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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
94/112

94話

 オーバーロードナイト本隊によってファクトリー内部に侵入された行商人連合は1ヶ所に戦力を集中させるために撤退を開始する。

 ケン達が所属する別働隊と戦闘を行っていた部隊も例外では無かった。


 それに対して別働隊の指揮官である高橋の出した指示は苛烈なものであった。

 つまりは、1人も生かすなというものである。


 流石にこの指示は白河ユリや一部の隊員は鼻白んだ。

 もっとも、佐原ケンはやっと本性を現したなと内心で笑っていた。


 この指示に対してそれぞれ思うところはあったが、従わない者はいなかった。


 というのも、連合の兵士達はどんなに負傷をしても抵抗を止めなかったからである。

 それどころか、捕まるくらいならと手持ちのグレネードで自決をする者さえいた。


 そして、それらの側には必ずといっていい程、何らかの薬物が入っていたであろう吸入器や注射器が落ちていたのである。


「敵はどういうつもりなんだ?」

 自決した男の死体を飛び越えながらケンが呟く。

「さぁな。だが口よりも手を動かした方が良いのは確かだ」

 答える金田の横にはライフルを撃つ高橋がいた。


 別働隊も数を減らしつつあり、本来なら後方から指示を出す者でさえ戦う必要がある状況になっていたのである。

 

 当然ながらそれは後方にいたユリも同じであったが、彼女が敵である“人間”を目の前にした時、手が震えてあらぬ方向に射撃を行い、周囲を呆れさせた挙句、司令官である高橋に呪詛の言葉を吐かせた。


「この世界で本当に生きていきたいならどんな事もしなければならない。その中には同じ人間と戦うという事についても正面から向き合って、人を殺したという苦しみも背負わなければならないのだ」

 そう言った高橋に対して、数年後になってその言葉を思い出したケンは反論する。

「自分が苦労して生きてきたからといって、他人に対して同じ苦労をしろというのは馬鹿の言う事だ。人はそれぞれ違うのだから、それとは違う苦労をしているということがどうして想像出来ないのか」


 しかし、この時はそこまでの思考が出来る程ケンもユリも余裕が無かった。

 ケンは前線で愛銃である“でんでん銃”を片手に戦わなければならなかったし、ユリも足手まといにならないように敵の攻撃を避けつつ、敵の死体からバッテリーや武器を回収して味方に配るという作業を行わなければならなかったのだ。


 特にこの時のケンの戦い振りは凄まじく、敵陣に突っ込み、敵陣の内部で暴風雨のように暴れ回っていた。

 それはかつてケン考え無しにマンハンターに突っ込み、ユリとミクが掩護をしていた時と似た戦い方である。違いは、その時に掩護に入ったのはオーバーロードナイトである事だ。


「奴等、ファクトリーの内部で合流して籠城戦を行うつもりみたいです」

 金田が別働隊司令官である高橋に言った。

「合流させるな! 奴等の足止めを行え! こちらが本隊と合流するのはそれからで良い」

 この高橋の指示は的確であった。

 もし、この時に敵の足止めでは無く、味方との合流を優先させていたら後の結果は多少変わっていたかもしれない。


 撤退した行商人連合はファクトリーの出入り口に向かって行く。そこは左右に細い鉄骨で組まれた櫓があり、備え付けられたレーザーガトリングが高所から、追いかけるオーバーロードナイトを狙っていた。


「櫓の足を狙え!」

 高橋はガラガラとした低い大声を出してライフルを撃った。隊員達もそれに倣って櫓の足を撃つ。

 細い鉄骨で組まれた櫓である。レーザーが数発当たれば簡単に焼ききれてしまう程度の代物だ。


 集中したレーザーは高橋の目論見通りに鉄製の足を溶かし、バランスが崩れた櫓はそのまま撤退する行商人連合の上に降り注ぐ。


「……っ!」


 行商人連合のすぐ後ろ、というよりほとんど行商人連合の中にいたケンは空から降り注ぐ鉄の破片に巻き込まれそうになりその場を飛び退く。


「……前に出過ぎた。危ないな」

 そう思い、足を止めて“でんでん銃”で敵の背中を撃つ。

「足を止めるな!」

 後ろから高橋の罵声が聞こえる。

 それを受けて再び敵を追い始めるために足を動かし始めるが、苛立ちがケンの平常心に小さな穴を開ける。そして舌打ちをして振り返った。


「そちらの足が遅い! 1人で敵陣の中を暴れるなんて無茶をするんだ。せめて援護射撃くらいはやってくれ」

 そう叫ぶと辺りに散乱している櫓の一部であった鉄骨を飛び越える。

「……だそうだ。子供に遅れをとるなよ!」

 そう叱咤したのは6番隊を率いる中井だった。


 その叱咤に応じるようにオーバーロードナイト達は行商人核兵器連合との接戦を行い、そのまま引きずられるような形でファクトリーへの侵入を果たす。

 それはオーバーロードナイト本隊と武器屋旅団が合流したのとほぼ同時刻であった。


 行商人連合も2つの部隊が合流し、同じ方向に走っていく。

 それを見た高橋は一度眉をひそめると、何かに気付いたように目を見開いた。


「東棟だ! 本隊が来るまで足止めをする!」

 叫んでレーザーライフルを撃ちはじめる。


「東棟?」

 何の事だとケンは疑問符を頭に浮かべて声を出す。


「あぁ、ファクトリーの本体。マンハンターの施設への入り口がある場所だ。どうやら連合はそこに逃げ込むつもりらしい」

 その疑問に答えたのは5番隊の隊長である加藤だった。


「ふーん。しかし、撤退する程度には敵の戦力は少ないんだろ? ならこちらも本隊と合流するべきじゃないのか?」

「そうだな……。東棟か……」


 加藤は東棟で戦闘が起きた場合どうなるかを瞬時に脳内でシミュレートする。


「そうか……。あそこは確か工場で、広い空間に工作機械やらタラップやらで立体的な構造だったな。しかもダクト穴みたいな狭い空間も多くて隠れる場所にも困らん」

「なるほど。そんな所で籠城されたら、敵が何処から奇襲をかけてくるかも分からなくて面倒だ」


 淡々と口から出る加藤の答えにケンは納得した。


「奴らの前に出ろ!」

 別働隊は何としても行商人連合の足を止めるために進軍速度を上げて、バッテリーの残数を無視して攻撃の密度を厚くした。


 結果的にオーバーロードナイト別働隊は撤退する行商人連合の左側面に付き、その戦力を削っていく。

 やがて、各エリアから撤退した行商人連合が合流を終えた時である。


「突っ込め!」

 それはオーバーロードナイト本隊、1番隊隊長である大野の声であった。

 本隊が行商人連合の右側面に付いて挟み撃ちにしたのである。

 ここに来てようやくオーバーロードナイトは合流することが出来たのだ。


 本隊も別働隊も満身創痍であったが、共に戦う仲間と合流出来たという事実が彼らの戦意を沸騰させた。

 攻撃の勢いは増し、行商人連合はその数を減らしていく。

 更にダメ押しといわんばかりに、補給を終えたオーバーロードナイトと武器屋旅団の部隊が行商人連合の行く手を遮る様に現れた。


 四方から飛び交うレーザーに行商人連合の陣形は瓦解して、組織的な抵抗は出来ずに個人による各個撃破の戦闘になりつつある。


 そんな中である。

 武器屋旅団の狙撃手である加村雅平と、旅団の鉄砲玉と呼ばれる佐原ケンが乱戦の中で顔を合わせたのだ。


「やぁ、お互いに生き残ったようだね」

 背中に狙撃銃である“物干し竿”を下げ、右手に武器庫から持って来た”でんでん銃”を持ち、ケンの背後に付いた。

 ケンは“でんでん銃”を使う加村を珍しく思うが、それも一瞬のことであり、すぐにその関心は目の前の敵に向かう。


「まだ分からないさ」

 そう答えて敵を撃つ。

 2人はお互いに背中合わせになりながら乱戦の中にいる敵を倒し始めた。


「珍しいな。でんでん銃か」

 ケンは自分に銃口を向けた敵を撃ちながら尋ね、空になったバッテリーを落とす。

「この乱戦じゃ物干し竿は取り回しが難しいからねぇ」

 加村は左手にバッテリーを数個持つとそのまま背中越しにケンに押し付けた。同時に背中を向けている敵を確認して撃つ。

「気が効くな」

 ケンはそれを受け取ると前に進みながら射撃を開始した。


 見れば、肩に4と書かれたグレーの装甲服を着た男達がバッテリーを味方に渡しているのが見える。補給を終えた4番隊が各部隊へ補給を行っているのだろう。

 オーバーロードナイトの1番隊と別働隊は勢いはともかく、物資は限界であった。その補充に要塞から援軍として呼び寄せた4番隊が充てられたのだ。


 ケンと加村は背中合わせにレーザーを撃つ。ケンのバッテリーが切れれば円を描くように回ってケンと加村の立ち位置を変え、ケンがバッテリーを交換している間に加村が射撃を行う。

 そして加村のバッテリーが切れれば再びケンと立ち位置を変えて射撃を行う。


「何だアイツら……?」

 3番隊で班長をやっている男、金田が加村とケンのコンビネーションに感嘆の声をあげる、

 彼はオーバーロードナイトの中では1番ケンと交友を持っていた人物だが、ケンが他人とここまで息のあった戦闘動作を行うのを見るのは初めてであった。


「アンタ、“でんでん銃”の方が上手く使えるんじゃないか?」

 ケンが加村に尋ねた。

「本職はこっちだと思っているよ」

 それに加村が応じる。


 ケンの目の前には自分達に向ってくる行商人連合の兵士達。

 ケンと加村は連合の進行方向の前に出てしまったのだ。


 真っすぐ自分達に向ってきたレーザーを2人は左右に跳んで避ける。

 あと1秒動作が遅かったら2人とも蜂の巣であった。


 行商人連合の後ろをオーバーロードナイトが追う。それまで左右で挟み込む形だったのが、完全に後ろから行商人連合を追う形になっていた。


「もう終わるな……」

 ケンは戦闘の結果を予想して心の中で呟く。

 その後方で加村は背負っていた“物干し竿”を取り出した。


「ケン!」

 そして叫ぶと自分の持っていた“でんでん銃”を放り投げる。

 弧を描いて飛んだそれをケンは抱きかかえるようにキャッチした。


「君が前衛。俺が後衛だ」

「いつも通りか……」

「腕が落ちた、とか言わないよねぇ……?」

「それはこちらの台詞だ。アンタはほとんどファクトリーに閉じ込められいたじゃないか」


 ケンの言葉に加村はフッと笑う。

 それを合図にしたかのようにケンは両手にレーザー式の短機関獣である“でんでん銃”を持ち、敵の目の前に飛び出して弾幕を張った。

 それに釣られて隙を作った敵を加村が狙撃する。

 それは何度も行われた戦闘動作であった。

 武器屋旅団が戦闘を行う際、この2人はよくコンビを組んで戦った。 


 近距離での戦いに優れたケンと、神憑ったような狙撃技術を持つ加村との相性は良く、2人で倍の数はいる敵を軽々と倒していく。


 ケンは何も考えずに目の前の敵にのみ集中する。

 他の敵は加村が狙撃してくれるからだ。

 加村はケンに吸い寄せられる敵を狙えば良い。

 何度もコンビを組み、お互いがどの様に動くかは予想が付く。ケンは並外れた直感によって、加村は元“でんでん銃”使いだった頃の経験によって、この2人のコンビには彼等よりも戦闘経験が豊富なオーバーロードナイト達も舌を巻いていた。


「成る程。あの2人はコンビを組ませる事であそこまでの戦力になるのか」

 それを見ていた中村はそう分析して何故か分らないが愉快な気分になる。

「俺達も負けてられませんよ」

 1番隊隊長の大野である。


 この2人もコンビを組んでケン達に負けない、むしろ上回る戦果を出していた。

 中村の“でんでん銃”と大野のレーザーライフルはケン達のコンビと違って、常に2人で移動をしながら攻撃を行うスタイルであり、ケン達のそれよりも攻撃的であった。


 この2組のコンビの援護するかのようにオーバーロードナイトは怒涛の勢いで連合を駆逐していく。

 そしてケンと加村が合流して10分経つか経たないかという時間で戦闘の決着が着いた。


 最後まで抵抗した男も武器が尽きて、プラズマグレネードを抱えて特攻しようと試みたところ、脚を狙撃されて体勢を崩し、プラズマグレネードの発した光がその四肢を焼き付くしたのである。


「戦闘終了。全員、それぞれの指揮官の指示に従って武器庫前に集合」

 そんな通信が聞こえ、それぞれ鬨の声をあげる者や膝を折ってその場に座り込むなどの反応を示した。


 ケンは膝を折った側の者であり、そのまま座り込んで全身を覆うような疲労感に身体を沈める。

「この世界に来て、何度も戦ったが今回が1番の長丁場だな」

 誰に言うでも無く呟いた。

 何気無く空を見上げれば、水色からオレンジへのグラデーションとなっており、時刻が夜に移り変わりつつあることを知る。


 戦闘には確かに勝利した。

 しかし、この戦闘に参加したオーバーロードナイトは約半数の死傷者を出した。

 対する、行商人連合は全滅。


「優秀な部下だ。私は要塞の攻撃を止める為の交渉の材料としてファクトリーの攻撃を考えていたのだが、まさか交渉相手を全滅させるとはな」


 オーバーロードナイトの総長である船前は部下の報告を聞いて憮然とした態度で痛烈な皮肉を言った。

 彼自身は行商人連合から追い出されたことに関して、そこまで気にしていなかったのである。


 彼がオーバーロードナイトを起ち上げたのは、行商人連合から追い出され、依頼人がいなくなった事で行く宛の無くなった者達を食べさせていくという理由が大きかったからだ。

 その為に彼らの居場所としてオーバーロードナイトを起ち上げて、要塞を手に入れたのである。


 しかし、ファクトリーに閉じ籠った行商人連合の動きにも興味があった。もっとも、この場合は懸念というべきであったが。


 つまり、マンハンターの技術を手に入れた行商人連合が何をするつもりなのかということである。

 彼らがマンハンターの技術を人々の生活の役に立てるのなら良い。

 しかし彼らがそれを使って、更なる混乱をこの世界に起こすのであれば防がなければならない。


 それが船前にとってのオーバーロードナイトの存在理由であった。


 当然ながらそんな事情を知らない隊員は船前に言う。

「彼らは抵抗しました。状況的に生け捕りは困難ですよ」

「そんなことは分かっている」

 分かってはいるが、言わずにはいられないのだ。船前は苦々しい顔で隊員の顔を睨む。


「あの……、副長から通信です」

 どこか緊張して堅くなっている若い隊員が現れる。

「あぁ……」

 船前は気怠げに身体を動かして通信機の前に向かう。

 そこから伝えられた中村の通信を聞き、船前は愕然としてしばらくその場で硬直した。


「行商人連合の代表、安野優の死体が無い……?」

 オーバーロードナイトは間違いなく行商人連合を全滅させた。

 それならば、当然彼らの代表である者の死体もあるはずなのだが、それが見付からないのである。


《それだけじゃありません》

 中村の声が通信機から聞こえる。


《奴等が行商人連合なら、元々オーバーロードナイトとは一緒の組織だから、見知った顔がいてもおかしくない。……だがここにいる死体の中で俺達の知っている顔は1つもありません》

「じゃあ、俺達は一体何と戦っていたんだ……?」


 その疑問に船前は足元に広がる闇を感じずにいられなかった。

 自分達が戦った行商人連合は何者なのか?

 最近になって突如襲ってきた行商人連合から始まる一連の騒動はまだ終わっていなかったのだ。

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