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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
96/112

96話

 アキラの指示の下、武器屋旅団の面々はそれぞれ動き出す。

 その場に残ったのは指示を出した当人であるアキラと、それまでのやり取りを興味の無いテレビドラマでも見るかの様な目をして眺めていたユウコだけであった。


「……大分、人数が減ったわね」

 静かにユウコが呟いた。

「まぁな」

 それに対してアキラは短く答えるしか出来なかった。


「やっぱり私のせいなのかな?」

 自分がこんな所まで来ようなどと言わなければ仲間は死ななかったのではないかと思う。

「いや、この世界だ。何処へ行ってもこうなる可能性はあった。俺達はそれをたまたま引き当ててしまったのさ」

 この世界ではマンハンターや盗賊などに襲われて殺されてしまうのは珍しいことでは無い。

 今、こうして要塞に来なかったとしても別の理由で武器屋旅団が全滅したとしてもおかしくはないのだ。

 それはユウコも理解しているが、アキラの言葉は慰めにはならなかった。


「だからさ。俺達の子供が仲間が死んだという事実を帳消しに出来るくらいのことをしてくれると期待しようぜ?」

 それは子供を持つ者なら誰もが抱く期待であった。

 自分の子供が才能を発揮して、今の世の中をより良いものにしていくというものである。


「そういうのは嫌いだわ。自分達の罪を子供に押し付けるみたいじゃない」

「そうかもしれない。でも俺達の世代じゃ出来ない事もある。そればかりは次の世代に任せるしかない。そして任された事をどうするかは、その世代の当人達が決めることで、俺達はそれをどうすることも出来ないのさ」

「なら、私達は次の世代が任されても……、違うわね。次の世代になるべく良いものを残していきたいわ」

「そうだな。それが子を育てるということなのかもな」


 ユウコは任せるという言葉を残すという言葉に言い替えたのは、自分達の行った事の結果を次の世代に任せるというのはあまりにも無責任だと思ったからだ。

 彼女はこの先の未来を任せたいのでは無く、より良い未来を作るための選択肢を1つでも多く残したいのである。


「それにしても、私のお腹の中にいる子供の父親がアンタというのは不満ね」

 本気では無い。冗談をこめた笑いを浮かべてユウコが言う。

 それを聞いたアキラはユウコの顔を見下ろす。


「どういう意味だ」

 ユウコの言葉は本意では無いことは分かるが、ユーモアにしては笑えない話である。

 アキラはバツの悪そうな顔で尋ねた。


「そのままの意味よ。私は昔から勉強もスポーツも出来たけど、アンタは普通を絵に書いたような奴だったじゃない。お腹の子供が私に似れば良いけど、アンタに似たらと思うと不安だわ」

 その言葉にアキラはムッとした表情を見せる。


「安心しろ。俺に似た場合は協調性がある常識人になるはずだ。ユーモアに関してもお前に似た場合よりもマシになる」

 アキラは鋭い刺が込められた言葉の応酬を行う。

 それを聞いたユウコは自分の言葉が冗談にして笑えないものであることに気付く。


「まぁ、あの時は飲んでいたからね……」

 しかし謝るのは癪であるためにユウコは酒のせいにした。

 もっとも、結局のところはお互いに合意の結果としてユウコは身篭ったのである。

「どちらに転んでも酒癖は悪くなる訳だ」

 アキラの言葉の後、2人は表情を緩めて笑った。


「ま、今更仕方ないわね」

 ユウコが言う。

「そうだな。……しかし、子供を育てるには最悪な環境だな。周りにはロクな奴がいないじゃないか」

 そのロクでも無い奴らというのは武器屋旅団の団員達である。その冗談とも本気とも付かない発言にユウコは「確かに」と同意して破顔する。




/*/




 一方その頃。

 武器屋旅団に与えられた要塞の一室である。

 アキラの言うところのロクでも無い奴である佐原ケンと加村雅平は探索で使うであろう武器や道具の整理を行っていた。


「赤ん坊か……」

 団長であるユウコが身篭っているという事実を思いケンは小声を漏らす。


「驚くことじゃないよ。男と女が2人揃っているわけだからねぇ……」

 ケンの呟きを聞き漏らさなかった加村が言う。

 口の端に笑いが見えた。


「嬉しそうだな?」

 加村の表情を見てケンが尋ねる。その顔には感情のようなものは無く、無関心をそのまま描いたようであった。


「新しい命の誕生は喜ばしいことだと思うけど?」

 ややあってから加村はわざらしく気取った台詞を言う。


「俺はさんざん人を殺した。それなのに、その命の誕生とやらを喜ぶのは何かおかしい気がするな」

 命を奪って生きてきた自分なのに、新しい命が誕生して喜ぶのは矛盾ではないか。

 ケンはそこに違和感……、というよりもそんな資格が自分にあるのだろうかと思うのだ。


 その真面目な答えに、冗談を言ったつもりの加村は言葉の返答に窮する。

 そしてややあってから口を開いた。


「良いんじゃないかなぁ……? 別に俺達は好きこのんで人を殺していた訳じゃ無い。人を殺して喜ぶよりかは健全だよ」

「そうだな……」


 ケンは言葉では肯定しても得出来ない自分がいた。

 彼は戦闘時、敵を倒した時に喜びを感じていたからだ、

 更に戦闘が終わった後には、生と死のシーソーゲームを勝利して生き延びた。自分は生きている。そういった実感が確かにあったのだ。


「俺達が戦ってきたのは、他に方法が無かったからだろう? 生きるために、あるいは仲間を守るために戦ってきたはずだ」

 加村の言う通りに、武器屋旅団は基本的に自衛のためにしか戦闘を行わなかった。それはケンも同じである。


「……それはそうだが、もう少しうまくやりようがあったんじゃないかと思うことがある」

 ケンは死んでしまったミクを思い出す。

 彼女が死んだのは自分のミスであり防ぐことも出来たはずなのだ。


「うまくやれなかったから君はここにいるんじゃないかなぁ……?」

 らしくもなく弱音を言うケンに加村は僅かながらに苛立ちを覚える。

「……それもそうだ」

 その苛立ちをケンも感じたのか、そう答えて話題を閉じた。




/*/





 下町ではアキラの言うところの武器屋旅団でもロクでも無い人間に含まれない、割と常識人である3人が歩いていた。

 白河ユリ、大高エミリ、泉である。

 彼女らは物資運搬用のカーゴを他の行商人辺りから借りようとしているのだ。


「それにしても大きい街ですね」

 そう言ったのはエミリだ。

 彼女はこれまで武器屋旅団と共にして幾つかの集落を訪れたが、そのどれもが掘っ立て小屋の集まりだったり、1つか2つ程の廃屋を利用したような小規模なものであった。


 それらに比べると、この要塞の下町は建物はどれもしっかりしており、周りは瓦礫や倒壊した建物を利用した巨大な壁に囲まれ、他の集落には無い安心感があった。

 また、街並みも様々な人々が道を歩き、立ち話を行う者達がいて、店の前では商売を行い、人々の生活が溢れている。


「確かに大きいけどトウの街ほどじゃないな」

 ユリが言った。

 トウの街はかつてケンが競闘の選手として出場し、泉が食堂を営んでいた街である。


「ここより大きい街があるんですか?」

 エミリはその意外である感情を声に込めて尋ねた。

「あぁ……。泉さんやケン、私とミクもそこにいた」

 その事をユリは思い出しながら懐かしむように答える。

 この街よりもガラも治安も良かったかもしれないと思った。


「佐原先輩と付き合いが長いんですね」

 ケンとユリがよく一緒にいることを思い出してエミリが言う。

「そうだな。もう2年か3年くらいになるかもしれない」

 ユリは初めて出会った頃のケンを思い出す。


「多分、あいつがこの世界で初めて出会った人間は私だったはずだ」

「そうなんですか?」

「ああ。アイツが廃墟でマンハンターに追われていたのを助けたんだ」


 懐かしい話だと思う。

 その時はユリ自身もまだギジの世界に来たばかりであり、戦闘経験も少なく、ようやく武器の扱いに慣れてきた頃だった。


「私がこの世界に来て初めて助けることが出来たのがアイツだよ」

 それまではミクの後ろでライフルを撃っているだけで、いつも誰かに助けられていたのだ。


「それは思い入れもあるわねぇ」

 エミリとユリの後ろを歩いていた泉がニコニコと笑みを浮かべながら言う。


「その時の先輩ってどんな感じでした?」

 エミリがギジの世界に来た時は武器屋旅団に助けられた訳だが、それでも右も左も分からない状態で戸惑うことも多かった。

 ケンはどうだったのだろうと思い尋ねる。


「そうだな。妙に落ち着いていたよ。異世界に来たっていうのにさ」

「落ち着いていた?」

「今、考えると強がっていただけなのか……。いや、単純に怖いもの知らずだったのかもな」

「へぇ……」


 ギジの世界に来てから出会ったケンはエミリから見て頼りになる存在であった。

 戦闘では常に前に出ており、自分が旅団からはぐれた時も彼が助けに来てくれたのである。


「生意気だったでしょう?」

 しかし、行動はともかく性格は変わっていない様にエミリには思えた。

 そんな思いを込めた意地の悪い笑みで尋ねる。


「あぁ、そうだな。生意気だったよ」

 ユリもフッと笑う。

「やっぱり」

 予想通りだとエミリは言った。


「自分本意で、気に入らないことがあれば食ってかかる……、というか余計なことを言って顰蹙を買っていたな」

「外の世界の時と変わらないですね」

「そうなのか? まぁ……、そうかもしれないな。ただ、自分の仕事は責任を持ってやっていたよ」


 そこも外の世界の時と変わらないなとエミリは思う。


 彼は外の世界にいた時、エミリと同じ料理同好会に所属していた。

 その時のケンは唯一の男子ということで同好会内部では浮いた存在であった。

 しかし、それを理解しながらもケンは同好会を辞めずに黙々と続けていたのである。

 浮いた存在ではあったが教師や他の先輩に言いつけられた仕事は必ずこなすことから、真面目で自身の責任は果たすというのが同好会内での彼の評価だった。


 しかし、それ以外の面……、つまり人柄としての評価は良いとは言えなかった。

 同好会の者達とは事務的な会話以外はほとんど行わず無愛想、というよりも無気力な表情を常にしていのである。

 そのくせ自分の気に入らないことはハッキリと言うために同好会の者達からは接し難い、もしくは暗い人物と陰で言われていた。


「それでも最近は昔に比べて落ち着いてきたよ」

 ギジの世界に来た当初のケンの記憶と現在のケンの言動を照らし合わせながらユリが言った。

 子供の成長を思い返すような口調である。


「そうねぇ……。トウの街にいた頃は昼間は喧嘩、夜は賭け事、仕事は怪しいものばかりと、酷く荒れていたからねぇ」

 そう言ったのは泉である。

 彼女がトウの街で営業していた食堂はケンの行き付けの1つでもあったのだ。

 故に、ユリとミクがトウの街に着くまでの間にケンがどういった事をしていたのかをよく知っていた。


「どこの不良ですか」

 呆れたようにエミリが言う。

「ユリちゃん達がトウの街に来るまでは、本当に荒れていたわ」

 クスクスと泉は笑う。

 その隣のユリは苦笑であった。

 泉が言うところの喧嘩を彼女は目の当たりにしていたからである。喧嘩じゃ人死は出ないだろうと内心で思っていた。


 もっとも、ケンからすれば泉の言い様は誤解が幾つか含まれている。


 まず、喧嘩に関しては彼から仕掛けることは一度も無かった。自分から口を出したり、煽る事は多々あったが先に手を出したは一度も無い。

 体裁だけなら一応は正当防衛である。


 そして賭博に関しては完全に誤解であった。

 実のところ、ケンは賭場の用心棒を引き受けて出入りしていたことは多かったが、賭博そのものをやった回数は少ない。

 これはトウの街で初めて賭博を打った時に大負けをしたからである。

 つまり、ケンにとっては賭博というのは負けるものという印象が強く、遊びでやることはあっても夢中にはなれなかったのだ。


 なお、仕事に関しては泉の言う通りである。

 競闘の選手、用心棒、探索、喧嘩の相手を叩きのめして金品強奪などお世辞にも真っ当な仕事とはいえなかった。


「っていうか、料理に携わる仕事すれば良いのに……」

 当然のことを嘆息を交えてエミリが言った。

 ケンは料理同好会にも関わらず、料理に関する仕事は全くやっていなかったのだ。

 それは武器屋旅団に入ってからも変わらなかった。


「それなんだけど、アイツが言うには人を殺した手で人が生きるための料理をするのはおこがましい、って言うのを聞いたことがあるよ」

 それを聞いたエミリは「はぁ?」と声をあげる。

 驚きというよりも、あまりの馬鹿な発言に面食らったようであった。


「あの人、そこまで料理にプライド持っていませんよ」

 エミリは苦々しい顔で言う。言葉の端には侮蔑も込められていた。


「そうなのか? 料理同好会では真面目にやっていたって話だけど……」

「真面目は真面目ですよ。ただ、熱意を持ってはいませんでした。料理もとりあえず形になれば良いっていう程度にしかやってませんでしたよ?」

「ん? おかしいな。アイツが初めてギジの世界に来てしばらくいた村で調理を担当していた事があったが、結構色々と工夫を凝らしていたぞ?」

「そんな事をする程、気力のある人じゃ有りませんでしたよ」


 ユリの言葉をエミリは切り捨てるように答える。


「環境じゃないかしら? やっぱりそうしないとやっていけないと思ったからじゃないの?」

 そう言ったのは泉である。


「そんなものですか? それにしては変わりすぎな気もしますよ」

 エミリはそう言うと、改めて外の世界の佐原ケンの記憶とギジの世界の佐原ケンの記憶を照らし合わせる。

 そして、両者の決定的とは言えない程度の違いを見付けた。


「あの人って、そこまで積極的に動く人だったっけ?」

 先程ユリから聞いた話もそうだが、自分がはぐれた時、連合に人質を取られてオーバーロードナイトと戦っだ時、ケンは率先して行動していたという事であった。

 しかし、外の世界にいた時のケンは先輩や教師から指示を受けて、初めて動く人物であったはずなのだ。

 その違いにエミリは1箇所だけ間違って描かれた絵画のコピーを見せられた様な小さな違和感を覚える。


「あぁ、ここだ。ここでカーゴを借りられそうだ」


 その違和感もユリの言葉で記憶の片隅に追いやられた。

 探索に使うカーゴを他の行商人などから借りるという当初の目的が彼女の思考を満たしたのである。

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