9話
「これ、着る必要あるんですか?」
ケンが言う。
「動かないで」
ユリがケンの腰に手を回して言った。
そのまま手に持った紐の長さを確認すると、ケンの腰のサイズに合わせて切る。
そして、それを結び合わせて完成だ。
「うん、これで良いんじゃないか?」
ユリが頷いて言った。
「うんうん、いいねー」
ミクがケンの姿を見て歓声を上げる。その横で志村が苦笑した。
「やれやれ……」
そう言ってケンは嘆息する。彼はユリとミクの手で、マンハンターとの戦闘の為に作られた鎧を着せられていたのだ。
鎧と言っても、倒したマンハンターから剥ぎ取った装甲を紐やら何やらで繋ぎ合わせたハンドメイドの物に過ぎず、体を覆う部位も胸と背中の一部に両肩、膝下の脛の辺りのみという簡素な物だった。
しかも、色は白を基調としたものであり、オリーブやカーキー系の色のタクティカルジャケットを着ているミクやユリと並ぶと明らかに浮いているのだ。
「この鎧に何の意味が……」
ケンが呟く。
「正直、あまり意味は無いな」
そう言ったのは志村だ。
「元が倒したマンハンターの装甲なだけにレーザーは普通に貫通するからな」
それを聞いたケンが不満そうな顔をする。
そんな意味も無い物の為に今までの時間を費やしたのかと思い腹が立った。
「でも、何か爆発した際に飛んでくる破片とかからは身を守れるぞ」
ユリが鎧を身に纏ったケンを見ながら言った。
「ミクさん達が楽しんでるだけでしょ……」
その一言でユリが顔を強張らせる。人間というのは図星をつかれると腹を立てる事があるのだ。
「あるのと無いのじゃ全然違うんだそ」
そのままの表情でユリが言った。
「事故死は防げるよねー」
後に続いてミクも同意する。
「それに私の時は武器だけ渡されて行けって言われただけだったんだ。ありがたいと思って欲しいくらいだ」
ユリも元々ケンと同じ立場だったのだ。
女という事と、本人の真面目な性格のおかげで、ケン程では無いとはいえ、冷遇はされていた。
その為にユリは自分と同じ思いをして欲しく無いと思っている。
「そりゃ……、そうかもしれませんけどね」
ケンもユリの言い分は理解していたが、納得は出来なかった。
心配するのと自分を人形にして楽しむのを一緒にしないでくれと思う。
「ま、2人の趣味みたいなもんだな。女ってのは幾つになっても着せ替え人形が好きなんだろうさ。それくらいの楽しみは許してやれよ」
「あ、酷い言い方」
志村が苦笑して、ミクがその事に口を尖らせて非難する。
ユリはその2人を見て、その恋人同士特有の雰囲気を羨ましく思う。
「ま、とにかくだ。今日は初陣なんだろ? せいぜい死なないようにすることだな」
志村が言った。
そうなのだ。
今日はケンが初めて廃墟の探索に出る日なのである。
彼はこの日の為に何度か鹿狩りを兼ねた訓練を行い、ある程度は銃器の使い方を覚えたということで今回の探索に参加することになったのだ。
と言っても、所詮は間に合わせではあるのだが……。
「古今東西、完全な状態で始まる事は存在しないさ」
と、志村は言ったものである。
「あの、そろそろ時間なんですが……」
はしゃいでいる2人に眼鏡の少女が声をかけた。
吉岡真帆である。
吉岡はハンドメイドのタクティカルジャケットを着て、その手にはレーザーライフルを抱えていた。
彼女は今回の探索班の1人であり、同じ探索班であるケン、ミク、ユリの3人を呼びに来たのである。
「ねぇ、見て見て! ケンちゃんの鎧、格好いいでしょ?」
ユリが吉岡に屈託のない笑顔で尋ねた。
尋ねられて吉岡はケンを一瞥する。
その時、たまたまケンと眼が合った。ケンが軽く会釈して、吉岡もそれに返答するように軽く会釈を返す。
「別に……、いいんじゃないですか?」
吉岡は全く興味無いといった声で答えた。
「えー、反応薄いよー?」
ミクが不満気に言う。
それを見て吉岡は嘆息しながら、内心で戦闘前に何を呑気な事をしているのやらと呆れる。
「そんなことより早く準備してください」
吉岡は少し語気を荒げて言うと、そのままプイと背を向けて村の門に向かって入った。
そんな吉岡を見て、志村とミクが顔を見合わせる。
「マホちゃん、相変わらずだね」
「みたいだな」
吉岡真帆。
彼女も、かつてこの村が襲われた時に被害を被った1人であり、この村の多くの住人と同じように余所者を嫌っていたのだ。
「彼女は昔、余所者に酷い目に合わされたんだろ? 無理も無いよ」
ユリが2人に視線を向けて言った。
「別に……、嫌われるのは慣れてますよ」
ケンが口の端を歪めて言うと、何を今更と嘲笑する。
内心では腹立たしく思っていたが、それを言葉をにしても無意味であると思っていた。
それに、似たような事は今まで何度もあったのだ。このギジの世界どころか、外の世界にいた時でさえ。
どこの世界へ行っても人間というのは自分たちとは違う存在を認められないらしい。
ケンはそう思うと、一々そんな連中に合わせてやるのも馬鹿みたいだと改めて思い直す。
ならば、この村にいつまでもいるのは自分の精神衛生上も、この村にとってもあまり良いことではないという結論に至る。
「ある程度、力が付いたらこの村を出よう」
ケンは漠然とそんなことを思い、誰にも聞こえないように呟く。
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それから4人は村を出て1時間ほど歩き、探索予定地である廃墟にたどり着いた。
そこはかつてケンがギジの世界に飛ばされてきたな書であり、ミクとユリの2人に初めて出会った場所でもある。
以前はマンハンターに襲われ、大変な目にあったが今回はそうはいかないと意気込んで、ケンはレーザーライフルを構えてみた。
「そんなに構えなくてもいい。今回は適当にウロウロして帰っても構わないんだ」
ユリがケンの肩を叩いて言った。
「ケンちゃんは初めてだしねー。私たちの後ろで眺めてるだけで良いよ」
今度はミクがクスクス笑いながら言う。
既にここは廃墟の中でマンハンターのテリトリーだ。
何時、何処から敵が襲ってくるかか分からないのである。
その上、ケンは初の実戦ということもあり、緊張していたのだがユリとミクの2人は和やかであった。
吉岡は和やかではないが、無関心そうに辺りを見回しており、やはり緊張はしていないようにケンには見える。
「あれ」
吉岡が急に声をあげて指を差した。
「敵?」
ケンは吉岡が指差した方向にレーザーライフルを構えなおす。
ユリとミクもその方向を見る。
そこには敵では無く、1台の軽自動車があるだけだった。
「あれ、前来たときには無かった……」
吉岡が静かに言った。
「人影は無いな……。車だけ飛ばされてきたのか?」
ユリはレーザーライフルを構えて軽自動車に近づく。
「そんな事があるんですか?」
ケンは形だけであるが、軽自動車に近づくユリの周りに敵がいないかを確認しながら尋ねた。
「たまーに、ね。人が飛ばされてくるくらいだから、それ以外の物だってねぇ……」
ミクが返答する。
ユリが手信号で合図をした。どうやら人は乗っていなかったようだ。そして、周りにマンハンターの姿も見当たらない。
3人はホッと胸を撫で下ろした。
「ポリタンクがあれば、ガソリンだけ抜き取ったのにねー」
ミクが心底残念そうに言った。
「仕方ないですよ。今度また取りに来ましょう」
軽自動車の状態を確認しながら吉岡が答える。
「そうだな」とユリが言いながら何気なく辺りを見回した時だ。
ユリの視界に、建物の陰から人型をした“何か”が姿を現すのが入った。
それがマンハンターであると判断する前にユリはレーザーライフルを構え、人型に狙いを付けて引き金を引く。
「敵だ!」
ユリが叫んだのと、ライフルから発射されたレーザーが人型……、つまりはマンハンターに当たったのは同時だった。
ミクと吉岡はユリがライフルを構えたと同時に、そのことに気付き、同じようにライフルを構えて敵を確認していた。
ケンはユリが叫び終わったのと同時に敵に気付いたので反応が遅れる。
「数は5!」
吉岡が叫んでライフルを撃ちながら右側の廃ビルの中へ姿を隠す。ユリとミクは吉岡とは反対の左側の雑居ビルであったであろう建物の影に隠れる。
マンハンターもユリたちに気付いてレーザーライフルを撃ってきた。
「うわっち!」
急なことに緊張も合わさり、ケンは3人の動きを判断できずに、危うくマンハンターが撃ったレーザーに当たりそうになる。
自分の左腕のすぐ側をレーザーが掠め、その熱を感じながらケンはこのままじゃやられると、レーザーライフルをマンハンターの方向に滅茶苦茶に撃った。
「バカ! 何しているの!」
吉岡が叫んでビルの陰に体を隠しながらライフルを撃つ。
「うわったたた!」
ケンは言葉にならない声をあげながら、尚もライフルを撃ち続けながら吉岡のいるビルへ飛び込んだ。
建物の中に入り、レーザーに晒されなくなった事で安堵する。
「助かった……」
それを確認した吉岡がライフルを撃ちながらチッと舌打ちをした。
「あ、すみません!」
ケンはそう言うと、吉岡を倣って建物の影からマンハンターを撃とうと構える。
しかし、その時には先程のレーザーによる銃撃戦は終わっていた。
火花を散らしながら、膝から崩れ落ちるように倒れるマンハンターが見えて「ありゃ」と思わず声を出す。
「ハァッ」
これ見よがしにため息をつく吉岡。
「すみません……」
ケンは吉岡に謝る。
何も出来なかったことに悔しさを覚えた。
何のために訓練をしたのかと自分に対して悪態をつく。
「いや、初めてならあんなもんだろう」
ユリが吉岡たちに近づきながら言う。
吉岡は「そうですね」とそっぽを向いた。彼女がかけている眼鏡のせいでその表情は伺えない。
もっとも、声の調子で怒っているのは間違い無いだろう。
「ユリちゃんは初めての戦闘の時、情けない声をあげて腰を抜かして何も出来なかったもんねー?」
ミクが間の抜けた声で言った。
「し、仕方ないだろ!」
ユリが顔を赤面させて声をあげる。
そんな2人を見て、ケンは自分が気を使われていると思った。
何故、もっと早く反応出来なかったのだろう? 何故、もっと冷静に判断できなかったのだろう? ケンは自分を情けなく思って歯噛みする。
「さぁ、もう少し奥のほうも見てみようか?」
ミクが言った。吉岡とユリが頷く。
ケンも頷き、今度こそヘマはしないと思ってライフルを強く握った。