92話
12時42分。
高橋率いる別働隊が廃墟側のルートからファクトリーに侵攻してきたという報告が行商人連合とオーバーロードナイト本隊に同時に入る。
その時には既に別働隊はファクトリー側の第2防衛陣を突破していた。
要塞側からの侵入ルートに比べると、廃墟側の防衛陣は非常に薄い。
防衛に当たる人数も少なければ、バリケードも砂袋にトタン板を何重かにして立て掛けた程度のものであり、レーザーガトリングこそ設置されていたが、射手がこれを撃ち切る前に狙撃される体たらくであった。
「よし、第2ポイントは制圧したな」
高橋が言った。
「随分と簡単でしたね」
5番隊の隊長である加藤が感想を漏らす。
「そうだな……。本隊と連絡は?」
高橋は同意しながらも通信士に確認をとった。
「今、やってます。……まだ電波がうまく届かなくて」
アマチュア無線機のアンテナを弄りながら唸るような声での返答である。高橋は舌打ちをした。
「もう少し近付かないと通信が届きそうにないですよ」
そう言ったのは6番隊の隊長である中井だ。
「ポンコツめ……」
アマチュア無線機がアテにならないことに呪詛の言葉を吐き出す。
こうなると外の世界にあった携帯電話が素晴らしく思えた。あれこそ人類の叡智の結晶ではないだろうかとも思えてくる。
「まぁ良い。前進するぞ!」
現実に無い物を思ってみても仕方無い。高橋は部隊に前進を指示した。
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高橋達が奇襲をかけたとほぼ同時である。
ファクトリーの中でも混乱が起きていた。
当然、その原因は武器屋旅団である。
「よし、来た!」
バッテリーが入っている箱を台車で運ぶ男を見付けて、武器屋旅団の団員が小声で言った。
男が曲がり角に差し掛かった時、その陰に隠れていた団員達が現れてこの男を叩き伏せてバッテリーと武器を奪い去る。
武器屋旅団は二手に別れながら、それぞれの目的地に向かう途中でこういった行為を内部で繰り返していた。
その結果として、前線に補給物資が届かなかったり、遅れたりといった混乱が起きたのである。
当然、行商人連合も武器屋旅団の動きに気付いて、対応する人員を回したが、オーバーロードナイトとの戦闘が2箇所で起こった為、それぞれに人員を割かねばならず、少人数しか対応に出せなかったことが加わり、その殆どが逆襲に遭って手持ちの物資を奪われる結果になった。
「あそこが武器庫だ!」
そこはファクトリーの居住区のビルの向かい側にある倉庫であった。もし、このファクトリーを隠すための工場が外の世界の様に普通に動いていたなら、作られた物はここに集められていたであろう場所だ。
加村は走りながらライフルで武器庫の周りにいた数人を狙い撃つ。
それに合わせてエミリがケンから手に入れたプラズマグレネードを複数人集まっていた敵に投げ付けた。
「敵だ!」
武器庫を奪われまいと何処からか連合の兵士が現れる。
「野郎!」
団員の1人が向かってくる敵に手製の槍を投げ付ける。
弧を描いて飛んだ槍は連合の男に向かうと、その胴体を貫いた。
「ヤバイぜ! シャッターを閉めてやがる!」
武器庫の中身を奪われると連合は予想したのだろう。武器庫にぽっかりと開いた口が、上から降りてくる金属製のシャッターによって閉じられようとしていた。
「任せてください!」
エミリは言うと最後のプラズマグレネードをシャッターの下に投げ込む。
シャッターと地面の間にそれが挟まれたと同時にグレネードは光と熱を発して、シャッターを溶解させて高さ2メートル程の穴を開けた。
「うおっ!」
「北条!」
シャッターに穴が開いたのを確認したと同時である。叫び声が聞こえ、加村が声の主の名前を叫ぶ。それは先程槍を投げた団員だった。
連合の男が放ったレーザーに心臓を貫かれ、その肢体を投げ出すように倒れる。即死だった。
「クソ! 倉庫の中だ!」
倒れた団員を無視して加村が倉庫に向かいながらレーザーライフルを向ける敵に射撃を繰り返す。
その後を追って加村が率いる団員全員が倉庫に辿り着いた時、彼はレーザーライフルを捨てて“でんでん銃”を持ちながら追手に向かって弾幕を張っていた。
戦闘では常に狙撃用のレーザーライフルである“物干し竿”を使っている印象を持つ者にとっては新鮮な光景である。
「そういった武器も使うんですね」
エミリが穴の開いたシャッターを飛び込んで言った。
「もう10年近くこの世界にいるからねぇ。大概の武器は使えるさ」
そう言いながら加村は舌打ちをして“でんでん銃”を投げ捨てた。バッテリーが切れたのだ。
その時である。
ジュッという低い音を立てて、シャッターに小さな穴が開いた。
「このシャッターはレーザーの盾にはならないみたいだ」
それを見た加村は舌打ちをして言う。
「これを盾にしようぜ」
先に倉庫に逃げ込んでいた団員が腰の高さくらいの背がある木箱を引きずってくる。
中にはバッテリーパックやらレーザーライフルが並んでいた。
「それとこれだ」
団員はニッと笑って物干し竿を加村に投げ渡した。
「本職ですね」
それを受け取った加村にエミリが言う。
再びシャッターに穴が開いたので、その場から飛び退いた。
「いや、俺は佐原ケンと同じ様に“でんでん銃”が本職だと思っているんだけどねぇ……。ただ、ここには俺より狙撃が上手い奴がいないからこれを使っているだけなんだけどなぁ……」
それを聞いた全員が驚いて動きを一瞬止めた。
そんな話は一度も聞いたことが無く、武器屋旅団の加村といえば右に出る者はいないとされるくらいの狙撃手というのがもっぱらの評判だからである。
しかし、その止まった時間も敵が撃ったレーザーによって動き出した。
「お前より上手な狙撃手なんてホイホイいる訳無いだろう」
団員の1人が盾にしている木箱からレーザーライフルを引っ掴んで反撃を行いながら言う。
次の瞬間、レーザーが木箱に当たりパンという空気を弾いたような音が響き、煙と火花が箱の中から伸びる。
木箱に当たったレーザーが、そのまま貫通して中のバッテリーパックに命中したのである。
「あ、これは駄目じゃないかなぁ?」
加村は苛立ちを低く鋭い響きの声にして加村が言った。
レーザーなら簡単に木箱を貫通して、中にあるバッテリーを爆ぜさせる事など簡単に予想が付いただろうという苛立ちである。
敵に追い詰められつつあるからといって、これは考えが足りないと言わざるを得ない。
「これなら良いだろ」
後ろから団員の男が現れ、箱とその中身の物資の間に中敷きとして数枚の金属製の板とプラスチック製の板を持ってきた。
「無いよりかはマシ、といったところかな……」
加村はそう言って物干し竿を撃つ。その途端に次々と敵が倒れていった。
やっぱり狙撃が本職だろうとその場の全員が思う。
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その頃、武器屋旅団の副団長である高田アキラは3人の団員を連れて、行商人連合から隠れながら団長である星ユウコの元に向かっていた。
彼らは加村が率いる部隊に比べると人数も武器も少ないので、なるべく戦闘を避けるよう慎重に動いていた。
「行ったみたいだな……」
目の前を通り過ぎた連合の男を見てアキラは安堵する。
そして高く積まれていたガラクタの山の後ろから姿を現した。他の者も扉の陰や机の下などから体を外に出す。
「これらが無かったら大変だったな」
「おそらく何処かへ運ぶつもりだったのでしょう」
そんな言葉を交わしていると再び足音と人の声が聞こえ、それぞれは舌打ちをして再び先程まで隠れていた場所に身体を押し込んだ。
そして目の前を男達が走り去ろうとした時である。
「……!」
アキラが突然立ち上がり、男達の後ろから持っていたレーザーライフルを撃つ。
「何だ!」
「うわっ!」
男の内1人はアキラの射撃を受け、もう1人は連れていた団員の投げたナイフを頭に受けて倒れた。
アキラは倒れた男の腰に下げられていたトランシーバーを引っ掴かんだ。
そしてダイヤルを弄り始める。
《バリケードが破られた。敵は高出力のレーザー砲を装備》
《廃墟側からも敵の侵入を確認。人員を送れ》
トランシーバーから聞こえる情報にアキラは行商人連合が混乱の中にいることを知る。彼は行商人連合とオーバーロードナイトの戦闘状況が欲しかったのだ。
トランシーバーから流れる情報を脳内で整理して、ある程度の状況を把握した時だ。
そこで彼はちょっとした嫌がらせを思い付く。
トランシーバー側面のボタンを押して、こちらからの電波を発信する。
「こちら武器庫、各方面に補給物資を回すのでそれまでは射撃間隔を空けたり、レーザーガトリングなどによる攻撃を控えバッテリーを温存せよ」
そしてトランシーバーのスイッチを切る。
「偽情報ですか……」
「あぁ……、どこまで効果かあるかは分からんが、やらないよりかはマシかもしれん。味方のトランシーバーからだから信じる阿呆もいるかもしれないしな」
アキラは肩を竦めてみせた。あまり効果があるとは思っておらず、単にトランシーバーを手に取った時に悪戯心が芽生えて行ったことだからである。
しかし、後になって分かった事だが、この偽情報は思った以上に効果があったらしく、武器庫からの本物の情報が入るまでの一瞬だが、行商人連合の防衛線に隙が出来たのだ。
それをオーバーロードナイトは見逃さず、更なる侵攻に成功したのである。
アキラ達はこうしてトランシーバーを持つ敵を集中的に狙い、その度に偽の情報を流しながら進んだ。
そして数回の情報撹乱と戦闘を行いながら、彼らは団長である星ユウコの監禁されている部屋に辿り着こうとしていた。
そこでアキラは文字通り肝が冷えるような感覚に襲われる。
ユウコとその世話役の泉がいるであろうその場所で既に戦闘が行われていたのだ。
部屋に向かって連合の男達がレーザーライフルを撃ち、その攻撃を防ぐ為に机や椅子を重ねたバリケードが重ねられた屋側からも反撃のレーザーが飛び交っている。
「ユウコ!」
アキラは思わず叫んでレーザーライフルを連合の男達に撃つ。
基本的に落ち着いた性格であるアキラだが、この時は理性が完全に彼方へと消え去っていた。
彼にとって星ユウコはそれだけの意味を持つ人物であり、その存在の重さはここ最近になって更に跳ね上がった。
それも当然であり、彼女はその身体にアキラとのこどもを身籠っていたのである。
アキラの射撃に他の団員達も続く。
突如、側面からの攻撃を受けた連合は状況判断が間に合わずに攻撃が散漫になる。
その隙を突いてアキラ達はユウコの監禁されている部屋に飛び込むことが出来た。
「無事か!」
ユウコと合流したが、アキラの理性は完全に戻らず彼の脳内で意味の無い空回りをしていた。
「遅い!」
ユウコが叱りつけるように言った。アキラはその姿を見て安堵する。
「妊婦まで戦わせるなんて正気とは思えないわね」
“でんでん銃”を撃ちながら泉が言う。
2人とも健在である。
「何にせよ他の連中、もしくはオーバーなんちゃらと合流しないと……」
団員の1人がレーザーライフルを撃ちながら言った。
武器庫にいるであろう加村達と違い、アキラ達は明らかにバッテリーも武器も足りないのだ。
「そうだな。……ユウコ、動けるか?」
「辛いけどね……」
ユウコは微笑んで見せたが、いつもの様に自信や余裕から出るものでは無く、空元気から出るものだというのがアキラにはすぐに分かった。
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13時53分。
オーバーロードナイト本隊は既に最終防衛ラインで戦闘を行っていた。
ここを突破すればファクトリーを制圧したも同然である。
また、この時には高橋率いる別働隊とも連絡が付いた為に統制の取れた戦闘を展開していた。
「時折、敵の防御が弱くなりますね」
そう言ったのは2番隊の隊長である早見である。
彼の特徴である深い彫りのヤクザ顔を見ながら総長である船前は頭を掻いて答えた。
「敵もうまくいってないみたいだ。おそらく、例の武器屋旅団だろう」
ここになって、流れがオーバーロードナイトに傾いてきたことを彼は確信する。
「よし、レーザーバズーカを使って敵陣に穴を開けてくれ。その後、そこから本隊は突撃して残敵を崩す。目標は敵の武器庫だ」
流れはオーバーロードナイトにある。これを逃せば勝利は無いぞと船前は自分に言い聞かせながら指示を出した。
情報によると武器庫周辺で何やら騒ぎが起きているという話である。これが鎮圧される前にファクトリーに侵入すれば勝利は確定なのだ。