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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
95/112

95話

 オーバーロードナイトがファクトリーの探索や行商人連合の死体を検分している頃、武器屋旅団は久し振りの再会を果たしていた。

 しかし再会の喜びは薄く、むしろ鬱々とした空気が広がり、団員達は息苦しさを感じていた。


「たったこれだけか……」

 生き残った団員達を眺めてアキラが言う。

 廃墟で別れる前に比べると人数がかなり減っていたという事実を彼が受け入れるまでに数秒の時間が必要だった。


 武器屋旅団で生き残ったのは、団長の星ユウコ。副団長の高田アキラ。武器の修理や整備担当の先生。元はトウの街で食堂を営んでいた泉。旅団で1番の狙撃手、加村雅平。旅団の鉄砲玉こと佐原ケン。その保護者を自称する白河ユリ。ケンの後輩、大高エミリ。

 その他の団員達を含めても残ったのは僅かに15人であり、別れる前の約半数まで減っていたのだ。


「ユウコに何と言ったものか……」

 この事を知ればユウコはショックを受けるだろう。身重の彼女の事を考えると、彼女の精神にダメージを与えるのは避けたいと思いアキラは顔を曇らせる。


「正直に言うべきでしょう。誤魔化せるような人でも無いし、それが出来る状況でもありませんでしたし」

 それは先生の言葉であり、アキラ自身もそう思っていた。


「そうだよなぁ……」

 ユウコが頭の回転が遅い人物であれば誤魔化す方法もあっただろうが、彼女はそういったものからは程遠い人物であった。

 思い付きで物事を言っているように見えて、その実は幾重にも重ねられた思考と理論のブロックを積み重ねた上で物事を話しているのだ。


「それにしても、団長は何処に? ……泉さんもいないみたいだが」

 周りの団員の中にこの2人の姿が見えないことにケンが疑問を投げかける。


「医務室だ。泉さんが面倒を見ている。明日には要塞に移すつもりだ。……もっとも医療品はファクトリーの方が優れているが」

「ここじゃ色々と騒がしいですからね……」


 空は暗くなっていたが、あちこちに照明や焚き火、懐中電灯を持って歩き回るオーバーロードナイトを見ながら先生が呟く。

 ファクトリーで使える物資を集め、要塞へ持っていこうというのだ。


「じゃあ、私達も要塞に?」

 エミリである。丸くて大きな目を動かしながら尋ねた。

「しばらくはそうなるな。もっとも、オーバーロードナイトの連中がどう動くかにもよるが……」

 アキラは顎をさする。無精髭が当たりザラザラとした感触を確認して髭を剃りたいという至極どうでも良い欲求が思考の片隅に芽を出した。


「どう動くも、奴等はファクトリーの中枢部の調査に乗り出すに決まっているでしょう」

 上半身が裸のケンが言った。

 彼は戦闘時に背中を負傷していたのだ。軽い火傷であり、水膨れが潰れていた。

 戦闘後になって、常に身に着けていた鎧の背中側が突然身体から離れて足元に落ちた時に気付いたのである。


「動くなよ」

 ユリが言った。ケンの背中に消毒用アルコールの代用品としてウィスキーをハンカチに染み込ませた物を傷に当てる。

 彼女はオーバーロードナイトや武器屋旅団がこれからどう行動するかという事に興味が無かった。ここで心配しようがしまいが、なるようにしかならないと思っているからである。


「ここにいたか」

 武器庫前で焚き火を囲んでいる旅団に声を投げかける者が現れる。

 それはオーバーロードナイトの副長である中村だった。


「中村さんか」

 顔を上げて中村であることを確認しながらケンが答える。傷口に冷たい布が当たり、痛みを感じて顔をしかめた。


「背中を怪我したのか?」

「あの戦いだ。怪我をしない方がどうかしている」

「随分派手に暴れたみたいだからな」

「アンタと大野さん程じゃない」


 確かに今回の戦闘でケンはオーバーロードナイトを驚かせる戦い振りを見せた。

 しかし、それはあくまで加村雅平というサポートがあってのことである。

 彼と合流するまでのケンの戦闘評価は手練ではあるが達人では無い。並より上だが優というには少し足りないというものであった。


「ま、そんな事より私は君たちのことについて話しに来た」

 中村は話題を変える。

「聞かせてくれ」

 アキラが短く答えた。それに頷いて中村は口を開く。


「まず、そちらの要求である物資の補給と団長に対する医療措置の用意は出来た。ただし、代わりに君達に手伝って貰いたいことがある」

「出来ることはやろう。ただし、俺達は傭兵じゃないから人間同士の戦闘は断らせてもらう。……まぁ、聞く話によると行商人連合は全滅したようだから、その心配も無いか……」


 武器屋旅団はあくまで行商人であり傭兵では無い。したがって、人間同士の戦闘には極力介入しないというのがスタンスであった。

 もっとも、一方的に襲ってきた場合は同じ人間でも敵とみなして、これを排除するのだが。


 今回に関しても団長を半ば人質に取られたという事と、連合から攻撃を受けたので、それに対する防衛として連合と戦闘を行ったのだ。


「そうだな……。まさか全滅とは思わなかったが……。とりあえず君達にはこの近辺の探索とファクトリーの守備に付いてもらいたい」

「それなら引き受けよう」


 アキラが了承の意思を言葉にする。

 もっとも、内心では武器屋旅団がオーバーロードナイトの傘下に加わえられた様な気分になり、ユウコの身の安全がより良い方向になった事に安堵したが愉快な気分にはなれなかった。


 元々、武器屋旅団は何処の勢力にも属さない独立性の強い組織であった。

 アキラは副団長としてそれを率いてきたこともあり、団長であるユウコ程では無いが、彼もまた独立精神は一般人によりも強いのである。


 身内の命を保証する代わりに何らかの依頼を請けるというのは、依頼主の方が上位的存在となるのでフェアな話では無い。

 これでは結局のところ、行商人連合の元にいた時と根本は変わらないのではないかとアキラは思う。


 だからといって、彼はそれを口にするほど周りが見えない人間では無かった。


「詳しい事は追って連絡する」

 中村はそう言って立ち去ろうと脚を動かす。

 その時に視界の端にケンを見止めた。


「ふむ……。この薬を使ってみるか?」

 足を止めて懐から薄い円形のガラス瓶を取り出した。よくジャムなどが入っているようなガラス瓶である。

 その中には僅かに黄色がかった白いクリームのような物が詰まっていた。


「薬?」

 ケンはそれを受け取ると手の中で弄びながら眺めて尋ねる。


「大野が作ったものだ」

「ふーん。効くのか?」

「傷に塗れば傷薬に、鼻に塗れば鼻づまり、お湯に溶かして飲めば喉の薬になるそうだ。ま、万能薬だな」

「万能薬?」


 あまりにも怪し気な宣伝文句に口の端で笑う。

 その昔、外の世界にいた時に誰がが旅行の土産で似たようなものを持ってきた事を思い出し、懐古の念がそうさせたのだ。


「原材料は、……知らない方が良いな。流石に飲んで使ったことは無いが傷薬としての効果は保証するさ」

「ま、貰っておくよ」


 貰った薬入りの瓶を軽く掲げてケンは謝意を示す。

 中村はそれを確認して頷くと改めてその場を立ち去った。


「効くのか? これ……」

 訝し気な目をしながらユリが呟く。

「こういうものは効くと思えば効くものだ」

「アテにならないなぁ……」

 そう言いつつもユリはケンから薬を受け取ると、それを彼の背中に塗り始めていた。




/*/




 次の日の朝である。

 ファクトリー中枢部への入り口がある東棟と呼ばれる工場施設の中にオーバーロードナイトの幹部達と武器屋旅団から先生が集まっていた。


 工作機械など並ぶ広い空間のほぼ端に当たる位置に地下へと向かう下り坂の道がある。

 その先には巨大な金属製の四角い扉がある。表面には何の数字や記号などの表示は無く、凹凸の無い滑らかな表面であり、明らかに周りの工場施設のものとは別の趣のデザインであった。


「撃て」

 船前が右手を縦に振り下ろした。

 それと同時にレーザーバズーカが扉に照射されて火花を上げて扉を赤熱させる。

 そして5秒も経つ頃にはエネルギーの全て吐き出してレーザーの発振を終えた。


「……!」

 辺りを驚愕に満ちたざわめきが支配する。

 この中枢部へ続く扉はマンハンターの大型種であるブルタンクの装甲をも溶かすレーザーバズーカを受けても、表面を僅かに溶かしたのみで内部へ貫通することが無かったのだ。


「一応、厚さ50ミリくらいの鉄板なら十二分に貫通できるはずなんですがね……」

 頭をかいて先生が扉に近付く。

 レーザーバズーカが焼いた表面を覗くと、六角形を幾つも組み合わせた蜂の巣のような金属板が見えた。


「何層かの金属板が組み合わさってるみたいですね」

「何とか出来ないか?」

「もっと協力なレーザー砲があれば、あるいは……」


 それらの出来事が武器屋旅団に知らされたのはその日の夜である。

 親睦を深めるという理由でオーバーロードナイト副長の中村、1番隊隊長の大野、武器屋旅団副団長のアキラ、そして先生の4人で要塞の街にある雀荘にて麻雀を打っている時であった。


「つまり、行商人連合はファクトリー中枢部に逃げ込んだ可能性が高いと?」

 アキラは自分の手牌を眺めながら呟く。

「そうだ。我々がかつてあそこを制圧した時は扉は開いていた。今回、それが閉まっていたということは連中の誰かがそこへ逃げ込んで内部から扉を閉めた可能性が高い」

 手牌の左右に視線を移し、中村は北を切る。この牌は持っていても役にならないのだ。


「ポン」


 大野である。

 彼は既に字牌に関する役が2つ見えていた。アキラはそれを思い目を細める。


「本当はもう少し時間が欲しかったんですが、もし奴等が俺達の知らない間にマンハンターの技術を手に入れていたのなら早めに中に入らないと厄介ですからね」

 大野はそう言うと中村の出した牌を加えて、自分の手牌から一筒を捨てる。


「そうなのか? 苦し紛れに仕方無く逃げたってことは?」

 大野の手の動きを観察しながらアキラが尋ねた。


「それは無いな。いくら追い詰められたからってマンハンターの巣に逃げ込むのは自殺行為だ。それならまだ廃墟の方がマンハンターの数も少ない」

「そういうものか」


 アキラが呟いた。

 そして先生に目を向ける。大野がポンをした事で順番が代わり、先生の番に変わったのである。


「なるほど。それなら連合の幹部の死体が見つからないのも分かります。彼らは何かアテがあってファクトリー中枢部に逃げ込んだ訳ですね」

「それどころか、初めから奴等は中枢部から指示を出していたのかもしれん」


 先生の言葉に中村が答える。

 それと同時である。彼らの背後から怒声が響き、雀荘の空気を震わせた。


「甜めやがってこの餓鬼が!」


 見れば装甲服を着た男が加村の左腕を掴んで立ち上がっていた。その隣にはケンの姿もあった。


「何してんだあいつら……」

 不良息子を見るような目で2人を見ながらアキラが言う。

 おそらく加村とケンでイカサマを行い、それがバレたといったところだろう。


 ざわめく雀荘内。男が加村の腕を更に絞め上げようと力を加えた時だ。

 突如、ケンが雀卓を蹴り倒してひっくり返したのである。

 派手な音が響き、牌が床に散らばる。ひっくり返った卓は加村の腕を掴んでいた男に当たり、加村の腕が男から離れた。


 次の瞬間、ケンと加村は出入り口に向かって走り出す。途中にあるカウンターにこの街における通貨を場代分だけ叩き付けるように置くとそのまま街の中へと消えていった。


「何をしてるんだ、お前たちは……」

 ケン達に逃げられていきり立つ男に中村が声をかける。

「副長!」

 男達2人は背筋を伸ばす。

「いや、あの餓鬼共がイカサマを……」

 もう1人が中村の質問に答えた。両腕を後ろで組む。


「それはどっちもどっちじゃないのかい?」

 大野が後ろで組んだ腕を掴んだ。

「あっ……!」

 男の口から声が漏れ、それと同時に手の中から牌が2つこぼれ落ちる。

「やれやれ、お互いにイカサマをし合っていたならやられた方が間抜けなだけだぞ」

 中村が呆れて頭を振る。

 そしてこの2人に興味を無くし「卓は片付けておけよ」と言って、自分達の卓に戻った。


「これは……!」

「ありゃ」


 2人はしまったと顔をしかめた。中村と大野が騒ぎを収めている間に、アキラと先生もイカサマを行っていたのだ。

 自分達の捨てた牌がいくつかすり替わっていたのである。


「何て奴らだ……!」

 ケン、加村、アキラ、先生と武器屋旅団の面々のしたたかさに唸り声をあげる。

 そんな中村と大野を尻目にアキラと先生は素知らぬ顔をしているのだ。

 中村は一度ため息をついて席に戻った。




/*/




「で? 結局俺達は何をすれば良いんです?」

 次の日の朝。

 武器屋旅団全員が要塞のロビーに集められた。

 現状の説明をアキラと先生から聞かされた後にケンがやや眠たそうな目をして口を開く。


「つまり、もっと強力なレーザー砲を作りたいのでブルタンクのレーザー砲を回収して下さい」

 質問に答えたのは先生だった。


「ブルタンクの?」

「無茶じゃないか?」


 団員達がそれぞれ不満そうな声を上げる。


「そうでもありませんよ。ファクトリーの廃墟側のルートに向かえば、我々が先日倒したブルタンクがあるはずですから、それから回収すれば良いんですよ」

 ファクトリーへ侵攻する際、先生やケンが所属していた別働隊はそのルート上で遭遇したブルタンクを撃破している。

 その中からブルタンクの大型レーザー砲が搭載されている頭部を回収するということである。


「1つで良いんですか?」

 ケンが右手を上げて尋ねた。

「いえ、出来れば2つ3つは欲しいです」

 団員達の中から「そんなにか……」という声が漏れる。

 それは不可能であるという諦めでは無く、その労力を思い面倒臭いという声色であった。


「ま、約束は約束だ」

 アキラが苦笑して団員達を諭す。団員達はやれやれとやや不満そうな顔をして了解と答えた。


「となると、カーゴが必要だな」

 そしてブルタンクの頭部を運ぶのにどういった物が必要になるかという事に思考を巡らせる。


「カーゴですね。私、手配してきます。要塞の下町も見てみたいですし」

 そう言ったのはエミリである。

 

「よし、なら俺も行こう」

 ケンである。

 武器屋旅団はまだ要塞へ来たばかりであり、道案内が必要だと思ったのだ。


「いや、お前と加村は残って探索の準備だ」

 アキラが苦々しい顔で言う。

「何故?」

 ケンと、何故か名前が挙がった加村は目を細めて不満そうな顔をして尋ねた。


「お前ら、昨日雀荘で騒ぎを起こしたろ? また騒ぎを起こされてはたまらん」

 内心でイカサマをするならバレないようにやれとも思う。


「正当防衛、のつもりだったんだけどなぁ……」

 相手がイカサマをしていたのは間違い無い。それならこちらがイカサマをしても構わないだろうというのが加村の考えである。

 一方ケンは加村よりも過激な発言をした。


「だから言っただろう。イカサマの現場を押さえてブチのめして身ぐるみ剥いだ方が早いって」

「お前は連合の次はオーバーロードナイトに喧嘩を吹っ掛けるのか?」


 呆れた口調でアキラが言う。


「冗談ですよ」

 ケンは肩を竦めてみせたが、アキラにはケンの言う事が冗談に聞こえなかった。

 ほとんど無表情だった上に日頃の行いを見てのことである。


「とりあえず大高には白河と泉さんが一緒に着いて行ってもらおう」


 とりあえずユリと泉の2人なら街の中で問題を起こしたりはしないだろうと判断する。エミリも頷くとユリに「道案内お願いします」と呟く。

 その後も探索の準備の指示がアキラから出され、それぞれがその指示の元に動き出して要塞や下町へと散っていった。

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