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最低世界の少年  作者: 鉄昆虫
オーバーロードナイトと行商人連合
90/112

90話

 ケンと高橋の不安は現実になった。

 あれから何度もブルタンクが現れ、その度にレーザーバズーカを使ったことが要因で深刻なバッテリー不足に陥ったのである。


「作戦決行は明日だぞ?」

「廃墟の突破は何とかなるだろうが、その後の戦闘をどうするかだな……」


 今、ケン達の部隊は既に廃墟の出口付近におり、少し進めばファクトリーの侵入口へ辿り着くことが出来る位置にいるのだ。

 しかし、その後の戦闘を行うにはあまりにもバッテリーが不足していた。


「食糧や水はあるけどバッテリーが無いとはな……」

 高橋は6番隊の隊員が集まっているのを見て呟く。


 バッテリーが足りなくなった原因は6番隊の持つレーザーバズーカである。

 この武器は1発でバッテリーパック5つ分のエネルギーをレーザーとして発射する武器であり、間違い無くブルタンクには効果的なのだが、バッテリーの消費量があまりにも多い。


 更に、6番隊は新型の武器のテストや戦術研究といった役割の部隊であり、物資が無くなり次第帰還、もしくは補給があることを前提とした戦闘を行う。

 つまり、基本的に長期間の戦闘を行うことが少なく、他の部隊に比べるとバッテリーや物資の管理能力が劣っているのだ。


「やたらと撃ちやがって……。やり過ごしたり、射突槍でも何とかなる場面はあったんだぞ」

 高橋は6番隊の隊長である中井に静かだが、ドスの効いた声で言う。

 この時ばかりは中井も軽い笑顔を潜め、歯噛みしながら謝意を示していた。


「食糧が無くなってバッテリーが余ることは良くあるんだがな……」

 そんな2人を遠目で見ながらケンが言った。中井が頭を下げているのが見える。


「その時はどうしてたんだ?」

 それを尋ねたのは3番隊で班長を務めている金田である。

「何でも食ったさ。鹿、鳥、野犬、その辺に生えていた食えそうな雑草を無理矢理調理したこともある。……雑草は腹を壊したけどな」

 口の端だけを動かして僅かに笑みを浮かべた。

 まだ、トウの街に辿り着く前の頃の話である。懐かしいものだと思う。当時は苦労したことだが、今になって思えば笑い話である。


「そういう時に植物図鑑って結構役に立つよね」

 ケンの横にいたユリが苦笑する。

 ジャケットの胸ポケットから、ポケットサイズの植物図鑑を取り出して見せた。

 彼女もまた食糧不足に陥り苦労した経験があるのだ。


 そんなケン達の和やかな雰囲気とは真逆に隊長達の空気は重かった。

「この先のセーフティーエリアを使うしかなさそうですね」

 頭を下げる中井を見ながら5番隊隊長の加藤が提案する。


「あそこか……」

 高橋は明らさまに顔をしかめて、否定的な感情を示した。

 そして僅かな時間を持って決意する。


「多少遅れは出るが致し方ない」

 

 加藤が向かうことを提案したセーフティーエリアはファクトリー侵入口へ向うルートからは外れていた。その為に、そこで補給をするには迂回する必要があり目標到着時刻を過ぎてしまう可能性があるのだ。


「ルートを変更するぞ。準備しろ」

 その声の後に部隊はセーフティーエリアに進み始めた。



/*/



 そのセーフティーエリアは廃墟エリアでもかなり端に位置しており、使用するのも補給するのもファクトリー偵察を主な任務にしている5番隊がほとんどだった。


 幸いだったのはそこまでの道のりでブルタンクと出くわさ無かったことである。

 10体前後の小規模なマンハンターの集団との戦闘はあったが、その程度であれば戦闘を行うのに問題無いくらいのバッテリーの数はあった。


 それでも使用した分とマンハンターから回収した分を考えるとほぼプラスマイナスゼロである。


「まぁ、ここのセーフティーエリアで補給すればファクトリーの連中とやり合えるくらいはあるでしょう」

 加藤がセーフティーエリアのガラス扉を押し開いて言う。


 そのセーフティーエリアは4階建ての妙に横に長い建物であった。白い外壁を持ち、正面玄関のガラス扉の先にはエントランスホールがあり、その端には受付の様なカウンターと小部屋が見える。


「元は病院だったらしい」

 エントランスホールを横に突っ切る形の通路を見ているケンの耳に隊員の声が入った。


 夕方の時刻になり、電灯の無い建物内部はガラス窓から漏れるオレンジの光のみが辺りを照らしていたが、全体的に薄暗くなり始めていた。妙に小綺麗な建物内部は朽ち果てているような廃墟の建物を見慣れた者達にとって、それはそれで不気味に感じられる。


「ここはあまりマンハンターが滅多に来ないし、奥に行けば灯りが外に漏れることは無い。何より、広くて病室のしっかりしたベッドが使い放題だ」

 それは5番隊隊長の加藤の言葉である。彼流の冗談なのだろうが、病室のベッドと聞いて良い顔をする者は皆無だった。


 誰も笑わないのを見て加藤は肩をすくめる。

「お前は銃の腕は良いけど冗談のセンスは無いようだな」

 中井が加藤の肩を叩く。


「病院か……。幽霊とか出ないだろうな?」

 隣にいるケンに身体を傾けて彼だけに聞こえるような声でユリが尋ねた。

「異世界にも幽霊なんているのか?」

 ケンは幽霊などと言う、あまりにも久しぶりに聞く言葉に少々の関心を持ったのか、目をいつもより大きく開いてユリを見ながら質問に答える。


「いるかもしれないじゃないか」

「だとしたらゴーストバスターが何人いても足りないな。俺を含めて、ここにいる奴等はこれまで何人の人間を殺してきたか知れたもんじゃ無い。その幽霊達だけでスタジアムは満員御礼だ」

「そんなこと言って、ホントに出るかもしれないぞ?」

「なら、もう一度あの世に送り返すだけさ」


 この少年は本当にそうするだろうなとユリは確信する。

 そもそも、この世界で1番怖いのは死人やマンハンターでは無く、敵であるはずのマンハンターの武器などを利用してお互いに殺し合うことすらある同じ人間でないだろうかと思うのだ。


 そんな人間を恐ろしいと思ったのか、夜になりオーバーロードナイトを照らす光が蝋燭の小さな炎だけになっても幽霊は現れなかった。


「どうやら幽霊は出ないみたいだな」

 ベッドに横になり蝋燭の光が映し出す天井のシミを見ながら、夕方の話を隣のベッドで横になっているユリに投げかける。


 その部屋は元々診療室だったらしく、四方を窓の無い白色のザラザラした壁に囲まれた部屋にはベッドの以外に机や棚が壁際に配置されていた。

 ケン達以外にもその部屋には数人がベッドで寝ている。

 しかし、ケンとユリが寝ているベッドだけはカーテンで仕切られていた。

 これは、この部隊で紅一点であるユリに気を使った為である。

 それにケンが一緒なのは白河ユリは佐原ケンの女であるというのがオーバーロードナイト内での認識だからである。


 最も、この当人である2人はそういった関係を結んでいないことから、彼らの認識については否定的であったが。


「ま、2回も殺されたい物好きもいないだろうさ」

 他のシミに目をやりながらケンが言う。隣はマンハンターの顔みたいな形をしていた。


「明日の昼頃にはファクトリーに到着する予定みたいだ」

 ユリは幽霊の話に興味を示さずに明日の予定について口にする。


「確か作戦決行は午前か……、俺達が到着するまで本隊が持ち堪えてくれればな」

 行商人連合の戦力は知れない。

 もし、彼らが予想以上の戦力があればこの遅れは致命的である。


「それより、良いのか? 連合が相手なら人間を殺すことになるが……」

 ケンにとっての1番の不安である。

 ユリは未だに人を殺した事が無い。というよりも、人を殺せない。

 彼女は人間に対しては威嚇射撃くらいしか出来ないのだ。


「私だって今まで何度も戦ってきた」

 拗ねるような声でユリが答える。


「マンハンターに関しては、な。でも今度は人間相手だ」

「何も殺すだけが戦いじゃない。いざとなれば逃げるか隠れるかするよ」

「そうしてくれ。ユリさんには人殺しなんてして欲しくない」


 ユリがこの世界で未だに人殺しという忌まわしい事に手を汚していないのは、自分がそれを引き受けているからであり、彼女の綺麗な手があるのは自分が彼女を守っているからである。

 それはある意味で、処女崇拝にも近いケンの心境であった。

 誰かの血で汚れていない手を持つユリを守るという理由を付けて心の平静を保つようにしていたのである。ミクが死亡して以降は無意識ではあるが、特にそう思うようになっていた。


「お前は俺が守る、なんて事は言うなよ?」

 ユリが言った。

 それはケンが内心で思っていた言葉である。

「……」

 ケンは無言である。思っていたとしてもそんな言葉は恥ずかしくて言える訳が無いと思う。

 また、言ったところでそれを実行出来る自信も無かった。それを言えばユリも失ってしまうかもしれないという不安がケンの心の隅に燻っているのだ。


「外の世界じゃどうだか知らないけど、この世界ではその台詞は侮辱としか言えないな」

「どういうことだ?」

「この世界だとマンハンターに盗賊……、そういったものから自分の身を自分で守れて1人前だからな。それを守ってやるなんて馬鹿にしているようなものだろう」

「そういうものか……」

「私は自分の身は自分で守れるつもりだ。少なくともお前よりかは射撃の腕はあるぞ」


 まるでミクのような事を言うとケンは思う。

 そして同時に納得もした。

 僅かな時間とはいえ、ユリはケンよりも長くギジの世界にいるのだ。一時的に離れていたことはあったが、同じくらいの修羅場を経験していることは疑いない。

 それをここまで生き残っていることを考えると、守ってやるというのは自分の自惚れというものである。


「そうだな」

 ケンは短く答えて目を瞑り、天井のシミの観察を終えた。

 形はどうあれ、ここまで生き残り、未だに人を殺した事の無いユリは意外と凄い人物なのかもしれない。

 初めてユリと出会った時と同じ安心を彼女に感じた。


「それでもミクさんは死んだ」

 しかし、もう1人のケンが冷たい声で頭の中に囁く。

「分かっている。ユリさんに頼るんじゃ無くて、彼女に頼られなければならない。だから俺は彼女の前に出て戦うんだ」

 そう自問自答している内にケンの思考は深い睡魔に飲み込まれていった。


「眠ったか……」

 ベッドの上で動かなくなったケンを見てユリが呟く。


「自分の身は自分で守る、か……」

 我ながらよく言ったものだと思う。

 今まで、散々他人を頼った戦い方をしていた自分がそこまで器用に出来るとは思えなかったのだ。


 確かに射撃の腕はケンよりかは上だと自負していたが、それだけで生き残れる訳では無い。

 自分がこれまで戦闘で生き延びることが出来たのは、敵と戦っている味方の後方からの援護射撃に徹していたからである。それ故に敵の攻撃が自分に向かうことが少なかったのだ。


 それを証明するように、最前線で戦うことの多いケンは時折被弾して怪我をすることがあったが、自分はそれすらも無かった。


 他人を盾にして生き延びてきたのである。

 もしかしたら、それが原因でミクが死んだのかもしれない。


「嫌な女だな……」


 次はケンを盾にして自分だけ生き延びるという可能性を思う。

 それだけは絶対に避けなければと、横のベッドで眠っているケンの背中を見ながら最悪の可能性を否定した。 

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