いだろ」
団員の1人が言った。ありがた迷惑とでも言うような表情である。
「誤射を避ける為ですよ」
着ないのなら連れて行かないと切り捨てるように加村が答える。
「俺としてはありがたいな。ここ最近の戦闘で俺の使っていた物はボロボロだ」
それはケンの言葉である。
彼は初陣の時から亡き志村とミクが作った白い鎧、つまりは装甲服を愛用していたからだ。
「大分、姿が変わっているな」
その時のことを知っているユリが言う。
当初、ケンの着ていた装甲服は肩当てに胴、すね当てという構成であった。
しかし、度重なる戦闘と修理によって今では胴しか残っていない。背中を守る部位もファクトリー侵攻戦時に破壊されてしまった。
「そういえば背中の傷は?」
その時にケンが負傷したことを思い出したアキラが尋ねた。今更だなと内心で思う。
「とっくに治ってますよ。あの薬のおかげでね」
それは1番隊の隊長である大野が作ったという薬である。
万能薬と聞いて胡散臭いと思いながら使っていたが、意外にも効果は抜群だったのだ。
「それよりも白い塗料ってありませんかね?」
ケンが話題を変える。
「白?」
その場にいた者達が疑問符を浮かべた。
「いや、この装甲服を白く塗りたいんですが」
それはケンのこだわりであった。
ミクと志村が作ってくれた時から、彼は自分の着る装甲服は白く塗装されたもの以外は着ないと決めていたのだ。
それは志村とミクを忘れたくないという思いと、単純に白が気に入ったという理由からくるものである。
「残念ながら無いよ。……黒はあるけどねぇ?」
加村が皮肉っぽく笑いながら答えた。
「何で黒だよ」
当然、ケンは黒く塗装するつもりなど無い。
「黒い塗料を渡すから、装甲服に武器屋旅団であることが判るマークを描いてくれってさ」
それが黒い塗料がある理由である。加村は皮肉っぽい笑いを消す。
「マーク? 何処に何を描けって?」
団員の1人が言った。
「誰か、デザインが得意な奴はいるか?」
アキラが全員に尋ねる。
しかし反応は無く、団員達はお互いに顔を見合わせるだけであった。
「ま、そうだよなぁ……」
アキラがこれ見よがしに言った。
戦闘ばかりで、その他の方面に明るい者がいないことに呆れたのだ。
結局、武器屋旅団は肩当て部分の装甲に丸を描いて、その中に武器屋旅団の“武”という漢字を描くことに決まった。
「全く……! もう少しマシなマークは無かったの?」
後になって団長のユウコは憮然としてそう言うことになる。
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その後になって、ファクトリー中枢部侵入作戦が次の日にあると発表があった。
「突然すぎるだろ……」
武器屋旅団に与えられた個室の中、自身に与えられた装甲服を合わせながらユリが呟く。
その後ろにはケンがおり、自身の装甲服を修繕していた。
「そうか? 俺は遅すぎるくらいだと思うが……」
結局、白の塗料は見つからず、それまで使っていた装甲服の胸当ての部分のみを流用することにしたのだ。
「遅い?」
「あぁ。これだけ時間があれぼ相手は戦力を整えるには充分だ」
「それはオーバーロードナイトだってそうだろう? あの時に怪我をした人の中には復帰出来た人もいるみたいだし」
「それでも、あの時の半分近くの人数しかいない。しかもマンハンターとすら戦ったことの無い訓練生も含めてだ」
ケンは向き直って装甲服に身を包んだユリを見た。
豊かな黒髪とグレーの装甲服の組み合わせはあまり似合わないと思う。
「それに、相手の戦力が全く分からない」
ケンはユリの容姿に対する感想を内心に留めて、それまでの話題を続けた。
「この間の戦闘でかなりの数をやったって話じゃないか?」
ファクトリーでの戦闘で行商人連合はほぼ全滅している。
それを考えると、そこまでの戦力は残っていないとユリは思う。
「どうかな? 奴らがマンハンターを操る可能性もある。何せあそこはマンハンターの拠点らしいからな」
「だったら廃墟のマンハンターを使って要塞を攻めてくるんじゃないか?」
「可能性としてはある。だから今回の戦闘では5番隊と6番隊が要塞の守備に当たるって話だ」
「そうなると、今回はかなり戦力が少なくなる訳か……」
分かってはいたが、実際に理屈を聞かされると改めて不安に思う。
しかもユリ自身が予想していたよりも戦力は少ないのだ。
「……なんだよ?」
ユリはケンの視線が先程から自分に向かっていることに気付いた。
「その装甲服、似合わないな」
全く遠慮の無い感想をケンは口にする。
「見慣れないたけじゃないか?」
正直、戦闘用の服が似合っていると言われても、女として嬉しくないユリである。
特にケンの感想を気に止めることも無く言った。
「お前はどうなんだよ? それ、着て見せてくれよ」
ユリはケンが先程から修復している装甲服を指差してみせる。
「大して変わらないさ」
そう答えて装甲服を引っ掴んで、そのまま頭から被るようにして両腕を通しながら着用してみせた。
「ま、普通だな」
胸当ての部分のみが白、他の肩当てなどがグレーの装甲を身に纏い、立ち上がったケンに対するユリの感想だ。
見慣れたものであった為に、色が変わったという程度の違いしか無い。
「少し、緩いな……」
サイズが大きすぎるとケンは感じた。
「調整するなら手伝おうか?」
ユリがそう言ってケンの背後に周り、胴などを支える紐に手をかける。
「頼む」
それだけ短く答えて、ケンはユリに後を任せることにした。
「それにしたって……」
果たしてうまくいくのだろうかとケンは思う。
不安では無く懸念である。
味方の戦力は少なく、敵の戦力は把握出来ない。これで成功を確信出来る者は誰もいないだろう。
「どうかしたのか?」
苦々しい顔でもしていたのかユリが不思議そうな顔で尋ねる。
「いや」
ケンはそう答えながら、自分がどうこう思っても仕方の無いことかと思い、思案するのを止めた。