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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
97/112

97話

 結局、武器屋旅団が要塞からファクトリーに向かい、そこから廃墟に向かって探索を開始したのは、ユリ達がカーゴを借りた次の日であった。


 準備を整えて、ほぼ用無しとなった中継地点を通り、ファクトリーに着いたのが夕刻過ぎとなっていたからである。

 そこで旅団はファクトリーで一晩過ごしてから、廃墟に向かったのだ。


「あぁ、あった。ありましたよ」

 人の気配が無い、灰色のコンクリートに囲まれた廃虚の中に横倒しになっている巨大な鉄の牛。

 ブルタンクと呼ばれたそれを見付けて先生が言う。


 胴体に大きく穴が空いていたが、その頭部は倒れた時の衝撃で少々へこんでいた程度であり、機能的に壊れてはいないようであった。


 自分の身長くらいの高さはある頭を眺めてケンが口を開く。

「それにしても、この頭にあるレーザーを使うっていうなら、わざわざこれをバラさないでもブルタンクそのものを俺達の命令で動ける様にした方が良いんじゃないですか?」

 それは誰もが一度は思った感想である。


「それは私の専門外ですよ。実際のところマンハンターの武器だって、どの部品がどういった役割を果たすかというのは大体分かりますけど、どういう作用があって動くかという理論はさっぱり分かりませんからね」


 先生はブルタンクの頭部を触りながら言った。

 要はにわか知識である。


「そうですか」

 色々と思うところはあったがケンは短く答えるだけで済ますことにした。


 この世界では当たり前になっているが、そもそも戦闘を行う2足歩行ロボットであるマンハンターや、それらが使う光学式の武器、所謂レーザーライフルやプラズマグレネードなどというのは外の世界でも実現していないオーバーテクノロジーである。

 それらを使うだけならまだしも、それぞれのパーツの役割の解析に改造などを行うだけでも途方も無い労力が必要なのだ。


「元々、私は電子工作が趣味で、外の世界でもそっち方面の仕事をしていましたからね。その時の知識と先人が残した物のおかげでこうしてやってこれたんです」

「先人の残した物?」

「ええ、私よりも前にこの世界にやって来た人達がマンハンターやそれらの武器を弄くり回して得たデータの記録だったりですね」

「その中にはマンハンターの操り方とかは無かったんですか?」


 ケンが言うと同時に先生はブルタンクの頭部を触る手を止めて、口の部分にあるレーザーの砲門に手をかけた。


「ありませんでしたよ。先程言った通りにそっち方面は専門外ですから、例えあったとしても出来ないと思いますが……」

 苦笑を交えて先生が答えた。

 そして脇に置いてあった工具箱からドライバーやらレンチやらを取り出して膝下に並べ始める。

 そして、それらの工具を代わる代わる手に持って分解作業に移りだした。


「……というより今の我々……、つまりこの世界の人間には出来ないでしょう」

「出来ない?」


 それはケンにとって意外な言葉では無かった。

 ギジの世界は少なくとも10年以上前から続いているという話を昔に聞いたことがある。

 にも関わらず、マンハンターの武器の改造の話は聞いたことあれど、マンハンターそのものを人間が使ったという話は聞いたことが無かったからだ。


「マンハンターはロボットですよね」

「何を今更」

「と、なればそれを動かすためには電子頭脳。つまりはコンピュータがある訳です」

「それは何となく分かる」

「つまり、マンハンターを操るにはアレの中にあるコンピュータをどうにかしないといけないんですが……」


 そこまで言いかけて作業する手を止めた。


「それをどうにかするにはこちらもコンピュータが必要なんですよ」


 そこまで言ってから工具を地面に置き、今度は両腕を広げた。そして、そのままブルタンクの口に広げた両腕を突っ込む。


「コンピュータならたまに見かけるが、あれじゃ駄目なのか?」


 廃墟の探索などでパソコンなどが見つかることは多々あった。

 しかし、電気というものが通っている事の方が珍しい世界である。

 パソコンがマトモに動く環境は限られていることもあり、物資としての価値は低く、探索で回収されることも稀であった。


 しかし、それでも全く市場に出回らないという訳では無く、トウの街や要塞などであれば動いている物も見受けられる。

 それらは使えないのだろうかとケンは思ったのだ。


「それが、我々のコンピュータとマンハンターのコンピュータとでは仕様が全く違って互換性が無いみたいなんですよ」

「仕様?」

「えぇ、分かりやすいところだと接続用のケーブルだとか、後はプログラム言語ですね」


 コンピュータを動かすにはコンピュータ専用の言語というものがある。所謂、プログラム言語というものだ。

 しかし、マンハンターのコンピュータのものと人類が使っているそれとは全く違うので、現在はマンハンターの電子頭脳を人類が弄ることは出来ないのである。


「勿論、解析はやっているみたいなんですが。そもそも、我々のプログラム言語とは大元というか概念というか……」

「要は出来ないんでしょ。そういう専門的なことは良いです」


 ケンは先生の説明をバッサリ切り捨てた。

 長い話になりそうだと思ったからである。更にいえば、ケンそれが出来るか出来ないかに興味があるのであって、そこに至るまでの経緯などはどうでも良いと思っているのだ。


《マンハンターだ。5体そちらに向かっている》

 連絡用のトランシーバーがザッという短く鳴り、聞き慣れた団員の声が聞こえた。


「急いで下さい」

 ケンはそう言って愛用の“でんでん銃”を腰に下げた専用のホルスターから取り出した。

 少し先でユリが手を振っているのが見える。


「来たか」

 それだけ言うとユリの元へ駆け出した。


「ここでマンハンター。連合がファクトリーのコントロールを握っているのか、それともただの偶然か……」

 もしファクトリー中枢を連合が占拠していれば、マンハンターのコントロールが可能である事は十分に考えられる。

 そうであるならばこのタイミングでマンハンターが来たのは偶然では無いだろう。


 先生はそう思ったが、かぶりを振ってすぐにそれを否定する。

「それなら、最初からマンハンターで要塞を攻めれば良いだけの話か……」

 マンハンターによる要塞の襲撃が無いという事は、行商人連合はファクトリー中枢全てを占拠したわけでは無いということだ。


「それに、あそこにはマンハンターの工場以外の施設もあるという話ですからね」

 ケン達の戦闘音を遠耳で聞きながら作業に戻った。

 今は、このブルタンクの高出力レーザー発振器を取り外さなくてはならないのだ。


 そんな先生を背後にケンとユリはマンハンター相手に戦闘を行っていた。

 他の団員達は別のブルタンクの回収作業を行っていたこともあり、先生の護衛は実質ユリとケンのコンビだけだったのである。


 しかし、加村ほどでは無いがユリもまた射撃の腕は上位に入る部類であり、加村と組ませた時のコンビに比べれば攻撃力も機動力も劣るが、それでも5対2という数の差を覆す程度の戦闘力は有していた。


「そこっ!」

 先行するケンをマンハンターの1体が狙うが、それよりもユリの射撃が命中する方が早い。

 ケンは崩れ落ちたコンクリートの塊を盾にして武器のバッテリーを交換。再び射撃を行う。


 ユリもそれに合わせて移動を行い、マンハンターの狙いを交わしつつケンの反対側に回り込み、挟撃を行える位置を取る。

 その戦い方は加村とケンのコンビに比べると堅実といえた。


 ケンとユリによる挟撃はマンハンターを確実に打ち減らし、片が付くのに3分もかからなかった。


「終わったな」

 ユリはケンが無事である事を安堵しながら言う。

「……」

 それに対してケンは無言で頷いた。


《すまん! そちらに何体かマンハンターが向かっている!》

 一息ついた瞬間である。トランシーバーから申し訳無さそうな声が聞こえ、ケンは舌打ちを禁じ得なかった。


 2人はすぐに崩れた建物の破片であるコンクリートの塊を盾にしてながら辺りの様子を伺う。

「あれか?」

 ユリが遠目にこちらへ向かってくる人型を確認した。


「みたいだな…」

 見えてきた人型が近付くにつれて輪郭がはっきり見えてくる。

 卵をひっくり返したような頭とその中央にある1つ目、装甲に覆われた胴体と金属製の細い手足。それは間違いなくマンハンターであった。

 しかし、問題はその数だ。

 どう見ても10体以上が並んでケン達に向かってきていた。

 

「数が多い……!」

 ケンは忌々しさを言葉と共に吐き捨てる。

 流石に2対10では勝ち目が無い。


「だからといって逃げたりはしないんだろうな……」

 ユリは口の中で呟く。

 少し待てば味方が戻ってくるだろうし、ここで逃げ出せば作業は中断されることになるからだ。


 その間に回収しようとしていたブルタンクのレーザー発振器に何かあれば、再びブルタンクと戦闘を行わなければならない事態になることもあり得る。

 ユリとしてはブルタンクとの戦闘は避けたい。


「味方が来るまで足止めに専念するぞ」

 先んじてユリが言った。

 撹乱などと理由をつけてケンが突撃するのを避ける為である。


「そのつもりだ」

 ケンはそう答えると左手を腰の位置に下げて、そこにある物を掴もうとする。

 しかし、左手は宙を切るだけで何も掴めなかった。


「しまった……!」

 ケンは小声で言って苦虫を噛み潰したような顔をする。

 彼が摑もうとしたそれは手榴弾であった。いつもはそこにあるはずなのだが、今回はそれが無い。

 先日の戦闘で、火薬式、プラズマ式を問わず、相当な数を使われて不足していたのだ。

 その為に今回は持ってきていなかったのである。


「グレネード、ユリさん持ってないか?」

 全く期待はしていなかったが一応尋ねてみた。

「いいや」

 ユリは短く答えて頭を横に振って見せる。


「……」

 無言ではあったが表情には参ったなと書いてあるのをユリは見て取った。

「来たぞ」

 マンハンターが手に持った得物を構える。

 次の瞬間、ケン達が盾にしていたコンクリートの塊が爆ぜるような音を連続して鳴らした。


 ユリはレーザーライフルで応戦する。ケンもそれに倣って応戦するが、その脳内では味方が到着するまでの時間を稼ぐにはどう行動すれば良いかというシミュレーションを行っていた。


 レーザー同士の応酬の最中、ケンのシミュレーションは自分が飛び出して囮になったところをユリが狙い撃つのが一番良いという結論に辿り着く。

 危険ではあるが、やってやれないことは無いだろう。幸いなことに、この辺りは崩れ落ちた建物の破片が散らばっているので盾には困らない。


「しかし……」

 ケンは横目でユリの表情を伺う。

 そんな作戦を彼女が認める訳が無いと思ったのだ。

 やってやれないことは無いとはいえ、敵の数は多いので危険であることには変わりない。


 ならば、勝手に飛び出してユリが掩護に徹せざるを得ない状況にするかとも思う。

「……後が面倒だ」

 そうなれば、ケンは戦闘後にユリの機嫌を取る必要が出てくる。それに必要な労力は戦闘よりも重いものになるだろう。


「そもそも、そこまでやる必要あるのか?」


 そんな考えがケンの頭に浮かぶ。

 どうせ、しばらくしたら味方は来るだろうから、ここで先生を連れて撤退の後に味方と合流すれば良いのではないか?

 そうすればブルタンクのレーザー発振器は失う可能性はあるが、危険は回避できる。

 例え回収出来なくても、再びブルタンクを何処かで倒せばそれで良いではないか。


 そう結論付けると、ケンはトランシーバーに手を伸ばした。この場から先生を連れて撤退することを報せようと思ったのである。


 この時期、というよりもミクが死んでしまってからのケンは、それまでに比べると戦闘に対するスタンスが変わりつつあった。

 良く言えば慎重、悪く言えば勢いに欠けると言ったところである。


 ユリもそれには気付いており、隣でケンがトランシーバーに手を伸ばした時は驚きが込められた視線を投げかけた。

「味方に連絡するのか?」

 一体何を連絡するつもりなのかとユリは尋ねる。

 増援を頼むにしても時間がかかることは分かっていたので、おそらく撤退の旨を伝えるのだろうことは分かっていたが。


《聞こえるか? 今、マンハンターの後方に出た》

 ケンの手に握られていたトランシーバーからアキラの声が聞こえた。

 増援が間に合ったのである。


「……助かりました」

 いよいよ目前に迫ったマンハンターを眺めながらケンは安堵の声を出す。


「撃てっ!」

 マンハンターの後方。

 ブルタンクのレーザー発振器を回収したアキラ達の部隊は、アキラのかけ声と共にマンハンターの右側に集中して射撃を行った。


 同方向に放たれた細いレーザーは幾重にも重なり、3体のマンハンターを同時に破壊する。

 マンハンターが反応したのはその後であった。

 しかし、その時には旅団は第2射を行い、更にマンハンターを2体破壊する。


 後ろを振り向いたマンハンターをユリが狙撃した。それに続けてケンも弾幕を張って敵の動きを牽制する。

 そして後方からの射撃。

 マンハンターはロクに反撃も出来ずに全滅した。


「これで、君を助けたのは何度目かなぁ……?」

 意地の悪い笑みを浮かべながら加村が声をかける。

「知らないな。逆の場合もあったろ」

 感謝の意を全く示すことも無くケンは応対した。


「礼くらい言えよ。友達だろう?」

 子供を躾けるような口調でユリが言った。

 しかし、友達という言葉にケンはユリの予想以上の否定的な表情を見せる。


「俺はこいつを友人だと思ったことは一度も無い」

 ケンは切り捨てるように言った。聞き様には烈意が込められている様でもあり、冗談や皮肉では無い事が分かる。


「俺は友達のつもりなんだけどなぁ……」

 加村は口の端を歪めた笑みを浮かべる。苦笑のつもりなのだろうが、彼の特徴であるツリ目の為に嘲笑してるようであった。


「その割には戦闘の時に、よくコンビを組んでいたじゃないか?」

 ユリがもっともな事を言う。


「俺は加村の人柄が気に入らないだけで、戦闘技術まで否定してる訳じゃ無い」

「フォローしながら貶さないでくれよ」


 ケンの言葉に加村が変わらない笑みで言った。本人としては苦笑しているつもりなのだろうが、やはり嘲笑に見えてしまう。

 ある意味、顔で損をするタイプの人物である。


「この間、一緒に麻雀やりに行っていたじゃないか?」

 2人が雀荘でイカサマをした挙句に逃げてきた時の話だ。

 オーバーロードナイトと武器屋旅団の間では有名な話になっている。


「あれは俺から誘ったんですよ。イカサマをするには協力者が必要だったんで」

 そう答えたのは加村であった。つまり、あの時の麻雀は初めからイカサマをするつもりであったということだ。

「儲け話があるから乗っただけだ。俺はイカサマが出来るほど器用じゃないし、やり込んでもいない」

 ケンとしては加村に乗せられた、というよりも嫌々付き合ったという形になる。


 しかし、それなら初めから付き合うことも無いだろうとユリは思う。


「やぁ、終わりましたよ」

 背後から先生の声が聞こえた。

 どうやらレーザー発振器の回収が終わったらしい。


「なら、一度ファクトリーへ戻りますか」

 切り出したのは加村だ。

 これ以上、ケンとの関係の話題をするのを避けたかったのかもしれない。

「そうだな」

 倒したマンハンターからバッテリーや武器を回収する旅団の団員を見ながらケンも同意した。

 彼もまた加村との関係についての話題をこれ以上進めたくなかったのかもしれない。


 それにしても彼ら2人が一緒につるんでいる事が多いのは事実である。

 加村はともかくとして、ケンは口で加村を嫌っているにも関わらず一緒に行動をして、戦闘では息の合ったコンビネーションを見せることが出来るのをユリは理解出来なかった。


「落ち着いてきたと思っていたけど、やっぱりケンはケンだな」


 先の戦闘の時のように1人で突撃するなどの無茶をしなくなったが、好き嫌いをハッキリ言う辺りは変わっていないとユリは思う。

 それとも、気に食わないという本音を口に出して言える辺り、実は加村に気を許しているのだろうか?


 どうにも加村とケンの仲は推し量れないものがあるとユリは困惑した。

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